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「……アタシが知る範囲で、のみとなります。それでよろしいですか」
「ええ、勿論」
ないものを出せなんて無茶は言いません。
レジーナさんは深くため息を吐き出してから、私に彼女が知っていることを教えてくれました。
今日、私が買い物に行く際に近衛騎士隊から人が来たのは確かに私が近衛騎士に護衛されるほど王家から大切にされているというポーズ。
同時にこの申し出はタルボット商会の独断で商人たちの評判を落とされてはたまらないというリジル商会からの申し出でもあったのだそうです。
(両方かよ!!)
まあ見せつける相手は、ミュリエッタさんだったわけじゃないということに私はちょっと安心しました。
まあ彼女単体で狙いを定めてどうこうとは私も思っておりませんが、ミュリエッタさんが先程この場にいたのは本当に偶然のようです。
その姿が見えたことで、周囲が包囲網を作ってあの少女を追い込んでいるように勘違いしてしまったのは早計だったようで……そこは反省しなければ。
(しかし、変なことさえしなければそこまで咎めるつもりはないとは言っていたとはいえ……)
ミュリエッタさんに対してだけでなく、英雄であるウィナー男爵への期待も軍部の方では正直そこまでという感じなんだそうです。
勿論、巨大モンスターの討伐やこれまで冒険者で暮らしていたという実力そのものを疑っているわけではなく、軍として、軍人として判断するならばという話ですが。
そこの辺りは今後に期待ってだけで、最初から戦力換算するよりはやっぱり民衆人気ゲットだぜ! って感じは隠しもしてないんだとか。
別にウィナー男爵も気にしているようではないらしいので、いいのか。そういうもんだって割り切っておられるんですかね?
よくわかりませんが、まあ本人がいいならそれでいいんでしょう。
「まあ、その……言い方は悪いですが、世間知らずを担ぎ上げようとしている連中に目星を付けるためでもある、ということです」
「レジーナさん、もう色々柔らかく言うのを止めましたね……」
「この際はっきりした方がすっきりするでしょう? それにユリアさまがそこまでご不快に思われるんでしたらアタシとしても隠しておく必要はありませんし、隠せとも言われてませんし。なによりここの話は内密ですしね?」
人差し指を唇に当ててウィンクを一つしてくるレジーナさん、男性だったら惚れてしまいそうですよ!
美人だけにご馳走さまです。
しかし本当にほっとしました。
先程まで腹が立ってこのような振る舞いをしてしまったのが正直恥ずかしくもありますが、それでもやっぱりまだむかついた部分は燻るような感じで残っております。
(だって結局、私にしろミュリエッタさんにしろ、良いように利用されてるってことだしね。せめて了承があったなら……いえ、私の場合は過保護にされているんだから文句を言うほどのことはないのだけど)
彼女に関しては多分、ですが……利用することでお灸を据えているとも取れるけど。
本人が気づく気づかないが別っていうのは色々意味を成していないような。後で誰かが種明かしっていうのも悪趣味だと思うんですが……。
(……文句の一つも言いたいところではあるけれど、きっと私が何かを言ったところでどうにかなるところにもうないのは確かね)
ミュリエッタさんにお灸をすえるだけが目的ならやりすぎだと声をあげることもできたかもしれない。やり方を考え直してくれとも。
だけどそれが彼女たちを旗印に何かをしようとしている人たちをどうにかすることが目的ならそうはいかないんだろう。
冷静になれば冷静になるほど、理解はできる。
ハンスさんの行動は、わからないけれど。
「まあ確かに、やり方が陰険ですよね」
「……そうね」
「ユリアさまがお怒りになる方で嬉しいです」
「え?」
「このように申し上げたら失礼ですが」
レジーナさんはひそりと声を潜めて私に笑みを向ける。
悪戯を思いついた少女みたいな笑顔だ、ビアンカさまが時々浮かべるようなそれよりもレジーナさんがやるとなんだかとても可愛らしい。
「アタシもレムレッドさまの足を踏んでやろうかと思ったくらいですからね!」
「まあ」
「内緒ですよ」
「わかったわ。……ふふ、レジーナさんが思いっきり踏んでたら大変だったわね」
「そうですねえ、このブーツしっかりしておりますからねえ」
まあハンスさんも近衛騎士隊の人だからきっとするっと避けちゃうかもしれませんけどね。
多分彼の馬車内での行動は、近衛騎士として国の意向を守ったことと同時にレムレッド侯爵家の意向がなにかしらあったんだと思うのだけれど違うだろうか。
私はレムレッド侯爵さまと面識はまるでないのでどのような方かは知らないけれど、今回の貴族たちの動きに何かしら思うところがあるのでしょう。
(いい迷惑だなあ)
ため息を一つ。
まだ少しばかりまとまっていないけれど、牽制が主目的で、ある意味その点だけで考えればウィナー父娘は今後妙な行動さえしなければ別に最初から保証されている範囲内の生活が送れるということだもの。
教育を施し、社交場への道を示し、職も拒否権を与えた上で用意した。
その上で彼らがどう振る舞うかは彼らが学んだことから選ぶ、そういうことなんでしょう。
(だからこそ、多少の失敗は当たり前で……大きすぎればしっぺ返しがあって)
利用しようとする人を見定められなければ。
そうなる前に。
ぞっとしますね!
