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「……というわけでですね、その、アルダールには大変申し訳ないんですけれど」
「うん、公爵夫人のお茶会だろう? 私も招待状をいただいているよ」
「……え? なんですって?」
「知らされてなかったかい? バウム家の方に招待状が届いていて、私の所に先日届いたよ」
「そう……ですか……」
取り急ぎ確認しなくては、と思った私がアルダールの宿舎の方に行くと部屋に入れてもらえてあっさりとそう答えられた時のこの衝撃!!
ビ、ビアンカさま流石ですね……。
いえ、私だけが知らなかったとかそんなオチですかそうですか。これすらもきっとビアンカさまの『サプライズ』なんだなと思い至りましたよ!
ビアンカさまが扇子で口元を隠しながら「驚いたでしょう?」って笑いをこらえてらっしゃる姿が目に浮かびますよね。
「それじゃあお茶会当日は、よろしくお願いします」
「うん、当日迎えに行くよ」
んもー!
こういう小さな悪戯はだめですよ!?
……いえ、まあこういう手でも使われないと私がお茶会にアルダールと共に行く姿が想像できないのがなんとも自分でも情けないですが。
「そういえば、ハンス・エドワルドさまは?」
「ああ、見回り当番。だからそんな直ぐは戻ってこないから安心していいよ」
ハンス・エドワルドさまももうすっかり足が良くなられて今は戦闘訓練に少しずつ参加しているらしい。
まあ怪我から数か月経ってますしね。
今もミュリエッタさんとは親しくしているのかしら? まあわざわざ聞くほどのことではないだろうし、藪蛇になっては困るし気にしないほうがいいんでしょう。
変に私が彼女を気にすることで、またニコラスさんが現れても厄介な気がしますし。
「そうなんですね。……そういえば、私、騎士隊の宿舎に入るのは初めてです」
「そうなのかい?」
「ええ、私は王女専属として後宮に配属でしたから。そこからすぐに王女宮の方に移って筆頭侍女として……っていう流れでしたし」
「知ってはいたけど改めて聞くとすごい話だね」
「……そうかしら。いえ、そうよね」
そしてアルダールに呆れながらも感心されましたけど、言葉にしてみると私の経歴はやっぱり普通じゃないなあ。これじゃあ世間知らずなのもしょうがないなって自分でも最近は思うようになりました。
まあそれでもきちんと仕事をこなしていますし、部下は大事にしているつもりですし、ちゃんと公務員らしく振舞えているとは思うんですよね!
世間知らずなのも深窓の令嬢ってことで許されませんかね?
年齢がってそこはやかましいわ!!
「一般の騎士隊と近衛隊とでは部屋の内装も違うのかしら?」
「そうだなあ、まあ、近衛隊は貴族家出身者が多いから多少は違うと思うよ。それでもこうして相部屋とかなのはしょうがないけれどね」
ベッドが二つ、そしてそれぞれのベッドの横に机があります。
クローゼットもそれぞれに一つずつ。
壁紙はシンプルで、窓に掛けられたカーテンもシンプル。
清潔感はありますし、確かに家具は高級品を使用しているなあと私もぱっと見ですが思いました。
そう考えると一般騎士よりも厚遇ですよね。
そりゃそうか、近衛隊は全体の中でもほんの一部、エリート集団なんですから!
「まあ客人を迎えるような造りにはなってなくてね」
「いえ、大丈夫です。すぐ戻るつもりでしたし!」
聞きたいこと聞いたらとっとと戻るつもりでしたからね!
ほら、万が一断られたら誰に頼もうとかそういう時間を計算してあったものですから。
だから、まあ……直ぐお暇する理由はないんですけど。
ないんですけど、あれですよ。
今、私がいるのってアルダールの部屋な訳ですよ。
まあ、バウム家の私室ってわけじゃないのでちょっと違うと言われればそうなんですけど!
でもまあ、アルダールの部屋なんですよ。
つまり、彼氏の部屋。
しかも相部屋のハンス・エドワルドさまは戻ってこない。要するに二人きり。
緊張するなって方が無理があるでしょ!?
なのでこういう時はすぐ退散する。
それが一番穏やかなのです。ええ、ほら、普段だったらもうちょっと余裕があるっていうか「お茶淹れましょうか」くらいの台詞だって出ますけどね?
