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四人目

 アビゲイルにオルレアン王国への同行について承諾してもらい、屋敷へと帰る馬車の中。


「…………………………」


 ……メルザの機嫌は一向に直っていなかった。


「そ、その、メルザ……?」

「……なんですか?」

「い、いえ、何でもありません……」


 真紅の瞳でギロリ、と睨まれ、僕は思わず口をつぐんでしまった。

 くそう……これも全部、アビゲイルが僕達を揶揄(からか)うようなことを言ったせいだ。


 も、もちろん、メルザだって僕がアビゲイル……いや、世界中のどんな女性に対しても(うつつ)を抜かすようなことはないってことは分かってくれているはずだけど、だからって常に平静でいられるわけがないんだから。


 よ、よし……!


 僕は意を決して席を立ち、メルザの隣に座った。


「……今はそっとしておいてください」

「そ、そうはいきません。僕だって、不機嫌なあなたを見ていたくはありませんから……」


 言ってから気づく。

 僕は、不機嫌な様子のメルザを見るのも嫌いじゃない。


 だって、いつも笑顔を見せてくれるメルザとは違うそんな表情も、僕には新鮮で、可愛くて……。

 それに、メルザが不機嫌なのは僕のことが好きだからこその態度であって、メルザの想いを再確認できて嬉しくて仕方ない僕も間違いなくいて……。


「……ヒュー、私の能力(・・)のこと、お忘れですか?」

「っ!?」


 そ、そうだった! メルザには、相手の悪意(・・)()を見分ける能力が……!


「もう……せっかく不機嫌にしているのに、逆にヒューを喜ばせているのでは、意味がないじゃないですか……」


 そう言うと、メルザは僕の手を取って苦笑した。


「あ、あはは……すいません。ですが、こんなメルザはなかなかお目にかかれませんから、つい……」

「全く……ヒューったら、本当に私のことが好きですよね……」

「当然です。僕はメルザの全てが好きなんですから」


 僕は胸を張り、そう断言する。


「ふふ……知っています。もちろん、アビゲイルさんやクロエ令嬢がヒューに好意(・・)を寄せたとしても、絶対になびかないということも」

「はい……だって、僕はメルザだけ(・・・・・)がいいんですから……って、ちょ、ちょっと待ってください!?」


 メルザの言葉に、僕は思わず声を上げた。


「その……アビゲイルについてはともかく、シモン王子の従者であるクロエ令嬢が僕に好意っておかしくないですか!?」

「もちろん、クロエ令嬢は従者としてシモン王子のことをお慕いされていますが、男女の仲ではありませんから。なので、彼女がヒューのことをお慕いになってもおかしくはありませんよ?」

「そ、そうかもしれませんが……」


 うわあ……メルザの言葉が本当なら、これからどうやって接したら……。


「ふふ、そんなに心配なさらなくても、クロエ令嬢はアビゲイルさんと違って弁えて(・・・)いらっしゃいますから大丈夫ですよ? ……アビゲイルさんと違って」


 ……メルザが暗い笑みを浮かべ、あえてアビゲイルの名前を強調した。

 うん……確かにアビゲイルは、そういうことに遠慮はしないからね……。


 まあ、でも。


「あ……」

「でしたら、これからはどんな女性にも入り込む隙がないと思わせるほど、メルザとの仲睦まじい姿を見せなくてはいけませんね」


 肩を抱き寄せ、メルザの耳元でささやいた。


「ふふ……しょ、少々恥ずかしいですが、私も頑張ってもっとヒューとの仲睦まじさを見せつけて差し上げます……」

「はい……」


 そう言って、メルザも顔を真っ赤にしながら僕の頬を撫で、恥じらいながらもうっとりとした表情を見せた。

 ……といっても、馬車の中だから誰も見ていないんだけど、ね。


 ◇


「セルマ。このお屋敷のこと、お父様とお母様のこと、頼んだわよ」

「任せて! お姉ちゃん!」


 次の日の朝の応接室。

 ヘレンはセルマの肩に手を添え、少しだけ心配そうな表情を浮かべながら会話をしていた。


「あとは、アビゲイルだけですね」

「うむ……」


 僕の言葉に、既に来ていたモニカ教授が頷く。

 それにしても……。


「……モニカ教授、またすごい剣ですね」


 モニカ教授が背負っている広刃の巨大な剣を眺め、僕は唸る。


「フフ、そうか。私はこの愛剣“グレートウォール”に戦場で何度も命を救われてきた。今回の潜入でも、必ず私に力を貸してくれる」


 そう言って、モニカ教授が寂しそうに微笑む。

 おそらく、戦場でその大剣と一緒に、サウセイル教授もいたんだろう……。


 すると。


「フフ……お待たせしました」


 黒の大き目のトランクケースを持って、アビゲイルもやって来た。

 これで、全員揃ったな。


「メルザ……大公殿下は……」

「……(ふるふる)」

「そう、ですか……」


 無言でかぶりを振るメルザを見て、僕は視線を落とす。

 分かってはいたけど、やっぱり大公殿下は見送りには来てくださらなかった。


 まあ……僕達は大公殿下の反対を押し切って、オルレアン王国に行こうとしているんだ。見送りまで求めるのは、贅沢というものだ。


「では、ゲートをくぐってセイルブリッジの街へ行きましょう。その後は手筈どおり変装した上で国境を越えます」

「「はい!」」

「ああ!」

「フフ……ええ」


 僕の言葉に四人が力強く頷く。

 そして、屋敷の離れにあるゲートが設置してある部屋へと向かった。


「では、魔法陣の上へ」


 僕達は魔法陣の上に乗ると。


「ヒューゴ様、メルトレーザ様、お姉ちゃん、そして皆様……無事のお帰りをお待ちしております」


 恭しく礼をするセルマに見送られ、僕達は一瞬でセイルブリッジ側にある魔法陣へと転移した。


 すると。


「はっは! 遅かったのう!」

「た、大公殿下!?」

「お爺様!?」


 なんと、目の前にいたのはハルバードを担いだ大公殿下だった。

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