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さて、授与式が終わったからと言って仕事がなくなるわけでもなく……通常業務の日々が戻って参りました!
むしろこういうのでいいんです。
大きな授与式とか陛下にお認めいただくとか、その辺は私から縁遠いことであっていいんです。
まあ、でも……うん。
今回のことに関しては、とてもありがたいと思うべきなんでしょうね。
(色々な思惑に踊らされている感は拭えないけど)
それでも、婚約が成立したわけですし。
爵位に関しては……うん、まあ、今は考えないでおきましょう。
家名については結婚した際に改めて書類として貴族議会に提出するそうですが、まあ即承認コースで今のところ決定してますから……。
(結婚についてあれこれ言われなくなったのはいいけど、家選びとかは難航しそうだなあ……)
ハンスさんが従者兼護衛でアルダールにつくんだから、少なくとも彼が一緒に暮らす……ことを前提にした家を探す必要はあるし、そうなるとやっぱり部屋数はそこそこあって使用人も複数雇える環境ってことでしょ?
新婚夫婦のお財布事情、王家はもうちょっと考えていただきたいところ!
まさかと思うけどそこに王家から援助金が出るとかそんなことは言わないよね? 言われたら本当に色んな意味で絡め取られている気分ですよ。
さすがにそれはないでしょうが……。
(でも、やっぱり)
今回で一番良かったのは、プリメラさまと一緒にご側室様のお墓参りに行けることですよね。
王家のお墓なので、王都の外れまで行かないといけませんが……それでも、そこに訪れる許可をいただけたのです。
(……そうだ、もうご側室様とお呼びしなくてもいいんだ)
ずっとずっと、姉のように思い慕ったあの御方の名前を、私はきちんと知っています。
あの方は優雅で、美しくて、少し寂しげに笑うところもあったけれど……でもそれはあの王宮という場があの方にとって窮屈な場でもあったのだろうと、今ならわかります。
その上で、愛する人と愛する子供のためにあそこにいることを選んだ、とても強い方だと思っています。
(……二人きりの時は呼んでいいのよ、なんて悪戯っ子のように笑いましたね)
でもそんなことはできないと、あの当時から頭の固かった私は呼べなくて。
思い返してみると、あの時呼んでいたら……あの方は、オリビアさまは、喜んでくださったのでしょうか。
後悔をいくらしたところで、取り戻せはしないと理解はしていますが……それでも、思ってしまうのです。
(……今、こうして改めてお名前を呼べるようになったことだけでも)
祈りを捧げる気持ちが、よりあの方に届きますように。
きっとオリビアさまなら笑って許してくださることでしょう。
(そうだ、オリビアさまのお墓参りに行くならお花を用意した方がいいのかしら)
とはいえ、王家の墓所ともなれば管理者もいますし、いくら訪れる者を制限して警備を万全にしているとはいえ持ち込みは禁止されているかもしれません。
普通だったら王家の墓所を囲む塀の一カ所にまとめて捧げ物として預ける場所がありますけど……さすがにそこに置きに行く気にはなれませんね。
ちゃんと記帳もできるし、品物が王家に届けられているってことは知っているんですけど……。
初代国王陛下や、他にも尊敬できる人々に捧げる気持ちというものを持つ方々のためにと用意された場所ではありますし、墓参りというのは結局は私たち生者側の気持ちの問題でもあるのだと思います。
ですが私としてはオリビアさまのお墓を前にお祈りできるようになったというのは特別なのです。
(しかも、プリメラさまと一緒に訪れることができるだなんて)
これっきりでもなく、何度でも訪れて良いと許されたのですから、これ以上ない褒美ですよね、やはり……。
国王陛下、わかってらっしゃるよね本当に……!!
やっぱりそこは統括侍女さまからの進言とかがあったんですかね?
