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侯爵令嬢の名前はイメルダ・フォン・ロレンシオ。
私の記憶によると、ロレンシオ侯爵家には三人の子供がいてその末っ子だったはずです。
年齢は現在十七歳。
婚約者がいたのだけれど、諸々の都合により解消となって今はまだ誰とも縁を結んでいなかったと思います。
ちなみにアルダールにラブレターを出していた云々についてはアルダール本人から聞いているので間違いない情報です。
婚約が決まった折にも未練たらったらなお手紙をもらったそうなので、礼儀に則ったお断りのお手紙を出したって聞いてます。
とはいえ念のためってことで『もうないとは思うけれども直接そっちに行ったら気にせず追い返して』と私に経緯を説明した上でそんなことを言ってましたのでね、特にアルダールに対して思うところはございません。
一応気を遣って個人に対してのお断りの手紙を出したあたりはまだ優しいと思います!
それでもハンスさんに届けさせたって辺りが酷いですけど!!
なんで酷いのかって?
まあ相手の親経由で『そちらさんが変なことを言い続けているのが迷惑です』ってしないところが優しさなんですが、経由が問題です。
勿論、第三者を介在させることによって二人が婚約者の目を盗んで……とかそういうゴシップネタになりそうな部分を潰すっていうのは当然のことではあるんですが、それを担ったのがハンスさんっていうね。
もう彼がアルダールの侍従になることは確定なので、こうした雑事を今のうちから頼むのは問題ないらしいんですがハンスさんってレムレッド侯爵家の三男坊なんですよね……そう、つまるところ同格の侯爵家……!
貴族的にはとっても嫌なところで知られちゃってるぞっていうのをね!
言外にいろいろとダメージを負ったであろうロレンシオ侯爵家はおそらくご令嬢が今後アルダールにちょっかいをかけることをよしとはしないはずです。
それでもなんか言ってくるようならハンスさんが動くって言ってましたけども。
何するんでしょうね、怖くて聞きたくないので聞きませんでした。
(それにしても諸々の都合っていうのまでは知らないけれど、侯爵家のご令嬢で円満に婚約解消をしたのちに縁がなかなか……というのは珍しい気もする)
まああの年代で優良なお相手が軒並み売約済みなのかもしれないけれども。
私たちの関係が始まった頃にお手紙を……って言っていたあの頃、つまり去年の園遊会よりも前の話だったと思うんですよね。
時期的には……そう、プリメラさまとディーン・デインさまが初めてお茶会した頃じゃない?
あらやだアルダールと私も初めて言葉を交わしたくらいの頃ですよ。
あの頃は私も彼がモッテモテの近衛騎士さんって認識でしかなかったからなあ。
ははは、懐かしいモノです。
(……よくよく考えると私の時も、十八歳になる頃にお義母さまからよく『もう後妻とか商家にしか嫁入り先がなくなる時期ですよ、仕事だなんだ言ってないで帰ってらっしゃい』ってお手紙もらったもんな……)
今のお義母さまからは想像できないので、一年って長いようで短いこの期間に本当にいろいろあったなと思わずにいられません!
とはいえロレンシオ侯爵家は裕福なお家柄だったはず。
歴史も古く、代々優秀な学者を輩出することで有名だったと記憶しております。
そんなお家柄の可愛い(?)末っ子なら、どっかしら良いご縁があってもいいと思うんですけどね。
「……ライアンには事前に王妃さまのお茶会でロレンシオ侯爵家ほか、参加の貴族家の方々についてリストを見て皆様の嗜好や関係性を再確認するよう伝えてもらえますか」
「承知いたしました」
知らない、とは思わないのであえて〝再確認〟という言い方をさせていただきました。
元〝影〟であったことを考えると、派閥や人間関係というものについては大体把握していそうな気がするので……私の思い過ごしでなければ。
ただ、数多ある情報の中で特別気にかける必要もない一般のご令嬢たちのやりとり、そこは本当に必要でない限り彼らにとって流れていく情報の一つ程度なんだと思うんですよね。
深謀遠慮の駆け引きで求められる情報のうちに、身内がどうのとかで調べ上げることはあってもそれを使う必要性が今のライアンにはないわけですから。
ただ今回に限って言えば、それが重要なんです。
今後プリメラさまの公務を通じ、未来の王妃であるフィライラさまのお傍に仕えるには表に立つ仕事をしていかなければなりません。
(……ライアンはどうあっても目立つし、それを利用する場面も出てくるだろうからなあ)
そういう意味では彼も自分の容姿を利用する術を身につけているとは思うんですが……どうにも私の中で〝影〟の人ってのがセバスチャンさんとニコラスさんなわけじゃないですか。サンプルが。
このサンプルが問題すぎてライアンはどうなのか今ひとつわからないんですよね!
真面目なのはわかる! わかってる!!
セバスチャンさんがいろいろ教えているし、執事としてはきちんと仕事をこなしていることは業務日誌からもわかります。
ただ、お客さまたちを前にどう振る舞うのか、ご令嬢たち相手にきゃあっきゃあ言われるのを見てプリメラさまがどう対応なさるのか、いろいろと未知数!
(……そういう意味ではスカーレットも侯爵令嬢だから、そこにあまり連れて行きたくないのよね……)
まあいずれにせよ経験を積ませなきゃいけないことは事実なんですけども。
今のスカーレットなら以前ほどは挑発的な態度をとってくるご令嬢たちを前にしたって爆発することもない……と信じております。
ただ中にはね、貴族とはいえ……いえ、むしろ貴族だからこそお行儀の悪い方がいらっしゃるわけですから!
スカーレットもまだまだ短気なところがあるので、ライアン共々経験を少しずつ積ませていくのが大事でしょう。
今回は王妃さまのお茶会ですし、そう目立ってお行儀の悪いことをする人はいないと思いますが……。
本人じゃなく、その侍女や執事を遠回しに……なんてよく聞く陰湿なやり口は昔からある手口です。
(とはいえプリメラさまが王族である以上、彼女たちも慎重にならざるを得ないだろうし。そこで彼女たちが王女であるプリメラさまにどういう態度を取るのか、しっかりと見極めないと)
そういう意味でもライアンの能力に期待しております!
彼の記憶力や観察力を知るいい機会ですしね。
「……セバスチャンさん、スカーレットを呼んできてもらえますか? 少し聞いておきたいこともあるので」
「承知いたしました」
ついでだから同じ侯爵家繋がりで、スカーレットからも知っていることを聞いておきたいなあ。
後はお茶会のためにドレスを選ぶのに今回は彼女の意見を取り入れたいと思うのです。
今回は随従役をライアンにしてしまいましたからね。
その分、別のところできちんと参加してもらうことも大事だと私は思っております。
ほらやっぱり気分良く『自分もお仕事に参加している!』って思える職場環境って大事だよね!!




