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2.雪の国へ

 生への再挑戦の舞台は、見渡す限り白銀の世界だった。

 しんしんと雪が降る。まさに、そんな表現がぴったりの静粛な景色。

 

「どこに行けばいいんだろう……」

 

 案内人の話では、魔王はお城にいるらしい。それだけの情報しかくれず、雪のちらつく森の小道に放り出された。

 道を前に進めばいいのか、後ろに進めばいいのか。それすらも分からない。十字路でないのが幸いか。

 

「とりあえず、前に進もう。」

 

 魔王に会えなければ、何も始まらないのだ。

 それに、ただ会うだけではなく、奪われた"悲しみ"とやらを取り戻さなくてはならない。一筋縄ではいかないだろう。

 魔王というくらいなのだから、会った瞬間に殺されてしまうかもしれない。

 絶体絶命の、困難な状況。にも関わらず、不思議と私は怯えていなかった。

 一度死んだ身だから、というのもあるのかもしれない。だけど、どちらかというと、興奮に近い感覚だった。

 「生」と「死」という、運命的な結末。「白」と「黒」だけしか存在しなかった世界に、七日間だけ許される、「グレー」という選択肢が現れたのだ。

 絶対に正しい選択をしてみせる。矜持に賭けて。そんな熱い思いが、私を魔王の元へと突き動かしていた。

 自分でも驚きだった。こんな感情が自分の中にあったなんて。

 

「あ、看板」

 

 道の先は三叉路になっていた。その真ん中に、背丈ほどの看板と、同じくらいの高さの雪だるまがある。

 幸運だ。看板があれば、魔王の城の場所がわかるかもしれない。それに雪だるまがあるということは、近くに人間がいるのかもしれないということ。

 

「ううん……文字が読めない……」

 

 当たり前だった。ここは地球ではないのだ。そもそも、宇宙という概念自体が異なる世界かもしれない。言葉が読めるはずもない。

 

「どこへ行きたいんだい?」

「魔王の城に行きたくって……うわぁ!?」

 

 喋った。喋ったのは看板じゃない。隣の雪だるまだ。

 

「雪だるまが喋った!?」

「だるまだなんて、失礼な奴だ。どう見てもハンサムなスィニエージナヤバーバだろう。」

 

 名前は全然聞き取れなかったが、私が雪だるまだと思っていたのは、どうやら雪だるまではないらしい。

 言われてみれば確かに、雪だるまなのに手足がある。雪男とでも言うべきか。ハンサムとは程遠いけど。

 

「ごめんなさい。この世界のこと、あんまり知らなくって……」

 

 驚きはした。けど雪男に、私に危害を加えそうな邪悪さはなかった。フワフワでモコモコとしていて、愛着が湧くようなつぶらな瞳。見た目だけで判断するのは危険だけど、私は警戒心を一段階解いた。

 

「魔王の城に向かってるんだって?だったらこの道を右に行けばすぐさ。でも、なんで魔王にだなんて会いに行くんだい?あんなつまらない奴。」

「取りに行かなきゃいけないものがあるの。」

 

 つまらない奴とは、意外だった。

 物語で描かれる魔王とは、大抵は外道の限りを尽くすような強大な存在で、恐れられているものだから。

 この世界の魔王は違うのだろうか。それとも、この雪男が魔王に与するような奴なのだろうか。

 頭の中では、物語によく登場する、魔王の配下にいる四体の従者の姿を想像していた。

 奴は四天王でも最弱……たしかに、この雪男は弱そうだけど。

 

「ふうん。大変だね。道に迷ったら、その辺の魔物にでも聞けば教えてくれるさ。」

「魔物って、襲ってきたりしないの?」

「まさか。そんな時代遅れなことするやつ、この森にいるわけない。」

 

 人間と同じように、魔物にも流行というものがあるのか。人語を話す雪男の人間らしい口ぶりに、この世界の魔物が、私の中にある魔物の概念とは大きく異なるものであることを確信する。

 自分の価値観を信じ込まないこと。それは、異世界へやってきた今の私にとって、一番気をつけるべきことだ。

 

「魔王って、どんな人?」

「魔王は魔王だよ。うんとつまらなくって、雪のように冷たい。古くさくて、辛気くさくて、クールな情熱とは無縁の、味気ない年寄りさ。」

 

 想像してみる。私の知っている限りでは、毎朝同じ時間、同じ公園に現れる、鳩に餌をやっているおじさんくらいしか思い浮かばない。

 老人の引き出しが少なすぎる。魔王が鳩に餌やりなんて、するわけない。

 

