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どうしてこういう状況の時に限って人が通らないのかと言いたい!!
いや、今私が言い訳めいて色々言った内容ってアルダールを信じていないかのような言葉だよね。
違うんだ、そうじゃない。ただ、不安だっただけで……!
「ごめ、ごめんなさいアルダールさま、私……何を、取り乱して」
「ユリア。……君がそばに居なくても、断っていたよ。親父殿が受け入れるはずもないのは勿論、私は君と出かけるのを楽しみにしているんだ」
「……アルダールさま」
「落ち着いた?」
「おっ、お恥ずかしい、ところをっ……」
本当だよ!
なんて醜態を晒してしまったんだろう……リアルに穴があったら入りたい!
いや、言葉の通り穴の中に入ったところで良い見世物にしかならない気がするけどね。
うん、いや、本当にね。信じてないわけじゃないんだ。だってほら、アルダールの方から心を寄せてくれたんだから疑うのも失礼ってものでしょう。でも同時にミュリエッタさんがそれだけ魅力的ってのも事実で、はあ、なにやってるんだろうなあ私。
「……ユリアが大人の対応をしてくれて助かったと思う反面、もう少しそうやって言ってくれてかまわないんだよ?」
「いえ……アルダールさまに、ご迷惑をおかけしたくないんです」
さっき王弟殿下に対して彼女を擁護するような発言をしたのだってただの親切じゃない。
前世の記憶があるとはいえ、私は私、子爵令嬢として……『貴族の一員』として対応しただけの話。
貴族は見栄を張る生き物なのだ。
だから私は恋人に気軽に声を掛けるような不躾な真似をされたにもかかわらず『寛容さをみせた』、というポーズが必要だった。
勿論、前世の記憶があることを前提にミュリエッタさんがこの複雑怪奇な“青い血”とまで言って自分たちを特別視する貴族のコミュニティに途中参加で生きていくその辛さを案じたっていうのも事実。
(こういう状況なのはいただけないけどね!!)
これは簡単な話だ、ミュリエッタさんへの同情と、アルダールの足を引っ張らないためだ。大人の対応というのとはちょっと違う気がする。だから彼の言い様に私は反論せざるを得ない。
アルダールは近衛騎士隊のホープなんて呼ばれているし、実家は宮中伯で跡目が継げないにしても若くして近衛騎士になって、イケメンで、とまあ色々持ってる。そんな人の恋人に我こそは! って女性も多いのは事実で、そんなすごい男性に嫉妬で陰口をたたく人ってのはどこにでもいるものなんだよね。
彼自身はそういったものを跳ねのけたりスルーしたりと自力でどうにかしてきたんだろうし、これからもしていくことだと思う。
だけど、そう、私の存在が足を引っ張るのを私自身が許せない。
私に関する事柄を、出来る限りきちんとしておきたいと思うのは妙なプライドなのかもしれない。これは後で少し考えるべきなんだろうけど……。
たかが子爵家の娘で、美貌の持ち主でも何でもない女を侍らせてるんだって笑ったり後ろ指を指すやつがいるってことくらい、私だって予想してた。そんなの気にしてたらキリがないってこともわかってる。
私自身、プリメラさまのお気に入り……ってことで色々言われてきた身だからね、妬み嫉みがいかに醜いかくらい、知っている。
でもだからこそ、あそこでミュリエッタさんのことを「許せない。アルダールに近づかないで欲しい」とか言ったら私の品位はガタ落ちだったろうし、アルダールを貶しめたい人たちからすれば「そら見たことか、あんな行き遅れなんぞ侍らせるからだ。女を見る目がない」なんて笑い者になんかさせたくない。
だから、これは、正しく『ユリア・フォン・ファンディッド』の見栄だったんだ。
「……妬いてくれた、と思っていいかな?」
「それは、……まあ、そうです、ね……」
認めたくはない。だって、ミュリエッタさんがどの程度本気かもわからないのに私だけこんなに不安になって、本当に恋愛経験のなさがモロに出てて良い歳して恥ずかしいなぁって自分でも思うわけですし?
だからってそれを違うって否定し続けるのも、大人げないというかなんというか……。
くっ、私もまだまだですね……!!
