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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
96/125

ミルバニアにて―家出―

 アキムの朝は早い。まだ誰も起きていないと確信が持てる時間に起き出す。

 洗うべきところを洗い、磨くべきところを磨いた後、マリーディアの部屋に行く。

 妹を起こすのは兄であるアキムだけに与えられた特権である。――少なくともアキムはそう思っていた。まだ横になっている寝ぼけ眼のマリーディアの上体を起こしたアキムはやるべきことをやる。


「おお、マリーディア。我が妹よ」


 アキムは騎士が姫に対しそうするように跪き、震える手で側に積んである着替えからそっと小さな布切れを摘み取った。

 綺麗に洗濯された白い布地からはお日様と妹の匂いが漂っている。


「ああ、我が生命の灯火、我が肉の(ほむら)よ」


 丸められた布地をするすると広げた。

 とても小さく、これからそれを着用する相手は自分とは違うのだとアキムに思わせる。

 持ち主であるマリーディアは茫洋と俯いて寝台に座っており、ならば仕方がない――とアキム。


「さ、足を出すんだ。お兄ちゃんがはかせてやるからな」


 その言葉に、白く細い足首がピクリと動く。

 アキムはそこにじっと血走った目を向けた。

 まるで枝のようだ。握ればポキリと折れてしまいそうなくらい細い。

 ――しかし枝は枝でも枯れ枝ではない。先は細くても、根本にいけば生命力に満ち溢れている。ふっくらと膨らんだふくらはぎ。剥きたての茹で卵のようなつるりとした丸い膝。――そしてその上は見えなかった。ワンピースの夜着に隠されている。

 だがアキムは確信していた。その薄い布一枚下には、春の息吹を感じさせる希望の詰まった幹が存在するのだ。幹は細すぎず、太すぎず。強風にも倒れないしなやかさを持っているに違いない。