「見た方が早い。さぁ、魔王城はこの道を右だ。」

 

 枯れ木に囲まれた、白と黒だけの小道。家族でスキー場に行った時くらいにしか、見たことのない景色だった。そんな道を、雪男に言われるがまま、進む。

 ぎゅっぎゅっと、歩くたびに雪の踏み固まる音がする。寒い。魔王城まで、あとどれくらいあるのだろうか。

 振り返ってみる。既に雪男の姿は見えなくなっていた。

 無意識に、ポケットに手を突っ込む。ダッフルコートのポケットに入れていたカイロが消えている。

 足の指先が冷えるように、時間と共に、不安が徐々に体を侵食した。

 本当にこの道で合っていたのだろうか。雪男の言うことを信じてよかったのだろうか。どうして、信頼できると判断したのか。

 考えちゃダメだ。案内人に与えられた期限は、七日間しかない。都度判断に迷っていたら、魔王に会うことすらできず、あっという間に終わってしまう。

 今は自分の選択を信じて、前に進むしかないんだ。

 鼻の先を、凍てつく空気が掠めた。顔をあげる。変わらない雪景色。その向こうに、黒い影が姿を現す。

 それは、山のように巨大な魔王城だった。



* * *

 


 森の中に佇む魔王城は、想像よりも、ずっと静かな場所だった。

 "魔王城"という言葉から連想するような、禍々しい怪物や溶岩などは一切無い。

 どちらかというと、テーマパークでよく見る王子様とお姫様が暮らすお城。その、二百年後の寂れた姿。そんな印象だ。

 

「すみません、どなたかいますか……?」

 

 門も扉も、開いたままになっている。家であれば不用心極まりない。だけどここは、魔王城なのだ。セキュリティなんて、気にする必要もないんだろう。

 

「あのー、すみません……」

 

 返事はなかった。留守なのだろうか。

 緊張しつつ、城の中に足を踏み入れる。

 天井は、建物の三階分はありそうな高さをしていた。

 埃をかぶっているが、元々は豪勢なお城だったのだろう。

 二階へと繋がる正面の階段を、恐る恐る登る。階段にしては、あまりにも大きい。まるで音楽番組でアーティストがステージに登場するときに降りる階段のようだった。

 

「すみません、どなたかいませんか……?」

 

 息が詰まる。びっくり系のアトラクションは苦手なのだ。心の準備ができないから。魔王がいるなら、早く出てきてほしい。そしてどうか、怪しまれませんように。

 そう願いながら、階段を昇りきった時だった。

 

「ギャウン!」

 

 私の声ではない。同時に、黒くてすばしっこいものが、私のお腹に衝撃を与える。

 

「ひっ!?」

 

 驚いてひっくり返る。まずい。ひっくり返る先は、昇ってきた階段だ。

 衝撃に備える間もなく、私はごろごろと車輪のように階段を落ちていった。飛びかかってきた黒い生き物も、私と一緒に転げ回る。目も回る。生き物の目が六つに見える。六つも目があるなんて、魔物じゃないか。頭が三つでもあるのか――本当に三つある。

 あの雪男、魔物は人間を襲わないって言ってたのに。

 あちこちにぶつかって、私と魔物の一体となった塊は、ようやく床に着地した。不時着ですら無い着地だった。

 視界がチカチカと点滅する。

 

「おい」

 

 声がした。私の上にのしかかっていた三つ頭の犬のような魔物が、こちらを見ている。お前も喋るのか。この世界の魔物はおしゃべりだな。

 

「やめろ」

 

 犬の魔物が、私の頬をペロペロと舐める。床にひっくり返りながら、お婆ちゃん家で飼っていたベルを思い出す。

 ベルは黒の雑種犬で、もう一年以上は会っていない。可愛いけど、雨の日には少し臭う。お婆ちゃんに隠れて、こっそりみかんの粒をあげていたっけ……。

 頭をぶつけたせいか、思考がまとまらなかった。

 

「やめろベルガ」

 

 声の主は、犬の魔物ではなかった。

 私にのしかかっていた犬の魔物が、現れた主人の周りを、はしゃぐようにくるくると回る。

 暗く狭窄していく視界。真ん中に立つ、人のような影。

 

「……気絶しているではないか」

 

 それは、真っ黒な外套に身を包んで、銀色の髪を垂らす。雪のような魔王だった。

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