私としては国王陛下が私個人を知っているというよりは、プリメラさまのお気に入り程度の認識じゃないかなと思っているので。
そんなことを考えながら次の昇級試験についてのお知らせや新しい侍女を雇用するための申請書などを片付けていると、ノックの音が聞えました。
「どうぞ」
「しっつれいしまーす!」
「……レムレッドさま?」
私の返答を受けて元気いっぱいな返事をしつつ入室してきたのは、ハンスさんでした。
確か年齢はアルダールと同じかそれより一つか二つ年上のはずなんですが……なんでしょうね、ノリがまるで前世でいうところの大学生とか高校生とか、そんな雰囲気なんですよね……。
(いや、騙されちゃいけない)
近衛騎士になるだけの実力があり、なおかつ貴族を見張るための貴族、その役割の一端を担っていたという事実を忘れてはいけません。
まあ今はそのお役からも解放されたわけですけど……。
(でもなんで、私のところに?)
そんな疑問はありましたが、私は笑みを浮かべてソファを勧めました。
勤務時間内ですし、まだハンスさんは近衛騎士ですしね!
もしかしたらお仕事の話かもしれませんし。
……そんな話が来るとか何も聞いていないので、おそらく違いますけど。
「本日はどのようなご用向きで?」
「それじゃあ筆頭侍女さまも忙しいだろうし、いきなりで悪いんだけど」
私が問いかければ、ハンスさんはにっこりと笑って本題にいきなり入るようです。
おや、と私は思いました。
普段の様子からすればのらりくらりと世間話のようなものをしつつ……といった雰囲気のあるハンスさんにしては性急なように思えたからです。
(ああ、でもそれがハンスさんなりに作った顔だとしたら)
ニコラスさんのあの胡散臭さと同じようなね!
一緒にされてはイヤかもしれませんが……どちらがとは言いませんよ?
「アルダールから聞いていると思うけど、俺はそのうちアイツの従者兼執事って感じになるからさ。奥方様にもご挨拶をと思ったわけ。……ついでに今のうちに聞いておきたいこととかあれば、俺で話せる範囲は話すよ」
「よろしいのですか」
「まあ、今言ったとおり、俺が言える範囲だけ……だけどね」
笑うハンスさんの笑顔は、これまでとは少し違うけれど……それでもどこか吹っ切れたように明るい笑顔です。
それが素なのか、あるいはそれも作り上げた笑顔なのか。
私には判断がつきませんでしたが、今のところ嘘をつく理由もありませんから挨拶というのは本当のことなのでしょう。
その上で聞きたいことがあれば、というのは……おそらく、ハンスさんなりの誠意というやつなのでしょうか。
「では、いくつか質問を」
「どうぞ」
「アルダールの傍にいたのは、上の指示ですか?」
「……そうだなあ。そうとも言えるし、そうとも言えない。正確には当時の監視者たちの中でバウム家に剣聖候補が現れたということで、その思想や行動について調べなくちゃならなくて、残念なことに俺が選ばれたってところ」
「なるほど」
「だけどまあ、弁解だけはしておくけど俺はアルダールと知り合えて良かったと思ってるし、アイツがどうかは知らないけど友人だと思っているから今回解放されてアイツの従者兼執事になれてラッキーって思ってる」
「……なるほど?」
地位としては格段に下がるんですけど、それはいいんだ……と思ったところで彼の晴れ晴れとした表情に私は納得がいきました。
「なるほど、そもそもレムレッドさまは騎士になりたくなかったのですね?」
「正解」
ククッと悪い笑いを見せたハンスさんによれば、レムレッド家は中立派よりの軍部派。
監視者の立ち位置に選ばれてからは当然の如く役割を担える者が動くこととなり、次期当主である長男は何かあった時に巻き込まれただけという立場を貫くため何も知らせず、次男は不適格、三男であるハンスさんは適合者として選ばれたそうで……。
「ホントいい迷惑だよなあ。うちの父親と俺だけが関与してたってワケ」
「そうだったのですね」
「……ケイトリンは心から騎士として誇りをもって働いているから、あいつのことは信じてやって。上の兄貴たちは性格が捻くれてるから、どっかで接することがあったらスルーでいいよ」
いや、そんなこと言われても困りますけど!?