「さ、足を出すんだ。お兄ちゃんがはかせてやるからな」


 アキムは同じ台詞をもう一度云った。

 そして白い足がにゅっと突き出され――


「――へぶっ」


 と、アキムの鼻を潰す。


「な、何をするんだマリィ!?」

「返せ! 靴下くらい自分で履ける!」


 マリーディアは噛みつくように云い、アキムの手から靴下を奪い取った。


「着替えるから出て行ってくれ!」

「な、ならお兄ちゃんが――」

「いいから出てけ!」

「そ、そんな……」


 部屋を追い出され、固く閉ざされた扉の前で項垂れるアキム。春のお訪れを享受できず、永遠の冬に閉じ込められた男の姿だった。


「い、妹よ。今すぐここを開けるんだ」

「着替えたら開ける」

「それは危険だ! この町にはガラの悪い奴等が大勢いるんだぞ! どうしてもというなら護衛を――」

「お前が一番危険だろうが!」

「くっ……」


 アキムの噛み締めた唇から一筋の血が線を引く。どうやら扉の向こうも吹雪のようだ。これは一緒に温め合わねば――

 アキムは奥の手を使うことにした。入る時にも使用した合鍵である。

 しかし腰の後ろを(まさぐ)る手が空を切り、あれ、と眉を寄せる。どうやら部屋の中に置いてきてしまったようだ。

 それまでの余裕を失ったアキムは扉をドンドン叩き、 


「な、なら、朝食を一緒に食べよう。迎えに来たぞ、マリィ! ――さ、扉を開けておくれ」

「後で食べるからいい!」

「どうして!? この世界にたった二人残った家族じゃないか!」

「まだ皆生きてる! 勝手に殺すんじゃない!」

「マ、マリィぃぃぃ!」


 アキムはしばらく扉を叩いていたが、説得が無理だと知るや、


「ぐああああああっ!」


 と叫んでその場に蹲った。

 そして蹲ったまま耳を澄ます。


「……お、おい、どうしたんだ? 大丈夫か?」

「………」


 少しの間があって鍵の開く音が聞こえ、アキムは待ち伏せた獣のように上体を起こした。


「マリィィィィ!」

「きゃああああああっ!」


 隙間から覗いていた瞳が驚きに染まり、後一歩というところで閉ざされる扉。二度目の施錠の音がアキムに作戦の失敗を告げた。


「マリィ!? 鍵を開けるんだ! 家族の住まいで鍵などあってはならない!」

「しつこいぞ! いいから放っておいてくれ!」

「マリィ! 一目だけでいいんだ。顔を見せてお兄ちゃんを安心させてくれ。な?」

「さっき見たばかりじゃないか! 頼むからどこか行ってくれ!」

「う、嘘だ……」


 アキムはよろよろと後退った。


「マリィがグレてしまった……」


 父と母から預かった大切な妹なのに――

 兄である自分が傍にいながらこのような事態を招いてしまうとは――

 アキムは自分を責めた。これは俺の責任だ。それに今のうちに対処しておかねば大変なことになってしまうだろう。

 やる気を取り戻したアキムは再び扉に張り付いた。いつも瞳に混じっている悪戯っぽい輝きは消え、きりりとした兄の顔になっている。


「ここを開けるんだマリィ」

「………」


 アキムは把手をガチャガチャと鳴らした。


「マリィ。あまりお兄ちゃんを怒らせない方がいい。当分の間二人きりでここに住むのだからな」

「………」

「これが最後だぞ、マリィ。三つ数える間にここを開けないと扉を壊す」

「………」

「ひとーつ」

「………」

「ふたーつ」

「………」

「みーっつ」

「………」

「………」


 アキムは無言でその場を後にした。屋根裏部屋へ行き、大きなハンマーを引きずって戻ってくると大きく振りかぶって叫ぶ。


「悪しき扉よ! 我が愛の前に今こそ崩れ去れ! はあああああああっ!」


 木で出来た扉は一撃で大穴が開いた。

 アキムはそこから中を覗き込む。


「マァァァァリィィィィ」


 目だけを動かして室内を窺う。


「隠れんぼかなぁ?」

「………」

「いつまでたっても子供なんだからなぁ。よーしお兄ちゃん頑張って見つけちゃうぞぉ」

「………」

「………」

「………」

「………」


 おかしい――アキムは思った。部屋の中から妹の気配がしない。人の住まない空き家を指して家が死んでいる、ということがあるがそれと同じだった。部屋にあるもの全てが色褪せて見え、いつもなら責任をもって預かる筈の脱ぎ捨てられた衣服も、今はただ空虚さを強調していた。 


「マリィ!」


 部屋に飛び込んだアキムが見たものは、開け放たれたままの窓と吹き込む風に揺れるカーテンだ。


「馬鹿な!」


 窓から身を乗り出して外を確認したが、動くものといえば鳥の姿と風に揺れる草葉、木々だけである。


「たったたた、大変だ。マリィが……い、妹が、家出してしまった……」


 ハンマーを持ったまま急いで玄関へ向かう。途中で誰かとぶつかった。


「きゃあ! な、何をするんですか!」

「うるさい邪魔だ!」


 尻餅をついたレティシアに怒鳴り返して外に出る。

 目の前にいたエルフがはっと動きを止めた。


「ア、アキム殿!」

「うるさい邪魔だ!」

「敵が、敵が攻めてきました!」

「……なに?」


 無視して通り過ぎようとしていたアキムは怪訝そうに後ろを振り向いた。


「敵だと? いったいどこから――」

「東です! 既に侵入されてるでしょう! ヴェガス殿は物資を西から運び出し、火をつけて町を放棄するようにと!」

「まさか――」


 アキムの脳裏に嫌な想像が湧く。もしかしてマリィはそいつらに誘拐されたのでは――

 よく考えてみれば家出などありえない。ここを出てどこに行こうというのか。現状兄であるアキムの傍にいるのが一番安全だし安心の筈だった。そもそもこんな滅多に起きない事態が同時に発生するなどそれこそおかしい。

 俺は軍師だ――と、アキムは自らの立場を思い出した。普通の人間が思いもつかない考え、想像だにしない出来事をも視野に入れ、一方、全くおかしくない考え、至って普通の出来事をも懐疑的な目で見る。それが軍師の役割だ。


「マリィは奴等に誘拐されたに違いない」


 アキムは小さく呟いた。一見まるで関係がないように見える事柄も軍師であるアキムの手にかかれば一本の線で繋がるのだ。


「お前はすぐにレティシアに知らせてその通りに動け! 俺は敵を迎撃する!」

「は? い、いや、しかし――」

「馬鹿野郎! 時間を稼ぐんだよ! 町から出たら身を隠す場所がないだろうが!」

「な、なるほど。では――」

「俺は詰め所に行って準備をする。お前は屋敷に知らせるんだ」

「はっ」


 アキムは屋敷の門を出ると向かいにある詰め所へ駆け込んだ。そこで待機しているエルフ達と北の街から戻った人間の男達に、


「敵襲だ! 全員戦闘準備をしろ!」


 思い思いに時間を潰していた数十人の男達は疑問を投げかけずに素早く動いた。立てかけてあった武器を取り、矢筒を背負う。準備ともいえない準備が終わると一人がアキムに話しかける。


