２５ レプトの悪魔軍

　さて、アニーとレニスがどんな結論を出すにせよ、必要なのは戦力の拡充である。

　もちろんその拡充方法とは安定の、ケルベロスであるベラの召喚と、まあこっちはオマケのピクシーの召喚石だ。

　少し踏み込んだ話をすれば、この世界の魔術レベルはかなり高いが、恐らく高位悪魔を使役出来る程の術者は居ない。

　僕が知る限りグラモンさんはこの世界でも最高クラスの魔術師だけど、グラモンさんのような魔術師が切り札として抱えるのが中位悪魔だ。

　当然ながら中位悪魔にもピンからキリまであるけれど、中位と高位の間にはかなり高い壁がある。

　僕が高位悪魔になれるまで、派遣召喚を沢山回してくれた悪魔王グラーゼンには本当に感謝の気持ちで一杯だ。

　しかし中位や高位と言ったランクは即ちその悪魔の力量を示すが、でもそれがそのまま強さを表すかといえば、実はそうでもなかった。

　ランクには攻撃力や防御力、魔力や生命力と言ったステータスは反映されるが、戦闘センスや技量、或いは特殊能力までは反映されない。

　要するにスペックは高くてもお粗末な戦い方をする者も、悪魔の中には混じってる。

　そう、つまり僕の事だ。

　と言っても、僕だって全てがダメダメな訳じゃ無い。

　お互いに遠距離から、ごく単純に魔法をぶつけ合う戦いなら、他の高位悪魔と比較しても僕は結構強い方だろう。

　僕は扱いを苦手とする属性が無いし、霊子や魔素、魔法の扱いに長けている。

　ただしその反面、近接戦闘能力や、戦いの運び方、戦闘センスは著しく欠けていた。

　普通の悪魔が遠近両用の魔法戦士タイプなら、僕は完全に後衛の魔法使いタイプなのだ。

　だって殴り合いとか怖いしね。

　故に、たとえ相手が中位悪魔であっても、複数体が連携して攪乱、近接戦闘に持ち込まれたなら、僕は恐らくあっさりと負けてしまうだろう。

　これは別に相手が悪魔でなくとも、天使や高位精霊の類でも同じ事である。

　逆に下級悪魔程度の相手なら、何百と群れても薙ぎ払える自信はあった。

　下位も数や条件次第では中位に勝てる可能性があるし、中位も同じく高位に届くかもしれない。

　但し下位はどう頑張っても高位には届きはしない絶対的な力の差があるのが、悪魔という存在だ。

　まぁ、話を戻すけれど、僕も決してこの世界で無敵の存在じゃないって話だった。

　そして中位悪魔辺りを従えられる魔術師、グラモンさんと同格である最高位が、今の魔術協会に何人いるかは不明だが、恐らく一人も居ないって事はない筈。

　門の魔術で移動した先すら解析するという魔力探知の結界は、僕から見ても相当の代物だし。

　だとすれば相手の動きによっては、不意を突かれたり後手に回ったりした場合、僕が負ける事は充分にあり得る。

　そんな状況を防ぐ為にも、前衛のベラはどうしても必要だった。

　ケルベロスって種族の、恐らく上限近くまで成長してるベラは中位悪魔相手でも、勝てはしないだろうが戦いにはなる。

　ベラの感覚や戦闘センスは物凄く高いが、ケルベロスである以上は中級悪魔にダメージを与えれる手段が限られているのが、勝利をもぎ取れない原因だ。

　しかし仮に僕の眷属になる事を受け入れてくれれば、悪魔と化して霊子や魔素の操作を覚えれば、有効な攻撃手段を得たベラは中級悪魔を打倒しうるだろう。

　……そうならなくても、ベラが僕にとって最も頼れる相棒である事に違いはないのだけれども。

　呼吸を整え、手を翳す。

「来たれ冥府の守り手、底無し穴の霊、三つ首の獣。我との繋がりを手繰りて、出でよ、ベラ！」

　僕の呼び掛けに応じて、吹き荒れる魔力の中から、雄々しい体躯の、でも雌のケルベロスであるベラがこの世界に現れた。

　呼び出されたベラは一瞬、空に輝く七つの月を見て茫然とした表情を見せるが、次に僕の姿を認めるとダッと此方に駆け寄って来る。

　駆け寄るベラを抱き止めようと、両腕を開く僕。

　けれどもそれを見たベラは一気に加速をかけて、ドスンと僕を弾き飛ばす。

　……どうやらベラは僕がずっと呼び出さなかったので少しお怒りらしい。

　倒れた僕を、前足でべちべちと叩いてる。

　その仕草が可愛らしくて、僕は思わず笑みを浮かべたが、それは余計にベラの怒りを煽ったらしくべちべちの威力が高まった。

　僕は悪魔なので痛くはないが、けれども弱ったフリをして許しを請う。

　言い訳をするのなら、少しでも力を増す為の派遣召喚が忙しく、派遣での召喚中はベラを呼ぶ機会がなかったのだ。

　でもそれは僕の事情に過ぎないのだから、ベラにずっと寂しい思いをさせたのは本当に申し訳ない。

　次第にベラの怒りも収まってきた様子なので、一応は言い訳をし、撫でながら、

「そういえば教えて貰ったんだけど、悪魔化して僕の眷属になったら、僕の魔界で暮らせるらしいけど、どうする？」

　問うてみる。

