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「そうさな、名を改めて貰うことを前提に……爵位は伯爵ではどうだ?」
「陛下!」
周囲の空気をよそに、楽しげな声で続ける陛下に我々がぎょっとする中でバウム伯爵さまが声を上げる。
大きなものではなかったけど鋭いその声に、陛下が肩を竦める。
「……とまあ、余は思うが周囲から良く思われぬことも多かろう。ゆえに、子爵位を授け新たなる姓を名乗ることを許す。……意味はわかるな?」
にやりと笑う陛下をよそに、他の重鎮たちは頭が痛くてしょうがないって感じですね!
そりゃそうでしょう。
先日……と言っても去年のことにはなりますが、巨大モンスターの討伐を受けて『英雄』が一代限りの叙爵をされたばかりの中、今度はこれまでの功績を称えて世襲を許された爵位の授与……!
これってかなり大きな出来事です。
勿論、それがアルダールだけじゃなくて私も含めての総合的な褒美と陛下は言っているわけですが……それにしたって!
(しかも一足飛びどころじゃない感じで伯爵位を授けようとか!)
もしかしなくても『ちょうど王家に返却された爵位』ってまさかと思いますがパーバス……いや考えないようにしましょう。
色々最近貴族内も騒がしく、風通しが良くなっているとは聞いていますからきっと何かしら、うん、いや考えちゃだめだなコレ。
(でも、姓を新しくする……)
それはつまり、バウム家の派閥からも抜けて対等になる。
いや勿論それは宮廷伯と一介の子爵じゃ対等とは到底言えませんけどね!?
それでも、分家筋がどうのとか、親戚だから……なんて柵からは少しだけ、本当に少しだけですが脱却できるということでもあります。
完全にそこから抜け出たいなら国を出て一から生きるしかありませんから、そこは仕方ありませんけどね!
(……悪い話じゃ、ない気もする?)
おそらくこれは陛下が突発的な行動をした、というよりは予定調和な気がします。
アルダールも私もそんなつもりはありませんが、バウム家から独立して夫婦になるとなれば縛り付けるものが減ってしまうという風にも取られかねません。
近衛騎士と筆頭侍女、両名に今後も恙なく忠誠を誓わせるための首輪、そういったところでしょうか。
言い方は悪いですが、当たらずとも遠からずってところでしょう。
私ですらそれに考えが及ぶのですから、きっと元々何かしらの形で爵位は与えられるものだったのかもしれません。
少なくとも、こういう公の場でおおっぴらにやる予定がなかったのは確かでしょうが……あの宰相閣下の冷たい目を見る限りね!!
およそ主君に向けるような視線じゃないよあれは……怖っ。
しかし陛下はそんな視線に気づいているだろうに、にこやかな笑顔を浮かべたままです。
「アルダール・サウル・フォン・バウム、お前はバウム家を出て騎士爵になると既に報告を受けている。よもや、お前のような忠義者が余からの褒美を断ることもなかろう」
「……ありがたき幸せ」
それ、脅しと何も変わらないですよ陛下……!!
きっとこの会場にいる全員が同じことを思ったに違いありません。
アルダールの返事が苦々しいものでしたが、この状況でお断りなんて無理ですからね……不敬罪に問われてしまいます。
しかし、子爵ですか。となると私は子爵夫人になるってことですよね。
やだ実家と並んじゃうの……? びっくりです。
(あ、もしかしてそれで……)
ナシャンダ侯爵家に養子で……って話が以前あったのは、これの布石だった?
アルダールにしろ私にしろ、中立派のナシャンダ侯爵家にどちらかが養子に入り結婚すればバウム家とは一応独立という形になるし、軍部派と中立派にとっては縁が築けてなによりってこと?
まあ上手くいけばそれがいいねくらいの感じだったんでしょうから、断ってもいいって話だったんでしょうが……あーあーあー、そういうことなら詳しい事情を私たちに話せませんよねよっくわかりました!!
(そんな前から決められてただなんて……!)
お前らはよ結婚しろって言われていたようなもんじゃないですか、恥ずかしい。
っていうか私たちが別れることなく結婚までいくって思われてたんですね!
信じていただけたのは大変嬉しいですがこちらのこの複雑な気持ちはどうしたらいいんでしょうか!!
しかし何故このタイミングで陛下は行動を起こしたのでしょうか。
面白いからとかそんな理由じゃないよね……?
「ああ、安心しろ。今回表彰された者たちの中には爵位を与えられる者もいれば、報奨として金子を渡す者もいる。お前たちの働きはそれだけの功績があるものだ。誇るがいい」
アルダールだけじゃない。
陛下は大袈裟な身振りでそう告げました。
言葉そのままに受け入れるには若干裏があるような気がしてならない……なんて思うのはきっと私の考え過ぎなのでしょうが、陛下のお言葉に周囲の人たちもソワソワしているのを感じます。
まあそうですよね、陛下から直接勲章を授与される名誉をいただけた……ってだけじゃなくてちゃんと褒美もありますよってすごく嬉しいものですからね!!
本来はきっとこの後の懇談会か何かで教えられるものだと思いますし、それがなんであるのかはおおっぴらにされないものなんでしょうけど……。
(なら、なんで?)
そう私が思った時でした。
それまで聞えていたこの場の動揺を示すようなさざめきを、陛下が手で止めたのです。
「ユリア・フォン・ファンディッド。その方には直接的な褒美はまだであったな」
陛下の声は先ほどまでの弾むような、楽しんでいるような声とはまるで違う、静かで厳かなものへと変わっていました。
「面を上げよ」
その言葉に従い顔を上げれば、プリメラさまと同じ青い目が私を鋭く見据えていました。
思わず体が震えてしまいそうでしたが、私が決して目を逸らさずにいればふっとその眼差しは和らいだのです。
「お前のみ特例として王家の墓所へ自由に墓参りをする許可を与えよう。あそこは我ら王族以外は立ち入れぬ場であるが、お前が我らの父祖に無礼を働くとは思っておらん。そしてお前には側室の名を呼ぶことも許そう」
「あ……」
小さく声が漏れる。
それは、つまり。
「側室に、そなたはよくしてくれたと聞く。娘のプリメラにもよく仕えるお前には、夫として親として、感謝しているぞ。……あれも、そなたが行けば喜ぶだろう」
「……ありがたき、幸せにございます……!!」
そうか、陛下がわざわざこんなことをしたのは。
私に、その許可を与えるためだったのか。
後になって許されて赴いては多くの貴族たちに『何故?』と私が問われるのがわかっていて、それを未然に防ぐために。
そのためだけに、陛下はこんなことをしてくださったのだ。
胸が、いっぱいで。
鼻がツンと痛んだ。
感謝の言葉を述べながら、私は頭を下げる。
「……良かったね」
隣で小さく、アルダールがそう言ってくれた。
私は、これまでも祈ってきた。
ご側室さまの冥福を祈ったあの日から、月命日は自室で祈りを捧げてきた。
だから祈りが足りないとか届いていないなんて思っちゃいない。
(でも……これでようやく、会いに行けるのですね)
貴女は喜んでくださるでしょうか。
お名前を呼んで、お慕いしておりましたと今更ながらお伝えしてもいいのでしょうか。
あの方が笑顔で、頷いてくれた気がしたのでした。




