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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
95/125

ミルバニアにて―襲来―

「アポロン様。町が見えてきました」


 御者台にいる年配の男が客室の小窓を開け、中にいる人物にそう教えた。


「そうか」


 答えたのは、金糸銀糸をあしらった柔らかそうな青の上衣を羽織る四十半ばの男だ。内に着る胴衣は黒く、輝くボタンとサッシュ、メダルがチラと覗く。鼻の下には髭を蓄え、見る眼は鋭い。大きな宝石のついた指輪を填めた傷だらけの手指は節くれだっていた。


「町の手前まできたら隊を止め、知らせろ」

「かしこまりました」


 慌てて頭を下げた男は、素早く、だが静かに小窓を閉めた。

 アポロンはそれを確認すると毛の長い座席に深く身体を沈める。頭の中ではどうヘリオメースを締め上げるかを考えていた。

 ヘリオメースが兄であるダイアン侯爵の下でルオスの町を治めてはや二十年。これまでは真面目に仕事をこなしてきたがここにきて問題が持ち上がった。

 下から上へ。納められるべき税が納められていない。最近、魔物が暴れているとの噂がアポロンの耳にも入ってきているが、そのせいだとは思えなかった。奴等にも頭はある。目の前に武器を持たない無力な人間と武器を持った人間とを置いた場合、武器を持たない方を狙うくらいの知恵はあるのだ。ヘリオメースの治める町にも兵士はおり、それをきちんとまとめあげて護衛につければそうそう襲われるものではないし、襲われたという報告も届いていなかった。

 いくら魔物が出没していようとも早馬の一つも届かないほどの規模でなどあり得ない。虫が這い出る隙間もないほど地を埋め尽くしているならとうに国中大混乱になっているだろう。

 ――故に、アポロンは他の理由を頭に浮かべていた。

 即ち横領である。

 人である以上全き善人などいない。普段どれだけ真面目に仕事をこなしていたとしても魔が差すということはあるのだ。それに魔物の出没を理由にすればもっともらしく聞こえもする。

 アポロンが連れているのはそれがための手勢であった。歩兵が三百に弓兵が百、南から輸入した大駝鳥に乗る騎兵が五十である。町に常駐する兵士の数を考えれば多過ぎると云ってもいい。

 兵士達は荷を載せた馬車の前後を挟むようにゆっくりと進んでいる。ここにくるまで殆ど旅人とすれ違わなかった。立ち寄った村は暗く沈んでおり、村人達は常に何かに怯えていた。

 真面目に仕事をしてこれか――と、アポロンは拳を握り締める。ヘリオメースは碌に仕事をしていない。伝え聞く話とは大違いだった。

 アポロンは普段は兄の直轄地で定廻りを行っている。基本外で過ごし、余計な雑事は耳に入れない。そのようなことは領地を継いだダイアンの仕事であり、弟である自らの腕を高く評価してくれたからそこにいるだけのアポロンの仕事ではなかった。それにもしそのようなことに興味を持てば兄の要らぬ警戒を煽るだけであり、現状に満足しているアポロンにとって望まぬ未来になるだろうことは予測できる。

 アポロンは戦場における生き死にだけでなく日常の危険にも敏感だ。このような男だからこそ兄と仲良くやっていけていた。

 つまりアポロンがヘリオメースを見る目はそれまでの積み重ねに惑わされることなく、実際に起こっていることのみで判断を下せる。

 ダイアンは何かの手違いだろうと云った。アポロンはそのようなことはあり得ない――いや、あってはならないと云った。

 税を納めない者は投獄される。これは本来ならば大罪であり、例え何らかのやむを得ない事情があろうともそれを知らせる努力は最大限にすべきだった。そしてそれができない理由など存在しない。アポロンがここにいるのがその証拠である。

 兵士達が履く硬い長靴が石畳を擦る音だけが心地よく響く時が流れた。


「アポロン様、町の手前です」


 馬車が停止して再びの御者の声。

 閉じていた瞳を開けたアポロンはすっくと椅子から身を起こし、


「馬を」

「はっ」


 中に立てかけてあった弓を取り、斜めにして馬車の外に出る。部下が艶やかな毛並みの馬を一頭連れてやってくるとそれに跨がった。

 前後に整然と並んで命令を待つ兵士達を見た視線は上に流れ、少しく離れた場所の防壁に囲まれた町に向かう。

 所々壁の途切れている町は陰り始めた日差しの中にひっそりと佇んでいた。日没はまだだというのに門は閉ざされており外には人っ子一人いない。常ならば周囲の農地と行き来する人々やこの町を一夜の止まり木に選んだ旅人達が目にできる筈なのに。

