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はてさて、私は正直困り果てている。
アルダールから『家名が決まったらしいから行ってくる』という連絡と共に、庭園で待ち合わせをしていたんですよ。
その足で事前に予約をさせてもらっていた家紋を作る職人さんのところへ相談しに行くってことでね?
ほら、アルダールの呼び出しが一体どのくらいで終わるか分からないから、私はギリギリまで仕事していたわけですよ。
終わったら誰かに伝言を頼んで、待ち合わせしやすい庭園あたりで……って感じでね?
「……なのになんでこうなったんですかね?」
「いやあ、ホント面目ない」
私の横にいるのはハンスさん。
どうやらアルダールとなるべく一緒に行動を共にするように心がけていたそうなのだけれど、ほんの少し離れざるを得なかったらしいのだが……その間にアルダールが貴族令嬢複数人に囲まれる事態に!
あっ、表向き穏やかな顔をしてるけどものすごく不機嫌ですよ、あれ。
よくあの令嬢たち気づかずに延々話しかけてられるな……それとも気づいていても頑張って話しかけているのか、どちらにせよメンタルすごすぎて逆に尊敬しそう。
「くっそう、あれこれ遠ざけてきたけど俺が邪魔だからってどうでもいい野暮用で呼びつけやがって……」
「どういうことになっているか説明をしていただいても?」
「簡単に言うと、アルダールのやつが将来有望株だろ? だから愛人枠狙いに娘とか遠縁の娘を押し付けたい奴らがいるってこと。……言い方アレなんだけどさ、バウム伯がそうだったんだからアルダールも同じ価値観だって思ってんじゃねえ?」
「ああ……」
バウム伯爵さまが婚前に婚約者以外とそういう関係になって子供を儲けたから、アルダールに愛人ができてもバウム家は容認するだろうって?
アルダールと、クレドリタス夫人を守るためにバウム伯爵さまが沈黙を貫いて好き放題に噂させた因果がこんなところにも来るなんて思いませんでしたね!
まあアルダールに限ってそれはないってわかっちゃいますが、他の人がどう思っているかはまた別問題。
バウム家が庶子についてはっきりと表に出している以上、そういうふうに取られることも仕方なかったことでしょう。
実際、私も噂でですがバウム伯爵さまの愛人になろうと虎視眈々と狙う女性が当時は多かったと聞いておりますし……息子の代にまでそれを引っ張るとは思っていなかったでしょうけどね!
いや、引っ張るだろう。
今頃バウム伯爵さまの眉間に三つくらい皺が増えているかもしれない。
(その上で、うちよりも爵位の高いところのご令嬢なら私が強く出られないだろうって踏んでいるんだろうな)
だからこそ、こういう事態を考えてナシャンダ侯爵家へ養子縁組……なんて話もあったんだろうなと思うと、やはり私はいろいろと守られていたんですね。
でもその楽な道を自ら断ったのですから、きちんとここで対処して見せなければ顔向けできません。
ハンスさんも女性よけで頑張ってくれていたみたいですし?
「俺もまだ貴族の端くれだからさあ、レムレッド家繋がりとか爵位が上の連中とかに呼ばれるとそこんとこ弱いんだよねー。とりあえずユリアちゃん、あの令嬢たち知ってる?」
「その呼び方は却下したはずですけど?」
「えー、いいじゃん。アルダールのヤツは何も言わなかったよ?」
「それは諦めてるだけでしょう。……まあそれはともかく、あの方々でしたらよく王城にいらしているご令嬢ですね。外宮のあたりでお見かけすることがありました。頻繁ではないと思いますが、ご家族への面会にしては多い気がいたします」
うん、アルダールはハンスさんに言うだけ無駄だと思っているんじゃないでしょうか。
私は! 拒否し続けますけどね!?
いやあ、ちょっと自分の年齢的にも『ちゃん』づけは厳しいなって。
似合う人ならいいと思うんですよ、似合う人なら。
一応この世界じゃあお嬢さんって年齢を超えているわけですし、無愛想とか言われがちな私に使う言葉じゃないと思うんですよね!
