537
とりあえず陛下のことはまた考えるとして……いや考えたくもありませんが。
どうせ働いているところにまた連絡が来るか、統括侍女さまがお迎えに来てくださるかで連行されるんでしょうからね!
気構えだけしとけって?
無理無理。根っからの小心者にもっと優しくしてください。
さてそれはともかくとして、目先の問題はバルムンク公爵さまが我が家を訪問するって件ですね。
正確にはアルダールに会うために、ですけど。
まあまだ結婚してないのに我が家って言っちゃうことにも慣れました。
というか確定路線ですし二人で今のところ内装やら何やら整えてるんだからそりゃそうもなるというか……あれ? なんだかこういうのって本来甘酸っぱい雰囲気を持ってやるんじゃないのか……?
って何度も思いながら婚約式の準備を整えてたら慣れちゃいますよねーははは。
まあキース・レッスさまの『陛下がなるべく私たちに問題がいかないように気を遣ってくださっている』という言葉を信じてしばらくは婚約式と結婚式に向けて粛々と実行に移すために行動していくしかありません。
「ユリア」
「あらアルダール、今日は夕方から任務があるって言っていなかった?」
とりあえず今日も平穏に王女宮での仕事を終え、セバスチャンさんたちに後を託して私は帰ろうとしたところでアルダールがいて驚いてしまいました。
「いや……それがちょっと面倒なことに」
「え?」
「バルムンク公爵がうちを訪問するって話になっているだろう?」
「……そうね」
お招きした覚えはないんで、訪問しないでお帰りくださいってついつい思ってしまうんですけども。
まあそうは言えないのが世間体ってもんです。
アルダールが困った……というよりは疲れた顔をしているので、私も苦笑するしかないんですけど……。
「それで、当面の間だけ私は日勤になって夜は公爵を歓待する準備をしておけと言われてね」
「ええ……」
歓待って。
多分あちらもそんなこと期待してませんよ!?
「まあそれも表向きの理由で、隊長なりに気を遣ってくださったんだろう」
「ああー……」
隊長さんが、というよりもその後ろにいる陛下が、ですかね!
なんとなくそんなことを思って私は遠い目をしてしまいましたよ。
近衛騎士隊の方々が普段から冠婚葬祭でそんなにちょくちょく都合をつけてもらえているなら別ですけど、アルダールのこの様子からすると違うと思いますし。
確かに私たちのような事例は滅多にあるもんでもないので特例中の特例とは思いますけど……。
(脳筋公爵の接待と言いつつ、はよ婚約式を終えて結婚式までの日取りを決めるか縮めるかしろって暗に言われている気がするのは気のせいかしら)
あれかなあ、陛下がもしプリメラさまの今後の社交界での盾役に私を使いたい、という目論見以外に、本当にただの親切なら。
(オリビアさまが可愛がっていて、プリメラさまが慕っている私という存在がきちんと幸せになるよう、見守っている……ともとれるの、かな?)
そう考えるとむず痒い気持ちになるし、そうであってくれたら嬉しいなと楽観的に思ってしまうわけですが。
それでもいろいろアレがアレでアレですけども!!
「しかし歓待と言っても……アルダール、あの方の好みとかそういったものは把握しているの?」
「まったく知らないな」
即答!
いやまあ親しい間柄かって問われるとそうでもないし、複雑な感情をあちらが抱いて一方的に難癖つけていただけだから交流らしい交流は……四季折々の決闘の申し込みくらい?
うーん、情緒ってものがかけらもないですね!!
歩きながら王城から出る馬車に二人で乗り込んで、どうやったら相手が喜んでくれるのかってことについて話しました。
勿論、私の方が侍女という立場からお客さまをおもてなしすることに長けてはいるのですが……ほら、そこは今回女主人という立場でもありますしね!
まだ婚約者だけど。
それに、こういうのは一人で気を揉んだって仕方ありません。
侍女としてあれこれ思いつくアイデアはありますが、一家の主はアルダールですからね。
そういう意味ではメレクの顔合わせの時とか、そういう時にやらかそうとした失敗談はきちんとこうして反省に繋がっているのです。
ええ、あれを指摘してくれたのもアルダールでしたね……!
(そう思うとちょっと懐かしいかも)
そんなに前の話じゃありませんが、それでも私も少しずつ成長しているってことなのでしょう。
これからもプリメラさまの侍女として、アルダールの婚約者として、そしてゆくゆくは妻として……ミスルトゥ子爵夫人って名前にもなるので頑張らなきゃいけないことが大量ですが、なんでしょう。
以前の私だったら途方に暮れた気もするのに、今は少しわくわくもしているのです。
「そうだ、私がケーキを作るとか」
「却下」
「ええ?」
「なんでギルデロックにユリアのケーキを振る舞わなくちゃいけないんだ」
そんなこと少しむくれた表情で言われると思わないじゃないですか。
たまーになんですけどアルダールってこういうところありますよね、子供っぽい独占欲っていうか……このギャップ萌え!
くっ……私はこれに弱いんだよなあ!!
「……それじゃあミッチェランでケーキを買ってきましょうか、お茶については明日にでもセバスチャンさんに相談してみるわね」
「うん。ごめん、手間をかけるけど……」
「いいの。ほら私もまだ婚約者だけど、いずれはこういうのを当たり前にやれるようにならなくちゃいけないでしょう? 今回のはきっといい予行練習になるわ」
「そう言ってくれると助かるよ。……ユリアが寛大な女性で私は感謝するべきだな」
ふふっと安心したように笑うアルダール、うーんもう私の操縦方法を覚えたとしか思えませんね。
これが無自覚だっていうんだから恐ろしい人……!!
「それにしてもわざわざアルダールに会いに来るって何かあったのかしら。婚約についての話にしても、ちょっと急すぎるわよね?」
「確かにね。公爵位を継いでからはその責任をきっちりと果たしているようだし、今回のように軽々しい行動はしないはずなんだけど……」
アルダールも今回の脳筋公爵の行動には首をかしげるばかりです。
ミシェルさんたちが商人に踊らされて、そこにシャグランの貴族も噛んでいた……ってだけなら別に公爵自らでなく、代理人でも良さそうなものですからね。
そこをわざわざ来るほどの話だったのか、それともアルダールに会いたかったのか。
まあ私は後者だと思っているわけですが……そうそう、ミッチェランのケーキを注文するならうちに来る日時もきちんと調べておかないといけません。
明日セバスチャンさんにお茶について相談すると同時にそちらについても情報が入り次第教えてもらえるよう外交部に話を通しておかなければ!
おそらく、あちらも連絡をよこしてくれるとは思いますが、こういうのは『こうなるだろう』って思い込みでいると後で怖いことになったりしますからね!
念のための確認ですよ。
「まあ上の人たちもこれ以上厄介事に私たちが巻き込まれないように手を回してくださるそうだから、きっとバルムンク公爵も妙な話ではないと思うわ」
「……そうだといいんだけどね」
「アルダールの婚約祝いに勝負だ! って言い出すかもしれないけど」
「それは止めてもらいたい」
げっそりした様子でそんな風に答えるアルダールに思わず笑えば、少しだけむっとした表情で彼は私の鼻をつまみました。
こんな他愛ないやりとりも楽しいんだから、いやあ……リア充してるなあ私!




