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「……これは一体、何の集まりですの?」
アルダールが休憩時間だと明言したことだし、そろそろ解散すべきだと私が口を開きかけたところでものすごく不機嫌そうな声が入口から聞こえて私たち全員がそちらに視線を向けると……そこにはアーモンド形の目を細めて睨むようなスカーレットの姿があるじゃありませんか。
なんでしょう、ものすごい不機嫌な猫を思わせますね! こう……嫌なものを見つけて一気に毛を逆立てて今にもこちらに噛みついてきそうな雰囲気です。
修羅場の 気配を 察知!
そう思わず遠い目をしたくなった私がいたとして、誰が咎められるでしょうか。
「ユリアさまがお戻りにならないと思って様子を見に来たら、ハンス、貴方、休憩の邪魔をしているのかしら?」
「邪魔なんかしてないぞ! オレはミュリエッタ嬢を二人に紹介していただけで……」
「ああ、例の。でも式典前に王城内の深くまで部外者を連れ込むなんてどういうつもり? 貴族の端くれとしてのマナーすら忘れたのかしら?」
「なんだよ、そんなにツンケンするほどの事じゃないだろう?」
まあ、ハンス・エドワルドさまからしたら純粋にお見舞いに来てくれたミュリエッタに対する好意で行動しているし……そして正論を言いつつ不満を隠さないスカーレットはそのハンス・エドワルドさまに好意を抱いているわけで……。
この場合、ミュリエッタさんは喧嘩のダシにされているだけだから可哀想な感じではあるよねえ。
二人の言い合いの間でどうしていいかわからず、オロオロしている姿は年相応だもの。
それに、このまま放っておいても良い事はなさそうだ。
「スカーレット、直ぐに戻るから先に行っていてくれる? ハンス・エドワルドさま、ミュリエッタさん、申し訳ありませんが私とアルダールさまも職務に戻らねばなりませんのでこれで失礼いたしますね」
「……わかりましたわ」
私が更に言い募ろうとするスカーレットの言葉を封じれば、彼女は納得ができないという顔をしながらも従ってくれた。ありがとうスカーレット! そうよ、貴女はやればできる娘よね!!
そしてハンス・エドワルドさまたちにも別れの挨拶だけ言い切ってお辞儀をし、アルダールの腕を掴むようにして庭園を後にして彼らが見えない位置にまで移動して……はあ、やれやれ。
前途多難も良い所ですね……とりあえず、ミュリエッタ、という女性がいきなりおかしなことを言い出すこともない程度にはやっぱり頭が良さそうだということがわかったので、収穫と思うことにしましょう。
庭園が見えない位置に来て、私はアルダールの腕を掴んでいたのを思い出して慌てて放した。
「ご、ごめんなさい。早く私たちも去らないと不自然だと思って……」
「いや、いいよ。……ユリアでも慌てるんだなと思って」
「え?」
「なんでもできる、しっかり者。そういう評価が多いからね」
「……そう思っていただけているなら嬉しいです。王女殿下の為にも私はしっかりした侍女でありたいと思ってますから」
「うん。だからユリアがそういう自然体な部分を私の前で見せてくれるということは、それだけ私を信頼してくれているということだろう? 嬉しいよ」
「……ま、またそういう事を!」
なんでさらーっと甘い事を言えちゃうかな!
天然タラシめ! 天然タラシめ!! あぁもう好きだ!!