　僕の言葉を聞いたベラは一瞬固まったように動きを止め、しかしその後は再び猛烈にべちべちと前脚で僕を叩く。

　でもそのべちべちに込められた感情は怒りよりも喜びで、……つまりこれは、それが可能ならもっと早くやっとけって事なのだろう。

　うん、本当にそうだね。ごめんなさい。

　ベラに叩かれながら、僕は自分の手首に歯を立て、ざりっと引き裂く。

　悪魔である僕の身体は切られようが突かれようが血は流さないが、それでも僕が自身で付けた傷からはジワジワと黒い液体が滲み出る。

　まあ自然に出るというよりは、僕が自分で中身を押し出してる感じだけども。

　出て来た僕の中身を、ベラの三つの頭が交互に舐めとる。

　これで悪魔化は終わりだ。後はベラが眠り、そして目覚めた時には、ケルベロスの限界を越えて僕の眷属になっているだろう。

　まあ悪魔化したからって一気に成長する訳じゃ無いけど、ベラなら僕より強い悪魔に成長する可能性も充分にあった。

　伏せ、目を閉じるベラの頭を、僕は一つずつ撫でる。

　さて、メインイベントは終わった。

　正直、僕も少しは休んでおきたいが、一応こっちもやっておこう。

　僕は取り出した召喚石を手に持ち、思い出す。

　以前に召喚された世界で、僕が試験のボスを務めた時の相手役の三人組は、確かこんな風にポーズを取って構えながら、

「コール（召喚）！」

　こんな風に叫んでた。

　……うっわ、これは中々に、そう、恥ずかしい。

　僕は思わず羞恥に座り込むが、それでも召喚石は力ある言葉に応え、中に封じた召喚獣であるピクシーを出現させる。

　出て来たのは、指を伸ばした僕の手と同じ位のサイズの、可愛らしい少女の姿をした羽の生えた妖精だった。

　でも現れたピクシーはその可愛らしい顔に精一杯の怒りを浮かべて、

「遅い、遅い遅い、おーそーいー！ 普通召喚獣の入った召喚石なんてレアアイテム手に入れたらすぐ試すでしょ！ なんでこんなにずっと放置するのよ！ 寂しくて泣きそうになるじゃない！！！」

　僕の頭をポカポカと叩き出した。

　うん、僕が悪いとは言え、このやり取りはもうさっきベラともやったよ？

　しかしレアアイテムだったのか。

　何だか普通に報酬のオマケでくれたから、大した事ない物だと思ってた。

　まあ痛くも痒くもないので、僕はピクシーの好きにさせながら、

「うん、まあ、ごめんね？ でも僕の魔界で呼び出すと、君が生きてられるか怪しかったからね」

　言い訳をする。

　ベラに比べて扱いが雑なのは、決してピクシーを軽んじてる訳じゃなく、二回も似たやり取りをするのが怠いだけだ。

　でもピクシーはそんな雑な言い訳にも頭を叩く手を止め、僕が差し出した掌の上に腰掛けた。

「……そうね、そうだわ。石の中から見てたけど、危ないわよね？ 叩いてごめんなさい」

　素直に謝るピクシーは、その小ささと相まって凄く可愛らしい。

　何故だか小さい物って不思議と可愛く見えるよね。虫以外は。

　

「いや、ほったらかした僕が悪いんだし、叩かれても痛くないから気にしないで。で、どうする？ 契約する？ それとも好みの世界で解放しようか？」

　僕の問いにピクシーはむーっと唸り、そして一つ頷いた。

　掌の上に立ち上がって大きく胸を張ったピクシーは、

「さっきのワンちゃんと同じのをお願い」

　ちょっと僕の予想外の言葉を口にする。

　ベラをワンちゃんって豪気だなこの子。

　もしもベラが悪魔化中で寝てなかったらどうなってたか。

　僕も昔はベラを犬扱いしてたけど、流石に言葉には出さなかった。

「えっと、別に良いけど、良いの？ 眷属に成るのを受け入れる程、君が僕を信頼する何かってあったっけ？」

　心底不思議に思い、問い掛ける。

　石の中から外を見れてたようだから、もしかしたら何かがピクシーの琴線に触れたのだろうか。

「良い人？ 良い悪魔？ なのは見てたから知ってるもん。でも、そんな事より不滅存在に成り上がれるチャンスを逃すなんて勿体ないじゃない！」

　あぁ、うん。

　そんな事なのか。

　まあ、悪魔だからね。

　良い悪魔って言われても微妙だけど、それにしてもどうやらこの子は、上昇志向の強い子らしい。

　もしも僕の手に負えない程に成長して、下剋上されそうだったら、グラーゼンの所に出向させよう。

　そうならない様に信頼関係が築けたら良いんだけど。

「そっか、なら良いや。名前はある？ ないなら付けるよ。知ってるだろうけど僕はレプト。よろしくね。じゃあもう一回出すから、少しだけ舐めて。欲張ってベラと同じ量とか飲んだら、君だと内側から爆発して消滅するから少しだけだよ」

　そうしてこの日、僕は二人の眷属を手に入れる。

　元ケルベロスの、獣型悪魔であるベラ。

　元ピクシーの、小悪魔であるピスカ。

　僕としては我が家が賑やかになって嬉しいなってくらいの感覚だったけど、或いはこれが、僕が悪魔王に向けて歩き出した一歩目だったのかもしれない。