77 壊す為の世界と悪魔達
神様って存在は、基本的には厄介だ。
善悪中庸様々だし、秩序の化身の様な法の神も居れば、兎に角事態を引っ掻き回す事に喜びを覚える混沌の極みのトリックスターだって居る。
更に、例えばトリックスターにだって色々で、結末を見据えて事態を動かし、世界の活性化を図ってたりする知性派も決して少なくはない。
勿論大多数は刹那的に目の前を追い求めるトリックスターが多いけれども。
しかしトリックスターに限らず、神性が動けば大抵の場合、世界は大きく混乱をする。
例え其れが秩序を司る法の神であってもだ。
仮に法の神が、悪魔崇拝者を指して悪しき者だと宣言したとしよう。
すると人間達は悪魔崇拝者を全力で狩り出そうとし、その結果、全く関係のない精霊信仰を行っていた者達をも、大勢縄で首を吊るした。
別に此れは単に人間が愚かな風に見えるだけかも知れないが、そもそもそう言った性質の人間に崇められて、その性質を考慮せずに言葉を下した法の神の責任は、決して軽くはない筈だ。
だが決して、其処に神性の悪意がある訳では無い。
彼等は存在が大き過ぎ、細かな所が目に入らないだけである。
其の為、先程の様な結果を受けても、彼等は人は愚かであるとだけ言い、特に自らを省みはしないだろう。
故に神性は厄介なのだ。
さて、此の世界にも一柱の神性が居た。
彼は別に仕事熱心な性格って訳では無いけれど、自分の役割は性に合っていたので積極的に力を振う。
まあ其れだけならば特に問題では無い風に思えるが、一つ大きな問題があって、……彼は破壊神だったのだ。
基本的に破壊神の役割は、創造神や維持の神が失敗し、世界がどうにもならなくなった時に破壊してリセットする事である。
しかし彼は己の役割に積極的過ぎたので、特に問題が無い世界であっても、定期的に力を振って破壊した。
特に悪意がある訳では無いのだが、力を振う事が好きで、自分は破壊神なのだから、永い眠りと破壊を繰り返すのが当たり前だと、そう主張して譲らないのだ。
たまった物では無いのは人間達だが、彼等は破壊神に消し飛ばされてるので既に文句の言い様がない。
でも他にも創造神と維持の神だって被害者で、折角生み出して育てた世界が、特に大きな玉瑕も無いのに壊されては腹も立つ。
幾度と無く苦情を言ったが、破壊神は同格の神達の言葉に耳を貸さず、其れがお前達の仕事だろうと言い放った。
いい加減に愛想も尽きたのだろう。
創造神と維持の神は、どうせ壊されるならもうこの世界に未練はないと、二柱掛りで隔離領域を創り出し、其方に移り住んでしまったのだ。
そしてそうなって漸く困ったのが、眠りから目覚めた破壊神だった。
壊す世界は無く、創造神も維持の神も居ない。
彼等の移り住んだ隔離領域に行こうにも、彼方側から二柱の力を合わせてお断りされるので、同格の自分一柱では移動も出来ぬ。
よって彼が思い付いたのは、他の世界の神から人間を買い取って此の世界に住まわせ、更に自分が寝ている間の管理者として悪魔を召喚して世界を育てさせて、目覚めたら世界を壊そうって考えだった。
もうね、本当にね、馬鹿である。
反省のポーズだけなら教えれば猿でも出来るのに、其れすら出来ないので猿以下だ。
「長くても千年で起きるから後は宜しく」
と言って寝た破壊神に、良く眠れるように絶対に千年は起きない魔法を掛けて、僕、召喚された悪魔こと悪魔王レプトは荒れ果てた大地に溜息を吐く。
今回の召喚は特殊且つ期間が長いので、千年間ずっと此の世界に貼り付いてる訳じゃ無い。
魔界に帰ったり、他の召喚に応じながらも、長いスパンで此の世界を管理する事になる。
しかしだからと言って、千年も掛けて育てた世界を、子供が積み木を崩すような気分で壊されるのは気分が悪いどころの話では無いだろう。
そんなに暴れたいならと滅ぶ寸前まで魔法を撃ち込んでやりたいが、残念ながら正当な召喚を受けており、対価も充分に支払われるのでそう言う訳にもいかなかった。
先程の魔法が許されるのは、よく眠れるようにとの親切心で、彼の宣言した通りの期間に設定して眠らせたからだ。
けれども、其れは建前さえあれば、あの破壊神に対して痛い目を見せる事も可能だって話でもある。
つまりより破壊し応えある様にとの建前があれば、或いはあの破壊神を打倒できる存在を世界の中に生み出す事だって、決して契約違反じゃない。
決して簡単な話じゃないけれど、でも素直に破壊される為だけに人間を増やす作業に比べれば、ずっとやりがいはあるだろう。
其の為に僕が呼び出した配下の悪魔は三人。
先ずはヴィラ。
彼女には、例え僕等が世界を離れても、遠くから此の世界を管理するシステムの構築をして貰う必要がある。
特に人口や環境等をデータ化するシステムが無ければ、世界の管理は著しく難解になってしまう。
残る二人は、グレイとイリスだ。
