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さて、アルダールと約束も取り付けたところで私にはビッグイベントが控えているのです。
婚約式? いやそりゃ勿論そちらもビッグイベントですけども。
というかちょっとそういうの目白押しすぎないかな?
あんまりありすぎても食傷気味っていうか、いやまあそういう話じゃなかったです。
で、何かっていうとですね……。
そう、プリメラさまと一緒に、お墓参りです。
本当はね、あの授与式の翌日にでも……って話だったんですけどあれこれ重なった結果今日になったわけですよ。
でも正直、すぐに……というのは勇気が必要でしたから、助かった気もします。
(オリビアさま)
お名前を呼ぶことを許されてから、そっと心の中で何度もお呼びしてはこの日を待っておりました。
許可をもらっているのだからいつ行ってもいいのでしょうけれど……。
なぜだか、行くのに勇気が必要だったのです。
ずっと訪れたいと思っていたのに、いざそれが目の前に出てきたらどうしていいかわからない、そんな感覚に陥ってしまって……。
もちろん、プリメラさまのご都合という点もあったんですけどね!
「かあさま、大丈夫?」
「……プリメラさま」
墓地に一歩足を踏み入れたところで思わず立ち止まってしまった私を励ますように、プリメラさまが笑みを浮かべました。
その笑顔はまだあどけなく、そしてとても可愛らしいものです。
これまでプリメラさまが王家の墓所を訪れる際、私もこの入り口から外でお待ちすることはありました。
陛下と共に赴かれるその横顔は、いつもとても沈んでいらして……でも今日のプリメラさまは笑顔を浮かべておいでです。
その顔は、このところよく目にする〝吹っ切れた〟笑顔で、私はなんとなく無性に泣きたい気持ちになりました。
「大丈夫です、申し訳ございません」
「ううん。いいの」
王家の墓所は広く、そして綺麗でした。
管理人と警備の兵士が常駐し、庭師も定期的に訪れる……そうして美しく保たれた静謐な空間で、この国の象徴たる方々が眠っておられるのです。
そこに足を踏み入れることを許されるのは、王族のみ。
儀式で訪れることがほとんどで、他は……あまり、訪れることもないように思います。
「こっちよ」
「はい」
夕暮れの色が、墓所を染め上げる中で……プリメラさまと私は、並んで一つのお墓の前に立ちました。
そのお墓はここにあるお墓のどれよりも小さく、墓碑銘にはただ『オリビア妃』とだけ刻まれていて、装飾もなく……それが潔いほど、美しくも思えました。
(オリビアさま)
遅くなってしまったとか、ずっと来たかったとか、そういう気持ちがたくさん……たくさん胸の内にあったはずなのです。
だけれど、実際にお墓を前にしてできたことは、持ってきた花をギュッと握りしめるだけでした。
私の傍らで、同じように花束を持つプリメラさまは静かにお墓を見つめていたかと思うと一歩前に出てそっとお花を供え、私を見ました。
「ユリアも」
「……はい、プリメラさま」
たった二人分のお花なのに、それだけで一杯に見えてしまうほど小さなお墓。
ここにあの方が眠っているのだと思うと、とても不思議な気持ちです。
あの穏やかな笑みを、優しい声を忘れたことは一度たりともございません。
(オリビアさま、私もとうとう結婚するんです。驚きですよね)
精一杯ここまで駆け足で来た気がします。
大切な、姉のように慕ったオリビアさまの死、そしてプリメラさまの支えになりたいと思ってから今日まで……。
いいえ、むしろ私がプリメラさまに支えてもらったのかもしれません。
悲しい気持ちに呑まれることなく、私が前を見続けられたのはプリメラさまがおられたからです。
「今日はね、お母さまに報告があるのよ」
「……プリメラさま?」
思いがけない言葉に、私は思わず目を瞬かせました。
視線は墓石に向けたまま、プリメラさまは私と手を繋ぎました。
「お母さまに代わって、ずうっとわたしのかあさまだったユリアがわたしのお義姉さまになるの。きっと、お母さまがいらしたらとても喜んでくださったと、そう思っているの」
それはオリビアさまに向けてなのか、私に向けてなのか、あるいはご自身への言葉なのか。
それはわかりませんでしたが、私はただプリメラさまのお言葉に耳を傾けました。
「お母さまがいないことは悲しいし、いてくれたら……って思うこともたくさんあったわ。お父さまもわたしを通してお母さまを見ているってわかっていたし」
「……プリメラさま……」
「でもね、寂しくはなかった。いつだってユリアがいてくれたもの。セバスや、メイナや、スカーレットも。お母さま、わたし、幸せよ。ずっとそれを、ユリアと一緒に報告できたらいいなって思ってたから、叶って嬉しい!」
そう言って照れ笑いを浮かべるプリメラさまのお姿は、夕日を受けてキラキラしていました。
ああ、なんて綺麗なんでしょう。
普段から何よりも尊く、大切なプリメラさまだと思っています。
でも今日、この日のことは私もずっと忘れられないに違いありません。
「……私も、ご一緒できて嬉しゅうございます」
「これからはかあさまじゃなくてねえさまって呼ばなくちゃね」
「プリメラさまったら!」
おどけた様子で言うプリメラさまは、きっと私に気を遣ってくださったのだと思います。
だって私、今にも泣いてしまいそうですもの。
もちろんこれは、感動でです。
日々プリメラさまのご成長を感じ取っている私ですが、もうどこを見ても恥ずかしくない淑女ではありませんか。
(下手したら私よりもずっと)
かあさまと呼んでいただけただけでも嬉しい話ですが、これからは義姉ともなるのです。
目標とする人物……というのはちょっとハードルが高いので無理かなと思いますが、それでも格好悪いところは見せられませんよね!
「プリメラさま、そろそろ風が冷たくなって参りました」
「そうね、帰りましょう。わたしたちの王女宮に」
「はい」
プリメラさまは数歩進んで、お墓を振り返りましたが……すぐに視線を前に戻しました。
私も同じように墓石に視線をやって、お辞儀を一つ。
これはきっと、プリメラさまと私にとっての区切りの一つだったのでしょう。
だけれどこれが最後ではないのです。
「プリメラさま、またご一緒しましょうね」
「うん!」
繋いだ手は、これからも変わらずに続くのです。
王女と侍女から始まって、母娘のような関係を築き上げ、そしてこれから先では義理の姉妹となるのです。
(だから、どうか)
ここに入ることを許されているとはいえ宮仕えの人間ですから、こまめに……というのは少し無理ですが。
それでも、これからもオリビアさまに会いに来たいと思うのです。
プリメラさまとご一緒に来たり、何気ないことを話しに来たり。
きっと昔のように、オリビアさまは笑って受け入れてくださることでしょう。
私たちは幸せにやっていると、これから先もずっと胸を張って言えるように。




