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まあ悔しがったところで素地が変化するわけじゃありません。
軽くフェイスパウダーっぽいものをはたいてアイシャドウを少しだけ、それに口紅塗って終わりなんですけどね。ほらでもちゃんと化粧してるからね!
私ナチュラル系派ですから! 私の化粧に関する腕が悪いから代わり映えしないんじゃない! 残念な目で見るな!!
ちなみに今お気に入りの口紅は、ナシャンダ侯爵領の蜜蠟から作られていてとてもしっとりしてる上に薔薇の香りがほんのりする逸品です。この間ナシャンダ侯爵さまが「新作ができたから、お裾分けだよ」とプレゼントしてくださったんですよね。ありがたいことです。
例の薔薇ジャムとかが好評で共同開発的な立場の私にも恩恵が……おっと。
さて……みっともないところを見せた後だけどアルダールと合流して、面会室に行かなくちゃなあ。
ああもう、お茶の一杯くらいは飲んでから行きたかったよ!?
いや私は起き抜けに一杯飲んでるけどね。アルダールの方は夜勤明けなんだからせめて温かいお茶くらい淹れてあげたかったなあ。
かといって約束ナシの面会だからと待たせてもろくなことにはならないだろうって予想もできるしさあ!
これは勿論、ハンス・エドワルドさまのお話を加味して今回のこと統括侍女さまにご報告申し上げますからね!! ミュリエッタさんは教育係からの課題マシマシ攻撃に慄くがイイ!!
あ。なんか悪役っぽい。私が。
「……お待たせいたしました」
「あれ? 早かったね」
「アルダールさま……おからかいが過ぎます」
「ごめんごめん。今度お詫びに口紅でも贈らせてもらうよ」
「前に仰っていた秘蔵のワインも忘れてませんからね!」
「うん。勿論忘れてなんかいないよ。さあさっさと終わらせて朝ご飯を食べに行かないとね」
「はい」
王宮から外宮にある面会室はそれなりに距離があるからね。
なんと言っても王城ですから。その奥まった王家の方々が暮らす王宮ですから。私の部屋はその端っこの内宮寄りですけど。まあ使用人だからそこはしょうがないよね。
他の人が一生懸命お仕事をしている横を通って面会室の管理者に声を掛ければ向こうも困り顔だった。
そっと覗かせてもらうと、ああ、うん。
やっぱりミュリエッタさんですね……間違いないです、あの薄紅色の髪の美少女。なんでしょう、あそこだけキラキラしている気がします。
これが……ヒロインというチカラ……!!
とか馬鹿なこと言ってられませんね。
今回は思わぬ奇襲を喰らいましたが、このユリア・フォン・ファンディッド。何気に生き馬の目を抜くこの王城で何も学んでいないわけじゃないんですよ。
この面会室で私と二人、どんな会話をしたかったのか存じませんが……年上の知恵ってものをお目にかけようじゃありませんか。
「それではご迷惑をおかけいたしますが、そのようにお願いします」
「は、はい。かしこまりました」
普通面会室では“申し込んできた人”と“申し込まれた人”、それぞれだけです。
だからアルダールは普通に考えたらちょっとご遠慮ください……なんだけど、向こうが嘘か誠か微妙な無理を通しちゃったので面会室の人もものすごく困惑してるんだよね。
確認をとろうにも、ハンス・エドワルドさまの所へ向かわせた人が見つけられていないらしくとりあえず面会室で待機させてるんだそうな。
うんうん、面会室の管理人たちも困ってるよね! そこで私が「じゃあ私も」なんてごり押しとか……勿論しませんよ、当然でしょう。私は筆頭侍女ですからね、その辺の分別はバッチリですとも!