「いつでもいけます」

「さすがだ諸君!」


 アキムも部屋着を脱いで鎧を着た。右手に剣を持ち、左手にはハンマーをぶら下げる。


「出発だ! 俺についてこい!」

「はっ!」


 威勢のいい返事が重なり、アキムは肩を怒らせて通りに出た。道のど真ん中で立ち止まるとキョロキョロと辺りを見回す。

 どこか、町の遠くから微かなざわめきが響いている。


「アキム殿。敵は誰で、どこからくるのでしょう?」

「焦るな。今見つける」


 アキムは両手をついて顔を地面に近づけた。スンスンと鼻を鳴らす。


「あの……いったいなにを……」

「しっ。敵の動きを見ているんだ。少し黙っていろ」

「臭いを嗅いでいるようにしかみえないのですが……」

「そう見えるだけだ。俺はお前達に見えないものを見ている」

「………」


 アキムは気が済むまで臭いを嗅ぐと立ち上がった。

 じっと東の空を眺め、


(ヤバイな……。全然わからないぞ……)


 心の中は焦燥感でいっぱいだ。しかしそんなことはおくびにも出さず、


「東に向かうぞ!」

「はっ」


 大通りを走りながら小さな路地に視線を走らせるが、マリーディアの姿は影も形もない。


「む。あれは――」


 アキムは立ち止まった。通りの向こうから鳥に乗った兵士がこちらにやってくる。


「弓を構えろ! 射った後は路地に入って戦う!」


 エルフ達が前に出て弓を引き絞り、


「射てえっ!」


 アキムの命令で一斉に矢を放った。

 先頭を走っていた数人の兵士が乗っていた鳥から投げ出される。

 アキム達が建物の間の細い路地に身を隠すと、さっきまでいた場所を物凄い勢いで鳥が駆け抜けていった。














「どうみる団長」


 地面に残る轍の跡を見たカドモスはそう訊ねた。

 轍は北へと伸びている。これが騎士団が通ってきた道そのままにずっと北へと続くとは思えない。


「罠でしょうな。我々を誘うための」


 (いら)えにガドモスは頷く。


「俺も同意見だ。しかし追うしかない」

「追った先に奪われた食料があるとは限りませんが……」

「偵察を出して敵の動きを確認してる時間はないぞ」

「ですが疲弊する前に敵を撃破すれば帰りはなんとかなりましょう。戦わなくていいのなら装備は全て置いていけます」

「どうやって敵を見つけるのだ? さっきも云ったが悠長な事をしている時間はない」

「まさにそれこそが敵の狙いなのでは?」

「どういう意味だ?」


 問われ、騎士団長は顎に手を当てて考えながら、


「相手に対する備えをしないまま行動を起こす。ここは普通なら敵の種と規模、戦闘場所の地形まで把握して動くところです」

「敵の種ならわかっている。規模も地形もある程度は予測できる。問題ないではないか」

「では狙いはなんでしょうか? 魔物ならともかく人やエルフが加担しているならそこにはなにか目論見が存在する筈です。そこを知れば自ずとどう動くか見えてくるでしょう」

「狙いか……」


 カドモスは手を上げて周囲に叫んだ。


「一旦ここで小休止をする! 見張りを立てて死んだ馬を解体し、死者は埋葬しろ! 各隊の隊長は指示を出したら集まれ!」


 先行した軽騎兵の帰りを待たねばならなかった。既に日は高く、本格的な対応は明日からになるだろう。  

 カドモスは集まった隊長達に云う。


「先行した味方と合流後、水の補給に近くの廃村まで向かう。その後どうするかを決めねばならない」

「撤退しましょう」


 一人の男が手をあげて発言した。


「戦闘続行は不可能です。縛りが多すぎます」

「馬鹿なことを云うな! このまま帰ったら笑い者だ!」


 隣の同僚がとんでもない、と怒鳴る。

 ある隊長はこう云った。


「一度でもいいですから敵と戦闘した後に退くべきです」

「ふむ。そのこころは?」

「敵を蹴散らした後、輜重を理由に退けば我等の面目は保たれましょう。そうすれば輜重を護衛していたカイマンやその上司であるバードヴィック卿の落ち度と見えます。民衆は詳細を知り得ません。もし今のまま撤退すれば我等は何もせずむざむざ輜重に対する襲撃を許した無能の烙印を押されるでしょう」