 これまで目にしてきた土地の様子といい、明らかに変であった。


「門を開けさせろ」


 アポロンは人に命令するのに慣れた口調で云う。

 馬よりも軽く瞬発力がある大駝鳥に乗った兵士が風のように飛び出した。

 遮る物のない平地である。向こうはとっくにこちらに気づいているだろう。アポロンは閉じられた門にある種のきな臭ささを感じ取った。


「――風は運ぶ。遍く大地の息吹を。空の声を。主たる我が耳、全てを知らんや。しかして風は選ぼう。我が身の卑小さよ。その眼は自らの限界を知り、我が身を守らん。『天声人語(ワールドセンスィズ)』」


 アポロンが小さく唱えると、


「我等は侯爵閣下の遣いなり! 今すぐ門を開けよ!」


 と、遠く離れた門でのやり取りが耳に入る。


「この町は今治安維持のため門を封鎖している。上からの命令なくば開けることはできない!」

「なんだとぉっ!? ――貴様エルフかっ! 侯爵閣下の弟君直々に参られたのだ! これ以上待たすことかまりならんぞ! 忠を貫いても貴様にとって得などない!」

「フン! なんべんも云わせるな、人間風情が! 開けて欲しければ本人が直接頭を下げに来い!」

「――よ、よくぞ云った! 吐いた言葉は飲み込めぬぞ!」

「云ったがどうした!」


 部下の兵士と門を守るエルフのやり取りを聞いたアポロンは口元を綻ばせた。ヘリオメースは頭がイカれたに違いない。

 しかし――と考え直す。エルフを雇っているということは戦力は予想していたよりも上方修正せねばならないだろう。確かにエルフは壁越しに町を守るのはもってこいだが、一人しかいないのならわざわざ危険なところへ配置したりはしないものだ。傍らに置いて助言役として使うほうがまだ気が利いている。つまり、エルフは少なくとも一人ではない。もっとも危険な場所に配置できるだけの数がいるのだ。

 部下が戻ってくるのを待って念のため距離を置いておいた位置を前方に進める。弓が届くぎりぎりのところで停止させた。


「最後通告を」

「はっ」


 もう一度、今度は盾を構えた兵士が走り、声を張り上げた。


「これが最後だ! 今すぐ門を開けよ! さもなければ――あぁっ」


 壁に開いた矢狭間から放たれた幾本もの矢が兵士に続けざまに突き立った。

 ざわりと周囲が沸き立つ。


「奴等やりおったな!」


 隣にいた副官のベーリウが眉を怒らせて、


「アポロン様! こうなってはもはや!」

「焦るな。まずは準備を。終わり次第門を破壊する」

「ははっ!」


 ベーリウは周りの兵士に向かって、


「突入の準備だ! 歩兵はできるだけ距離を詰めろ! 門が開き次第歩兵、騎鳥兵、弓兵の順に走る!」


 歩兵を近づけ最初に走らせるのは敵の迎撃を引きつけるためである。歩兵が育てるのに一番金がかからない。

 前方で命令通りに兵士達が整列したのを見計らい、


「完了致しました!」

「うむ」


 アポロンは弓を構えて上端を指で摘んだ。


「『常在戦場(キリングフィールド)


 キラリと指輪が光った。

 ツツ――と指を下に滑らせると、跡には光の軌跡が残る。それを下端で結び弦と成す。

 光る弦もて引き伸ばせば、そこには忽然と輝く矢が出現した。


「『破門衝(ブレイクスルー)


 あり得ない角度まで弦を引き絞る。

 微塵も抵抗を感じさせない光る弦は切れることなくそれに応え、右足を後ろに、腰を低くして狙い定める己等の指揮官に兵士達が射線上から身を引いた。 

 アポロンが摘んでいた右指から力を抜くと輝く矢は音も発さずに消え失せる。ただチラリと見えた影と奔った後の衝撃だけがそれと知らせ、轟音と共に砕け散った門がどこに向かったのかを教えた。


「――いいぞ」


 短く放たれた言葉にベーリウははっと我に返った。


「突入せよ!」


 叫ぶと歩兵が走り出し、間を置いて騎鳥兵、弓兵が続く。

 弓兵はある程度のところで立ち止まり、長弓の弦をぎりぎりと引き絞ると天高く矢を放つ。

 敵方からパラパラと矢が飛んできては運と腕の悪い歩兵が倒れ、それをどこ吹く風と大駝鳥は軽々と抜き去った。

 味方が放った矢は大きく放物線を描き、歩兵を追い越した騎鳥兵が門に殺到する前に壁の内側に落下する。

 斜めに傾いだ門の隙間に勢いそのままに入り込む兵達の姿が、戦の始まりを告げていた。











「ヴェ、ヴェガス殿、大変です!」


 それはヴェガスが昼間から酒を飲んでいた時に起こった。

 シドが出発してからしばらく、大きな事件もなく平和を謳歌していたシドの仲間達。それを支える民衆の苦労など意に介さず当然のこととして享受していたヴェガスは酒場で酔っていた。

