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「ユリア、少し良いかしら?」
お茶もすっかり飲み終えた頃、一旦解散してから改めて顔合わせについての話をしようということになりました。
お茶を飲みながら何を話していたのかって?
……なんでしょう、うん、近況報告……ですかね。
(なんで家族と話すのにこんなに緊張したのかしら……)
いえ、まあ前回のことを考えれば反省も多かったので今回のこの家族団欒はとても良かったと思います。
メレクは単に私たちの緊張につられてたどたどしくなったんでしょう。
悪いことをしちゃったなと思うので、今後は自然に振舞えるようにならないと。
そんな風に思いながら階段を上ろうとしたとき、お義母さまが私を呼び止めました。
「お義母さま?」
「……ええと、そう、あのね。少し相談事があって」
「相談事ですか?」
「ええ」
頷くお義母さまは顔色も良いし、追い詰められている……という雰囲気もありません。
ということは、深刻な話ではないのでしょう。
お義母さまに促されて、一つの部屋に足を踏み入れました。
私の記憶によれば、空き部屋の一つだったと思うのですが……そこは記憶にあるものよりもずっと明るく、綺麗になっていました。
壁紙が新品になっていて、調度品も可愛らしいものに。
家具などがちょっと少なくてがらんとしているのがちぐはぐですが、掃除はきちんとされているようです。
清潔感溢れる部屋になっているではありませんか。
「お義母さま、ここは?」
「オルタンスさまが過ごすための部屋として準備を進めているのだけれど、どうかしら……貴女の目から見ても時代遅れだとか、趣味が悪いとか、そういうのはない?」
「いえ、可愛らしいと思います」
「そう、良かった」
心底ほっとした様子のお義母さまに私が首を傾げると、困ったような笑顔と共にそう遠くないうちに結婚して家族になる彼女のための部屋を準備するのは大事だとメレクとお父さまに進言してくれたそうなのですが、女性の好みは難しいから……と。
まあ有り体に言うとのらりくらりとかわされて、この二人に任せたら結婚前日までなにもしないのではと心配になったお義母さまが少しずつ少しずつ準備を進めているのだそうです。
(まあ、確かに我が家の経済状況だと新品の家具をぽんぽん買えないっていうのが悲しい現実ですけどね)
でも最近の若いお嬢さん、しかも流行のドレスなどを生み出すセレッセ家の人間相手に大丈夫か不安になったと。
流石に今日明日暮らすわけではないのでまだまだこれから新品の家具などを準備してあげたいということです。
次期子爵夫人にふさわしい調度品を用意するのも婚家の役目とお義母さまは張り切っているようですね。
「でも姑が準備したと思うと、いやかしら……メレクが準備をしたということにしておけば大丈夫だと思う?」
「お義母さま、落ち着いて」
「子爵夫人として今のうちにできることはしておこうと思ったんだけれど、私は後妻でここに来たからその辺りがよくわからなくて」
頬に手を添えてほう、と溜息を吐くお義母さまは以前のように不安定な様子は見受けられません。
結婚式どころかまだ顔合わせなんだから、ちょっとはりきりすぎでは……と思わなくはないですが、夫と息子が頼りないから自分が頑張らないとって思ったんでしょうね……。
あとで私からもメレクにちょっと言っておこう。
このままではお義母さまが暴走しちゃうかもしれないし。
「……ねえユリア、遣り甲斐のある仕事をしているって言ったわね」
「はい」
「私、働く貴女のことを苦労ばかり勝手にして……って思っていたのよね。でも最近、気が付いたことがあるの」
「気が付いたこと……ですか?」
「ええ。私は貴族の女というものは、より上の階級の貴族男性と結婚してその家の女主人として夫を立て使用人たちに傅かれ暮らすのが幸せだと思っていたわ。そういうものなんだって」
「……はい」
よく言っていたから、知っている。
お義母さまの実家であるパーバス伯爵家では女性というのはそうあるべきだという風に言われていたのだろうなって思うし、そういう風な貴族的な考えというのは一定以上あるって知っているから別になにか思うところはないのだけれど。
でもお義母さまはおかしそうに、笑ったのです。
「でもよくよく考えたら、女主人って働いているんだなって」
「えっ?」
「だってそうでしょう? あれこれ気を回して夫が動きやすいように、家族が暮らしやすいように。時には躾のなっていない家人を注意もしなくてはならないし」
「そ、そうですね」
いやまあ女主人として、家人にそういったものをぶん投げる人もいなくはないと聞いたことがあるのでそういうものでしょっていう純粋なまなざしが痛い。
でも確かに、お義母さまが仰るように真面目に取り組めば『女主人』という役割は要するに王城での私、つまり『筆頭侍女』と同じようなものだと思うんです。
上の人たちを招くにあたっては家人の末端まで注意を払い、上司とは違いますが夫が客人を前に恥をかくことのないように自らの身支度を整え、笑顔でそつなくこなすのです。
……ああうん、そうやって考えると結構重労働じゃないですか?
