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転生したら悪魔になったんですが、僕と契約しませんか?  作者: らる鳥
第八章『無謀な少年』

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91 黒き大穴


 およそ県一つ分位の範囲を囲う虹色の壁も、空に開いた黒い大穴も、遊馬の目には見えないらしい。

 否、恐らく遊馬だけじゃなく、人間の目には見えないのだろう。

 壁の目的は、恐らく内側の隔離防壁である。

 隔離したい、出したくない物としては、先ず第一に当然化け物達。

 次にスキルとやらを得た、レベルアップした人間も対象になる可能性があった。

 だとすれば、いちいち個別にスキルを得ている人間かどうかの判別なんてしないだろうから、あの壁は全ての人間を通さない筈。

 他にも、あの魔物を生んだ原因であろう魔力を、この中に押し留める役割も果たしている。


 では誰が設置したのかと言えば、まあ此の世界の神性である可能性が最も高い。 

 勿論そうでない可能性もあるのだが、細かな可能性を考え出すとキリがないので一先ずそう仮定しよう。

 ならばあの壁の向こうには未だ日常が残っていて、化け物、魔力、スキル等の異能を全て片付ければ、壁は解除される希望があった。

 つまり力尽くで壁をぶち破るのは、最終手段にすべきである。


 ならより問題であるのは、あの空の大穴の方だろう。

 見た所、アレの先は多分別の世界で、其処から此の世界に向かって濃い魔力が注ぎ込まれていた。

 其の行為のメリットが、イマイチ僕には掴めない。

 あまり意識はされないが、土壌の栄養素や、森に生えた木、或いは酸素等と同じく、魔力も資源の一種である。

 有り余ってる世界には有り余ってるけれども、だからと言って他所の世界に分け与えるメリットは何も無いのだ。


 ……否でも、或いは、同化浸食でも狙っているのだろうか?

 良く観察してみれば、あの大穴は僕の知ってるある物に似ていた。

 そう、悪魔王同士の戦争で、主な戦場となる領域として生まれる、回廊の出入り口に。


 いやいやいや、僕は頭を過ぎった考えに、顎に手を当て考える。

 そんな話は聞いた事も無いけれど、仮に、仮にだ。

 とある世界の神性が、自分の世界を広げ、或いは大きな変動を齎す為に、他の世界を同化浸食したいと思ったとしよう。

 そしてその願いを叶える為に、其れなりの力を持った悪魔王を呼び出せば、……回廊を生み出しての同化浸食後に、何らかの手段で世界を移動した神性が、元居た神性等を討ち滅ぼせば、占領自体は可能な筈。

