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「……王弟殿下……」
「ん?」
王族が戸棚から菓子を勝手に出して食べるとかどうなんだとか、我が物顔で寛ぐんじゃないとか、立ったまま食べるのは行儀が悪いですよとかまあ色々言いたいことはあったんですがにんまりと猫のように目を細めて笑うその顔を見たら、なんだか脱力しました。
わかってて行儀悪い振舞いも、ええ、ええ、見逃せよって意味だって分かってます。
(まったくこの人は!)
昔っからこういうところが変わりません。
ご側室さまもよく『王弟殿下はね、ちょっとやんちゃなのよねえ』って笑ってらしたから。でもそれが良くも悪くもこの方なんだよなあって私も思います。
「……今、お茶を用意いたします」
「おう、頼む」
「座ってお待ちくださいね」
「へいへい」
私の言葉に肩を竦めてみせた王弟殿下ですが、大人しく……ってわけでもないですが来客用のソファに座ってくださいました。
追加のお茶菓子とお茶とを用意して私も座れば、王弟殿下はにんまりとまた笑いました。ただそれがいやらしいとか胡散臭いとかはないから不思議です。腹黒いのは確かですが。
「私の方から伺うつもりでしたのに」
「手間が省けていいだろう?」
手にした菓子を頬張って、私のお茶で飲み込んで。
にっかり笑った顔は朗らかなのに、目が笑っていなくて私は苦笑をするしかない。
「まだるっこしい真似はめんどうだ。話はどこまで聞いた?」
「ニコラス殿から聞いた程度です」
「そうか、じゃあある程度は省くとするか。お前が気になってンのは、あの嬢ちゃんに対しての今後とタルボット商会について、それからパーバス伯爵家の連中についてだろう?」
「お聞かせいただけるのですか?」
「ま、大丈夫な範囲でだな。お前が知っておくことでプリメラにとって良い行動をしてくれると信じてるぜ」
「それは、勿論」
プリメラさまのため。
勿論じゃないですかー! そりゃ即答いたしますとも!!
けれど私のその反応がおかしかったのでしょう、王弟殿下は隠すことなく笑ってまたお茶を飲みました。
「まあそうだよな、お前ならそう答えると思ったよ!」
「恐れ入ります」
「そういうお前だから話もできるんだがな」
小さなため息に、ああこの人も疲れているんだなとちょっと感じました。
王弟殿下は基本的に飄々としておられるし、こうして好き勝手な行動をしているように一見見えますが、……まあ脱走もするしこうやってお菓子を勝手にとか色々破天荒な感じもしますが、なかなか苦労していらっしゃる方ですから。
国王陛下と仲が良いので問題なさそうに見えますが、時に王弟殿下を通じて王権を狙う勢力とか担ぎ上げようとする人間がいるらしい、なんていう陰謀説とかがまことしやかに囁かれたりするのを時折耳にしますからね。
そういう点では元々の性格に加え、こういう振舞いは必要に応じてしている面も多分あると思いますのできっと諸々お疲れなのでしょう。
私にできることといえば、お茶を用意するくらいしかありませんが。
あんまりご迷惑をかけないように……うん? いや待て待て、脱走先がここだったりとかして一時期文官さんがちょくちょくここを覗きに来るとか弊害があったからむしろお互いさまってことで良いですかね?
