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ニコラスさんは王弟殿下の所に報告に行くなら一緒に行こうかなんて提案までしてきましたがそこは丁寧にお帰り願いました。仕事してください。
私の方も少し情報を得てそちらを消化してから報告だのなんだのをしたいし、報告するにもお時間を頂かねばなりませんからお約束をする手筈を整えねば。
王弟殿下も統括侍女さまもお忙しい方たちですからね!
とりあえずニコラスさんにお帰り願った私は、プリメラさまに戻ったことを報告しに行って何があったのかを改めて説明申し上げました。
エイリップ・カリアンさまのこととか正直身内の問題というか、いやあれを身内って言いたくはないな? でもとりあえず親戚には違いありませんからね……そのせいで仕事に支障があるようでは問題なのでこちらは統括侍女さまにもご相談するつもりである旨をきちんとお伝えしました。
メイナを先に戻してセバスチャンさん経由で伝えてもらってあったとはいえ、ご心配をかけてしまったとのことで反省です。
一人で出歩かないとか気を付けていても何かは起こる、そう考えて常に行動すべきですね。
(とはいえ)
それから再び執務室に戻ったわけですが、私は誰もいないのを良いことに深くため息をついて机に突っ伏しました。
普段ならば行儀が悪いからと勤務時間中にこのようなことは致しませんよ!
執務室なんていつ誰が来るかもわからないんですから、王女宮筆頭としてしゃんとしていないと……とは思うんですが。
(正直、疲れた……)
エイリップ・カリアンさまの襲来にミュリエッタさんとタルボット会頭、それからニコラスさん。
メイナのお父さまが送ってくださったお土産の果物をメッタボンがすでにカットして私の部屋にも置いておいてくれたのが慰めですが、うんイチゴ美味しい。
まあとにもかくにもイチゴを食べて気力が少し回復したところで、急ぎの書類もなかったことから手紙を先に書くことにいたしました。
(……ミュリエッタさんのことは、あんまり考えなくても大丈夫ってことがわかっただけ、マシかな。タルボットさんが良識ある大人かどうかは付き合いがないからわからないけれど、少なくとも上の人たちが彼女の後見を許したならば変なことはしないでしょう)
何かに利用されているという心配はありましたけど、まあ悪い方向ではなさそうですしやっぱり私にできることはないでしょうからね。なんか挑戦状は叩きつけられた気がしないでもないですが。
(私は私で、自分のことを頑張らなくては)
引き出しから便箋を取り出して、二通の手紙をしたためました。
一通はメレク宛。
こちらは言わずもがな、先程ニコラスさんから聞いた情報からパーバス伯爵家がお金の無心をしてくるかもしれない件ですね。もともとお義母さまからも祝いは常識の範囲内でするつもりだからと伺っておりますから、大丈夫とは思いますが。
(やはりまだまだお義母さまにとってもパーバス伯爵家という存在は、大きいでしょうから……あまりご負担をかけたくないものね)
もう一通は、お父さまとお義母さま宛。
こちらはエイリップ・カリアンさまと王城で一悶着あった旨を記しました。
今回のようなことがまた続くようであれば、王女宮の勤務にも差しさわりが出ますので騎士隊とパーバス伯爵家に苦情が行くことになります。
そうなれば普通は反省の色を示すものでしょうが、私の中でパーバス伯爵家の人間は常識がないと位置付けておりますので逆に『お前の所の娘が大人しく従わないのが悪い』とファンディッド子爵家にクレームを入れてくるんじゃないかと心配になったのです。
まあ城内警備の騎士たちの方で気を付けてくださるのであれば今回のことは今回のこととして、そこまで大ごとにはならないと思いますのでそういったことがあったから、というだけに留めました。
(不安を煽りたいわけではありませんし、何事もなければそれが一番ですからね!)
ただこういうことがあったよというのを知らせておくだけでこちらに非がないことを知っておけば両親だって対応しやすいというものですから!
