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その後、館の中が念入りに掃除されてて気合の入り具合を実感したところで自室に戻ると、私の部屋にはひっきりなしに人が訪れました。
高級茶葉をどう扱ったら一番美味しいのか教えを乞いにやってきた我が家の侍女たちであったり。
都の洗練された味に慣れ親しんだセレッセ伯爵さまにお出しするので大丈夫か、料理人たちが当日出す予定のお茶菓子の試作品を何パターンも持ってきたりですとか。
そんなあれこれを乗り越えての顔合わせ当日です!!
……って私がここに着いてからたった二日しか経っておりませんけどね。
「やぁやぁ、ファンディッド子爵、夫人! お久しゅう!」
「せ、セレッセ伯爵さま、ようこそおいでくださいました」
「ファンディッド夫妻に妻と妹を紹介するのは初めてだったね」
美しい細工の施された馬車から颯爽と出てきたキース・レッスさまが笑顔でまずお父さまと握手を交わされ、にこにこ顔で手をさっと振りました。
まるでそれはどこかの舞台を見ているようだなあ、なんて思いましたが私はお父さまたちの後ろで大人しく控えております。
セレッセ夫人は私も園遊会の折にご挨拶させていただいた覚えがございますが、それ以外ではセレッセ領のお祭りを見た際にやはりちらりとご挨拶をした程度でしょうか。
ただ大変優秀な才女で、お美しい方であることは覚えております!
(ただ、お子さまに今の所、恵まれなくて……なんやかんや外野がうるさいんだっけ)
成人年齢が早い分、この世界では自然と若いうちに子を産み育むというのが当たり前になっています。
そのため私もまだ二十代前半だというのに行き遅れ扱いですからね!
それは置いておくとしても、そのことでチクチクいう人はどこにでもいるってことです。
(前世でも『結婚はまだなの?』とか『子供はまだなの?』とか無遠慮に聞いてきて『あらぁ~、そういうのは早い方がいいのよ!』なんて言ってくる人いましたものね)
それが良いって本気で信じている人や、親切心で大きなお世話って人もいましたけれど、その中にたまに悪意を持って言ってくる人もいましたからね!!
まあそういう人とは距離を置くのが正解なのでしょうが、社交界ともなるとそうはいきませんからね……噂話に花が咲くっていうのも困ったものです。
それもセレッセ夫人がやっかまれるほどの人だという証拠でもあるのでしょう。
事実、馬車から降りてこられた夫人を目にしたお父さまがこう……ぽやーっと……っておおい!?
「 あ な た ? 」
「だ、大丈夫だちゃんと挨拶できるから心配するな!?」
大丈夫でした。顔を赤らめて見惚れている暇もなく隣からお義母さまの低い声にお父さまは無事正気を取り戻されました。
……正直、お義母さまから聞いたことがない声がしたので私もびびったことは内緒です。
「妻のエレナだ」
「本日はお招きありがとうございます、紹介にあずかりましたエレナですわ」
「よ、ようこそファンディッド領へ!」
「セレッセ領からの長旅でお疲れでございましょう、遠いところありがとうございます」
夫人同士にっこりと笑い合っている姿は大変穏やかで良いですが、お父さまがそっとお義母さまにつねられているのを私は見てしまいました。
ええ、見なかったことにしました。
……お父さま、女性に関してはお義母さまから信頼がまるでないんですねわかります。
そして、私の隣に立っていたメレクがはっとした様子を見せました。
「本日の主役でもある、私の妹であるオルタンスである。少々はねっかえりだが、メレク殿とは気が合うようでしてね」
馬車から、降りてきた少女の姿にメレクは釘付けです。
ああ、この眼差しを知っています。ディーン・デインさまがプリメラさまを見る目と同じ。
そう! 恋する少年の眼差しです!!
(……って前もメレクがオルタンス嬢にメロメロなのは見てわかってましたけどね!!)
オルタンス嬢が、メレクを見て笑みを浮かべます。
キース・レッスさまは茶色みがかった金髪の持ち主ですが、オルタンス嬢はもっと茶色よりなので一見似ておられませんが、目の色は同じ。
「お初にお目にかかります、ファンディッド子爵さま。セレッセ伯爵の妹、オルタンスにございます。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
落ち着いた声音に淀みない挨拶、そして美しいお辞儀。
淑女として立派な振る舞いを見せたオルタンス嬢に、お父さまはちょっと引き気味にそれでも歓迎の意を述べられました。
「さあ、遠路はるばるお越しいただいたのです。何もない我が家ですが、茶と茶菓子を用意しておりますので中へお入りください」
私たちは準備しておいたサロンへと向かいました。
ええ、この日のためにメレクが自ら花を選りすぐり、館中はピカピカに磨き上げられ、茶葉も茶器もちょっと背伸びした感など微塵も感じさせぬ仕上がりです!!
「まあ今日は顔合わせという名目ではあるが、双方どちらもこの婚約には反対者はいないと思っているんだが……どうかな、ファンディッド子爵」
「も、勿論ですとも。我が家からすればオルタンス嬢はメレクには勿体ないほどです」
「まあ、そのようなことはございませんわ!」
「こら、オルタンス」
お茶を楽しみながら他愛ない会話をしている中で、とうとう本題を切り出したキース・レッスさまにお父さまが応えた所でオルタンス嬢が声を上げました。
当主同士の会話に口を挟むのは淑女の作法としてはマナー違反ですが、キース・レッスさまはあまり強く窘められる様子はありません。
「メレクさまはとてもお優しくて、私を変わり者として扱わず、きちんとお話を聞いてくださる良い方です。私の方こそ、メレクさまは勿体ないお方ですわ!」
「妹は少々、その……はねっかえりでね、申し訳ない」
「い、いえいえ。意見をきちんと述べられる、素敵な妹君ですな」
「ありがとうございます、ファンディッド子爵さま」
……なんでしょう、彼女とは私、お手紙を頂いたこととちらっとご挨拶しただけで後はビアンカさまからの情報しか知らなかったんですが。
ツンが取れたスカーレットとどこか通じるものがあるような気がする?
いえ、ツンデレではなさそうなんですが。
こう、気が強くて真っすぐで、素直そうですよね。
ゲーム上だとどこか張り詰めた雰囲気があって、兄を尊敬するあまりにコンプレックスを抱いて……という設定だったはずなんですが微塵も掠ってないなあ、やっぱり。
思わずじっと彼女を見てしまいましたが、オルタンス嬢は私のその視線に気が付いてにっこりと笑みを向けてくれました。
(んんん?)
ええ、満面の笑みですとも。
ちょっと知的なお嬢さんが、私に向けてはにかんだような笑みを見せるって。
メレクに見せた笑顔とはまた違う……うん? いやなんか説明できませんが。
「もし、よろしければ」
おずおずとオルタンス嬢が私を見ながら、口を開きました。
「メレクさまとも勿論、お話をたくさんしたいのですけれど……あの、ユリアさまともお話をしたいんです。お時間をいただけませんでしょうか!」
「え、ええ。勿論喜んでお受けいたしますわ、オルタンスさま」
私が答えるや否や彼女はぱぁっと顔を輝かせました。
おっと、今私、メレクの方が見れない。
「ありがとうございます! ずっと憧れの方でしたの、お話しできるなんて夢のようだわ……!!」
ちょっと、期待が、重くないですかね。
そう思ったけれど笑顔を崩さなかった私を、どなたか褒めていただけませんでしょうか。
若干、弟の視線が、痛いのです……!!