それはね、庭園に追い出しちゃうことですよ! やっぱり約束をしてないと難しいとかなんとか言ってもらって一旦諦めさせます。その時に城の入り口にある庭園が今は見事だからご覧になってはとかなんとか誘導してもらいます。
そこで休日に偶然会っちゃったんだから、しょうがないよね。これはレムレッド家は関係ない事です。
筋書きとしては『私とアルダールが朝の散歩中に』『王城を訪れていたミュリエッタさん』と王城入口という、人の出入りが多い区画の庭園でちょっと立ち話を……だったら向こうも妙なことは口にできないでしょう。
そうなったらもうこっちのものです。適当に煙に巻いてアルダールと私は城内に戻れば良いんです。
ミュリエッタさんは王城内を自由に闊歩する権利はないですし、私への面会という目的は達したんですし、もうそれを済ませば後は滅多にお会いすることもないでしょう。
ふふふ……これぞ『なし崩し大作戦』。いや、そんな大層なもんじゃないですが。
ゲーム的にヒロインの行動は、平日学園(とアルバイトという名前の社会勉強、もしくは父親と一緒に冒険者活動の見学)、土曜日に試験、ステータスが上がると日曜にお偉いさんと面会ができるようになって決まった場所に行くと王子に会えるイベントがあるという流れ。
つ ま り !
生誕祭までなんとか引っ張れば平日は学園とバイト系で王城に来れないし!
週末は試験ですし!?
アルダールに会いたければ日曜に拘るしかない! でもそこをなんとか埋めてしまえば良いのです!
卑怯だって? 知りません。
お互いの為にもなんと平和な方法でしょう。そうは思いませんか! 私は思います。
まあ……ゲームと同じように平日学園に通った後にアルバイトとか冒険者行動とかするのかって疑問はありますけど。よく考えたらすごいおかしな話ですよね……? ゲームだからこそなんでしょうかね。
まあ今の世界で考えるなら、ミュリエッタさんは“男爵の娘だから男爵令嬢”であって本人は名誉が与えられた平民、みたいな立ち位置という……一代貴族の家族ってそういう扱いなんですよ。
だけどミュリエッタさん本人も“英雄”だから礼儀作法とか叩き込んでどっかの貴族と縁を結ぶ玉の輿コースを国がお膳立てしてるっていうのが現状です。
因みに、ディーン・デインさまはゲームだと他の同年代貴族と友誼を結び、中立派であるバウム家を盛り立てるために学園に通うっていう筋書きでした。
この世界でも予定としては学園通うらしいですよ、アルダール曰く。どこまでがゲームと同じで、どこまでが変わっていくんでしょうか……もはやわかりません。
「さて、彼女はうまい具合に連れ出されたみたいだけど……そろそろ我々も行くかい?」
「そうですね、そろそろ行かないと……スカーレットは大丈夫だったかしら。召使も見つけられないって……ハンス・エドワルドさまは足を怪我しておいでなんでしょう?」
「うん、だから夜勤とかはないから内勤だけど……そう変なところにはいないと思うんだけどな。後で私も確認しておくよ」
「ええ、お願いします」
できればこうして考えをまとめている間にスカーレットがやってきて、ハンス・エドワルドさま側の言い分を聞いておきたかったかな!
まあ欲をかいても仕方ありません。
どことなくほっとした様子の管理者たちに挨拶だけして、私たちも素知らぬ顔で庭園に向かえば、とぼとぼと肩を落としたミュリエッタさんの姿が見えました。
あれ……な、なんだろう。
こう、良心が……あ、あれ? やっぱり私の勘違いとか?
いやいや、もしほら、アルダールの事が勘違いだったとしても!
レムレッド家の名前を出しちゃうとかその辺の事をうまい具合に今回はこれでどうにかできるはずで……あれぇ?
「ユリア」
「はっ、はい!」
アルダールの不思議そうな声に背筋を正して。
うん、うん。そうです、ここでうだうだ悩んでもしょうがない!!
女ユリア、ここで行かなきゃどうするの!
「――そこを行かれるのは、ミュリエッタさんではありませんか?」