 卓には空になった器が山と積み上げられ、杯に注ぎ直された回数は覚えてもいない。ただただ機嫌よく、世界の全てが自らのやったこと、選択した道を祝福している気がしていた。


「どうしたどうした。また誰かがいらん騒ぎでも起こしたか?」


 ヴェガスは仕方ない奴等だ――といったニュアンスを込めてぼやく。

 シドが出発した直後はヴェガス達をどうにかしようと抵抗する輩が定期的に現れていたが、それらに一切の慈悲や情けをかけぬ処罰を下してからはだんだん下火になっていき、最近では町は静かなものだった。


「いつも通り財産を没取して三族皆捕縛しろ」

「ち、違います! 敵が、敵が攻めてきました!」


 ブフゥッとヴェガスは吹き出した。


「な、なんだとぉ!? どこのどいつだ! 町を治める俺達に武器を向けるとは!」


 ――許せねえ。ヴェガスは椅子を蹴立てて立ち上がると腕に力を込めた。

 同時にまさか――という嫌な予想が湧き起こる。


「……もしかして騎士団じゃねえだろうな!?」

「いえ、騎馬兵は殆どおりません! 代わりに鳥に乗っています! 総数は五百近いかと思われます!」

「五百だぁ? いったいなんでそんな数が――」


 一瞬騎士団と相対するシドが出し抜かれたかと思ったが、どうやら違うようだ。しかし安心できる数でもない。有用なエルフをシドが持っていった今、この町に残るエルフは勢いと恐怖がなくば町の住人すら管理できないのだ。


「敵の魔法によって門は破壊され、突入を許すのは時間の問題かと思われます!」

「ちっ。すぐにアキムにも知らせろ! それ以外は――敵がきたのはどこの門だ!?」

「東門です」

「東か……」


 ヴェガスは急いで状況を整理した。いくら魔法を使おうが、一対一ならやり方次第では勝てるだろう。もしそれで負けても単に相手が強かっただけだと納得できる。だが魔法士プラス大勢の兵士では勝つ見込みは少ない。

 ヴェガスは腕力には自信があるが、上には上がいることを知っているし数の力を侮るつもりもなかった。シドと出会う前もいつだって最初は手下達を使っていた。

 

「西門に物資と金を集め脱出させろ!」

「逃げるのですか?」

「なんだお前。女子供を率いて魔法を使う軍隊と正面から戦いてえのか?」

「い、いえ……。しかし放棄すると……」

「心配するな」


 ヴェガスは諭すように、


「この町にはどうせ碌なもんが残っちゃいねえよ。火をつけて敵も住民も全部燃やしちまえば証拠も残らねえ。勝つか負けるかの戦をするよりマシってもんだぜ」

「では――」

「火をつけて回りながら北と南の門に行き、封鎖して鍵を壊すんだ。その後は各自脱出だ。北西に向かえ。シドと合流する」

「了解しました!」


 エルフが立ち去ると酒場に恐ろしいほどの沈黙が垂れ込めた。周りの数少ない客達は酔いも覚めた様子でごくりと喉を鳴らし、顔を見合わせる。

 ――と、その中の一人が思い立ったように、


「お、おい、あんた!」

「……なんでぇ」


 ヴェガスがじろりと睨みつけるが、男は怯みながらも、


「冗談じゃないぞ! 火――なんかつけさせてたまるか!」

「そ、そうだそうだ! 出て行くなら邪魔はしねえから静かに行きやがれ!」

「なんだとてめぇら……。町を守ってやった俺等にかける言葉がそれか……?」

「殺したの間違いだろう!」

「お前達は全員縛り首だ! とうとう天罰がくだる時がきたんだ!」


 周囲から同調する声が巻き起こり、


「………」

「止せ、お前達! ここで揉め事は困る!」


 慌てて奥から店の主人が出てきた。むっつりと黙り込んだヴェガスを窺うように、


「あ、あんたもゆっくりしてる時間はない筈だぞ! 手遅れにならないうちに行った方がいい!」


 口ではそう云っても、厄介払いしようとしてるのは明白だった。


「……もう遅えよ」


 ヴェガスはゴキリ、と指を鳴らす。


「知ってるか? 世の中ってのは上手く出来てるもんでな。強い奴が弱い奴から奪うんだ。俺がシドから奪われたように。お前達がシドから奪われたように。――だがな、奪う側に廻ったからってそいつ自身が強くなるわけじゃねえ。だから俺は逃げるんだ。それを忘れてねぇからこそ、な。でもてめぇ等は違うようだ」


