果たせぬ復讐 ※メルトレーザ視点
■メルトレーザ=オブ=ウッドストック視点
「…………………………」
私は無言のまま、部屋にある時計を見つめる。
深夜〇時を回ろうとしており、もうまもなく、グレンヴィル侯爵の率いるクーデターの軍勢とヒュー達との戦闘が始まるはず。
ヒューの無事を祈りながら、私は部屋を出た。
そう……ヒューには言っていないけど、私にはすべきことがあった。
――コン、コン。
私は使用人達が住む館へと足を運び、一人のメイドの部屋の扉をノックした。
「はい」
はきはきとした声が扉の向こうから聞こえ、すぐに扉が開く。
「あ、メルトレーザ様」
「ふふ……エレン、少しいいかしら?」
そう言うと、エレンの了承を待たずに部屋の中に入った。
大公家の使用人の部屋は、他の貴族とは違い、かなり広く豪華な仕様になっている。
これは、大公家のために頑張っている使用人達を少しでも労いたいという、他界されたお婆様の想いだった。
そんな優しいお婆様の想いを受け止め、お爺様は今もそのようにしている。
「で、ですが、メルトレーザ様がこちらにお見えになるなんて、珍しいですね」
「ええ……今夜はヒューもいなくて寝付けないから、せっかくなのであなたにこの大公家に来るまでのヒューのことを教えてほしいと思ったの」
「あ……ヒュ、ヒューゴ様のこと、ですか……」
私の言葉に、エレンが視線を逸らして言い淀む。
当然よね……だって、ヒューはこの家に来るまでは、ずっと虐げられてきたんですもの。
「……私は、グレンヴィル家にお仕えしてまだ五年ですので、その間のことでよろしければ……」
「ふふ、それで構わないわ」
私が了承すると、エレンは頷いて訥々と語り出した。
初めて出会った時のヒューは、線の細い男の子で、どこか怯えたような瞳をしていたこと。
そんな彼に心を開いてもらおうと、自身の弟のことを引き合いに出して関心を持ってもらおうとしたこと。
すると、半年もしないうちにエレンに心を開くようになり、屈託のない笑顔を向けてくれるようになったこと。
その笑顔はまるで……弟のようだったこと。
「……遠くにいる弟だと思い、私はグレンヴィル家にお仕えしてからずっと、ヒューゴ様を見続けてきました。そんなヒューゴ様は、あなたに出逢って本当に変わりました……」
「…………………………」
「うふふ……お仕えしているメイドとして嬉しい反面、少し寂しいと思うこともありますが……ですが、許されるならば最後の時までヒューゴ様にお仕えしたいとも思っております」
「そう……」
エレンの言葉を聞き、私は唇を噛んだ。
なら……なら、どうしてヒューの過去の人生で、ヒューを殺したのですか!
どうして、ヒューを洗脳するような真似をしたのですか……っ!
「……ねえ、エレン」
「はい」
「今夜行われるグレンヴィル侯爵のクーデター、失敗するわよ」
「っ!?」
私が静かにそう告げると、エレンは目を見開き、息を飲んだ。
そして私は、これから彼女にとって最もつらい言葉を与えよう。
「だから、処罰されて命を落とすのは、ヒューを除いたグレンヴィルの者達全員。その中には、復讐を果たせなかったあなたも含まれる」
「…………………………」
私の言葉を聞き、エレンは悔しそうに歯噛みする。
「それで、どうするのかしら? この部屋には私とあなただけ。このまま逃げて、再びグローバー家への復讐を果たすために埋伏するのかしら?」
「……私のこと、調べたのですね」
「当然よ。素性の分からない者を招き入れるほど、大公家は呑気ではないわ」
そう言いながらも、エレンの目的を知るまでに時間が掛かってしまったのは事実ですが……。
「ハア……なら、メルトレーザ様は私を逃がしてくださるのですか?」
「いいえ、逃がすつもりはないわ。あなたは、復讐を果たせないまま終わるの。そして……ヒューの報いを受けなさい」
溜息を吐き、どこか拍子抜けしたかのような表情を浮かべるエレンの問いかけに、私はそう答えた。
「……でしょうね。私は、ヒューゴ様にそれだけのことをしたんですから」
「あら? ちゃんと理解はしているのね。てっきり復讐に囚われて何も見えていないのかと思ったけど」
「まさか……それと復讐は別ですから。ただ、私にとってヒューゴ様よりも復讐のほうが上だっただけです」
「そう……」
すると、エレンは突然立ち上がった。
「ですが……これ以上は話をしても無駄ですので、私はあなたを人質にしてここから逃げることにします。大人しくしてくだされば、逃走できたあかつきに解放して差し上げますから」
エレンの右手に、魔力が集まる。
精神魔法も使いこなすのだから、普通に攻撃魔法も得意なんでしょうね。
「エレン……知ってる? 私、実は秘密があるの」
「秘密、ですか……?」
「ええ」
私は軽く頷くと、口元にかけていた幻影魔法を解いた。
「っ!?」
「ふふ……そうよ、私はヴァンパイア。それで、この私を人質にできるかしら? それとも、この私を倒してみせる?」
牙を見て慄くエレンに、私はクスクスと嗤いながら問いかける。
「……このこと、ヒューゴ様はご存知なのですか?」
エレンが忌々し気に私を睨む。
どうやら、私がヴァンパイアであることに本気で怒っているようだ。
「もちろんよ。ヒューは私がヴァンパイアであることを知って、それでもなお私を求めてくれたの、捧げてくれたの……」
「そう、ですか……」
私の言葉が嘘ではないと分かったのか、エレンから怒りが霧散した。
本当に……そこまでヒューのことを慮ることができるのに……。
その時。
「エレン=ミラー! ジェイコブ=グレンヴィルによるクーデターへの共謀の罪で連行する……って、こ、これはメルトレーザ様!」
突然、部屋になだれ込んできた大公軍の兵士が、私を見て敬礼した。
私は扇で牙を隠すと。
「……彼女を連れていきなさい」
「は、はっ!」
そう指示し、死んだような瞳のエレンは兵士に引きずられながら部屋を出て行った。
エレン……あなたも弟の命を奪われ、つらかったのかもしれない。苦しかったのかもしれない。
でも……ヒューは、もっと苦しんだの。
だから……私は、あなたに苦しみを与える。
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