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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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「お兄さま……お気をつけて」


「プリメラもあまり羽目を外すなよ。お前たちも妹が無茶などしないようにきちんとついていてやってくれ。……それでは一足早く王城で待っている」


 兄と妹、まるで今生の別れかのように名残を惜しんでおられますが。

 3日ほど早く王太子殿下が帰城なさるんです。


 ちょっとした夏休み、という認識で正しいかはわかりませんが……ご兄妹水入らずで過ごされたのは貴重なお時間だったのでしょう。


 お二方の絆が深まる様を見れたことは我々お仕えする者にとっては喜ばしい事です。ですが社交界デビューをなさっていないお二方とはいえ、王太子殿下はより多くを学ばねばならぬ立場のお方ですのでいつまでも遊んでいるわけにはいかないのだそうです。子供は遊んで学ぶものだと思いますが、まあそこは尊き血のお方ですので庶民的考えでは当てはまらないのでしょう。


 とはいえ、去っていく一団を見送るプリメラさまはやっぱり寂しそうでした。

 うんうん、そりゃそうでしょうねえ……朝ごはんも一緒、お昼も一緒、遠乗りもしたしお茶会だってしました。ごく当たり前の兄妹としての時間を過ごせるのが貴重ってどういうことだと思わずにはいられませんが、国王陛下や正妃さまの視線を気にすることなく過ごせるのはやっぱり貴重なのでしょう。

 いや、多分……“影”や護衛騎士団からお二方には報告が上がるんでしょうけれども。

 それでも見える視線は気になっても見えない視線となればやっぱり気は緩むもの。


 しかもまだまだ2人とも、子供です。


 私たちとしては子供らしくて良いことだと思いましたし、恐らくですが、国王陛下もそれを望んでおられるような気がします。あの方は兄弟ということにとても強い思い入れがおありのようですから。

 王弟殿下によれば、自分たち兄弟はとても仲が良く特に長兄である国王は自分たちをとても大事にし、守ってくれた優しい兄だと絶賛でした。ちょっと性癖に難があるけどな、なんて遠い目もしてましたけどね!


 まあ帝王学のお勉強や来年に控えている社交界デビューからの立太子式典のスケジュール調整と式典準備がお忙しいのだと思います。もうすでに王太子として認定はされておりますが、国民と諸外国に対するものですね。なので華々しく、また大々的に行われる予定なのです。それと、詳しくは存じませんが(よわい)15になってから式典に臨むべし、という決まりごとがあるのだそうです。

 これは直系男児がいれば王太子に定めたとして――いない場合は女児でもいいのですが――幼齢の子供はえてして身体が弱く、また何事かあれば後見人の意向に染まりやすく、或いは傀儡と化しかねないという現実問題からある程度学び、鍛え、育った15歳を境に内外に発表するようにという習わしなのだそうです。

 随分具体的だなと思わずにいられませんが、まあ色々あったんでしょう。色々ね。

 そういうところは突っ込まないようにしたいと思います。平穏な日々の為にも。


 とはいえ、こうして先にお戻りになる王太子殿下のお姿を見てプリメラさまがお嘆きになるであろうことは想定していた!!

 侯爵さまもまた同じように嘆く少女の気持ちをなんとか宥めてあげたいと思っていたからだろうか、私は提案をしておいたのだ! 私やればできる女なんだからね。とかまあ誰に自慢できるわけでもなく粛々と仕事をこなしているわけですが。


「プリメラさま。本日は気晴らしになるかと思い、侯爵さまにお願い申し上げて商人を呼んでおります。ディーン・デインさまに贈るペン軸が今日見つかるとは思っておりませんが、参考までにご覧になってはいかがでしょう?」


「……そう、ね。うん。そうする。ごめんなさい、ユリア……お兄さまといられてね、嬉しくて。だからなんだか寂しくって。王城に居る時はもっと会えない時もいっぱいあるのに、同じお城にいるのにね。でもおじいさまのところでこうしていっぱい一緒に居られたら、なんだか急に寂しくなってしまって」


「プリメラさまが王太子殿下をお慕いしていることは我々使用人は皆、存じ上げております。寂しいという気持ちは悪いものではございません。昔……どこで聞いたかは忘れてしまいましたけれども、『寂しさというのは“自分の存在を認めるためのもの”なのだ』という話がありました」


「……自分の存在を認める?」


 プリメラさまがきょとんとした顔で私を見る。

 私のその知識は、前世ネットで拾ったただの言葉だったかもしれない。正直、独り身で流されるままに生きて安アパートでゲームとかしている自分が時々寂しくなって、その“寂しい”がなんだか無性に悔しいんだか、悲しいんだか、よくわからなくなって『寂しさは何故必要なのか』なんて調べたりしちゃったことがちょっとだけ心に残っただけの話だ。

