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さて、私たちの今回の旅の主目的。
それはファンディッド子爵領にある私の実母のお墓参りです。
結婚と言えば家族の問題が切っても切り離せない世の中でお墓参りはこの国でも割と大事な道徳っていうか、そういう扱いっていうか。
私も月命日には母が眠る教会にお花を届けていただけるよう手配をしておりますとも。
さすがにね、王城暮らしの侍女生活だと月命日に教会に……ってのはなかなか難しいものがあるのでね。
寄進と花を届ける、これだけでも割と孝行娘扱いされるから基準がよくわかりません。
一番良いのはやはり墓参りして寄付を直接手渡すことだそうですが、寄付なしのお墓参りはあまり良い顔をされないって聞きますし……やはりいろいろとあるんでしょう。ええ。
まあそれはともかくとして。
今回の旅ではきっと私たちに接触しようとする者がいる……はずです。
来なくてもいいんですけど。
私たちが『全て片付いた』と油断して仲睦まじく旅行なんてしている隙をついて親しくなろうってするんじゃないかなって予想を立てているんですよ。
(まあこの町に急遽泊まることになったのは想定外だったけど……)
どうせどこかに一泊して、子爵邸に行ってお墓参りして、帰りにまた一泊……って考えれば接触するタイミングはどこでも取れるでしょう。
フィッシャー男爵と侯爵家については終わりましたけどね。
シェレラトス準男爵についてはお咎めがあるわけもなく……いうなれば『フィッシャー男爵が巻き込んだ』って形にしちゃえば被害者面で終わらせられるってのがミソです。
(本当にずる賢い人はずる賢いなあ……別の意味で尊敬するわあ)
そんな努力をするんだったら真っ当な商売の方に力を入れればいいのにね!
計略を巡らせるにしてもグレーゾーンばかり狙って本業に力を入れないスタイルは褒められたもんじゃないと思うんですよ。
まあ彼らは彼らで手は打っておいたのでもしかしたら接触してこないかも知れませんが。
私もやられっぱなしではいられないのです!
なんせ私が面倒なことに巻き込まれるということはイコールで王女宮に迷惑が、ひいてはプリメラさまにご迷惑が!
勿論アルダールにも迷惑……というか結婚前に男の人がチラッチラしていたら気分がよくないですしね! 何もないとわかっててもさ!!
「ユリア」
そうですよ、そもそも結婚秒読み婚約式直前の私たちに対して愛人だのなんだのあれこれしてくるやつらが悪いんであって、どうしてこちらが振り回されなきゃならないのかって話ですが……。
「ユリア」
勿論お偉方のご意向ですとか?
権力にとりあえず擦り寄っておこうとするとか?
そういう流れができるのは致し方ないっていうかそこは貴族として理解はしておりますけども。
そういう面倒ごとから逃げたかったはずの私がなんで今更って思うと腹も立つと言いましょうかなんといいましょうか。
「ユーリーア、いい加減考え事に没頭するふりをして誤魔化すのは止めない?」
「ひゃあい!」
くっ……手強いな私の婚約者!
婚約者って言うとものすごく照れくさいけど! 恋人とはまた違う照れくささ!
慣れろよ自分ン!!
同じ部屋でベッドが一つしかない状況、思わずそれが照れくさすぎて私も考える振りをしてなんでもないように装っていましたが……やはりアルダールにはバレバレだったようです。
そしてそれを許さず背を向けてベッドに腰掛けていた私の……私の耳元で吐息と共に甘ったるい声で咎めるとかどんだけぇぇ……。
アルダールのこの甘ったるさにも慣れたはずの私の心臓が止まってしまいそうで変な声が出たことはもう聞かなかったことにしてほしい。
(本当に結婚できるのか私……!)
いやしますけど! したいし!
この部屋みたいにベッドが一つしかない状況がこれからずっとなのかと思うと動悸がですね。
恋愛経験のなさ以前に私ひ弱すぎないかな……?
