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ベイツさまの執務室を出た後、私とアルダールはまだ職務に戻るまでに少しだけ時間があったため庭園へと足を伸ばしました。
ついつい与えられた情報の多さにため息が出てしまいますが、仕方ないことだと思います。
まあ、あんまりため息が多いと幸せが逃げちゃうかもしれないので気をつけないとね!
「……でも、アルダールが正当に評価されるのは、嬉しいなあ」
それは本当に心から思うのです。
これまでも周囲がきちんと彼のことを評価していたからこそ、最年少で近衛騎士隊に入隊したり、誰かに何かを言われても職場でいじめられるようなこともなく受け入れられていたということだと思うんです。
ちなみに、ハンスさんについては同室の同僚ですが、彼の方が入隊自体は後なので実質後輩なのですが……年齢が近いということで仲良しなようですよ!
まああれだけ気さくな人だからこそ、アルダールも気負うことなく付き合っていられるのかもしれませんね。
……色々、ハンスさんにも含むところがありそうなのは感じていますが、アルダールに見せている表情がせめて嘘っぱちでないことを祈るばかりです……。
「うん?」
「いえ、ただの独り言。それにしても表彰式に私も参加だなんて……統括侍女さまからご連絡を待つしかないのでしょうけど、何があるのかしら」
「それについては私も知らなかったからなんとも言えないなあ。表彰そのものの話は、つい最近聞かされたんだけど……こうしたことは明かしてはならないと言われていたから、黙っていたんだ。ごめん」
「それは構わないわ。部外秘にするのは知っているし、直前まで調整やあれこれあるっていうのも知っているから」
「……ありがとう」
「でも、そうね……」
折角二人で今いられるし、つい先ほどまで話題にしていたことを今のうちに話した方がいいでしょうか。あまり後回しにしても良いことはない気がします。
別にこうしてほしいとかああしてほしいとか、私の押しつけって話ではなく、お互いの意思疎通っていうか、考えのすりあわせっていうか……結婚するんなら、きっと
今後も必要なことだと思うんですよね。
「あの、アルダール。爵位についてはどう考えているんですか?」
「ん? ……ああ、ベイツ隊長が言っていたことか……」
「ええ。あの方の仰ることも一理あると思ったの。アルダールは自分の力で生きていきたいでしょうし、騎士として暮らしていく分には不自由がないから騎士爵でも……と考えているのも理解できるのだけれど」
私の問いかけにアルダールも少し考え込む様子を見せました。
ううん、と小さく唸ったなと思って私が見守っていると、また少ししてううん、と唸って……おや? 随分と悩んでいるようです。
「確かに、爵位を実家からもらえるならばそれはありがたいことだと思う。バウム家の庇護をもらえるということだからね。あるのとないのとでは大違いだ」
「ええ」
「だけど、それはバウム家の分家になるのと変わりがないんじゃないかと思うんだ」
「そう、ね……」
「まあ、分家当主とかそこまで大きな話ではないのも事実だから、責任の大きさが少し変わると思えば気が楽と言えば楽だけど……でもそれじゃあきっとディーンにも迷惑がかかるし、私自身にとってもよくないと思うんだ」
アルダールとディーン・デインさまの仲は良くて、きっとそれは分家であろうとなかろうと変わりません。
ですが、それを他の縁戚がどう捉えるかはまた別問題、ということでしょう。
ベイツさまの口ぶりだと、おそらくバウム伯爵さまは今件、私たちがよく知らない……いいえ、知らせないように周りが行っている何かが、きっと私たちだけではなく誰かのためのもので、それを知らないままでいいのか……という問いかけに対しての答えにも繋がる気がします。
けれど、その答えを聞くのはきっと簡単なのでしょうが、そのためには私たちの覚悟と基盤が必要な気がするのです。
まあ、ちょっと賢そうなことを言っていますが根拠なんてありません。
ぶっちゃけ、普段から無茶ぶりされる側の経験から来る勘なんですけど!!
でもこういうのって多分合っていると思いますよ。
私たちに求められるのは、ある程度の自由を引き換えに貴族らしい生き方をすることなのか、あるいはそれらを蹴っ飛ばして上に口出しできないけれども自由さを手にするかということなんだと思うんですよね。
(両方を手にする方法もあるだろうけれど、私たちが今すべきことはなんだろう?)
