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とりあえず将来に夢を馳せ……夢、ではないな……?
まあともかく、将来のことなんて漠然としつつも考えたりなんかしちゃったりして!
いいじゃないですか、ちょっとくらい妄想したって。
まだ口約束レベルですけど婚約したばっかりって、ほら、良く一番楽しい時期とかいうじゃありませんか!
(あれ、でも学生の頃は片思いの時が一番楽しいとか、大人になると子供の頃が一番楽しいとか、結局じゃあ何が正解なのかしら?)
きっと正解はないんでしょうね!
まあ、それはともかくとして。
私たちは途中観光しつつもバウム伯爵邸に到着いたしました。
領主の館は当然、領地の財産の一つとして国から与えられているもの。
ただ、それに対して領主が予算を割いて増築したりすることは裁量を委ねられているのですが……いやあ、実家の子爵邸と比べちゃいけないですね!
あの借金騒動の際には子爵邸ですら維持するお金をどうしたらいいのか……なんて考えていたものですが、ここを見ると同じ領主の館だなんて口が裂けても言えません。
だって、ええ、なんというか。
ここが王族の別宅だって言われても、驚かない。
そんなレベルなんですもの!!
城下に構えていたバウム邸だってとても立派でした。
でもその比じゃない。
(はー、ここにいずれはプリメラさまが女主人として……確かに、責任が重くのしかかりそうな気がする……)
まあプリメラさまだって生まれた時から高貴なる身分ということで他国に嫁ぐ可能性も踏まえてありとあらゆる学問に、社交術にと学んでこられてますし!?
たとえ建国当初から続く由緒正しきお家に嫁ぐのであっても何ら不足があるとは思えません。
ただほらね、学んだことと実際に行うことは別だよって話です。
(そう考えると、たとえ分家であろうと私にはバウム家の女主人なんて柄じゃないなあ。アルダールが騎士爵を選んでくれて大分肩の荷が下りたような気がする)
いやいや、アルダールが騎士爵を選んだのはあくまで私たちの関係が、貴族たちの柵によるものではないというものであって、私が女主人をやりたいか・やりたくないかの問題ではないんだけども。
ともかく、私がバウム伯爵家の本邸にびっくりしているとアルダールがクスクス笑って手を引いてくれました。
うっ、口を開けっぱなしになんかなってなかったと思うけども……大丈夫か、こんな調子で!
「まあまあユリアさん! 遠いところをようこそ、さあさあ、サロンにお茶を用意させたわ。マカロンはお好きかしら? それとも氷菓子の方が良いかしら?」
「これはアリッサさま、お出迎え恐縮にございます。この度はお招きをいただきまして……」
「あらいやだ、固い挨拶なんてなさらないでちょうだい! アルダールも、おかえりなさい」
「義母上、ただいま帰りました」
私たちを玄関先まで、バウム伯爵夫人であるアリッサさまがお迎えに来てくださいました。
以前、お名前を呼ぶ許しを得ていたので、今回こそは子爵令嬢として完璧にご挨拶をと意気込んでいたんですが……アリッサさまがちょっぴりむくれた様子を見せるのが可愛らしくて思わず微笑ましくなってしまいました。
いやあ、まさしくウェルカム状態です。
しかし、アリッサさまは私のお義母さまよりお年が上なはずなのですが……なんて可愛らしいのかしら!
(私の周囲、年上の方々が悉くかっこいいか可愛いかだな……何か秘訣があるんだろうか)
ほら、お針子のおばあちゃんとかもう可愛いが服を着て歩いているみたいじゃないですか。
ビアンカさまなんて普段はかっこいいのにお菓子を前にしたら途端に可愛くなるし……王太后さまは言うまでもなくかっこいい。
「義母上、先にご報告したいことがあるのですがよろしいですか?」
「……ええ、いいわよ」
サロンについて私たちの前にもお茶が給仕された時でした。
使用人の方々が下がったのを見計らって、アルダールが口を開いたのです。
「ユリア・フォン・ファンディッド嬢に求婚し、受け入れていただきました。無論、騎士爵になることを話した上で、納得してもらっております」
「……そう、そうなのね。おめでとう、アルダール!」
アリッサさまは、アルダールの言葉を受けて穏やかに微笑みました。
もっとはしゃぐのではとどこかで思っていたから、少しだけ驚いてしまいましたが……その目に、うっすらと涙が光るのを見て私は目を瞬かせるしかできません。
「それから、ありがとう、ユリアさん」
「えっ、いえ、その……ふつつか者ですが、どうかよろしくご教示いただければと……」
動揺して思わず変な回答をしてしまった!
なんだか感動的な場面のはずなのに、私ったらなんてことでしょうか。
ですが、アリッサさまはそんな私の言葉にキョトンとしてから朗らかに笑ってくださいました。
「まあ! ふふ、そんなにかしこまらないでちょうだい。わたくしは、嬉しいの。……この子が、自分で望んで幸せを手に入れたことが本当に、嬉しくて……それを叶えてくれたのが貴女で、感謝してもしきれないわ」
「感謝……ですか?」
「ええ、貴女はアルダールの凍った心を溶かしてくれて、わたくしたち家族の縁を繋いでくれた。それだけでなく、望みを持たせてくれた」
アリッサさまの言葉に、私はよくわからなくて首を傾げるしかできませんでした。
確かに、まあ、なんて言いますか。
私とお付き合いすることになってアルダールがそれをきっかけに家族と向き合ったとかそういう所はありましたが、望み……とはなんでしょうか。
(騎士として生きたい、っていう、やつ……?)
ちらりとアルダールの方へ視線を向けると、彼はどことなく難しい表情をしながら紅茶を飲んでいました。
あ、いや違うな、これは照れていますね!
耳が赤くなっています。
それでもアリッサさまの言葉を遮らないのは、彼にとってもアリッサさまが喜んでくれているのが、嬉しいから……?
「以前にも話した通り、アルダールとわたくしたち家族には、問題がありました。それは夫が男親としての接し方を誤ったせいで生まれた誤解ではあったのだけれど……」
アルダールは、バウム家のためだけに生かされているかのように、望みを持っていなかった。
騎士になりたいと願ったのは、少しの間だけでも良いから家族と距離を置きたかったから。
近衛騎士になったのは、その剣の腕を見込んでバウム伯爵さまが決めただけ。
それらをアリッサさまは淡々と告げ、アルダールはそれを否定しませんでした。
「いずれは夫が言うままに、バウム家のために結婚だってしたのでしょうね。だからこそ適度に恋愛を楽しむような気持ちにはならなかった」
アリッサさまの言葉に、私はとても微妙な気持ちになりました。
女性関係のトラブルの結果、アルダールは自分が生まれたと思っていたわけで……そしてそれはまあ、複雑な事情があったにしろ事実でもあるんですよね。
そういう点でもアルダールはきっと気軽な恋愛はしたくなかったんじゃないかなあと思うんですよ。
「バウム家のために結婚する未来しか、アルダールにはきっとなかったんだわ。その結果がこれだもの。夫と同じく堅物だなんて言われていて、それが嬉しくもあり……悲しくもあった。でも、貴女に出会ってこの子は変わったわ」
目を瞬かせるしかできない私は、思わずアルダールを見ました。
アルダールも、どことなく落ち着かなそうではあっても私の方をしっかりと見てくれました。
「……もしかして、最初から、結婚を見据えて心をくれていたの……?」
そして、私は思ったままに考えを口に出してしまったのです。
言ってから、やっちまったな! って思いましたがもう遅い!!
落ち着け、私!
いやもう声に出しちゃったものはどうしようもないな!?




