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「ああ、ユリアさま。お待ちしておりました!」
「……ユリアさま」
私の姿を見てにっこりまた笑みを浮かべるニコラスさんは、この間の胡散臭さがまったくない好青年のようです。あれが演技だったのか、こちらが演技なのか?
そこはわかりませんが、ああいう初対面だったのでそんな簡単に悪い印象は拭えてませんからね!
「クリストファ、今日はどうしたのですか?」
「ビアンカさまから、お手紙……お返事は、いらない、です。あんまり変な人と、関わらないほうがいいよ」
「……それは、ニコラスさんのことですか」
「ほかにいない」
クリストファったら辛辣ゥ!
いやでもこの子がそういう風に言うってことは私が感じた胡散臭い方が本性に違いありませんね。
当のニコラスさんは私たちの会話を聞いてもにこにこしたままですし。
「ニコラスさんはどのようなご用事でしょうか?」
「ははは、そう邪険にされると悲しいじゃあありませんか。おっと、そちらが噂の恋人、バウムさまですね? お初にお目にかかります、ボクはニコラス。王太子殿下の専属執事として配属となりましたのでどうぞお見知りおきくださいませ!」
「……それはご丁寧にどうも」
アルダールに対して綺麗なお辞儀をして見せるニコラスさんは執事らしい所作です。
私がちょっと苦手なタイプだというようなことを事前に伝えておいたからでしょうか。アルダールもニコラスさんがどんな人物なのか警戒しているようでした。
「それで、ニコラスさん?」
「いえいえ。実は先日、ミュリエッタ・フォン・ウィナー男爵令嬢にお会いしてまいりまして。そのことをお伝えしておこうと思った次第でございます。ハイ」
「……」
相変わらず糸目でにこにこ笑うばっかりのニコラスさんはその表情と声音から内心を窺うことができません。まあ一流の執事や侍女ともなれば、そう簡単に内心を読まれてはなりませんからそういう意味では彼も優秀だなと感心いたします。
ちょっと人を食った態度というのがいけ好かないだけです。
「どのような方か、今後のことを考えるに接触するのが最も早いと思いましたので。ボクも学園の卒業生としてちょっとお話をさせていただいたんですよ。……とても変わったお嬢さんですねえ」
「そうですか」
「ええ、まるでボクのことを知っているかのようでしたよ」
「え?」
ニコラスさんを知っている? ミュリエッタさんが?
どこにも接点なさそうなんだけど……。そう思って首を傾げたところで、私の前でにこにこ笑うニコラスさんが少しだけ私を見つめていました。
その笑みと、見つめられたことの意味が分からなくて気味が悪いと少し思っちゃいますよね。
「彼女は『嘘、なんでニコラスが』ってすごく小さな声で言ったんですよ。独り言でしょうね」
「……どこかでお会いしたことがあったんですか?」
「いいえ」
きっぱりと言い切ったニコラスさんの顔から、笑みが消えました。
厳密には笑ったままの顔、というだけです。笑ってはいないんです。怖ぁっ!?
その表情のまま、私をただ真っすぐに見てくる彼は、私の反応を確かめている……んじゃないかな?
んんん、どういうことだろう。
若干怖くて一歩下がれば、アルダールが私の肩を支えてくれました。
「ニコラス殿。彼女に、何を確認したくてそのようなことを話されるのかは私にはわからない。わからないが、彼女を傷つけるようなことをするならば私は君を退ける」
「おっと……いやだなあ、ボクは別に怖がらせたかったわけじゃあないんですよ、すみませんねユリアさま!」
ぱっとニコラスさんも一歩下がったかと思うと降参だと言わんばかりに手をあげて、牽制してくれたアルダールにおどけた様子を見せています。
だけど、私が瞬間的に感じたぞわっとしたものはニコラスさんからで間違いない。
この人は、なんだかとても怖い。どんな人間なのか、まだ知らないけれど……教えてくれる気もないだろうし、知りたいとは思わないけど。
セバスチャンさんもプライベートが全然見えなくて不思議な人だけど、この人みたいに怖くない。
どうして? その答えはわからない。わかりたいとも思わない。
国王陛下が直接王太子殿下につけた人だから、敵ではないんだろうけど。
「彼女は変わった人で、ボクからすると貴女も同じように変わっている。だから何かご存知かと思っただけなんですが……その様子からすると本当に何もご存知ないようですね、失礼いたしました」
「……そう、ですか」
「ミュリエッタ嬢は少々我々が知らない情報を知っていて、それを元に行動をしているのではないのかという見解が持たれています。もし彼女がなにかしらの行動を貴女にしてきた場合、速やかに教えていただけますか?」
「必ずとはお約束はできませんが、できうる限り。それでよろしいですか」
「ええ、勿論! 理解が早くて助かります。貴女のことは守ってくださる騎士さまもいらっしゃいますし、大変頼りに思っているんですよこれでも。いやぁ、重ね重ね出会いが遅かったことが悔やまれます」
大げさに身振り手振りを加えて笑うニコラスさんに、アルダールが一歩前に出ました。
そしてそれに合わせるように、ニコラスさんも一歩前に。
あっという間に互いの距離を縮めて、二人が対峙するようになって思わずおろおろする私に歩み寄ってくれたのはクリストファで、彼はやれやれと言ったように私のエプロンをくいっと引っ張って手紙を渡してきました。
ビアンカさまからのお手紙だって言ってましたね! ええ、ちゃんと忘れてませんよ。
ただ、ああもうこの二人、こんなところで睨み合わないでください!!
「大丈夫ですよ、バウムさま。ボクはこう見えて人のモノに手を出すような下種な真似は好かないのです。ですからしっかりと捕まえておいた方が良いですよ、ああ、これは余計なお世話でしたね!」
「……何者かは、聞かない。あまり、彼女に干渉するな」
アルダールが言えば、ニコラスさんが肩を竦めました。
この人たちの会話、わかるようでわかりません。わかりたくもありません!
少なくともニコラスさんが言っているのは挑発だろうなあってことくらいはわかるので、後ほどセバスチャンさんに苦情を言っておこうと思います。親戚なんだろうからガツンと言っておいてくださいってね。
聞いてくれるかどうかはわかりませんが、まあセバスチャンさんは私の味方だと信じてます……!!
ニコラスさんは一歩、二歩と下がって優雅に一礼して「それでは、また」と柔らかく言って去っていきました。
クリストファもそれを見送ってから、ぺこりと私たちにお辞儀をして去っていきました。
ああ、なんだろう。
時間で言えば大した時間じゃなかったんですが、大変疲れました。
まったく、ニコラスさん……あの人が絡むとミュリエッタさんとは別に厄介な気がしてなりません。
私、平穏がいいんだってば。
さっきまではすごく穏やかだったのになあ……。
「なんだかどっと疲れる人だった」
「本当に。ありがとうアルダール、貴方がいてくれて助かりました」
「それは良かった。……でも本当に、ユリアはいつもいつも妙なのに好かれるね」
「ちょっと待ってください、それは聞き捨てならないことを言われた気がしますよ!?」
「まぁまぁ。それじゃあ荷物をもらいたいから、部屋に入ってもいいかな?」
アルダールったら笑ってますけど、私としては心外だ! 心外だ!!