 それに対し、最初に発言した男が答えた。


「阿呆なことを云うな! 輜重がなくてどうして戦えよう! 人も馬も飢え死にするぞ!」

「阿呆だと!? 貴様誰に向かって――」

「お前達! 殿下の前であるぞ!」


 騎士団長が一喝した。    


「子供のような云い争いをするんじゃない。殿下は敵の狙いを知りたがっておられる。誰か予測がつく者はおらんか?」


 静まり返った隊長達は顔を見合わせ、無言で首を振った。

 騎士団長は深い溜め息をついた。


「殿下。敵の狙いがわからないならここは論理的な推測でいきましょう」

「推測で?」

「そうです。まず、敵の狙いがなんであれ、我々という存在がいることを知った今その狙いはこちらの無力化にあります」

「そうか? 食料という線もあるが……」

「目的が食料なら我々を撒いて村々を襲えばいいだけです。奴等はそれをできるだけの頭と力を持っています」

「悔しいがな」


 カドモスは皮肉げな笑みを浮かべた。


「現状俺達は奴等の手の上だ」


 それは敵と相対した今だからこそわかることだった。どのような行動だろうとそれは相手の動機を読み取る一つの情報となる。

 騎士団長は続けた。


「――にも関わらず我々と敢えて接触したのは、敵の狙いが騎士団そのものにあるからではないでしょうか?」

「俺達に?」

「補給できる拠点を潰した上で兵站を破壊する。敵がやったのはこれです。遠征軍を相手によくやる戦法ですな」

「しかしそれをやってどうする。俺達はこの国唯一の戦力ではない」


 カドモスは熟考して、


「団長。簡単に勝てるならわざわざ輜重を狙ったりはしないな?」

「それは指揮官によりけりではないでしょうか。――しかし、逃げ延びた者の報告から考えてあまり数に差があるとも思えません。今回に限ってはそれが当て嵌まる可能性は大です」

「ならば少なくとも敵は自らの戦力を過大評価していない。それなのに俺達を無力化させてどうする。一国が本気になれば千など物の数ではないぞ。後々の事を考えるならばやり過ごしていてもおかしくない筈だ。考えてもみろ。万の敵と戦っても勝てる自信があるのなら千の俺達如きに回りくどい手段を講じる必要はないだろう?」

「……敵の指揮官が慎重なのでは?」

「もし本当にそうなら俺達を無力化して国に警戒感を与えるような真似をするかな。俺達は最初油断していた。敵を単なる魔物の群れと考えていたのだからな。しかし今はどうだ。俺達は敵を警戒し、敵国の軍に対する時と同じように相手の意図を読み取ろうとしている。もし俺が指揮官で戦力に自信があるなら油断している敵にぶつけ一度の会敵で終わらせるぞ」

「しかし現に我々は行き詰まっています。一度も戦わずして。このままではまともにやりあうことなく壊滅するでしょう。云うなれば殿下の云う一度の会敵で相手の首根っこを掴んだわけですな」

「それでその後は? 俺達を殲滅したとして――」

「……お待ちを殿下」


 騎士団長は手をあげてカドモスの言葉を遮った。


「論点がずれてきているようです」

「論点だと?」

「はい。私の云った敵の狙いとはもっと狭義的な意味です。今必要なのは敵が何故動いているかではなくどう動くかであり、何故――という疑問に対する答えは王と話す時までとっておいたほうがよろしいでしょう」

「お前達の仕事ではないと?」

「そうです。それにどうせ何故の部分がわかったところで戦う以外の選択肢はありません」

「確かにそうだが……」

「今推測できることは二つ。敵の狙いは我々自身であるかもしれない――ということと、少なくとも正面からやり合えば一方的な戦いにはならないだろう――ということです。後者は敵の視点で、ですが」

「敵は戦えば自身に被害が出るとわかっているということだな」

「はい。そしてこれだけわかれば打つ手はあります」

「ほう」


 さすがは騎士団長だと、カドモスは眉を上げた。


「悔しいですがこちらの動きは敵に読まれています。これに対する策は読まれてなお選択肢のない状況に敵を追いやることでしょう。行動を起こせば隙ができます。そして情報に先じられている我々はその隙を突かれ輜重を奪われました。なら答えは簡単です。受けの姿勢に回るのです」