「……お茶菓子の追加もありますが」
「おっ、いいねえ」
兄のように思う相手だからつい甘くなってしまうのは、うん、仕方ない。
身分差から口には出せませんけど、きっとこの方も理解してくださっていると思いますし……少しでもこの場所で寛げるのであれば、それに越したことはありません。
「まずあの嬢ちゃんとタルボット商会についてか」
「はい」
「今の所、嬢ちゃんについての舵取りはそのままタルボットに預けてある形だな、少なくともそれで十分だと今の段階では思っている」
「……その思っている、というのは」
「上層部ってことで呑み込んどけ」
「はい」
そういう言い方をするってことは大半のお偉いさんがそう思っている……と考えていいのかしら。
私の顔を見て、王弟殿下がにやりと笑った。
「或る程度の物を買い与えてタルボット商会とつながりのある貴族の茶会に送りこんで、貴族としての経験を積ませていく予定だ。あの嬢ちゃんもさすがに現実ってものを見始めてはいるようだしな」
「……さようですか」
「タルボットとしても次がないことはわかっているんだろう。うちで評判を悪くすればよそでもやっていき辛いからな」
タルボット商会という存在がシャグランとのパワーバランスで上手いこと優位に立てたのも、基盤がクーラウム王国であるということが大きいのであってそれを失えば一気に傾くのは目に見えていますからね。
その上で、ミュリエッタさんというどう転ぶのかわからない可能性の塊を上手いこと矯正できれば評価も上がるし、万が一彼女が潰れたとしてもタルボット商会としては特に縁があるとかそうではなしに、恩返しはしたのだからと切り捨てることも可能という情の薄さがあるわけで……。
(そういう意味では、あんまり良いとは言えない環境なのでは……?)
大丈夫なのか? ミュリエッタさん。
貴族社会は危険がいっぱいです……!! 私も気を付けなくては。
「当分の間はどっちも大人しくしていることだろうから、お前が気にすることはない。安心しとけ」
「かしこまりました」
それ以上は教えてくれないんだなと判断して私が頷けば、王弟殿下は満足そうに笑みを浮かべました。
紅茶のお代わりを淹れつつ私としてはミュリエッタさんの未来がそんなに危険ではないものの、あんまり安定はしていない事実に思うところがないとは言いませんが……逆に言えばやはり私が口出しできることもないのだなあと改めて感じるばかりです。
袖振り合うも他生の縁とは申しますが、近いようで遠い縁ですものね。
とりあえず、できることといったら若さから暴走しないことを祈るばかりです。
「で、パーバス伯爵家の話だったか。あそこの当主が死にかけだってんで息子の方が貴族議会に当主交代の許可を求める手続きを出していたな」
「……?」
「そう不思議そうな顔をするな、ああ、まあそうだよなあ……普通は当主が亡くなって次期当主に定められた人間がその座に就く。次期当主が指名されていなければ、貴族議会が選出する」
「はい」
「だから当主が意識不明だろうが何だろうが、生存中に当主交代の許可を求めるというのは妙な話だというのは貴族からしたら当然と言えば当然だな」
「……はい」
エイリップ・カリアンさまが割と貴族として非常識だとは思ってますが、まさかその父親もそうなのか? そう思うとパーバス伯爵家はヤバイんじゃないのかって誰もが思うような気がします。
もし当主代行が許可されたとして、今後のお付き合いは考えようっていう貴族が出てもおかしくない話です。
だって、見栄と体面を気にする貴族社会において目立ちすぎるのはあまりよくないわけで。
(……その親戚ってことでこっちまで変な目で見られるのか、それとも残念な親戚を持ったのねって同情されるのかでファンディッド家への被害の度合いが変わる気がする……!)
「まあ、当主じゃなきゃ判断できない運営問題だのなんだのあるらしくてな、議会としては承認の動きだ。それに伴って当主の孫である城内警護の騎士も家に戻してくれるよう申請があったんだそうだが」
「……そうですか」
そうなってくれたら嬉しいんだけどな!
王城内での平和があるというのは大事ですからね。
「とはいえそれを簡単に許可するわけにもいかないので兵役を一年終えてから戻るようになるだろうさ。お前に迷惑が掛からないよう、こちらでも配慮しておこう。……面倒な奴に絡まれるよなあ、お前」
「好きでそうなっているわけじゃありませんし私としては絡まれても嬉しくありませんが!?」
思わず反射的にそう言えば、王弟殿下は大笑いをしたのでした。
いやいや、笑うところじゃないから。笑えないわ、私は!!
でもまあ、ようやく色々わかったので一安心ですよ。
ほっと息を吐き出した私を見て、ようやく笑いが落ち着いたらしい王弟殿下は思い出したように膝をポンと叩きました。
「そうそう、ナシャンダ侯爵領にプリメラとお前が行く日、決まったぞ」




