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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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 あれからは大したことは何も起きなくて、いやまあ何か起こって欲しいわけじゃないですけどね?

 外は吹雪いていましたし、お客さま方はお部屋で各自お過ごしいただいて、私も部屋で手紙を書いて読書をして……お父さまがちょっぴりお腹を押さえて書斎に閉じこもった、とは侍女から耳にしましたけど。

 お義母さまもお部屋から出て来られなかったようですが、夕食の時間には全員が食堂に集まりました。


 なかなかに見ないメンバーが勢揃いでなんだか圧巻ですが、決して楽しくはない夕食会であったとだけ言っておきましょう!!

 お料理は美味しかったですし、侍女たちがせめて食卓を華やかに、とこの季節でも花をたくさん飾ってくれたテーブルは今までになくファンディッド子爵家の食卓を彩ったに違いありません。

 けどまあ、そのテーブルに着いた面々がというのはどうしようもないっていうかね!

 流石に喧嘩とかいがみ合いはなかったですが、どうやらキース・レッスさまとあちらの次期伯爵の……なんだっけ? そうそう、マキシム・ニアムさまです。

 ちょっと影が薄い……じゃなかった、ここに来てからあまり発言もなさらないし大変お静かな方ですので私としても印象がないっていうか、その息子のエイリップ・カリアンさまが自己主張が激しすぎるっていうか、とにかくあんまり存在を感じさせない方でしたがキース・レッスさまとはあまり仲が良くないご様子。


 いや、まあキース・レッスさまはパーバス伯爵さまもあんまり親しくなさそうでしたからね、しょうがないのかな? キース・レッスさまの方はしれっと睨まれたりしているのをスルーでメレクと談笑してましたからね!

 重苦しい空気の中いただく美味しい料理とか、なんでしょうねえ……残念極まりないですよね。

 まあこれが美味しくない料理だとより悲しい気分になるので、ある意味救われたと思うべきなのでしょう。何事もポジティブシンキングですよ!!


(とはいえ、疲れた……)


 二階の廊下を歩いてふと明るいなと思って外を見れば、吹雪いていたはずの空は雲が切れ切れになっていました。月が雲の間から出ていて、積もった雪がキラキラしているのは何とも言えない美しさですね。

 とはいえ、外に出て「綺麗……!!」とかするほど若くないので暖かい室内から見るに留めておきたいと思います。

 うん、寒いのは苦手なんで。うん……女子力? ……うん、いやほら風邪ひく方がね! 怖いから!!


「む」


「え」


 それでも綺麗なものは綺麗だから思わず立ち止まって月を見上げて眺めていたら、不機嫌そうな声が聞こえてきたんですよ。まさかの予感がして見てみれば、案の定そこにはエイリップ・カリアンさまがいらしたわけですよ!!

 眉間にこれでもかーってくらい皺を寄せちゃってさあ、私と同じくらいの年齢なのに今からそんな皺寄せてたら癖になるよ? って言ってやりたかったですが我慢しましたとも。

 今の私は令嬢です令嬢。いや今のも何も令嬢ですけど。侍女してる時だろうと令嬢してる時だろうとそんな言葉遣いはいたしませんよ!


 まああちらも私と会話を楽しみたい……なんてことはなさそうですし、睨まれていても気分が良いものではございません。とっととお辞儀の一つでもして自室に戻るのが無難です、無難。


「待て」


「……。なにか、御用でしょうか」


 な、なんですと。

 呼び止められた!?


「……」


「……」


 呼び止めた癖に、あちらは私を無言でじろじろと値踏みするように見て来るだけ。

 おうおう、どういう了見だ! などとは勿論口には致しませんが、あまりいい気分はしませんよ。女性に対してそういう不躾な視線を向けるのって殿方としてもどうなんでしょうね、ええ、モテないと思いますよ?

 まあそこを親切に教えて差し上げる謂れもありませんし、照れる要素などひとつもありませんから侍女の時みたいに表情を引き締めておきましたけどね。それがまた面白くないんでしょうか、舌打ちしてくるんですよこの人。わぁガラ悪すぎません? 仮にも伯爵家の跡取りのそのまた更に息子という直系としてどうなんだろうねっていう話ですよ。

 パーバス家の未来は暗い!! とまでは申しませんけれど、ちょっとその辺りどうにかしないと社交界で嫌われますよね。まあ次期伯爵のお父さまが社交界嫌いということでエイリップ・カリアンさまも社交界を重視なされてはいないのでしょうが……下に高圧的で上にへつらうようでは社交界で嫌われる典型的パターンになりますが……ってこの人、目上の方にちゃんとした態度が取れるのかしら。

 正直確かに家格では我が家が下とはいえ、次期伯爵の息子っていう肩書でも何でもない人が当主であるお父さまに対して偉そうな態度をとっていた辺りなどを考えると大変な気がしますけどね。教えて差し上げる必要性は感じませんが。だってほらそういうのは身内でなんとかしてもらうのが一番ですからね。


 そんな風に考えることでとっとと去ってくれないかなぁという気持ちを堪えていた私に、エイリップ・カリアンさまはハッと鼻で笑ってきました。


(呼び止めておいてなんだそれ!?)


