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転生侍女、第三巻12/12発売です!
みなさまの応援のおかげです。ありがとうございます!
そしてよろしくお願いいたしますー!!
男女間の力の差ってのは理解しているつもりでしたが、こうもなんの手加減もない掴まれっぷりは痛みと恐怖とで私自身、うまく動けません。正直なところ少しばかり足が震えているのが現状です。
だからって泣いて縋ってごめんなさい、となるわけではありませんが……!
あの園遊会でのモンスターに比べたらこんなやつ! こんなやつ!!
もうちょっとだけなんとかしたら、きっと誰かが気付くはずです。
私だって結構な大声出してますからね。
「お酒を、少々多めに嗜まれたのでしょう。こんな狼藉にも似た真似を誰かに見られたらどうするおつもりですか!」
「煩い女だ」
そうです、エイリップ・カリアンさまは顔を赤くして呼気は酒臭く、要するに酔っ払い!
私が強気で大き目の、わかりやすい声で非難をすれば途端に顔を顰めて怒気を強めました。
前世でも酔っ払いは苦手な部類で、出来れば会社の飲み会だって出たくない方向の私でしたからね、とんでもない状況に正直顔を顰めたいのはこっちだっていうんですよ!!
掴まれている腕は痛いし怖いしでも腹立つしなんだこれ。
「一体貴様のどこが良いというんだ、あの男は」
「なんですって……?」
「見た目はまあ、醜いとまでは言わないが引く手数多などとは言えない。身分も低い。王女殿下のお気に入り、そのくらいしか取り柄はあるまい。それをあの男がねえ」
喉で人を馬鹿にするような笑いをするエイリップ・カリアンさまは、ゆらり、ゆらりと左右に揺れています。これは相当飲んでいるんでしょうか? 人様の家に来て何してるんだろうこの男!
それにしても本当、早く誰か……!!
「あれか、見た目ではわからんというと……閨の具合がいいのか? くっ、はははは!!」
「なっ、ん、てことを……!!」
とんでもないこと言い出したーーーー!!
一瞬くらっと来たわ。あまりのことに。
とんでもないこと言い出しましたよ!?(二度目)
閨でとか! まがりなりにも礼節を重んじるべき貴族の一人が! 令嬢に向かって言うセリフではないよね!!
いやまあ、下世話な人はどこの世界にもいるし貴族だからって全員が有能で礼節を重んじて清廉潔白になんて絶対にありえないわけですが……でもこの振り切れ方もあり得ないっていうか!
しかも自分で面白い冗談言ったな~くらいの感じなんでしょうか、私の腕を相変わらず掴んだままげらげら笑う姿はまさに場末の酒場で飲んだくれてる酔っ払いそのものですよね。嫌な絡み方をしてくる酔っ払いそのものです。
うっ、なんかもう辛くて泣きそう。
鼻の奥がツンとして、もうなんか気分的に惨めだし怖いしムカつくし痛いしあああああもうー!!
(なによそれ……!!)
アルダールが私を選んだことを、色々言う人がいる。
私のことでアルダールが貶される、それは嫌だと思ったけどこういうパターンもあるんだなって、どこかで冷静に思える自分がいるのがまた嫌なんだよね。私を貶すために、アルダールは床上手な女に骨抜きにされんだって嗤ってるんだよこれ。
実際のところなんてこの人にとってどうでも良くて、私に対してなのかアルダールに対してなのか、両方に対してなのかはもうわからないけどとにかく貶して馬鹿にしたいだけ。
しかも酔っぱらって自分がなにをしているのか、理解できていない馬鹿に馬鹿にされているっていう状況。
それを真に受けるのはそれこそ馬鹿だと思うけど、それでも腹は立つし悔しいし、泣きたくもなる……!
絶対に、絶対に! 泣かないけどね!!
「どうなんだよ? 実際! ははっ、ははは! ないよなぁ、貴様はどう見たって碌な――」
「そ、そこまでにしてくださらんかエイリップ・カリアン殿」
「……ファンディッド子爵」
「お父さま!」
「娘に、何をしておられるか……!」
「ちっ、煩いおっさんだ。もう引退間近な身の癖に……!」
「お父さま!」
「え、エイリップ殿。とにかくまずは娘から手を放してくださらんか……!」
慌てたように階段を駆け上ってきたのはなんとお父さまでした!