「敵を待ち受けるのか……。俺達自身が目的だという推測を当てにして」

「はい。もしその推測が正しければ我々が北へ帰る素振りを見せることによって敵を誘引できるでしょう。つまり正面から戦えるわけです」

「なるほどな……。しかし推測はあくまで推測だ。敵がこなければどうする。無為に時間を失う羽目になるぞ?」

「その時は……」


 騎士団長は言葉に詰まり、首を振った。


「どうしようもありません。我々は敵に食料を提供しただけになります。しかしこの作戦は失敗してもこれ以上悪くはなりません。せいぜいが悪評くらいかと」

「馬はどうする。仮に敵が追ってきたとしても一日二日のことではあるまい。それまで戦闘力を維持するのは不可能だ」

「馬は今の時点で切り捨てることが決まっています。装備を外し負担を減らした上で北へ向かわせましょう。後で回収できるよう手を打っておけばよいかと。それに空の馬が大量に発見されれば北にいる味方は異常を早く察知できます」

「俺達はその後を追うわけか」

「形的にはそうなります。どうせついてはいけないでしょうが」

「重装を捨てるか」

「はい。徒歩での移動となれば疲弊して動きが鈍くなるだけでしょう。それにどうせ食料が必要です。解体した馬肉でも持たせたほうがマシというものです」

「決まりだな」


 カドモスはそう云って手を叩き、各隊長達に訊いた。


「今の方針に何か意見がある者はいるか?」

「馬を捨てるのですか?」

「そうだが、何か問題でも?」

「いえ……。帰還する時に徒歩で街に戻るのかと思いまして……」

「なんだお前」


 カドモスは意見した男をジロリと睨む。


「もしかして死体となって入るほうが好みか?」

「………」

「馬がなければ戦えないわけではあるまい。無い物ねだりをするのは賢い大人のやることではないぞ。それと意見しろとは云ったが我儘を云えといった覚えはない」

「………」

「他にないなら解散だ。合流するまでに準備を終えられるよう計れ」


 指揮官連中が散った後、騎士団長が小さな声で話しかける。


「殿下。実は先程云わなかったことが一つ」

「うん? ……それは他の者には聞かせられない話か?」

「はい。これは私が云った言葉とは相反するのですが……敵が我々を目的としている理由に一つ心当たりが」

「……それはなんだ?」

「殿下です」

「俺?」

「そうです。今回の作戦には常ならばいない筈の殿下が参加しております。敵が待ち受け、敢えて我々と敵対した理由。もし敵の狙いが殿下ならばこれに答えがでましょう」

「馬鹿なことを」


 カドモスは一笑にふした。


「俺を誘拐、或いは殺害してどうする。確かにそれで得をする人間はいる。それは認めよう。しかし利益を得るのは国内か隣国の人間だ。そしてどんなに救いようのない愚か者がその中にいたとて、魔物を使役する程ではあるまいよ」


 カドモスを誘拐、或いは殺害して得られる利益は権力か金銭である。そして今回の件は金銭目的でやるにしてはあまりにもリスクが大き過ぎる。これだけの戦力と頭を持っていればもっと割の合う稼ぎはある筈だった。

 ならば権力かというとこれもまたあり得ない話だ。魔物を使役して得た権力などどう考えても長続きしない。彼等は農耕という言葉を知らない種族である。生きるために奪うことを是とする彼等を養うには、常に敵を与え続けねばならないのだ。そうでなくば決して削減できない無駄飯ぐらいを抱え込むのと同じだ。この決して大きいとはいえない国でそのような類の権力を得ても前にも後ろにも進めない状況になるだけだろう。


「俺を狙うということは損得勘定ができるということだ。計画が立てられるということだ。ならばこそあり得まい」

「しかし――」

「言葉を慎め。お前は裏切り者の可能性に言及しているも同然だぞ」

「はい。ですから先は云いませんでした」

「これは帰ってから父と話す。どう判断し行動するかは王である父が決めることだ。お前は今後このことに関しては口を閉じていろ」

「……わかりました」


 騎士団長と別れ、一部の近衛だけを連れたカドモスは騎士達の作業している姿に目を留めた。

 敵と戦うための剣を一心不乱に仲間であった馬の死体に振るい、身を守るための防具で穴を掘っている。


(――裏切り者だと? そんな者がいる筈がない)


 カドモスはそう自分に云い聞かせたが、


(団長め。要らぬ考えを吹き込んで――)


 一抹の不安が胸をよぎったのを認めないわけにはいかなかった。     

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