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転生しまして、現在は侍女でございます。  作者: 玉響なつめ


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 そこからのデートは、邪魔の入らない良いものでした。

 あれこれお店を見て回り、路上に来ている大道芸人や音楽隊を楽しみ……こういう時間ってなかなか取れませんからね、普段の生活の場がお互い王城ですから。

 知り合いにはちらほら遭遇しました。使用人館食堂の人とか、文官さんとか。

 私たちのことを知っている人たちが微笑ましいものを見たという表情だったのが解せぬけども。

 そうして新年祭恒例の、夜のフラワーシャワーを眺めて二人で城に戻ってきたわけです!

 町中を雪が降っているかのように、淡い薄紅色の花びらが舞い散るのはとてもとても綺麗で……言葉にならないっていうのはこういうことなんだなと実感しました。これが行われる時間までお祭りにいたことがなかった私としては、とても良い思い出です。


 最中は色々あったけど、トータルで見るとなんて良い新年祭!!

 脳筋の出現とか遭遇とか、エーレンさんの結婚話というおめでたい話の他になんかちょっと不穏な気配のするミュリエッタさん関連の相談事とかありましたけど、全体で考えたら全然おつりがくるくらい良い新年祭です。幸先良いですよコレは。

 一年の計は元旦にありって言いますからね、前世での話ですけど。


「……あの、アルダール」


 そして戻った城内は、相変わらずどこかしぃんと静まり返っていて。

 先程まで城下の賑やかさにいた私からすると……なんだか、夜中に家の中を探検する小さな子供のような気分になりました。だからついつい小声で彼の名前を呼んでしまったんですが、他意はありません。

 でもなんだか、そう……そんなことはないんですけど、急に静かになったから、二人だけになったみたいな気分になっちゃっただけです。心細いとかじゃないですよ? そこまで子供に戻ったわけじゃありません。

 私の部屋の前にたどり着いて、ああ、もうデートは終わりだなと思うとちょっとだけ寂しい気持ちがあります。


「なんだい?」


「……今日は、ありがとうございました。すごく、楽しかったです」


「うん、そう言ってもらえたなら、私も嬉しい」


「それで、あの」


 うん、まあ。今更っていうかようやくっていうか。

 私はそっと鞄から、プレゼントの包みを取り出してアルダールに差し出しました。


「いただいたネックレスほど立派なものじゃないんですけど。使ってもらえたら、嬉しいなって」


「ありがとう」


 中身が何かなんてアルダールは聞きませんでしたが、嬉しそうに微笑んで受け取ってくれました。

 うん、それだけで私もほっとするっていうか嬉しい、っていうか。あ、なんかすごく今リア充です私リア充できてます!!

 デートだって思っても、おかしな行動してないで落ち着いてますものね。

 ふふふ……人間って成長するものですねえ……自分の事なのにびっくりです。


「あ」


「え?」


「いえ、アルダール、髪に何か……さっきの花びらかしら」


「え? どこだい?」


 綺麗な淡い色の花びらを、夜になって鐘と共にまき散らす……というのはなんとも幻想的で素敵ですがやっぱり花びらとかはどこかについちゃいますよね。ちょっと色的にミュリエッタさんを思い出してしまうのが難点でしたが、花は花、彼女は彼女です。


「かがんでください、私が取りますから」


「ごめん、お願いするよ」


 背が高いから、屈んでもらって丁度いいくらいで……ってうわぁ、顔近くなった!!

 いや、屈んでもらったんだから当たり前なんだけど。思わずどきりとしちゃいますよね、だってイケメンですしね!? ふわぁ、改めてみるとやっぱりすごくあれですよ、美形ですよ。

 うぅーん、この人が、私の恋人……? ってやっぱり夢見てるんじゃないかって思う勢いですが、これが現実なんだから世の中何があるか分かったもんじゃないですよね!


「どうかした?」


「えっ、いえなんでもないです!」


 アルダールが不思議そうにしたところで結構ガン見してたな私ということに気付きました。

 うわぁ、いや、ほら、つい……出来心ってやつですよ! 誰だって目の前にあるものにふと釘付けになる瞬間ってあるでしょ!? それがほら、たまたま彼氏の顔だっただけで……うん、おかしい言い訳してるなって自分でも思いましたよ……。


「取れました」


「ありがとう」


 指先で摘んだ花びらをアルダールに見せると、彼が柔らかく笑う。

 ああ、うん。


 その笑顔、好きだなあ。

 優しく笑うときに細めた目の、青い色がすごく柔らかくって。

 男らしい人なのに、こんな風に笑うとちょっと可愛くなって。


 好き、だなあって。

 それが、私の頭を一瞬で占めて、そしたらなんでだろう。

 自然と、体が動いてた。ほんのちょっと背伸びしたら、キスもできちゃいそう、なんて思ったのは確かです。でもやろうと思ったわけじゃなくて、体が勝手にっていうか。

 

 多分、それは一瞬で。触れたか触れないか、そのくらいの僅かなものです。

 ちょっとだけ、ひんやりした感触に。頭が冷静になった時には、思った言葉はただ一つ。


(やっちまったぃ……!!)


 きょとんとしたアルダールが、私を見ている。

 そう、そりゃまあ、驚くよね!


 私から、アルダールにキスしたんだから。

 ええーどうした私!? そしてどうしよう私……!!

 いやほら、ほんとにね、しようと思ったとかそういうわけじゃなくて、痴女とかでもないよ? ただなんかこう、気が付いたらしてたっていうかね! あっそっちのほうが駄目っぽい。アウトですよどうしましょう!!