(いやいや落ち着くのよユリア。前もアルダールのベッドでごめん寝したことが……ってそれ黒歴史ィ)
思い返せば思い返すほど碌な思い出が……トホホ。
しかしこうしてばかりもいられません。
恐る恐る振り返ると、アルダールが苦笑を浮かべて私を見ているんですからね。
「……まだ慣れない?」
「さすがに、ベッドが一つなのは……」
「うん。だけど私はきちんと『我慢する』よ?」
「そ、そこは疑ってない、けど……」
何を、とは言われなくてもさすがに察してますよ、ええ。
この国の倫理観で言えば結婚目前のカップルならそういう関係にあってもおかしな話じゃないよねーくらいに見てくれているし、実際そういう話は私だって山ほど王城内で耳にしましたとも。
自分には縁がないからってちょっとドキドキしながら聞いていたあの頃の私はピュアでしたね……いや、ピュアか? もうわかんないな。
「まあ今日は抱きしめて寝るだけだから安心して。これまでもそのくらいの距離感はあったろう?」
「うう……」
お互いあとは寝るだけの簡易的な服には着替えてますし、私の覚悟だけです。
思い切って体の向きを変えると、ベッドがぎしりと音を立ててそれがなんか生々しいぃ!
「……明日も、朝早いし。寝なくちゃ、ね……?」
「ああ。信じてくれて嬉しいよ」
「最初から、ちゃんと信じてる。ただ……その、恥ずかしいだけで」
「いいさ、我慢できるっていうのも本当だからね。ここまで我慢したんだ、今更あと少しくらい我慢したって変わらない」
にっこりと楽しそうに笑われると逆に怖いんですけど!?
ま、まあ、あれですよ……ここで『抱き合って眠る』『同じベッドで眠る』を経験したならきっと今後のハードルも下がるというもの!
何事も経験、そう、経験……。
カチコチになりながら横になると、アルダールも体を横たえてさりげなーく、本当にさりげなく腕枕してくれるの止めてくれないかな!?
イケメン度で嫁の心臓射貫いてくるの本当にどうしてくれようか!
外でザァザァ音を立てている雨が降っていなかったら自分の心臓の音がバレるんじゃないかって本気で思いましたね。
「それにしても外はまだ酷い雨だな」
「……そうね。ねえ、アルダールは騎士として行軍している時にこういう天候に見舞われたことがある?」
「あるよ。……そういえばこういう話はしたことがなかったか」
「お仕事に関することだから、どこまで聞いていいのかわからないもの」
「……そうだなあ。あれは私が騎士になったばかりの頃……」
アルダールが語ってくれる騎士たちの話に耳を傾けていると、段々緊張もほぐれてきて……うん、本当に優しい人とこうして婚約できて私は幸せ者です。
「ユリアは雨に思い出はあるかい」
「私? 私はそうねえ……。そうね、ご側室のオリビアさまとの思い出があってね……」
雨にまつわる思い出を、誰かとこんな風に懐かしむなんて。
これまでオリビアさまとの思い出を共有しているのは、王弟殿下だけでした。
私がご側室さまと仲良くしていただいた見習い時代も、あまり公言してはご迷惑がかかったでしょうし……やはりやっかみも少なからずありましたから。
自分は王族と親しいんだぞ! って自慢しているように取る人がいたんですよね。
私にとってオリビアさまは大切な……姉のように慕う相手でしたが、その思い出を汚されるみたいで誰にも話せなくなっていたことを思うとこうして優しい笑みを浮かべてくれるアルダールが隣にいてくれることは、どれだけありがたいことなのか。
「アルダール」
「うん?」
「……早く二人で暮らしたいね」
まだまだ照れくさいけれど。
二人っきりの新生活ってのとはほど遠いのも現実の世知辛いところだけど!
でも心の底から、私はそう思っているのだ。
恥ずかしいから布団に潜ってやったけどな!
「……いつまで経ってもずるいなあ、ユリアは」
そんな声が聞こえたけど聞こえない! あーあー聞こえない!!