 後は占拠した神性と悪魔王が時間を掛けて回廊を固定すれば、二つの世界が繋がる可能性は、確かにあった。

 他の世界に神性として降臨する方法等が問題となるが、出来ない話じゃないだろう。


 神性はその世界から力を得ている存在なので、もし仮に二つの世界で同時に神性として認められたなら、恐ろしい力を持つ存在が誕生する。

 いや或いは、もう世界に縛られる事無く、自由に世界を行き来して支配地を増やす、新しい存在になる可能性すらあった。




「なぁ一体難しい顔してどうしたんだ?」

 不安げに此方を見ている遊馬に、僕は苦笑いを返す。

 今回の件は、どうやら僕も出し惜しみしてられる状況じゃ無い。

 故に遊馬から貰う対価だけでは、大きな赤字が出るだろう。

 あの穴の解析の為に、ヴィラを呼ぶ事は必須だし、悪魔王の仕業だと仮定するなら対象を絞る為にグラーゼンへの連絡、つまりはアニスを呼ぶ必要もある。

 情報収集の為にピスカ、遊馬や葉月の護衛にベラだって居て欲しかった。


 其処まで来ればグレイやイリスの出番だってあるかも知れない。

 数が必要な時には、大勢の女悪魔を統率するグレイは欠かせない指揮官だし、イリスが居れば遊馬や葉月の家族を、繋がりを辿って探せる。

 けれども其処まで大事にしてしまった場合に気になるのは、僕が被る赤字じゃ無くて、

「いや、ね。ちょっと厄介そうな事態だから、どうすれば遊馬への請求額が少なくて済むかなって考えてたんだよ」

 そう、遊馬が支払う金額の事だ。


 僕は遊馬に対価として苦労と努力をして欲しいけれども、返し切れない額の債務者になって欲しい訳じゃ無い。

 しかし一回双方が納得して交わした契約を、妙な同情で無しにするのは、悪魔としてはあり得ない事である。

「……大丈夫。時間は掛かるかもしんねぇけど、ちゃんと働いて返すから、助けれる人はちゃんと助けてくれよ」

 一瞬言葉を詰まらせた遊馬だったが、其れでも中々に誇り高い発言をした。 

 折角遊馬が格好を付けたのだから、変な気は回さずに、最後まで格好を付けさせてやろう。


 幸い契約内容は、『僕が直接助けた相手の人数×千円』だ。

 配下を召喚して人を助ければ、僕が直接助けた事にはならないだろうから、請求額は抑えられる。

 少な過ぎても格好が悪いので、まあ五万円から十万円、五十人から百人程は、僕が助ければ良い。

 では先ずは、どの配下を召喚しようか。

 僕が思いを巡らせた時、不意に遠くで、と言っても壁の内側ではあるけれども、光の柱が天に昇った。

 あぁ、成る程、そんな可能性もあるのか。



 光の柱の正体は、下級や中級天使の群れである。

 未だ誰が、何の目的でスキルなんて物を配ってるのかは勿論謎だ。

 でも悪魔召喚なんてスキルがあるなら、天使召喚ってスキルを誰かが得ていてもおかしくは無い。

 あの感じなら、恐らく高位天使が召喚に応じて、更に自分の軍団を呼び出したのだろう。


 天使の登場により、僕も最初に呼ぶべき配下は決まった。

 高位天使の一体や二体はどうって事ない相手だけれども、流石にこの状況で無駄に敵を増やしたいとも思わない。

 だからこそ、僕が呼ぶべきは隠形の達人。

「影より出でよ僕の配下、気紛れなるピスカ」

 僕の言葉に、魔界からピスカが現れる。

 行き成り出て来た妖精、或いは小悪魔の姿に遊馬がぎょっと目を剥くが、彼の為にのんびり説明してる時間は無い。


「ピスカ、隠形お願い」

 呼び出して直ぐの僕の頼みにも、ピスカは特に気を悪くした風は無く、

「はーい、隠れるね!」

 サッと隠形を発動させて、僕等の姿を覆い隠した。


 ピスカの隠形は、神性や悪魔王、或いは天使の親玉である神だって、余程注意して探さねば見破れない。

 否、成長を重ねた今では、余程注意して探しても、力の弱い悪魔王や神なら見落とすだろう。

 故に当然ただの天使達に其れを見破れる筈も無く、天使の群れは真っ直ぐに空の穴に向かって飛んで行く。

 だがその天使達から空の穴を守る様に、四人の高位悪魔が現れる。

 一人目は鎧武者。鬼を模した面頬を付けている為、その素顔は覗けない。

 二人目は竜人。あれは恐らく、長く生きた竜が悪魔に転じた存在だろう。

 三人目は巨人。今の状態でも兎に角巨大で、僕等が今居るビルよりも大きいが、多分アレでも意図的に体を小さくしてる風に見えた。

 四人目は東洋系の顔立ちをした人型悪魔。大昔の軍師や参謀が着てそうな服を、確か曲裾袍って名前だったと思うのだけれど、それを着た優男の姿だ。


「ひゃー、レプト様。あの子達、けっこー強いねー」

 僕の肩に止まったピスカが、上を見上げて感嘆の声を上げる。

 彼女の言う通り、ちょっと拙い相手だろう。

 ピスカを呼び出して隠形を掛けたのは、間違いなく正解だった。

 あの悪魔達は、下手をすれば僕の配下に匹敵しかねない。

 竜人や巨人は、元々が強いので、当然悪魔化しても圧倒的な力を持つ。

 誇り高い彼等を、一体どうやって悪魔にしたのかはさっぱり謎だが、厄介な相手である事だけは確かである。


 そして純粋に強いだけだろう竜人や巨人の悪魔は兎も角、鎧武者の相手は、僕もベラが居なければ相手をしようって気にはならない。

 あれは近接戦闘への特化型悪魔だ。

 其れも多分、ベラに近しい戦闘センスの持ち主だろう。

 人型悪魔は術師系に見えるから、多分僕が相手をするのに問題は無いだろうが、其れでも漂わせる雰囲気は不気味な物だった。


 鎧武者に細切れにされ、巨人に握り潰され、竜人の息に焼かれて行く天使達。

 人型悪魔は動くまでも無いのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべてその光景を眺めるだけだ。

 遂には業を煮やした女性型の高位天使も地上から上がって来て、だがもう、取り囲む高位悪魔達に対して勝ち目が無いのは明らかだった。

 今日、僕は悪魔になって数千年で初めて、天使に対して感謝している。

 厄介な敵の存在を引っ張り出してくれ、其の戦い方が見られたのも、全ては今この時も次々と犠牲になって行く天使達の御蔭だろう。

 勿論、人間の世界に召喚されての戦いだから、天使達だって本当に消滅した訳では無い。

 しかしあれだけ手酷く殺されてしまえば、暫くの間は使い物にならないだろうし、悪魔への苦手意識も残る筈。


 最後に残った高位天使も巨人に捕まり、その身体が引き千切られて口に運ばれて行く。

 虹色の壁や、空の大穴は見えなくても、天使や悪魔は見えて居た様で、遊馬がその光景に口を抑えて蹲った。


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