「なら、嬉しいなあ」
「え?」
「私ばかり君に想いを寄せている気がしていたからね。……もっとそういう感情をぶつけてくれてかまわないんだよ? 私は嫉妬された程度で愛想を尽かすような狭量な男に見えていたかな?」
「そんなの! ……私、が。自分に自信を持てないせいじゃないですか」
そうだ、もうなんだってそんな甘く笑ってくるのさ。
相変わらずイケメンオーラ凄すぎて直視できないし。これでも大分耐性ついたとは思うんだけどね。絶対バウム伯も今回のことで私のことを値踏みしたんだろうなあ……どんな風に見えたんだろう。
今までは仕事のできる侍女くらいに思われてたんだろうけど、このことでどんな評価が加えられたのか心配でならないわあ。
「……もう少し話していたいな」
「だめです。もうお互い仕事に戻らないと」
「じゃあ、今夜少しくらいなら時間はとれる?」
「……深夜に、なら」
「じゃあ後で君の部屋に行くよ」
なんだろうなあ、アルダールには一切勝てない気がしますよ……。
思わずツンと仕事を強調するような可愛げのない態度をとったっていうのに、子供のようにあしらわれている気がしてなりません。
軽く頬を撫でるようにして優しく微笑んでから軽く手を振って去って行くとか……どこの貴公子ですか。
いえ、本物の貴公子でしたね。ええ、ええ、知ってました。
でも私も冷静になりたい。
(ミュリエッタさんが何故、アルダールを指名したのか……パーティでいきなりエスコート役を選ぶなんて妙なことを教育係が教えると思わないし……)
あの日、初めて言葉を交わした時も半ば強引に名乗りをさせようとしていたし。
普通に考えたら、反感を買う行動ってのはわかっていると思うんだけどなあ。
謎行動過ぎる。
そして私は、その謎行動に踊らされ過ぎている気がする。
もっと冷静になって行動しないと、私が何かを失敗してそれがプリメラさまやアルダールにとって不利益なことになったら大変です。でもさっきは本当に冷静でいられなかった。
私がもうちょっと美人だったら自信が持てたんでしょうか? スタイルが良かったら?
そんな埒もあかないことをまた考えちゃいますよね……そういう悩みをしても仕方がないって前は割り切れたのに!
(……今度、王太后さまにご相談してみようかしら。いえ、お忙しい方だもの……ビアンカさま? いえ、ビアンカさまもお忙しいし……)
大きくため息を吐き出して、いえこれは深呼吸です。そうです深呼吸をして落ち着きましょう!
今はアルダールにも自身で宣言したように、仕事に戻らなければなりません。
休憩時間から王弟殿下の呼び出しということで随分と空けてしまいましたからね。プリメラさまにまずはお詫び申し上げなければならないでしょう。きっとご心配しているに違いありません。
ミュリエッタさんのことは勿論気にかかりますが、廊下でただ思考を巡らせたって堂々巡りになるだけです。それならやるべきことをやらなければ。
「あっ、ユリアさま!」
「メイナ……ごめんなさいね、今戻りました。プリメラさまは?」
「ご心配なさっていましたよ」
「そうね、すぐに行かなければ。私がいない間に変わったことは?」
「特にはありませんでした。……あ、ちょっとだけ、ですけど……」
「なにかしら?」
「スカーレットが落ち込んでいる、かもしれません」
「……そう」
スカーレットはスカーレットできっと今、色んな気持ちを呑み込んで消化しているんでしょうね。
相談して来たら、なんて思ってましたけど自分の事で手一杯な私は何ができるんでしょうか。いえ、そんな弱気じゃだめですね!
プリメラさまの元へ行くと唐突な王弟殿下の呼び出しということで大変驚かれたんだそうです。そりゃそうですね。何があったのかをお話しすると、プリメラさまもミュリエッタさんの行動に首を傾げられましたが……やはり貴族社会に対する理解度の低さが原因だろう、ということで落ち着きました。
私にとって妙な話じゃなくて良かったと素直に喜んでくださるプリメラさまに対して、もやもやした気持ちになったとは言えるはずもなく……。
どうしてこうなった!
咄嗟の時に冷静な対処、それがいつもできるとは限らない。




