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「ふう、なんとか上手く切り抜けられたかしら。毎回上手くはいかないだろうけど……」
「そうだなあ。なりふり構わないってのも考えものだよ」
苦笑するアルダールはそれでも余裕そうですけどね!
あんなふうに女性に囲まれるなんて彼からしたらよくあることだったかもしれませんが、私としては不満で……ううん、どうしてくれようか。
多分私が不満を感じることくらい彼もわかっていると思うんですよ。
だからってここでアルダールを責めるのがお門違いであることも、わかっておりますとも。
「……なんだかアルダールだけ余裕で、ずるい」
「え?」
「あっ!」
前々から思っていたこととはいえ、声に出してしまって私は慌ててしまいました。
幸いというかなんというか、馬車の中だったので他の人に聞かれなかったけれど……でもしっかりとアルダールの耳には届いてしまったようです。
他の人に聞かれるのも気まずいですが、アルダールに聞かれるのはもっと気まずいね!?
「……どうして?」
「えっ、いや、あの……聞かなかったことには」
「できないな」
「……ええと」
どうしてずるいと思うのか。
なんとなくそう思っていたし、感じていたそれについて私はまだ上手くできない気がして少し考えました。
どう伝えたら、アルダールにわかってもらえるのだろう、と。
(……アルダールは、ずっと私を大切にしてくれて、嫉妬したり拗ねたり、いろんな表情を見せてくれた)
私だけが好きってわけじゃなくて、ちゃんとお互い想い合っていると理解しているし、だからこそ共に未来を歩みたいとそう思っているわけです。
でも、じゃあ、なんで?
「……最近、私ばっかりアルダールのことが、好きで……苦しい、から?」
ああ、それがしっくりくるのかも。
彼が私のことを好きだってたくさん言ってくれて態度で示してくれているのはわかるんですが、以前よりも落ち着いたというかなんというか……いえ、目減りしたとかそういうのではなくてですね、おそらく私側の問題なんですよこれは。
って思わず自分で納得してから、ハッとしました。
めっちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってるな、私!?
「ああああああの、これはその」
「……あのねえ」
はあーっと大きなため息を吐き出すアルダールに、呆れられてしまったかと慌てて弁明をしなくてはと思いました。
だって、好かれているのに、婚約までしているというのに何をおかしなことを言っているのかって話じゃないですか。
アルダールは片手で自分の顔を覆うようにして、深いため息を吐いたまま顔を上げません。
やらかした、どうしよう。
そんな考えで慌てる私でしたが、ふとアルダールが視線だけこちらに向けたことで気づきました。
馬車の中で薄暗いとはいえ、カーテンを引いているわけでもないのでそれなりに明るいからはっきりと見えたのです。
彼の顔が、真っ赤ではありませんか。
えっ、なんでこれで照れるんですかね?
思わず頭が追いつかなくて目を瞬かせると、アルダールはまた大きなため息を吐きました。
「私の方が、ずっとユリアを追いかけていたのに、どうしてそういうことを言うのかな」
「え、っと……」
「ようやく結婚して、ユリアの全部を堂々と手に入れられると思えたからこそ、落ち着いたように見えるだけだって覚えておいて」
アルダールが忠告するように、そう低い声で言いました。
不機嫌というよりは、拗ねているという感じでしょうか。
でもだからこそ、私は首を傾げました。
「随分前からそうじゃないの? お互い」
「……え」
「婚約する前から私はアルダールとの未来が見えたら嬉しいと思っていたし、アルダールもそうだと知れて嬉しかったし……今は実際、そうなると思って正直浮かれている部分が大きいわ」
「……」
全部。アルダールの言う全部ってなんだろうと私は首を傾げるばかり。
私はこれからを一緒に歩くことで、お互いの全てで支え合って笑い合って、時には喧嘩をしたりすれ違ったりもするだろうな……なんて思い描いているわけですが。
やっぱりなんだかアルダールと少しだけニュアンスが違うというか。
いえ、違う人間なのだから考え方も異なって当然なんですけど。
だからこそ、こうして言葉を交わすのって大事だなあ……なんて改めて思いました。
「あー、うん。まあそうなんだけど」
少し困ったようなアルダールが私に笑いかけました。
この表情は照れているなって思うんですが、そのまま狭い馬車で対面状態で座っていたということもありあっという間に抱きすくめられてしまいました。
(……これは、照れ隠し……?)
いまいちアルダールの照れポイントがわかりません。
まあ、私の発言も相当恥ずかしいものだったので多分こちらも顔を真っ赤にしていると思うんですけど。
「……全部、私の?」
「そ、そう、です、よ?」
なんだろう、そう復唱されるとものすごく恥ずかしいんですが!
でもまあ、嬉しそうだから……いいんですけど。
「婚約式とか、他にもいろいろ控えていて……お互い、忙しいだろう? だから私は私なりに自制しているんだよ、これでも」
「自制」
「そう。自制」
何をでしょうか。
私の部屋にやってきては膝抱っこだのキスをねだったりしているあれの何が自制!?
と思いましたが、これまでの流れで少しだけ思うところもあります。
もしや、いや、まさか。でもこれしか。
「……もしかして、ええと」
「……多分ご想像の通りって言ったら、ユリアが困るだろう」
「え、ええと……ええと……ええと!?」
「いいんだ。いずれ夫婦になれるし、それからでも。もっと待つと思っていたんだから、今更焦らない。ユリアはとっくに全部、私のもの……なんだろう?」
ぐはあ! そんなところで墓穴掘ると思いませんでした!!
違うというか、そういう意味で言ったんじゃないっていうか、それは多分アルダールもわかってるくせに! わかってるくせに!!
(……これは私が鈍感とかそういう問題ではなくて、認識の違いだ。そう、認識のすれ違いだ!!)
どうしようこれからどんな顔をしてアルダールと過ごせば。
いやまて、新年祭の時も似たようなこと考えてたな。
私、進歩してないな……!!
「あ、あの、アルダール離して」
「うん」
パッと離してくれたアルダールの顔は普段通りに戻っていました。
逆に私は先ほどよりも赤くなっていると思います。
くそう、今頃自覚して可愛いなあとか口を開いたら言い出しそうなその雰囲気、言わせないけどむしろアルダールの方が可愛いんだからな!
「そうです! 家名決まったんですか!!」
勢いに任せて私はアルダールに問いました。
そうですよ、今日はこれで家紋を決めに行くって話なんですからね!?
まったくなんだってこんなリア充丸出しな会話を馬車の中でしているのか……いえ、十分リア充だからなんですけど。
「うん。ミスルトゥに決まった」
「……ミスルトゥ」
それは宿り木を示す言葉。
花言葉は……確か、困難に打ち勝つ、です。
「どんな困難も、ユリアとならやっていける。私はそう信じているよ」
アルダールの笑顔は、どこまでも誇らしげでした。
その言葉は、私にとっても嬉しい言葉です。
「……私も」
この人とだから、いろんな面倒ごとを前に頑張ろうって今までもやってこれたんです。
だから、確かに私たちに似合いの家名かもしれません。
刺繍、頑張ります……!!