 だからそれが心理学がどうとか偉い人がどうとかじゃなくて、ただ曖昧な記憶で、正しいか間違っているかなんて正直分からなくて、そんな話でいいのかとか思わないわけじゃない。


 でも、今目の前で悲しんでいる小さな女の子、私を母と想ってくれる少女の気持ちが少しでも和らいだらいいな、と思う。


「誰かと繋がっているってことですよ。プリメラさまが寂しいと思うということは、王太子殿下との繋がりが消えてしまって不安になっているからです。それは、王太子殿下がそれだけおそばに居てくださったということなのでしょう。そしてそれを“寂しい”と思えるということは、プリメラさまがご一緒に過ごされた時間がそれだけ充実していて、兄と妹という時間を濃密に過ごされたという証なのだと私は思います」


「……。一緒にいる、から……寂しいの?」


「寂しいから一緒にいるのではありませんよ。相手を大切に思い、思いやり、そうしてできた関係が愛しいからこそその相手がいないことに“寂しさ”を覚えるのです。プリメラさま、寂しさを理由にしてはいけません。王太子殿下がおそばに居てくださったとき、とても楽しかったでしょう?」


「うん」


「寂しかったから王太子殿下のおそばに居たかったわけじゃないでしょう?」


「違うわ、プリメラはお兄さまが大好きだから一緒に居られて嬉しかったの!」


「はい、それでようございます。寂しいから一緒にいたのではなく、大切な兄君だからご一緒におられた、だから離れて“寂しい”のです。そしてそれは当たり前なので恥じる必要はないかと存じます」


「……ユリアが離れても、寂しいからね?」


「はい、私もです」


 ちょっとだけ泣きそうな顔をして、プリメラさまはすぐに笑って見せた。

 強い女の子。私の拙い言葉を、短い言葉を、わかりづらい言葉をあっという間に理解して自分なりに解釈し咀嚼して消化して、自分のものにしてしまう。……うん、天才だわ。


 プリメラさまと私以外いない部屋は、一応皆が気を遣ってくれたからだ。

 ドアの向こうでは護衛騎士の方も立っている。

 皆、プリメラさまが心配だから。元気になって欲しいから。私たちがそばにいるよ、なんて身分的には言えたものじゃないけれども気持ちはいつだってそうだ。大切な大切な私たちの主、私たちのお姫さま。


「ねえ、ユリア。商人ってすぐに来ちゃうのかしら」


「いいえ、そうですね……あと30分くらいは」


「じゃあね、お願い。ぎゅぅってしてていい?」


 言うが早いか私の胸に顔を埋めるようにして、プリメラさまは抱き着いてきた。

 ちょっと力が強くて、ない胸だけに痛くないかなとかちょっと思ったけど。私も躊躇いつつ、抱きしめ返して頭を撫でてみたりした。


 もしかして、泣いているのかな、と思ったけれど違うようだった。


「ありがと、かあさま。きっと私、皆に心配かけちゃったのよね。みんな(・・・)がいてくれるのに、お兄さまがいなくなっちゃっただけでくよくよしちゃうなんて! プリメラ恥ずかしい」


「そのようなことは、」


「ユリアの言葉はまだ難しかったけど、寂しいからって自分の我儘を通したりしない。相手のことを大事にする気持ちを持つのよね、きっと私にもできるわ。……できるよね?」


「……プリメラさまは、十分に相手を思いやるお気持ちを持っておいでです。それを忘れないでいただけたらと思います」


「忘れないわ。だって、ユリアだけじゃない。皆がプリメラの為に心配してくれてるってことは、プリメラのことを大切に思ってくれているってことよね? 今メイナがここにいないのも、護衛騎士が誰もいなくて、ユリアだけがいてくれるのも、私が泣き言をいくらでも言っていいってみんなが許してくれてるからだってわかってるもの!」


 満足したのかぱっと私から離れたプリメラさまが花のように笑った。

 さっきまでの寂しそうな表情が、まるで嘘かのような楽しそうな笑顔だった。


「ユリアの言葉は難しかった。でもなんとなくわかる気もしたの。きっとプリメラは我儘なのね、でもこの我儘は嫌いじゃないの。お兄さまともっと仲良くしたいし、できたら正妃さまとも! 皆と一緒に居て、ユリアがいて、大切にされているってわかっているから“寂しい”って私は知ってたから。でもだからってこの“我儘”のために誰かを困らせたらいけないんだって思うの」


 そうやって笑うプリメラさまは、……天使かよ! 大天使かよ!!

 もう一回抱きしめて頭撫でまわしたいんだけど、ダメかなあ!!


 そう思った私の“我儘”は当然叶うわけがなく……表面上冷静を装いましたが、この高ぶった気持ちはどうしたらよいのでしょうか。その方向性を見いだせないまま、私は「商人に会う前に着替えて髪型も変えたい!」というプリメラさまの願いを叶えるためにメイナを呼ぶしかできないのでした……。

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