結婚をする、それだけじゃなくて私たちにはそれぞれ私たちの家族があって、彼らが私たちの幸せを祈ってくれるように、私たちだって幸せを祈っている。
決定的なことは教えてもらえなくて、このまま流されるままでもきっと幸せになれるのでしょう。
そういう風にお膳立てしてもらっているのだと私もアルダールも、気づいています。
「今はまだ、保留にしてもらってもいいかな。ベイツ隊長の発言も気になるけど、聞きに行ったが最後、面倒ごとが待っていそうだから先にこちらでも調べてみる」
「……私の方でも探りを入れてみようかと思います」
「すまないけど、お願いするよ。私一人では、きっと難しい」
「任せてください!」
っていっても、最終的に頼るのはセバスチャンさんかニコラスさんになるんでしょうけどね……!
できればニコラスさんには頼りたくないなあ!
脳裏に浮かぶあの胡散臭い笑顔。
まあ、最悪『結婚祝い』と称してやってもらおうそうしよう。ごり押しだって? 知るもんか。
「まだ夫婦じゃないけど、こういうのを共同作業って言うのかな?」
「きょっ」
「ん?」
「きょ……共同作業、なら、もっと穏やかなものが、いいです……」
「そうか。それもそうだね」
なんたる爆弾発言なのか。
いや、確かにある意味共同作業ですけども……!
夫婦の共同作業だなんて、結婚するとわかっていてもなんだか気恥ずかしい言葉じゃありませんか。
これもいつかは当たり前になっていくのだと頭では理解していますが、まだまだ照れてしまうのは、きっと世の中の女性の大半がそうだと思いますよ!
まったく、そういうのを当たり前のように言えるんだからそういうとこがイケメンだってんですよ! 気をつけていただきたい!!
(少なくとも私の心臓がもたないんだからね……ぶっ倒れたらどうすんだか!)
くすくす笑うアルダールに悪気はないんでしょうが……全くこの人ったら。
彼は少しだけ周りを見渡してから、おもむろに私をギュッと抱きしめました。
「はあ、早く落ち着いて二人で暮らしたい」
「……それは当分先よ?」
「わかってる。まずは顔合わせ、それから表彰式、婚約式、間を空けて結婚……長いよなあ」
お互い貴族家同士、やることは理解できていますが確かに跡継ぎでもないのに……と思ってしまうような面倒くさいしきたりが多すぎるのは問題ですよね。
とはいえ、祝ってくださる方々のことを思えばきちんとやり通すことが大事だってのは私もアルダールもわかっていますから、時折こうして愚痴を零すくらいは許されることでしょう。
「婚約の顔合わせ前に、指輪を作りに行きたいな」
「そうね……あの、やっぱり私、既製品でも」
「せめてこういうところくらいは見栄を張らせてほしいな」
二人でデザインを決めて、オーダーメイドにするとアルダールは言ってくれていて、それはとても嬉しいんですが……今後の暮らしにそのお金回した方がいいんじゃないかって思ってしまう貧乏性な私もいるんですよ!
いえ、貯蓄もあるし仕事を辞めるわけでもないし、そんな超高額な品を二人で選ぶわけでもないので、それはあくまで私の建前。
「本当は……早くほしいなと思っているだけなの」
「ありがとう、嬉しい」
彼の前で本音を口に出すことを覚えたのは、いつだったのでしょう。
嘘をついていたとかそんなんじゃなくて、自分の気持ちを言葉にして出すことにためらいがあったのが今となっては懐かしいです。
指輪なんてなくても、アルダールの気持ちを疑ったりするわけじゃないし。
たとえ既製品を買ってもらっても、正式な婚約が調うまではつけて見せびらかせるわけでもないし。
「顔合わせ式はすぐに終わるから、そうなれば式の話になるのだろうと思う。表彰式もあるし、どこからも文句は言わせない」
「言われたって気にしないわ。たかが子爵家の娘がアルダールの横に立つって言われても、堂々としてみせるから安心して」
負けやしないからね!
今でも嫉妬で私のことを悪く言う人がそこかしこにいるんだろうけど、私は私です。
そんな私を見て、アルダールは笑いました。
なんでそこで笑うかな!?
「……逆なんだけどなあ。まあ、いいや」
「え?」
「それじゃあ仕事に行ってくるよ、ユリアも頑張って」
何が逆なのかと問い詰める前に、アルダールはキスを一つ落として笑いました。
す、素早い……!!




