52 神は未だ眠り続ける
「うーん、こう来たかー」
僕は大陸の西端、人族発祥の地と言われる其処を空から見下ろし、苦笑いを浮かべた。
こう、僕の常識で言うと、大陸の端っこの向こうには大海原が広がっていて当たり前なのだが、どうやら此処では違うらしい。
大海原の代わりに、其処に在るのは断崖絶壁だ。
川の水も滝となって、遥か下方に落ちて行く。
此れって、落ちた後に再びこの大陸に降り注いで循環しているんだろうか?
じゃなかったら水や塩が無くなって、この大陸は何時か滅びるんだが……。
まぁ良いや、取り敢えず其処まで先の話は僕が考える事じゃ無い。
千年以上も塩や水が尽きて無いならば、ちゃんと循環してるんだろう。
問題の場所は、大陸から少し切り離された場所にある浮島だ。
文字通りに宙に浮いてる島である。
一応橋はあるのだが、つるりとした石材がアーチ状に掛かってるだけで、横幅も1メートル程しかないし、当然手摺も無い。
地形の問題上、横風がびゅーびゅー吹いてる此の場所では、普通に橋を渡るのは非常に危険だと思う。
……やっぱり白の神って、自分が創った人族の事を嫌いなんじゃないだろうか。
ふとそんな風にさえ思ってしまうが、取り敢えず僕は飛べるので、空から浮島へと降り立つ。
浮島には中央に大きな白いモノリスがあるだけで、他に目立つ物は無い。
間違いなくアレが白の神との交信に使われる物だろう。
僕は先ず、モノリス周囲の霊子、魔素を確認し、罠が無い事を確かめる。
視る限りに罠の類は無く、僕はモノリスへと近づくと、次はその解析を始めた。
素材は単なる白い石だけど、鏡の如く磨き上げられ、更に風化せぬ様に不壊が施されてる様だ。
うーん、良いかも。
この世界の魔界じゃ無くて、僕の魔界にこんなインテリアが欲しい。
解析して平気そうなら、此れ持って帰ろうかな。
東端にも似た様なのがあるなら、勿論其れも一緒に。
どうせ黒いんだろうし、白と黒で並べて飾れば結構見栄えが良いかも知れない。
僕はそんな益体も無い事を考えながら、解析を進める。
本当はヴィラが居ればこんな解析は直ぐに済むのだが、残念ながら今回は単身だった。
もし万が一、自分の置いた交信手段に干渉を受けた事を白の神が察して現れてしまった場合、多分対抗出来るのは僕しかいないだろう。
其れは強さと言うよりも存在の格の問題なので、戦うにしろ話し合うにしろ、或いは尻尾を巻いて逃げるにしろ、僕一人の方が都合が良いのだ。
……でも久しぶりにヴィラに頼らず解析をすると、本当に面倒臭い。
改めて優秀な配下達の事を有り難く思う。
何時間位そうしていただろうか、僕は漸く、その白いモノリスの全てを理解し終えた。
悪魔である僕にそんな事は起きない筈なのに、なんだか目がしょぼしょぼする。
結論から言えば、此れは単なる交信の為の設備じゃ無くて、時が満ちて白の神が目覚めた時に、白の月から此の場所にやって来る為の装置だ。
交信は本来緊急時の連絡手段に過ぎず、多分人族が緊急でも無いのに散々に騒ぎ立てたせいだろうか、その機能もオフになってた。
別に放って置いても構わなそうだが、……折角なので此のモノリスはパクろうと思う。
何時か此の世界に白の神がやって来たとして、魔族に対してどう振る舞うかが不透明過ぎる。
少なくとも人族が五月蠅いからと言ってあんな力を与える神では、魔族に対して友好的に振る舞うとは考えにくかった。
ミューレーンやその兄が寿命を迎えた後なら兎も角、生きてる間に白の神に来られるのは都合が悪い。
勿論黒の神とて同じだ。
この地にやって来て神として振る舞うのなら、王たる魔王を邪魔に思わないとは限らないから。
白と黒のモノリスはパクってしまおうと、僕は決める。
何せ、ほら、此のモノリスを使わないと月から此処にやって来るのに苦労する程度の神性存在ならば、恨みを買っても然程怖くも無いし。
或いは友人の、悪魔王グラーゼンに土産として渡してしまうのも手だった。
多分笑って引き取るだろうし、僕に対してなら兎も角、グラーゼンに恨みを向けれる存在は早々居ない。
何時も世話になってるグラーゼンには、何らかの礼をしなければならないとも思っていた所なのだ。
無力化の終わった白いモノリスを、僕は収納に放り込む。
後で東端も確認し回収したら、アニスに運んで貰ってグラーゼンに届けよう。
世界を渡れるアニスならば、退去の形を取らずとも僕の魔界に、更に其処からグラーゼンの魔界にも行く事が出来る。
持つべき物は優秀な配下と言った感じなのだが、流石にアニスと、そしてピスカは働かせすぎなので、此れが終われば少し休んで貰いたい。
サポート役は目立ち難いが、アニスとピスカの二人が居なければ、魔界の統一、勇者の力への対処、神からの干渉遮断等は、此処までスムーズに行えなかった。
特別に何か、労える方法があれば良いのだけれど……。
中々こう、パッと良い案は思い浮かばない物である。
取り敢えず二人にはお礼を言って、希望が無いかを聞いてみよう。