 好きだって言葉にするのはあんなに躊躇ったのに無意識でキスしちゃうとか私どんだけ……ッ!!

 いや感触とかよくわかんない、気が付いたらしてた。ほんとに。どうすんだこれ。

 恥ずかしいとかそういうのよりも今は動揺のほうが勝っていてどうしたらいいのか、とりあえずアルダールに釈明しないといけないと口を開くものの、当然良い言い訳なんて出るわけもない。


「あのっ、今のはっ、えっと……ッ」


「……」


「えっと……ええっと……う、奪っちゃった、……みたいな?」


「……ユリア」


 笑いが取れるかなーなんて言ってみた言葉はなんの笑いにもなりませんでした。詰んだ。


 アルダールのきょとんとしていたまなざしが、すっと違うものに変わって。あ、なんかこれヤバいやつだ。私の名前を呼ぶ声が、いつもと違う気がする。

 直感的にそう思ったから一歩下がろうとしたのだけど、私が遅いのか彼が速いのか。私は抱きすくめられていて、あっという間に次の言い訳が声になる前にアルダールの口の中に呑み込まれて、……ってそう、キス、された。


 私がしたみたいな、掠めるような一瞬のなんかじゃない。

 食べられちゃう、って思うような。

 ああでも違う、アルダールに食べられちゃうとかじゃなくて、息ができない。違う、そうじゃなくて。


 もう、わけがわからない。声なんて出せる状況になくて、どうしていいかわからなくて、目の前にあるアルダールの服を掴むくらいしかできなくて。

 そりゃまあ、こうなったら、なんて夢見たことはあったよ?


 好きな人ができて、その人に奪われるくらい愛されたい……とか夢見がちなことを考えたことが、やっぱりありますよ!?


「あるっ、だー……」


「黙って」


 でも、キスって、こんなに? 何も考えられなくなるの?

 息もできないくらい、ってただの表現じゃなくて?


 酸欠なんだろうか、頭がくらくらする。

 アルダールに抱きすくめられるようにして、体に力が入らなくて、ああ、なんだっけ?

 今、ここがどこで、私は。彼は。


「……ユリア」


 余裕の、ない、彼の顔。

 まるで、告白された時みたい。

 私の頭が、ぼうっとしているせいでもあるけど。


「このまま、……」


「……? なに……?」


 何かを、アルダールが小さな声で言ったけど。

 私の溶けてしまった脳みそは、それを上手く聴き取れなくて聞き返す。

 そんな私にアルダールが、困ったように笑った。


「だから、君はズルいんだ」


「……え?」


「このまま、私と一緒に来る? ……来て欲しいと言ったら、どうする?」


「……一緒、に?」


「そう」


「どこ、へ?」


「それは」


 アルダールが言葉を重ねようとする。その瞬間、私の視界には見知った人の姿があった。


「おや、どなたかおられると思いましたらお戻りですかな」


「……セバスチャンさん……」


「新年祭は楽しかったですかな、ユリアさん」


「え? ええ」


「近衛騎士殿も、我が宮の筆頭侍女を送り届けていただきましてありがとうございます。少々彼女も疲れておるようですからな、後はこちらでお受けいたしましょう」


「いえ……」


 するりと私の頬を撫でるようにして、アルダールが離れる。

 うん? あれ、なんだか私とんでもない状態だったんじゃない?

 離れた体温にようやく何が起こったのか理解して、私の顔がまた熱くなった。


 でもそんな私をよそに、アルダールとセバスチャンさんがまるで睨み合うかのようにお互いを見ていて、あれなんだこれ。どういう状況?

 困っていると、遅れてメッタボンまで現れた。

 そして彼は私の様子と、二人を見比べて大げさに肩を竦めて見せる。


「悪いなあ、バウムの旦那。うちの執事爺さん、ちっと酔っちまったらしい」


「酔っておりませんぞ」


「あー、はいはい。まあ、……なんとなく状況は察した。男としちゃぁ同情するぜ」


「……」


 なんですかそれ、ちょっとねえメッタボン。

 聞くに聞けない怖いななんだこの状況。いや冷静に状況を説明されてもいやだなと思うんだけど。ねえ解散じゃだめですかね、笑顔で解散! いい案だと思うんですけど……。


「でも、まあ。王女宮の番犬は、割と優秀でさ……なかなか近づけないだろう? オオカミさんよ」


「……そうだな。今日は、私の分が悪いようだからおとなしく引くとしようか」


「賢明だ」


「さすがですな」


 くっと笑うメッタボンも、薄く笑うセバスチャンさんも、悪役そのものですよ!?

 そして、あの……オオカミってそういう意味ですよね、あれ、私ちょっと今アレでしたかね、そうですよねそういう意味ですよね。

 っていうか番犬っていつから貴方がた私の、私たち王女宮の保護者になったんですかね!?

 色々突っ込みどころはあるのに、声は出せなくて私が一人右往左往していると、アルダールが振り向きました。


「それじゃあ、お休みユリア」


「えっ、あ、ハイ」


「……続きは、また今度、ね?」


「!!」


「さ、騎士殿もとっととお帰り願いましょうかな」


「おいおい、爺さん……さすがに大人気ねぇぜ……」


 あああああああ。

 なんだか! 今こそ! 恥ずか死ねそうです!!


 私は去っていくアルダールを見送って、セバスチャンさんとメッタボンに改めてただいまを言ってから自室でベッドに顔を押し付けて一人悶えるしかできないのでした……。

 もう! 明日からアルダールとどんな顔して会えばいいのか! わからない!!

こんな状態にもかかわらず次回からは普通にお仕事戻ります(何)

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