衣服を贈るのは脱がせたいから、とか前世の余計な知識がぽんっと頭に浮かんでしまった後ではこう、ね?
今もアルダールの顔を見れてませんしね?
うん、いや今のところ変には思われていないでしょう。普段から目を見てお話しできないチキンですから!
あ……自分で言っていてとても悲しい現実。成長しろよと自分を叱咤しつつ、いやでもあれですよ、脱がせたいとかほらそんな破廉恥なことアルダールが思ってドレスをプレゼントしてくれたわけじゃないのにそんな風に思っちゃう自分が恥ずかしいっていうかむしろ私が期待してるのか!?
いやいや、ほらまあアルダールだって新年祭の時にってあああああ、余計なことを思い出すんじゃない私ィィィィ!!
「……なんだか」
「え、なんですか」
「さっきからこっちを見ないね?」
「そうですか? 気のせいですよ」
「そうかなあ」
薄く笑ったアルダールが、そんなことを言うから思わずぎくりとしましたよね!
まあそこですぐ視線を逸らしちゃうからそれを肯定してるのと変わらないよね私。迂闊すぎるよね私。
「ユリア」
「な、なんですか」
「おいで?」
いやいやいや今はダメだって普段以上にダメだって!
そう思ってなんとか上手いこと断ろうと思うのに、こういう時に言い訳が思いつきません。
しかも何か言わなくてはって思うあまりにアルダールを見たら、いつの間にかデスクから移動していた彼が私のそばにいてですね、こう、近くない!?
「あ、あるだーる、わたし、もうもど、もどらないと、ですね」
「ふぅん?」
手を伸ばしてアルダールから距離を取ろうとすると、その手が取られてですね。
あっ、なんかもう普段以上に照れくさいのはやっぱ私が意識してるからで、いやだからってちょっとも期待してないって言ったら嘘だけどまだほら覚悟とかそういう意味合いでは照れの方が勝るっていうかちょっと待ってホント待ってお願いします!!
「ア、アルダール……ッ」
「折角、誰もいない部屋で二人きり、なんだしね?」
「ちょ、ちょっとまっ……」
あっという間にアルダールが私を引き寄せて、ベッドに座った彼の膝の上に乗せられる。
なんていう早わざ!
びっくりしている間にアルダールがぎゅぅって抱きしめてきて、わあああああもう絶対首まで赤いですよ私! 慣れろって? 無理無理!!
「……だから、そういう反応をしていたらダメだって前にも教えたろう?」
「ど、どういう反応、ですか……」
「そうやって顔を赤くして。拒絶しきらない、ところかな」
くすくす笑っていたアルダールが、私の顔を覗き込んで額に優しくキスを一つ。
続けて頬に、そうして抱きしめてくれる手が優しいので、ほっと私は息を吐き出しました。
そんな私の顔を覗き込んだアルダールが、すっと表情を変えて真面目な顔で私を見ているから私はぎくりとしました。
だ、だってこれいつものあれですよ、私が流されちゃうパターンですね?!
「だ、だめです! もうだめ!」
「なんで?」
「なんでって……だ、だってアルダールとキスなんかしちゃったらこの後お仕事にならないじゃないですか!!」
「えっ」
「ふ、ふわふわしてどうしていいのかわからなくなっちゃうんだから、もう……! アルダールは意地悪です!!」
「ちょ、ちょっと待ってユリア」
「なんですか! もう!!」
いっつもいっつも!
私はこの後もお仕事なんだからね、という気持ちを込めて思わず文句を言ってしまいました。
あれ? なんかもう雰囲気ぶち壊しっていうか、いやいやこのくらい言わないと最近の彼は遠慮がないっていうか、だからね、恥ずかしいだけで嫌じゃないっていうか。
段々不安になった私がアルダールを恐る恐る見ると、彼は手で顔を覆うようにして「勘弁してくれよ、もう……」と言っていました。
なにがですか、と問う前にアルダールが指の隙間から私の方を見てきました。
「ごめん、無理」
「え、なにが」
「今回は、ユリアが、悪い」
一言一言区切るように、強く言われて。
何が、と再び不満を口にする前に抱きすくめられて。
あっと思う時にはもう遅い。
「キスだけ、だから。後で文句はゆっくり聞くよ」
多分ですけど、それ私文句言う元気も残らないパターンですよね!?