そして私の為に抗議してくれた……! 若干引け腰なところがお父さまだけど!!
けれど、エイリップ・カリアンさまは煩わしそうにお父さまを睨んだだけです。
お父さまはお父さまでその視線に竦んじゃいましたが……それでも重ねて私を解放するように弱々しくも訴えてくれました。
「そこまでにしとくんだなア、坊ちゃんよ」
「あ?」
このまま一方的な睨み合いだろうか。
そう思ったのも束の間です。
ぬぅっと私の背後から伸びてきた手が私の腕を掴むエイリップ・カリアンさまの手首を掴んだと思うと、あっという間に捻り上げました。
その声の主は、私も勿論よく知っている人物の、ゆったりした喋り方はそのままなんですけどなんかこう……怖くて私が振り向けない!
「め、ったぼん」
「おう」
恐る恐る私が振り向けば、メッタボンがいました。
私を見て、にっかりと笑う姿はいつものメッタボン……ですよね。え、でもなんかさっき背後にすごい威圧感がね? あったんだけどね!?
「き、貴様何者だ! パーバス伯爵家のエイリップ・カリアンと知っての……!!」
「知らねえよ、どっかの伯爵さまンとこの坊主だろ」
「貴様ぁ……!!」
「むしろ坊ちゃんは俺が来たことに感謝しろよ。これがレジーナだったりしたらアンタの腕を切り落とすところだぜ? さらに言えばバウムの旦那だったら命の危険も覚悟しろってハナシだろ」
「め、めったぼん?」
ちょっと待って、助けてくれたことはものすごく、ものすごーくありがたいよ。
ありがたいんだけどちょいちょい物騒な言葉が挟まれている気がするんだけど、気のせい? 気のせいじゃないよね!?
なにその切り落とすとか命の危険って!! いや確かに痛い目に遭って欲しいとかちょっと内心相当あらぶったことは認めますが、実際にして欲しいわけじゃないんですよ……!?
「セレッセ伯爵さまがレジーナに行くなって言うけどよ、俺ァユリアさまの部下だしな? もういい加減いいよなぁ?」
「ははは、ユリア嬢は本当に人徳があるんだねえ。噂には聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚くよ。王国有数の冒険者だった男がそこまで付き従うのだからねえ」
「き、キース・レッスさま……?」
え、王国有数の冒険者ってメッタボンがですか。
かなり優秀な冒険者だったとは本人から聞いてましたけど、そこまでなの?
……万能能力を持った料理人という認識でいたんですが、それもこれも優秀過ぎるが故……!?
「レジーナ、ユリア嬢を支えてあげてくれるかな?」
「勿論でございます。セレッセ伯爵さま、……この件、王太后さまにはご報告させていただきます。絶対に」
「はははは、これは私もあの方に叱られてしまうかなあ?」
朗らかに笑うキース・レッスさまは、こうなるってわかってたの?
それとも何か? いいえもう何が何だかわからない。
とりあえず、悔しかったり痛かったり私の頭の中が混乱の極み!
「とりあえずメッタボン、彼の手を放してくれるかな?」
「断ったら? うちの筆頭侍女さまに狼藉を働いたんだ、それ相応に断罪すべきだろ」
「それはそうだが、それを決めるのはこの家の主たるファンディッド子爵だ。そうだろう?」
「……」
階下からゆっくりとした動作で階段を上ってくるキース・レッスさまは、笑みを深くしました。
私に駆け寄ってくれたレジーナさんに支えられて、ようやく震える足を叱咤しなくても良くなった私は彼女に寄りかかってしまうという残念な状態でしたが、なんとか支えられてその状況を見渡しました。
キース・レッスさまが仰るように、お父さまが家主としてこの狼藉、どう断じるかで状況は大きく変わるに違いありません。
もしかしてそれが狙いだった?
だから、レジーナさんはさっき『王太后さまに報告』だなんて言ったの?
ああ、なんでしょう。
色んなことがいっぺんにあり過ぎて私の脳みそがパンクしそう!
(誰か説明してくれないかな!?)
とりあえず、エイリップ・カリアンさまに掴まれていた腕が、ずきんと痛みを訴えることで私は現実にいるんだなぁなんて妙なことを思うのでした。