個人的な手紙ですから、のちほどセバスチャンさんか誰かに付き添ってもらって出しに行くことにしましょう、できれば早めに。
そうこうしている間に、統括侍女さまがお会いしてくださるということでそちらに向かえば温かなお茶を出してお迎えくださいました。
その顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんでおり、統括侍女さまは開口一番こうおっしゃいました。
「貴女からの報告がなんであるのか、予想はついています。……災難でしたね」
「……ありがとうございます」
微妙な顔の理由は、同情でした! お気遣いありがとうございます!!
いやまさか大体のことが知られているとかどんだけですか、予想外すぎます。
優秀な人ってどうしてこう、どうしてこう……!?
「しかしパーバス伯爵家の方でしたか……少々厄介な性格の方のようですね」
「は、はい」
「貴女とも縁戚であることは知っていましたが、あそこまでとは思いませんでした。確かにあれでは貴女が警戒したくなるのもうなずけるというものです」
「……ご存知でしたか」
「上司として直近の部下の縁戚関係は把握しています。その立場を利用しようとする輩も時折現れるのは遺憾ですが事実ですからね。個人で対処できるようなことには口を出しませんが……」
ああ、スカーレットの実家、ピジョット家と内宮筆頭の件でもそういうのは確かにありましたものね。そしてあの時は対処しきれないと見て、統括侍女さまがご判断を下されたのは記憶に新しいです。
当然と言えば当然でしょうか、私たち筆頭侍女クラスになればやはりそれ相応に立場の上の方とも言葉を交わす機会はありますし、王族の方からもお言葉をいただくこともある立場。それを利用しようとする人間や、縁故を捩じ込もうとする人間は絶えないのでしょう。
それが有益な人間ならば良いですが、害悪となると判断されることも勿論あるわけで……まじめに仕事してる人間からしたら、そんな怖いことなんて考えにもありませんでした。
「先程城内警護の隊長からもこちらに始末書が届いております」
「さようですか」
「王女宮筆頭に非はなく、迷惑をかけた騎士に関しては数日の謹慎ののち厳しく教育にあたるとのことでした。求めるのであれば謝罪の場を設けますがどうしますか?」
「必要ありません」
「わかりました。ではそのようにあちらにはわたくしの方から伝えおきましょう」
「ありがとうございます」
「困ったことがあればいつでも相談においでなさい。心を乱し、王女殿下のお手を煩わせることがあってはなりません。それでは職務に戻るように」
「はい、失礼いたします」
統括侍女さま……さすができる上司は違う……!
最後はしっかりしなさいと注意されてしまいましたが、そこについては反省として私もきちんと受け止める所存!!
プリメラさまを心配させたり王女宮のみんなに迷惑をかけるなんてあっちゃいけません。これまで以上に気を引き締めてかかりますよ!
これで後は王弟殿下とお会いした時に、ニコラスさんのお話が確かなものであることを確認しておわりでしょうか。
統括侍女さまのところにエイリップ・カリアンさまの話題が行ったのであれば、王弟殿下のお手を煩わせることもないでしょう。
あ、別にニコラスさんの言葉を疑ってかかっているってわけじゃなくてですね、彼の上司はあくまで王太子殿下。王太子殿下と王弟殿下は仲がよろしいですが意見が同じとは限りませんし、そういう意味で見解が違う可能性もあるじゃないですか。
そこんとこを確認したいだけです。私の行動も変わってきますからね……そういう細やかな気遣いこそが侍女としてやっていく秘訣ですかね!
真面目に生きるって大変です。
「おう、遅かったなー。勝手に戸棚から菓子出したぞ?」
幾分か足取り軽く執務室に戻った私に、気軽に手を挙げて出迎えてくれた人物。
その人の姿を認めて、私が何とも言えない気分になったとして、誰が咎めるでしょうか。
いやまあ、勿論私がいる時でしたらお茶と共にお出しするつもりですから構わないっちゃ構わないんですが……王弟殿下ともあろう方が人の執務室の戸棚を勝手に開けるってのも、どうなんですかね!!




