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「アルダールから前にうちの親父と話した……みたいなこと聞いたことない? あの時には俺の立ち位置と役割を含め、アイツには説明してあったんだよね」
「……そういえばそんなこと、ありましたね」
レムレッド侯爵から呼ばれたって、詳しい話はできない……って。
ああなるほど、あの時この話をしていたのなら私に話せなくて当然です。
「しかし何故役目を解かれたのです? アルダールが近衛騎士を続けるからですか?」
「うーん、それもあるけど……あいつの危うさが消えたこと、それと俺が担当していたもう一人に目処がついたからってとこかな」
「もうひとり」
その言葉に私は思い当たる人物がいます。
ハンスさんが、可愛いとべた褒めしていた彼女の姿が脳裏に浮かびました。
そんな私を見て、ハンスさんは困ったように笑ってからはっきりと、言いました。
「そ。ミュリエッタちゃんね」
思えば、出会いからして偶然ではなかったのでしょう。
足を怪我したことすら、もしかすれば彼女を試す行為だったのかもしれません。
冒険者として巨大モンスターと戦う父娘、国から派遣された騎士。
彼女を庇って怪我をしたとして接点を持ち、彼女が治癒魔法を使用するのか否か……それを見定めるために?
その後、彼女と接点を持ちやすいように?
今にして思えば不自然なことはたくさんあるのです。
あの頃の私は、そのことすら【ゲーム】による強制力の一環だろうかと思っていたところがあったので強く疑問に思うことはありませんでした。
(でもおかしいと思うところはあったのよね、たくさん)
いくらハンスさんが彼女のことを『可愛い』と思っていてもおかしい話だったのです。
叙爵が決定していたとはいえ、まだ儀式前の彼女が王城内の、私たちが普段過ごすようなところまで足を踏み入れていたこととか。
まああれは一応、王城内の人であれば誰でも入れる庭園の一つですが……。
普通に考えれば、モンスター退治で初めて会っただけの可愛らしい女性を近衛騎士という立場の人間が容易に王城の奥へ招き入れるでしょうか?
それにハンスさんの名前を使って私と面会しようとしたこととかもそうです。
面会室での申請そのものは富裕層出身とはいえ、王城で一般家庭の人間も勤めていることからその方法はすぐにわかります。
ですがあえてそこで『ハンスさんの名前』を出すなんて小ずるいことを、どうしてミュリエッタさんがしたのか?
「あの子がどんな子なのかは傍にいたからよくわかったよ。他国の気配がないことは何よりだった」
「……レムレッド様……」
「あのまま、俺を選んでおけば良かったのにねえ、あの子。それなりに幸せになっただろうに」
クスクス笑う彼の笑顔からは、前に『ミュリエッタちゃん』とデレデレしていた雰囲気は欠片も見つけることができませんでした。
ということは、あの好意も演技だったということでしょうか?
(ええ、なにそれ怖い……)
この国は割と恋愛に対して鷹揚だから忘れがちですが、貴族としてはある程度演技とかは勿論ありますよねそうですよね理解はしておりますが身近にそういう人がいるってのはやっぱりちょっと怖いですよ!?
でも、コレで色々と納得ができた気がします。
「……それを私に話しても良かったのですか」
「いーのいーの。もうアルダールのやつにも話してあるし! アルダールと結婚するって決まった以上、ユリア嬢には全部バラしていいって決まったからね。何も知らせずに巻き込んだら、最終的に王女殿下にも迷惑がかかることもあるかもしれないでしょ? まあ、それでも丸々全部ってわけにはいかないけどね!」
朗らかに笑うハンスさんは、肩の荷が下りたと言わんばかりの表情です。
でもそれって私たち二人にも事情を明かして、より詳しく知っているであろうハンスさんを近くに置くことで色々な意味で王家に枷をつけられた気分なんですが……。
いや、言い方悪いですけど。
でもその通りなんでしょうね。
(しかもプリメラさまのことを出されると、私が弱いこともわかってらっしゃる)
果たしてコレは王弟殿下か、或いは王太后さまか。
王太子殿下による温情の可能性もあるし、王妃様って可能性もワンチャン……。
うん、心当たりがありすぎるのも問題だなあ!
そのくらい私がプリメラさまに対して一途なことが周囲に知られているってことですね。良いことです!!
「俺がいることで面倒だなーとか思ったでしょ」
「え? いえ、そのようなことは」
「いやいやーこれでも役に立つからさあ、そう邪険にしないでよ。……アルダールに対しては、これで罪悪感持たずに付き合っていけるって思ってるからそこは信頼してくれたら嬉しいなあ」
「……お役目は、いやだったんですか」
聞いてから、私はそれを聞いたら身も蓋もないなと思いました。
だって好き嫌いで決められるものではないからこそ、貴族としての務めの一環として受け入れたであろうハンスさんにそれは失礼だったなと……。
ですが、彼は微笑みました。
これまで見たことのない、笑顔でした。
穏やかで、すっきりした……私は、この表情を知っています。
「いやだったね」
そうです、アルダールがバウム家の別邸で、決別した後にすっきりしたものとどこか似ているような……。
わかってしまえば、もうそれ以上言うことはありませんでした。
「……そうですか」
「そうさ。まあ、アイツにも詫びて話して、これからよろしくって言ってあるからさ。精々新婚の二人が周囲に邪魔されないように俺が動いておくからそこは安心してよ」
「エッ」
「新婚の時くらい静かに過ごさせてやれっていうんだよねえ。まあ早く二人には陞爵してもらって伯爵位から上になってもらいたいと思ってるっぽいんだよねえ」
ああ、うん。
そんな気はしていましたよ。
陛下があの場で伯爵位を授けたいと言ったのは、本来ならばそのくらいの地位を与えたかったということだと思うのです。
理由としては簡単。
プリメラさまのためです。
そのためには、私が子爵夫人では困るのです。
(伯爵位は高位と下位のどちらにも顔を出せる立場……)
バウム家と対等まではいかずとも、その負担を減らせるぐらいになってプリメラさまのお役に立てよって陛下は思っておられるんでしょうよ!
そのためにはなんでもいいから早く功績をあげろってことでしょ!?
当然ながら侍女である私が功績をあげるなんてそう簡単な話じゃないので、そうなるとアルダールにまたモンスター退治だのなんだの押し付ける気満々ってことじゃないですか。
やだなあもう。
「だ、大丈夫。今のうちから俺も根回ししとくからさ。ね!?」
「よろしくお願いいたします……」
「たださ、装飾メガネのこととかナシャンダ侯爵様んとこのビジネスの件とか、他にも細々ちょちょーっと筆頭侍女サマが手を貸した件が世間に知られるかもしれないけどそこんとこは許してほしいかな」
「え?」
ビジネスパートナーとかの件は、おおっぴらにはしていないはずですが何故ハンスさんは知っているのでしょうか。
いえ、完全に隠しているというわけではないので……それと他にも?
他といえば思い当たるのはカップルのお守りアクセみたいなあれですかね?
私がよくわからないままに目を瞬かせていると、ハンスさんが猫のように目を細めて笑いました。
「まあまあ任せてよ、奥方様。……なんてね!」




