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「折角フィッシャーさまがそのようにお心遣いをしてくださっているのですし、その方にご挨拶しないというのも失礼ですものね。とはいえ、私も貴族令嬢の端くれ。いくらなんでも婚約者がおりますのに一人で向かうなどできませんから是非婚約者であるアルダールと共に伺わせていただけたら嬉しいですわ」
「い、いや、その……それは」
「心を寄せてくださいましたのにお応えできないのは確かに申し訳ないとは思いますが、私たちが心より想い合っているのだということをお伝えすればきっと納得してくださることでしょう。そうなればフィッシャーさまも憂いがなくなりお役目にますます励むことができますわね」
「……そ、れは」
「どうかしら、アルダール」
「ああ。隊長にも話を通そう。きっとフィッシャー殿のその優しさに感銘を受けて配慮してくれることだろうしね」
「い、いやいやいやそのようなことをしていただくわけには! 近衛騎士という陛下の盾であり剣たる方にお手数をお掛けするわけには……」
「おや? 王女殿下の大切な専属侍女であり筆頭侍女である彼女に手間をかけさせるのはいいのかい?」
「……キース・レッスさま」
「ひぃ」
にこにこ笑顔でアルダールの背後から現れたのはキース・レッスさまでした。
いやあ、このタイミングでその笑顔は怖いなあと思わずにいられません!!
フィッシャー男爵なんて今にもぶっ倒れそうじゃありませんか。
まあ私も少しばかり意地悪な物言いをしてしまったと思っております。反省はしておりませんが。
以前から少し考えてはいたんですよね。
なんだかんだとこうしたことは、今後も起こるのではないかなと。
では言い方は悪いですが、一人か二人、思いっきりぶった切ってやってもいいのでは? と。
(……私も上の人たちの考えに感化されてんのかなあ)
まあ相手が大人しく引くなら追う気はありませんよ。
一人で行くなんてことは絶対にあり得ませんし、どうしても断れない状況だったら王弟殿下に連絡の上セバスチャンさんに同行してもらおうと思っていましたし。
メッタボンやレジーナさんに頼んでもいいんですが、あの二人だと物理の方が早いとか言い出しそうなので……。
しかしここでキース・レッスさまが登場してしまうとなると、フィッシャー男爵も可哀想だからもういいか……というわけにはいかなくなってまいりました。
アルダールとはもしもこういうことがあったらと打ち合わせしてあったので、彼がきたタイミングで何も気づかないフィッシャー男爵がペラペラ話してくれたのをこれ幸いと乗っかったんですが、キース・レッスさまに関しては私たちの予想外ですからね!
「筆頭侍女殿は王族にとって大切な手足だ。王族にとっての剣や盾と同じほどに大事なことだよ、フィッシャー男爵」
「ぞ、ぞ、ぞぞぞ存じておりますとも! ただお願いをしただけで無理に機会を捻出してほしいとは申しておりません!!」
「ははは、それはそうだろうねえ。なにせまだ結婚していないとはいえ二人は立場的に言えば君よりも上の身分。貴族としても、城内の立場としても、君がこの二人に何かを強く言える立場にはないよねえ」
こっわ。
穏やかこっわ。
身分差でぶん殴っていくスタイルのキース・レッスさま、優しい笑顔とのギャップにキュンとするっていうか心臓鷲掴みですね!
あれ自分がやられる側だったら同時に胃が痛くてたまんないやつです。
でもまあ以前からこういう手合いが増えるだろうと言うこと、適当にあしらいすぎても厄介だし相手しても厄介だしどうしたらいいかとアルダールと一緒に悩んでいたことではありますので、一つフィッシャー男爵には犠牲になっていただくのが良いでしょう。
おそらくはこの場でこういうことがあれば、小心者である彼のことですから大人しくなってくれるでしょうし……彼の様子からその他大勢が察してしばらく大人しくなってくれればそれはそれでラッキーくらいに思うことにします。
(まあ雨後の筍のごとく、こういうのは途絶えないものだとビアンカさまも遠い目をして笑ってましたからね……)
貴族社会、地位と身分と横の繋がりが揃うと面倒くさいことが増えるものなのでしょう。
その分、豊かな暮らしを送ることができるのでしょうけれどね!
アルダールも私もそれを望んでいなかっただけにありがた迷惑ですけど。言えませんが。
「わわわわたくしめは仕事に戻らねばなりませんので! はい!」
「ははは、すまないねえ割り込んで。例の彼にもよろしく伝えてくれたまえよ。ああ、それとフィッシャー男爵、君のご生家である侯爵家から近々君に連絡がいくかもしれないからそのつもりでいるといいよ」
「は、はいぃぃぃい……」
おっと、これは近々フィッシャー男爵の姿を王城で見ることはなくなるかもしれませんね……。
まあ惜しむような相手でもないので何も感じませんが。
でもスカーレットが残念がるでしょうかね? 自分の手……というか口でコテンパンにできないことを惜しむかもしれません。
とはいえ淑女としてはあまりよろしくない光景しか想像できませんでしたので、それはそれ、彼女の名誉が守られたと思うことにいたしましょう。
「いやあ、余計なお世話だと思ったけどねえ。ついついでしゃばってしまったよ」
「……ありがとうございます。角が立たないよう気を配ってくださったのでしょう?」
「ふふ、ユリア嬢は相変わらず優しいなあ。アルダールも先輩をこのくらい労ってくれていいんだよ?」
「貴方を労るんでしたらまず後輩時代の私を労ってもらいたいものですが」
「相変わらずだなあ、お前は!」
少々態度の悪いアルダールのその言葉に、キース・レッスさまは楽しげに笑いました。
そういえば頑なだった時代のアルダールは、近衛騎士になったばかりの頃にキース・レッスさまの世話になったとかなんとかって話がありましたね。
もしかしなくてもキース・レッスさまのこの話術と世話焼きスキルのおかげで早々に貴公子の仮面を剥ぎ取られて素のアルダールが暴かれていたのかと思うと……ちょっと聞いてみたい気がします。
(そのうちタイミングを見て聞いてみようかしら)
なんだったらディーン・デインさまとメレクを誘って、セレッセ伯爵夫人も交えてお茶会なんてどうかしら?
それならなんの違和感もないでしょうし……周囲からあれこれ勘繰られることもないはずです。
うん、いいなそれ。
後ほど相談してみましょう、まずはメレクとね! あの子もいろいろと忙しいですから!!
「まあ二人のおかげであちこち調べがついてねえ、そろそろ周辺も静かになってくる頃だろうから、今後は手出しを控えるよ。だがいつでも相談してくれて構わないからね?」
「ありがとうございます」
「それじゃあ二人の邪魔をしてはいけないな。婚約式を楽しみにしているよ!」
そう言って笑顔で去って行くキース・レッスさまを見送って私とアルダールは顔を見合わせました。
「……フィッシャー男爵、あれで終わると思います?」
「ああいう相手こそ面倒くさいタイプが多いからなあ。……少し、気にかけておこうか。できるだけ誰かを連れて歩いてくれる?」
「わかりました」
キース・レッスさまはああ仰いましたが、私たちはまだまだ油断がならないと思うのです。
なんていうかね、ああいうタイプって往生際が悪いと思うんですよね!
ただの勘ですけど!!




