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「一体、どうしたの? 二人揃って……」
私にはまるで見当がつかないのでそう尋ねるしかないのですが、二人は少しばつが悪そうな顔をしてから姿勢を正し、どちらから話そうかと顔を見合わせていました。
そしてメイナが力強く頷いて私の方へと視線を戻しました。
「実は……」
二人が言うには最近城内の下働きたちの間で、ミュリエッタさんが話題になっているそうなのです。
ミュリエッタさんは治癒師として登録され、城下にある治癒師の仕事場で基本は働くことになっていますが学園にも通う立場であり、また男爵家のご令嬢でもあります。
今でも家庭教師について学ぶこともあるそうですが、社交も学ばなければならないということでそれらのスケジュールの調整をするために王城内にある治癒師の管理部門へと足繁く通っているとのことですが……まあ、そこはわかります。
実際、彼女の治癒能力の高さは上層部も認めるだけの実力があります。
管理部門としては有事の際にいつでも派遣できるよう、能力のある治癒師のスケジュールはある程度把握しておきたいでしょう。
それと同時にミュリエッタさんの環境や上層部の思惑のあれこれも混じって、複雑に違いありません。
でも勿論、話はそれだけでは済まないのです。
(なるほど、そういうことかぁ……)
要するに王城に来た際に、社交を学ぶ経緯で顔見知りになった下位の貴族令嬢、つまり王城で行儀見習いをしている子たちの休憩時間に合わせて会話を楽しんでいるようなのです。
それだけなら微笑ましいですが、その内容が問題らしく。
「これみよがしに『自分が悪い、憧れだったけど誤解をさせた』とか『学ぶ前に動いてしまったから変な印象を持たれたのがいけなかった』とか! なんであっちが被害者ヅラするんですかあ!」
「そうですわ! それに同調する連中もそうですけれど……とにかく、煩わしいではありませんか!!」
なるほど、アルダールに憧れていたという女性たちの同情を買った……というか、彼女らが尻馬に乗る形で〝自分は悪くない〟と味方につけているんですね。
自分は悪くないけど、世間知らずだったせいでアルダールの恋人……つまりこの場合は私に睨まれて、小さな嫌がらせを受けている。でも私が悪いんだからしょうがないのよ……という悲劇のヒロイン的なことをやっているようです。
それを外宮や内宮にいる同期の子たちから聞かされたメイナが、文官たちのところで小耳に挟んだスカーレットが、腹が立つと私に訴えてきた……とまあ、そういうことですね。
(二人のところまで話が来るってことは、結構広がっているのかしらね……?)
おそらく味方と言ってもお互い助け合うというよりは、ミュリエッタさんは今後のための悪評を削るために社交界で過ごしやすくする、少なくとも会話できる相手を確保するために。
そして尻馬に乗った方々は人数を味方につけて文句を言いたいだけの方々なのでしょう。
それにしてもミュリエッタさん、段々行動が悪女っぽくなってませんかね……?
預言を匂わせたり、治癒師になってみたり、その後は私に意味深なことを言ってきたり……。
元々はヒロインらしく天真爛漫に、けれど途中からはシフトチェンジして挽回を図ろうとして治癒師を目指すことにしたというのはなんとなくわかるんですが……。
罪に問えるとかそういうものではなく、むしろ注意すると心が狭いと陰口を叩かれそうなレベルの嫌がらせだなと私としては思ってしまいますね。
誰か入れ知恵でもしているんでしょうか?