勿論、高位貴族の方ともなると家人全員に目が行き届くわけではありませんし、人によってはそんな面倒なことよりも社交の方にすべてを割り振って行動するなんてこともないわけじゃないらしいので人それぞれですけどね。
「……そう思ったらね、貴女の言っていることが少しわかった気がするわ」
「えっ?」
「あの人が落ち着いて立派な子爵として振舞えるように、メレクが過ごしやすい環境であるようにって今までもやってきたことって、無駄ではないんじゃないかしらって」
「……お義母さまはしっかりこの家を切り盛りしてくださっているじゃありませんか」
「そうかしら?」
ふふ、と笑ったお義母さまはまるで少女のように、楽しそうでした。
今までそれが『当たり前』で義務のようなものだったのかもしれません。
けれど、この人はとても家族を思ってくれる人だからこそ、その遣り甲斐を見つけてそれが無駄でないということに充実感を覚えたのでしょうか。
私としては、こんな貧乏子爵家に嫁がされて頼りない夫の後妻にされたお義母さまがしっかり者だと思ったからこそ家のことを気にしてなかった……なんてやっぱり言い訳ですねすみません!
「だからね、貴女が王城で、侍女という仕事に遣り甲斐があるって言った気持ちが、少しわかって。それを『そんなもの』扱いしていたなら、やっぱり悪いことをしたなって思ったのよ」
そうお義母さまはそっと目を伏せてから、意を決したように私の手を取りました。
そして私の目を見て、はっきりと言ったのです。
「今までのことを謝るわ。世間知らずはやっぱり私の方だったのね、母としてもまだまだ足りないのにこの年齢を迎えてしまって恥ずかしいけれど、間違ったことはやっぱり謝らなくちゃと思って……!」
「お義母さま……」
「許してちょうだい、ユリア。今まで理解できなくてごめんなさい」
がらんとした部屋で手を取り合う母娘ってこれどんなシチュエーション?
いやでも、なんでしょう。
ちょっと、泣きそうなくらい嬉しい。
そう思いました。
「ありがとうございます、お義母さま。……わかってくださって、すごく、嬉しいです……!」
「ああ良かった、……いつ言おうかと迷っていたのよ。あの人の前では言い辛くて……」
「嬉しかったです」
「それとは別に、……一応聞いてほしいことがあるの」
ほっとしたように笑うお義母さまでしたが、それからまたちょっと難しい顔をして私にそう言葉を続けました。
あれっ? これ良い感じでじゃあ解散じゃないの……?
活動報告にも書きましたが、今回の更新から3日間隔での更新だったものを5日間隔に変更させていただきます。
それに伴い感想返信を再開したいなと思っておりますので、返信のなかったところから最新話まで追いつくまで少々時間がかかるかなと思いますが気長にお待ちいただけたら幸いです°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




