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私たちは翌朝、早くから馬車に乗ってバウム領へと出発しました。
昨晩は色々ありましたが、もう気分はすっかり落ち着きました!
あれこれ疑問も解決しましたし、まあちょっと不透明なところはありますがそれはそれ! なんとかなるでしょう。
(なんにせよ、アルダールの気持ちが聞けたんですもの。それが大事です)
将来を共に歩みたいとか、騎士として生きたいとか……彼自身の希望を聞けたのです。
バウム家の長男としての言葉ではない、アルダール自身の言葉。
私にとって、これ以上大切なものは……あるけど、とにかく! それが大事なのです。
(婚約者、かあ……いや、正式にはまだだけど)
これからバウム家から正式にファンディッド子爵家に手紙が行くわけですが、お父さま大丈夫かしら……いや、アルダールとお付き合いをしているのはわかっているわけだし大丈夫だと思うけど。
「どうかした?」
「あ、いえ……アルダールと、婚約したい旨をお父さまにお手紙で先に知らせておこうかと思って。大丈夫だとは思うけれど……」
「そうだね、君から手紙があると子爵も心構えができて助かるんじゃないかな?」
「……お父さまに、騎士爵を選ぶつもりだって話もする?」
「ああ、してくれてかまわない。それで反対されても、諦めるつもりはないよ」
普通に考えれば庶子とはいえバウム伯爵家の長男に求婚されたと諸手を挙げて喜ぶ事態ですが、アルダールが騎士爵を選ぶというなら話は別です。
私は気にしませんが、騎士爵はあくまで『貴族籍にある騎士』という形でその後も騎士として生きて行く以外ないというか、普通の爵位有り貴族と違い国からのお給料は騎士としてのそれだけ。
爵位有り貴族は国から規定の額が一年に一度支払われ、領地持ちは更にそこに領地運営のための資金があるわけです。
そこでそれらの資金を元手に領地運営や商会などを経営したりしてさらに資金を増やし、税金を多く納めるかギリギリのラインで最低限の税金を払うかは当主の手腕次第ってやつですね。
アルダールの場合は既に近衛騎士として長く勤めていることもありますので、騎士爵になってバウム家からの援助なしになったとしても十分暮らしていけることでしょう。
(そもそも私も別に贅沢したいわけじゃありませんし……将来的に二人暮らしって言われても別に困らないかなあ)
とはいえ、それをお父さまがどう思うか、ですよね。
さすがに伯爵家と子爵家で立場の問題があるとはいえ、バウム家が認めたってだけでこの場合はアルダールが独立っていうことになるわけで……そうなると、立場的にはイーブン? それもちょっと違うかしら。
なかなかないことですからね……。
いえ、娘の幸せを願ってくださると思いますので表立って反対とかはなさらないと思いますし、お義母さまも以前とは違うのできっと私の意思を尊重してくださることでしょう。
メレクに関しては……うん、きっと普通に喜んでくれる気がします!
なんたって私たちは仲の良い姉弟ですからね!!
(とはいえ、そうなるとやることは山積みだなあ)
家名での申し込みが終わったら今度は両家の顔合わせでしょ?
それから貴族議会に婚約の書類を提出して……これってすぐに承認が下りるかどうかはよくわからないって話だけど、長くても一ヶ月だっけ。
派閥問題が発生すると云々ってあったけれど……まあこれは問題ないかしら。
それよりも私にとって問題なのはプリメラさまです。
勿論、正式に婚約が調ったとしてもまだまだ侍女を辞するつもりはありませんが、プリメラさまに対して周囲がまたなんやかんやと言って不安にさせないためにも私の口からきちんとご報告申し上げるのが筋ってもんでしょう。
(え? 結婚を申し込まれましたって報告するの?)
いや、お付き合いして将来的には私たちが結婚するだろうってプリメラさまは前に仰ってたし普通に受け入れてくれるだろうけれども私の羞恥心ってものが限界突破しそう。
(……いいえ、報連相は社会人の基本。それを部下に教えている私が躊躇うわけにはいかないって前も思ったでしょう、こういう時も気合いで乗り切ればいいのよ!)
今更だって思われ終わるだけなんだから!
それが恥ずかしいんだけどねええ!!