私としてはいい加減、変な言動は控えていただきたいところですが……彼女は彼女で必死なのかもしれません。
「メイナ、スカーレット」
「は、はい」
「……なんですの」
「教えてくれてありがとう」
二人は私の方を心配そうに見ていましたが、うん、まずはお礼を言いましょう。
彼女たちは私を上司として、職場の先輩として大切に思ってくれていることを私は良く知っています。
だからこそ、そうやって悲劇のヒロインのような振る舞いをして同情心を集めるミュリエッタさんを鬱陶しいと思ったのでしょう。
おそらく、言わないだけでミュリエッタさんに同調した人の中には『メガネで地味な女よりも貴女の方がお似合いよ』とか言っている人や他にも色々あるんじゃないでしょうか。
「二人の話はよくわかりました」
私の言葉にパッと二人が笑顔になりました。
きっと、言い返していいという私の許可を得ることができたと思ったのでしょう。
普段そういう手合いは相手にせず報告だけしなさいと言っていたのを実行してくれた、そのことがとても私としては嬉しいのですが、彼女たちからして見ると業腹なのでしょうね。
「反論などはせず、無視するように。自ら関わりにいってはだめです」
「なんでですか!」
二人が不満そうな顔ったら、まるで子供のようなふくれっ面ではありませんか!
でもまあ、そこを微笑ましいなんて言ってちゃいけません、私は王女宮筆頭として彼女たちを諭す立場にあるのです。
まあ、実際の所は確かに愉快な話ではありませんよね。
なんせ話を聞く限りではミュリエッタさんは純粋な憧れをアルダールに抱いた、それだけなのに恋人に誤解されてしまってあれこれ言われている……みたいな風に話が広まっていたら私が悪者みたいですもの。
(とはいえ、アルダールと私の関係についてはもう、口出しはできない。ミュリエッタさんもそれはわかっているはずだ)
今更なんでそんなことをしているのかってのは気になるところですが、あえて問い質す必要もないでしょう。
「……放っておいても実害はありませんし、彼女の言葉と真実、どちらが正しかろうと文句をつけたい人には言わせておけばいいのです。その程度の話題なら、私を知る人たちにとっては茶会でいい笑い話になってくれることでしょう」
「でも! いくら英雄の娘だからってなんであんなに大事にするんですか!!」
「そうですわ。……いえ、貴族の立場からこのような発言は良くないと承知しておりますが、あの娘はとっととどこかに嫁がせて、社交界に出てこられないようにすべきですわ!!」
メイナの発言にスカーレットも乗っかりつつ、なんとなく事情は察しているのか、それでも不満を口にします。
「メイナ、ウィナー男爵とそのご令嬢は国王陛下がお認めになった〝英雄〟なのです。だからこそ表立って対立することはよくありません」
「で、でも……」
「ただ同時に、彼女はそういった事情のある立場です。宰相閣下や他の方々の耳にもいずれは入るでしょうし、すぐに解決するはずです」
メイナとスカーレットは私の言葉に顔を見合わせ、最終的に私がそう言うならばと頷いてくれました。
素直で大変よろしい。自慢の後輩たちです!!
私の婚約に関してはもう、なんていうか、ある意味王家公認らしいからね!!
あれこれ言葉にすることが許されないとはいえ、おそらくウィナー男爵とミュリエッタさんの動向から察しの良い方々は大体のことに気づいているのではないかと思っております。
ただまあ、放っておくのが一番とはわかっていますが下手に彼女の言葉に賛同した人々が動き回っても困ります。
おそらく上層部の方々は、出過ぎた杭を打つぐらいの気持ちである程度容認しているのでしょうが……当事者が不快だと告げればそちらで動いてくださることでしょう。
(となると、やっぱりここはニコラスさんかな?)
統括侍女さまはこれからのことでお忙しいでしょうし、ニコラスさんはミュリエッタさん担当なんだからそのくらいの苦情は聞いてくれることでしょう。
いっそのこと、私が関わらなくても良いって言われているんだから苦情だってセバスチャンさん経由でもいいはずです。
うん、それがいい。そうしましょう!
「ただ貴女たちの不満は十分わかりました。念のためこちらでも酷くなるようならば釘を刺してもらえるよう働きかけておきます」
「! はい!」
「かしこまりましたわ、ユリアさま!」
私が苦情を入れるとそう告げると、二人の不満そうな顔が一転、笑顔になったのを見て私は思わず笑ってしまったのでした。