「大丈夫ですよ」
「え」
「あんまりいい感情は持っちゃいませんが、セレッセ伯爵さまも近衛騎士隊長さまとか王弟殿下も、英雄父娘が食い物にされるのをほっとくほど冷血漢じゃありません」
「レジーナさん」
「だから予防策ですよ」
うんうん、と頷いたレジーナさんに私は苦笑しました。
そんなに嫌そうな顔をしていたでしょうか。
私も貴族の一員ですが、時々どうしてもこうした人間関係が怖くてたまりません。
それが権利や名誉の分だけある、宮廷だろうと言われてしまえばそうなんですが……綺麗ごとだけで世の中が成り立つなんて言うほど私も子供ではありませんから理解はできます。
でもできたら、遠くの世界の出来事であってほしいですよね。
王女専属侍女って段階で何言ってんだって話ですが。
「まあ、……優しくはないですけどね。言うなればあの人たちからしたら情をかける理由もない相手ですし」
「レジーナさん、言い方」
私が思わず吹き出してしまうようなことを言うレジーナさんは、しれっとしたものだ。
ああ、でもそうかも。
私がやきもきしているだけで、正直なところウィナー父娘はきちんと与えられているものを大切にさえしていればもっと多くの物を手にしていたかもしれないのに。
でも、それは本人たちが得るべきもの。
私は王城暮らしが長いから、そして当事者じゃないから一歩下がって見えた分わかっているだけで……きっと彼らの周りはそれを教えていたはずだ。
「正直な話をすれば、アタシが耳にする限り、あのご息女の態度は気に入りませんが、だからといって子供がわけもわからず担ぎ上げられるのには確かに思うところはあります」
「……ええ」
「だから、ユリアさまのお気持ちは、間違いではないと思います。それをこのレジーナだからぶつけてくれたのだと思えば、むしろ誇らしいですね!」
「レジーナさんは私に甘くないかしら」
「……良いじゃありませんか」
「ありがとう、レジーナさん。そうね、話を聞かせてくれてありがとう。今この場では何もできることはないことはよくわかったから、今度こそ一緒にジェンダ商会に行きましょうか」
「かしこまりました」
レジーナさんが内側から御者台に向けてノックを二回鳴らせば、ゆっくりと馬車が動き出した。
まだ考えはまとまらないけれど、……それでも私は少し周りを考えた方がいいのかもしれない。だってこういうので摘発される人はまあ自分が原因だろうけど、私は良いようにこう、囮にされたわけですよ。
ってことはですね。
(流れ弾とか八つ当たりとかそういうのが来かねないってことでしょ? だから近衛騎士隊が守ってるって大々的にやってるんだろうけど! やってるんだろうけど!!)
でもこれって、私だけの問題じゃないですからね!?
この苦情、一体誰に言えばいいんでしょう。
やはり王弟殿下とキース・レッスさまですかね……それともニコラスさんか!
(ああー! とにかく、プリメラさまや王女宮のみんなに迷惑がかからないようにしなければ……!)
お願いだから、平穏に過ごさせてくれないかなあ。
レジーナさんにこれ以上心配かけないように、私はそっとため息をつくのでした……。