この二人を呼んだ理由は単純で、僕と共にこの世界の管理を、……もう少し正確に言えば、三分割した地域の管理を頼む為だった。
僕は破壊神を打倒出来る存在を生み出す為、此の世界、正確に言えば徹底して育てる大陸に三つの勢力を作り、千年間只管に争わせ続ける心算である。
グレイとイリスなら元人間として破壊神の行いに怒りを抱き、尚且つ目的の為に人間達に指示を下せるだろう。
アニスも元人間だけど、彼女は商圏を生み出したり、文化の引き上げを行うには向くが、千年間も人間同士を争わせると言った非生産的な行為を指示するには向かない。
だからグレイとイリスなのだ。
そして僕とグレイ、更にイリスは、幾つかの共通点を持っていた。
一つ目は同系統の魔術を学び、其処から魔法へ至ったと言う事。
僕はグレイが人間だった頃の巧の、更にその前世であるグラモンさんに魔術を学び、巧に対して其れを伝えると言う複雑な経緯を踏んでいる。
よって僕とグレイの関係は、魔術師としては互いに師であり弟子なのだ。
イリスに関しては、人間だった頃のいろはの、矢張り前世であるイーシャに対し、僕が魔術を教えている。
故に彼女に関しては、僕が師で、イリスが弟子となるだろう。
更に僕等は、多少の違いはあれど、全員が現代日本で人間として生きた。
其の二つの共通点により、僕等は共通認識を持ちやすい。
例えば大量の人死に繋がる科学の発展は阻害し、魔術の発展した世界を作る。
例えば神の打倒を成し遂げる為に、単体に対して強力な威力を発揮する神性特攻の武具を人に与える等。
言うなれば、破壊神の打倒と言う共通目的を持った三人のプレイヤーで行う、シミュレーションゲームだ。
実際のコマになる人間からしたらクソの様な話だろうが、彼等は此の世界に売られた時点で、或いは生まれてきた時点で、破壊神を打倒せねばどの道滅びるより他は無い。
破壊神打倒の目論見が成功した暁には、僕が責任を持って元の創造神と維持神が帰還する様に説得し、犠牲者達が報われる様にお願いしよう。
負ければ全ては御破算だけれど。
僕個人としては、恐らく勝ち目のある戦いだと思ってる。
その理由は二つあり、先ず肝心の破壊神の力は、神性としては決して強い方じゃない。
何せ大雑把に世界を壊す事と、眠りこける事の二つしかしてこなかったのだ。
生まれた時から、然したる成長はしていないのだろう。
次に今回呼んだグレイとイリスの能力に対する信頼だった。
グレイは、悪魔としての能力の傾向は非常に僕に似ている。
でも僕より近接戦闘が得意で、僕より魔法の習熟が早く、更に僕の配下の高位悪魔でありながらも、個人的に女悪魔を集めて軍団を作ってると言う、本来ならば悪魔王になるべき逸材なのだ。
以前に他の悪魔王との争いで得た魔界を割譲し、彼を悪魔王とする事も考えたのだけれど、グレイは僕の下に居たいらしい。
僕の所に居たいって彼の気持ちは嬉しいが、僕としては、グレイには対等の悪魔王になって欲しいって気持ちが少しあった。
まあ兎も角、故に今回の世界の管理でも、彼は安定して高い能力を発揮してくれるだろう。
そしてもう一人のイリスだが、僕よりもグレイよりも、今回の管理に向いているのが彼女である。
イリスの悪魔としての能力は、やはり傾向としては僕やグレイに近いのだけれど、近接戦闘は僕と同等で、魔法に関しては僕より下手だった。
けれどもイリスは、例えばアニスが世界を渡る力を持つ様に、彼女もまた優れたる力を一つ持つ。
其れは人と人の縁を繋ぐ力、そう、嘗て僕の敵であり、人間だった頃のイリスと契約していた悪魔王『紡ぎの女侯』に近しい力だ。
しかし其れは、紡ぎの女侯の影響で生まれた力では無い。
イリスになったイーシャが、悪魔に魂を売ろうとしてまで僕との縁を望み、その果てに縁が繋がった事で生まれた、自ら勝ち取った特性だった。
其れが奇しくも紡ぎの女侯と同系統の力だった事は、皮肉でもあり、頷ける話でもあるのだけれども。
兎に角、其の力を用いれば、強い力を持った英雄同士を結ばせて、より強い人類を生み出す事だって出来る筈だ。
尤もイリスは自由恋愛とやらが好きらしいので、そう言った交配を強制するかは少し疑問だが、其れでも強制力の無い縁結び位はするだろう。
人を増やし、天敵たる魔物を生み出して配置し、其れを倒す為の術を与えて。
国同士を争わせて統合し、大きな勢力になれば勢力同士でぶつかって、狂王が生まれては英雄に殺され、英雄の血が広く撒かれる。
災厄たる魔物が生まれれば、嘗ての英雄の子孫が集って倒し、彼等同士が交わって更に強き英雄を生む。
はてさて、どんな風にこの世界が進むのかは、未だちっともわからないが、結果が出るのは千年後だ。
願わくば僕等と人間達の努力が実を結び、あの破壊神に吠え面かかせてやれます様に。
……祈る神は居ないので、グラーゼンにでも祈っておこう。