 呆気にとられるとはまさにこのこと!!

 まあ顔に出したりは勿論しませんけどね。むしろなにか? っていうくらい冷静に相手の顔を見て差し上げましたとも!


「いや、貴様が仮にも貴族令嬢だと思うとなんとも貧相この上ないことだと思っただけよ」


「……さようですか。それがご用件でしたら失礼いたします」


 たっぷり時間をとってたった一言貶すためにわざわざ呼び止めたとかどんだけ暇人だよ!

 まあ他人の家に来てすることもないんだろうけどさ。性格悪いのが露見しただけですよというのはまぁわかってましたけど、再確認させていただきましたとも。ええ。王城で会っても決してこちらからご挨拶したい類の方ではないと心のメモに! 太字で!! 記入させていただきましたとも!!


 まったく、この人に会うってわかってるんだったら食堂から自室までの距離、レジーナさんが送ってくれるという申し出を断るんじゃなかった……。

 そんな広い家ではないし、トラブルもないだろうって思ってた私が甘かったんですね。反省しなくては……。


 だってほら、言い訳を許されるならパーバス家の皆さまだってキース・レッスさまがいらっしゃる中で変な行動しないだろうなってどこか牽制になるだろうなっていう考えを持っちゃうじゃないですか!

 結局そういうのがエイリップ・カリアンさまには通じてないんだなっていうのがわかって色々思うところはあるわけですが、とりあえずはこの人、脳筋公子とはまた別の意味でもうちょっと考えを持てよって言いたくなるタイプの男です。ただ関わり合いになりたくないタイプです!


 とりあえず言い返すとまた喜んで貶してくる小学生低学年男児の中でも悪ガキみたいなタイプでしょうからここはスルーしてさっさと別れるのが一番です。

 失礼いたします、なんてむしろこっちがされた側なんだけど一応そう言って横を通り過ぎようとするのを立ちふさがってくるんだからもうあったま来ちゃうよね……! お前いくつだ!!


「どいていただけますか?」


「知っているか、ウィナー家のご令嬢。成り上がりのみっともない冒険者の娘だが、陛下もその行いやよしと褒め称える娘だ。お前よりもずっと、ずーっと器量良しだな」


「……ええ、存じております。何度かご挨拶をさせていただきましたから」


 お前に言われんでも知ってるわ! そう言ってやりたかったですが我慢ですよ我慢。

 私が静かな声で返したものですから相手は一度鼻白んだものの、またすぐにニヤリと笑ってきました。


「そうか、知ってるか。じゃあ世間でなんと言われているか知っているか?」


「世間の方がどのようにお話ししているかは存じませんが、ミュリエッタさんは素直な優しい方で、陛下はウィナー家を取り立てたのです。みっともない冒険者などと」


 窘めるように、というか正論を述べる私の言葉を遮るようにエイリップ・カリアンさまが私の腕を容赦なく掴みました。痛い、そう思って顔を顰めた私が面白かったのか、彼はさらにぐっと力を込めてきました。

 声を上げなかったのは、私の意地ですが……なんだこの男!


「手を、お放しください……!!」


「世間では、お前などよりもアルダール・サウル・フォン・バウムはミュリエッタ・フォン・ウィナーを選ぶべきだと思っている。確かに貴様は王女殿下の『お気に入り』だがいずれはバウム家に降嫁されるご予定ゆえにな、力あるものを取り込むことを考えるなら貴様如きは侍女のままついてこさせれば良いだけだとな……!!」


 聞いたことはある。

 私をプリメラさまが嫁いだ後に世話役としてバウム家の一員の女扱いするために、アルダールが私を口説いているのだという噂。

 だけれど、ウィナー家という英雄を、どこかの派閥に入れるよりも娘の方が熱をあげているならいっそアルダールという駒を使ってそちらを囲ってしまった方が王国の為になるのではないかと声を上げている人たちがいるのだという。

 美男美女が並んだ方が見目がいいから、なんて話まで聞こえてきたのはちょっぴり辛かった。


 でも、それを決めるのはアルダールと私の問題で、よその人たちが何かを言ったって気にしないんだって思ったので考えないようにしてました。


「……、いいから! 手を、放して……!!」


 だから、この男が何を言おうと今更動揺なんてしない。

 しないんだから、とりあえず、痛いから手を放せってんですよ!!

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