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今にして思えば甘酸っぱい初恋モドキ、いや恋に憧れる少年少女が一度は夢見る感覚ってやつですかね?
あの頃の私に余裕がなかったとはいえ……よくもまあヒゲ殿下からの結婚に関する冗談とかを普通に受け流せていたなあと思いますね。
まあ当時からその初恋はどうやったって実らないからこそ素敵な初恋なのだと理解していた……のかも? しれませんね!!
そんなことを思いつつ、私はヒゲ殿下のカップにおかわりのお茶を注ぎました。
「それで、どうしてその状況で彼女が反省したなんて話に繋がったんですか?」
「そこはよくわからん。ただ、父親と話した後にリード・マルク・リジルとあの娘が話し合いをしたそうだ。外面だけはどっちもいいからな……腹を割って話したんじゃないか?」
「……腹を割って話した……ですか」
想像できないんですけども?
いやでもあの二人が結婚するのは、いわば王家の仲介あってのことなので解消も難しいのではないでしょうか。
一応、表だって〝王家が縁を繋いだ〟と言っているわけではありませんが、みんなそこに王家の介在があっての流れであることは察しているでしょうからね。
なので、ミュリエッタさんにとって仲良くできるのであればそれに越したことはないと思いますが……。
(釈然としないというか……なんて言うのかしら、こういう気持ち)
これまで頑なに自分が主人公だと思っていたミュリエッタさんですが、それが現実世界では通用しないと理解した……というところまでは私もなんとなく感じ取っていました。
あのゲームでのヒロイン像そのままだった彼女が徐々にその言動から変わった、というよりはおそらく元来の性格が表に出ていると言った方が正しいのかもしれませんが、とにかく彼女は彼女なりに自分にとって現状をよりよいものにしようとしていたに違いありません。
その中で、当初譲れなかったのは他でもないアルダールとの〝恋愛〟だったのではないかと私は思っています。
(ミュリエッタさんにとって、恋愛はとても大事なことのようだったものね)
別にそれが悪いとは思わないですよ。
恋をしている時は世界がキラキラして見えますし、今実際に私も人生が豊かに感じているので……。
ただまあ、振られたり直接的なものでなくとも失恋するとめちゃくちゃ落ち込むこともあるので、全てが良いことずくめってわけじゃありませんけども。
「まあなあ。オレもアラルバートから聞かされた程度だし、あいつもあいつで『リード・マルク・リジルは友人だが、全ての事柄を素直に話すような性格ではない』って言ってたからなあ」
「なんですかそれ……」
「簡単に言うとだ、プリメラの誕生パーティーにリジル商会の商会長も招かれていたわけだ。陛下の友人枠でな」
「……そうですね、リストにご夫婦のお名前がございました」
王家御用達の、大陸を名を轟かせる大商人ですからね。
特に今回の誕生パーティーに関しては、国内外にプリメラさまの婚約を宣伝する目的があるのです。
他国に向けては国内の重要な地位にある貴族家との繋がりを示し、王家と貴族の結びつけを見せつける思惑があるわけです。
そこには王太子殿下がフィライラ=ディルネ姫を伴って参加していることも含め、国内外共に充実していると見せた上で大商会の会頭が国王と親しくしている姿まで見せればもうこのクーラウム王国の力を示しまくりってもんですよ!
誕生日一つにそんなめんどくさい思惑が潜んでいるのかって言われると、一般の貴族だったらそんなこともないとしか言い様がありません。
これが王族です。
勿論、純粋に祝う気持ちがあることも間違いありませんが……王族ってのはそういうこともお仕事ですから。
「ところがだ、つい先日……リジル商会の狸親父が怪我をしたってんだよ」
「ええっ! 怪我の具合は……」
「全治数ヶ月ってところだな。その事故のせいで夫人も塞ぎ込みがちになったというわけで、跡取り息子が代役として参加することになった」
「……」
「そういうわけで話し合いもして反省も示しているし、なるべくお前たちには近づかないと約束をしているそうだ。……その話し合いについては詳しく語らなかったそうだから、どこまで信じるかはお前たちに任せるとのことだ」
「それは王太子殿下からの託けですか」
「そうだな」
にんまりと笑うヒゲ殿下。
まったく、王弟を顎で使う王太子ってのはどんなもんなんでしょうね。
使われてあげるこの方もこの方ですが……本当に身内には甘いんだから!
(……本来は顔を合わせないようにする約束だけれど、反省したから、今回は見逃せってことよね……。そもそもこの間の件についてはどう考えているのかしら)
むむむ、わざわざ聞く必要はないと思いますが、この棘が刺さったような、モヤモヤする気持ちよ……!!
「結局彼女は何を反省したか、さっぱりわかりませんね……」
「知りたいなら調べるが?」
「いえ。今後親しい関係を結ばないとアルダールとも決めておりますので」
リジル商会は利用するけれど、跡取り息子夫婦(予定)と親しくするかどうかはまた別問題ってことですものね。
商品に罪はありませんからね……!
なんだかんだ国内外の珍しい品物や、流行の最先端の品物が欲しかったらリジル商会以上のところはありませんから。
(もしかしたら反省したよっていうその言葉自体が誘い文句のようなもので、再び何かしらの関係を結びたい、何か面倒ごとに巻き込みたい……なんて可能性もあるかもしれないし)
何でも疑っちゃいけないとは思いますが、私が面倒ごとに巻き込まれるってことは総じて王女宮のみんなにも迷惑がかかるかもしれないってことですからね。
一人の大人として、周囲のことを考えて無鉄砲なことはできませんし……こういう行動の一つ一つをどこの誰が見ているかわかったもんじゃありません。
ヒゲ殿下はそうじゃなくても、私の軽率な言動一つでボーナスの査定にも関係してくるのが王城勤務の辛いところです。
……ってそれはどこで働いても一緒ですね! ハハッ!
「本当にお前は賢くて助かるよ。……もし話を聞きたいだのなんだの言い出したらどうしようかとヒヤヒヤしたぜ!」
「わっ……」
伸びてきた手が遠慮なしにガシガシと頭を撫でてくるので、思わず変な声が出ちゃったじゃありませんか!
「まあ、アラルバートのやつが裏を探ると言っていたからもしかすればそちら経由で報告が来るかもしれねえし、来ないかもしれねえし……お前はお前で、誕生パーティーに来るんだとわかっていれば前もって腹づもりもできるだろう」
「はい」
「アルダールには適当に伝えておいてくれや」
「承知いたしました」
ヒゲ殿下からの言葉だと、素直に心配してくれているんだろうなあって思えるから不思議ですよね。
これがもしニコラスさんが来て同じ話をしたんなら、あちらの都合もニコラスさんも両方疑ってかかるしかできないんですから……。
やっぱり信頼って大事です。ええ、とっても。
「ところで茶のおかわりは嬉しいんだが、この茶菓子はもっとねえの?」
「ございますよ。もしよろしければ執務室までお届けしましょうか?」
「いや。ここで食っていく」
落ち着くからなあ、なんて言われると戻った方が良いんじゃないかなとかは言えませんよね!
廊下の方でヒゲ殿下を探す声が聞こえていたとしても!!