これを直接言えるようになれる日ってくるのかなぁ……あ、ダメだ永遠に来ない気がします。
「それにしても、英雄の娘殿は随分と距離感がわからない人のようだね。まあ私も庶民の人たちとそこまで親しくなったことはないから判断材料が少ないけど……基本的に貴族と接するということに考えが及んでいないというか、自分も貴族になったから即座に同等と思っているのか……」
「その辺りはまだ若いという事で許容できるのでは? 教育を受ければわかると思います。彼女は元来頭の良い人間のようですから」
「……ならいいけれど。何かあってからでは、ね」
「ご心配ですか?」
「彼女のというよりはハンスのことがね」
肩を竦めるようにしてアルダールが苦笑する。
ああ、そういうことか。ミュリエッタに想いを寄せるハンスさんが、彼女が何かする度に庇うようになれば……後はもう転げ落ちるばかりでしょうね。
今は侯爵家の子息という立場と近衛騎士という立場の二つが彼を支えているけれど、いずれは『侯爵の弟のひとり』である近衛騎士にしか過ぎないって事なんだろうなあ。
ということは、一代貴族の娘に肩入れした挙句その危ういバランスを崩したら貴族社会では苦労するどころの話じゃないっていうのは私みたいに社交界に縁遠い人間でさえわかる話だもの。頭でわかっていても実際に上手く立ち回れるかっていうと難しい。
(まあ、ある意味貴族の子息で跡継ぎじゃない三男坊、四男坊とかだと同じように社交界とは縁遠いか……)
とはいえ、私としてはきっとあの『ミュリエッタ』はそこまで愚かじゃないと思うんだよね。
きっと今回王城に来たのもエーレンさんという縁故がどれだけ役に立つのかの確認と、ハンスさんという新しい後ろ盾……或いは情報源を確保しに来た、ってところじゃないかな。
友人云々で他の近衛騎士を紹介してもらって、仲良くしてもらって……ということなら恐らく、礼儀作法に厳しい他の令嬢たちよりもハードルは低そうだしね。あれだけの美少女だし。すごい美少女がにこやかに寄ってくれば男性って嬉しいものじゃないのかなと思う次第ですよ!
はっ……それだとアルダールだってそう感じたって事じゃ!?
いやそれよりもハンスさんへの心配の方が先だったか。
「ハンス・エドワルドさまも侯爵家の方ですから、きっと大丈夫ですよ」
「ならいいんだけど。……それじゃあ職務に戻るとしようか。残念だったけど」
「え? ええ」
「わかってる?」
「え?」
ぐっと距離を縮めたアルダールが、少しだけ不満そうにして私の唇を指で押さえた。
その仕草で、彼が『何を』残念がったのか理解して顔に熱が一気に集まった気がする。
赤くなった私を見て満足したらしいアルダールは、くすくす笑ってから手を振ってあっさりと去って行ってしまった。
「……あれは……ずるいわぁ……!!」
触れられた唇の所為で、私もすっかりミュリエッタの衝撃で忘れてしまっていたキスするチャンスを逃したのだという事実を思い出したわけで。
あぁ……ハンスさん、ほんとマジでタイミングの悪さ神がかってるよね……。
顔の火照りが引くのを待っているわけにもいかないので、どうか誰も突っ込みませんようにと願いながら私も自分の執務室に戻って急いでコートだのなんだのを片付けて、プリメラさまの所へ戻る。
「あっ、おかえりなさいユリア。例の人に会ったんですってね」
「はい。ミュリエッタ・ウィナー嬢にお会いする機会に恵まれましたのでご挨拶をしておりました」
「そう、どんな感じの方だった?」
「そうですね……明るく元気の良い方とお見受けいたしました。少々貴族としては振る舞いを注意されることが多いかもしれませんね」
「そう。でもしょうがないわよね、だって冒険者だったんでしょう? メッタボンだってなかなか口調とかは貴族に対してとか、気をつけていても難しいって言っていたものね」
「彼は直そうとしていない面もありますけれど」
メッタボンを基準にしちゃいけないと思うんだ!
とはいえ、彼が以前「気をつけちゃいるが、お貴族さま相手の礼儀作法なんて勉強するようなこたぁ普通に暮らしてたらないと思うぜ!」って言ってたからなあ。確かにその通りなんだよね。
超凄腕の冒険者とかだと貴族の依頼もあるそうだけど、直接言葉を交わすわけじゃないからねー。
下位貴族がちょろっと話をすることはあるだろうけど、それだって大した受け答えが必要なものじゃないだろうし……。
庶民が貴族と接するなんてそうないんだっていうか、隔たりがやっぱり存在するものなんだ。
あのミュリエッタがそこをどうやっていくのかだけど……やっぱりプリメラさまのことを気にしていた辺り、攻略者の誰か狙いなんだろうなー。
となると、『プリメラ』関連で考えれば妥当な線で王太子殿下、或いはディーンさま……だろうなあ。
ちょっと暗雲、ちらりと出てきたかなこれは……。