まあその辺は今後も却下し続ければいつか実を結ぶでしょう。多分。
それはともかくとして、今アルダールを囲んでいるお嬢さんたちへの対処の方が問題ですね。
「へー、よくわかるね」
「一部の侍女はお客様の顔と名前を一致させるよう訓練が施されます。とはいえ、詳しく彼女たちについて調べる必要があるなら外宮筆頭に協力をお願いした方がいいでしょうが……そこまでではないんでしょう?」
「ああ。とりあえずは俺が行って散らしてもいいんだけど、いろいろと面倒なことが起きそうなご令嬢も交じってると思うからここは是非奥方さまのご協力を得たいと思ってさ!」
まったく、都合のいいことで。
そう思いましたが確かにハンスさんに全部をお任せするのもあれでしょう。
アルダールがいくら不機嫌そうだからって女性に囲まれている姿を見るのは好ましくありませんしね!
決して嫉妬とかそういうんじゃありません。
ちょっと面白くないってだけの話です。
それに時間だって有限なんですよ。
私たちは夜には戻ってきてまた明日の仕事に向けて休むんですから、変なことに時間を取られたくないんです。
「……私は行きますので、レムレッドさまはタイミングを見て割って入ってください」
「了解しました」
深呼吸を一つ、二つ。
令嬢としては相変わらず今一つどころか十個くらい足りていない私ですが、侍女としての心構えで足を向けます。
そう、遠くない未来、プリメラさまがよその貴公子たちに囲まれても、ご令嬢やご夫人方に囲まれても捌くための練習!
そう思えばいける! というかやらねば!!
「アルダール、お待たせいたしました。そちらはご友人の方々ですか?」
にっこり笑顔を意識して!
こういう時こそ余裕があるんだぞってところを見せつけるのだとビアンカさまも仰っていました! プリメラさまにですけど!!
「ユリア」
「せっかく楽しくお話ししているところ申し訳ないのだけれど、そろそろ行かないと約束の時間に遅れてしまうわ」
私はご令嬢がたに微笑んで会釈をし、アルダールに対して親しげに彼の腕へそっと手を伸ばしました。
ボディタッチは親しい者同士がするもので、それ以外では貴族令嬢や子息の振舞いとしては少々はしたない行為とされていますからね!!
私は婚約者だから許されるのであって、貴女がたとは違うんですよ……というのを行動で示す先制パンチですとも。
「ああ、すまない」
アルダールもアルダールで私が来た途端に笑顔を……いや、うんあれは意識してやってるものじゃないな。
普通に嬉しそうに笑うのずるいな。
変な声出かかったじゃないですか。まったくもう!
(なんだろうなあ、アルダールは婚約してからの方がものすごく余裕があるんだよなあ)
私ばっかり焦っているというか、いやそれは前からか?
それでもアルダールの愛情はものすごく感じるようになりましたが、前よりもこう……落ち着きがあるっていうかなんていうか。
「……ファンディッド子爵令嬢にもご挨拶をさせていただきたいですわ。この度はご婚約おめでとうございます」
にっこり笑うのはこの集団の代表格なのだろう。
着ているものも仕立ての良い品だし、身につけている装飾品も高級品とみた。
どこの家のご令嬢かまではちょっと私にはわからないけれど、やはり外宮で何度か見かけたことのあるご令嬢です。
名乗らないあたり、私に対する敵対心むき出し……ってところでしょうか?
失礼な行動だとしても、お祝いを言われたなら私も答えないといけませんね。
「ありがとうございます。国王陛下が祝福してくださったこの縁を大切にしていきたいと思っております」
にっこりと、陛下が祝福したという部分を強調して言えば彼女たちは押し黙るしかできないようでした。
うん……なんかちょっと意地悪だったでしょうか。
私がそんなことを思っていると、アルダールが肩を抱いて微笑みました。
幾人かのご令嬢がそれを見て私を睨んできましたが、なんでしょうねえ、可愛らしく思えるようになったのは私も余裕があるんですかね。
「おーいアルダール、馬車の準備ができたぞー!」
そしてタイミングを見計らっていたハンスさんがここだとばかりに笑顔でやってきました。
うん、空気が読めない男の名誉は挽回されましたね! 多分!!