「ユリア?」
「え?」
「どうしたんだい、難しい顔をして。……ご両親に反対されそう?」
「あっ、いいえ、違うの!」
私の眉間に知らず知らずのうちに皺が……!?
アルダールがすごく心配そうにこちらを見ているなんて全く気づきませんでした。
「ご、ごめんなさい。きっと両親も弟も喜んでくれると思うの。私はほら……仕事一色で、そういった話題が一切なかった娘なものだから」
そうです、それもあって私とアルダールの関係がプリメラさまの婚約に関与したものだろうという憶測が飛び交ったわけですしね!
これで私が恋多き女だったとか、それなりに異性交遊のある大人の女であれば普通に交際に至ったのだろうとかいう可能性も周囲は考えたはずです。
まるっきり色の〝い〟の字もなかった女が王女の婚約話を機にその相手の兄であるイケメンと付き合い出すとか疑惑が出てもしょうがないっていうかね!
(今更ながらホント……人生って不思議)
そもそも転生とか前世とか、しかもそれが自分の知っているゲームと酷似している段階で不思議以外の何物でもないんだけど。
(美人でもなんでもない私がアルダールの心をもらえるなんて、意外と前世では徳でも積んでいたのかしらね)
……いや、ないな。それは絶対にないな……。
秒で否定できるわ!
(まあ、そもそも)
アルダールはモテる。
それは周知の事実。
この世界における美人の条件、金髪とか碧眼とか……それ以外にもスタイルの良さとか、ありとあらゆる美女に言い寄られる側だったわけでしょ?
だからといってはなんだけれども……。
私がちらりとそちらを見れば、アルダールは不思議そうな顔をして首を傾げていました。
可愛いかよ!
(美人の見過ぎで私のことが珍しかったのかと思ったこともあったっけ……)
今はそんなこと微塵も思ってませんけどね!
ちゃんと愛されているって自覚しておりますとも!!
「……結婚が許されたとして、いつになると思う?」
「そうだなあ、……ディーンたちより前にしろとは言われるんだろうなあ」
結婚するまでに婚約期間を最低でも一年持つこと、それがこの国では暗黙の了解です。
恋愛におおらかなところがあるので、王族とそれに近しい高位貴族は処女性を重んじられますがそれ以外は案外そうでもない……というのが大きい理由でしょうか。
なんとも生々しい話ですね!
まあ、アルダールが言うように、プリメラさま方のご成婚を前に私たちが結婚して独立しろって話になるのでしょう。
分家となるとまた話が微妙に異なるのかもしれませんが……たとえば、次期当主の結婚を優先して、婚約者を侍女として差し出すとかね。
その辺は貴族社会でも色々と微妙な兼ね合いがあるので一概に言えないのが難しいところですね!
「私たちの結婚式は、家族と……親しい友人とで、きっとこぢんまりとしたものになると思うんだ。その、申し訳ないけれど」
「いいえ! その方が嬉しいから」
本当にアルダールが申し訳なさそうに言ってくれるところ、逆に申し訳ないが私は本心からそう思っているんですよ!!
だってほら、結婚式って教会でお互いに誓い合って神に認めてもらうってものなんでしょうが、それ以外にもお客さまたちに新郎新婦をお披露目的な意味合いも持つじゃありませんか。
そんな、緊張感、耐えられるわけがない!!
(社交界に出るのでさえイヤなんだから!)
騎士爵なら社交界だって滅多にお呼ばれしないじゃありませんか!
ええ、ええ、アルダールったらわかってらっしゃる!
独立とはいえ、バウム家と仲違いしたわけではありませんからプリメラさまとも親戚になれる上に社交界にはそう顔を出さずに済むっていう、その状況は最高じゃありません?
近衛騎士隊関連で、まったく社交界に出ないというわけにはいかないでしょうが、それでも分家当主の妻という位置よりもずっと気楽じゃありませんか!
(……プリメラさまが、お嫁に行かれるまでは侍女としてお仕えするとして)
おそらくアルダールは結婚しても働く私をいやな顔なんてせずに認めてくれるに違いない。
専業主婦の自分とか、想像できないし。
かといって、独立した以上バウム家の侍女として雇ってほしいなんて言えないし……うん? 私、先のこと考え過ぎだな?
「ユリア、……本当に大丈夫?」
「ごめんなさい!」
私ったらまだ浮かれているようなので。
どうか大目に見ていただきたい!!