 居座る俺達が追い払われるからなんだというのか。それで自分達が強くなったかのように振る舞うとは、思い上がりも甚だしい。


「まずはここから火をつけるか。くっせえゴミが集まってやがるからな」

「止めてくれ! やるんなら外に出てからにしてくれ!」

「俺に指図するな!」


 ヴェガスは主人をブン殴った。


「俺は俺の認めた奴の云うことしかきかねぇ!」


 そう云って厨房に向かう。


「誰かそいつを止めてくれ!」

「任せろ! ――みんな!」

「おう!」


 主人の助けを求める声に、男達が腕まくりをして行く手に立ちはだかった。


「どうやら命が惜しくないようだな」

「黙れ! 逃げ出そうとしている奴が偉そうに云うな!」

「……あ?」


 ヴェガスの頬周りの毛がピクピクと動く。


「弱い奴にしか威張れないのかよ! それでも男か!」

「なんだとぉっ!?」


 こういう時シドならば上手い返しが思いつくのだろうが、生憎ヴェガスは口で説明するのは得意ではない。

 ――だから殴った。


「ぐあああっ」

「――っ!? みんなやっちまえ!」

「上等だ! まとめて焚き火の材料にしてやるぜ!」


 わっと押し寄せる男達。

 ヴェガスは纏わりついてくる男達を次から次に投げた。

 回転しながら飛んでいった男達の身体が窓や壁や戸に突き刺さる。

 あらかた気絶するか死んでしまうとヴェガスは厨房へ足を進めた。

 店の主人の戦場はいい匂いが漂っていた。横に並んだ大きな復数の釜土には全て鍋がかけられており、天井からは一抱えもある肉や切芋(キシボシ)がぶら下がっている。平たい石の上では皿に盛られている途中の料理が主人の帰りを待っていた。


「待ってくれ! 燃やすんなら隣にしてくれ!」


 復活した主人が腰にしがみつく。


「……駄目だ」

「なんで!?」

「おめぇ等は俺を怒らせた。この怒りはここを燃やさないと収まらねえ」

「そんな無体な! どうして出ていく時まで迷惑をかけるんだ!」

「迷惑だと!? 俺達をそんな目で見てやがったのかよ!?」

「それ以外にどう見ろと!?」

「誰のおかげで営業できてると思ってやがんだ!」


 勿論ヴェガスのおかげであった。いくつかの酒場に食材を提供し店を営業させることは居残り組で意見の一致をみている。


「もう勘弁ならねぇ!」


 ヴェガスは調理用の油の入った壺を叩き割った。火のついた薪を手に取り、凄絶な笑みを浮かべる。


「――さあ、燃やすぞ」

「止めろと云ってるんだ!」


 とうとうキレたのか、主人はぶら下がっている肉に駆け寄り、突き刺さったままの包丁の柄をはっしと掴んだ。


「俺を怒らせた――だと? それはこっちの台詞だぁ!」


 ズルズルと引き抜かれる包丁。脂が灯りを反射して鈍く光った。


「お前を裁いてやる――いや、捌いてやる! 鍋で煮込んで豚に食わせてやる!」

「黙れ! 食材になるのはてめぇの方だ!」

「うおおおおおっ!」


 ヴェガスは主人の一撃を横に躱した。隙だらけの腹部に一発お見舞いする。


「オラッ」

「ぐぅぶ」


 カランと包丁が地に落ちる。

 ヴェガスは腹を押さえてよろめく主人の襟首を掴むと顔の高さまで持ち上げた。


「あれが見えるか?」


 そう云って視線をぶら下がっている肉の隣に移す。

 ヴェガスが持ってきた肉の横には、肉をぶら下げるための吊り金(フック)が鎖で天井から垂れ下がっていた。


「今からてめぇをあそこに吊るす。今まで捌いてきた肉の恨みを思い知るがいいぜ」


 店主はまさか――と、目を見開く。


「う、嘘……だよな……?」

「いや、本気だぜ」

「お、おい! 止せ! 待ってくれ!」

「もう遅え!」


 ヴェガスは一際高く主人を持ち上げ、吊り金の尖った先端に向けて背中を叩きつけた。


「――がっは……」


 ヴェガスが手を離しても主人はそのままだった。ぶらりぶらりと揺れながら、背中に刺さった吊り金を抜こうと無駄な足掻きをする。    


「あ、あ……た、助けて、くれ……」


 一人ではどうやっても抜け出せなくて、主人は口から血を流して哀願した。


「た、頼む……」

「………」


 ヴェガスはそれを冷たく見上げ、


「残念だが俺は今から火をつけて逃げるのに忙しぃんでな」

「そ、そんな……」


 ヴェガスは壺に入った油をそこら中にぶち撒けて火かき棒を手に取った。

 ――しかし、いよいよ火をつけてまわろうかという時に入り口の扉が開き、騒々しく兵士達が店に入ってきた。

 手に手に武器を持った兵士達は店の中を一望する。その視線が倒れている男達の上で一瞬止まり、ヴェガスの方に向けられた。


「我々はダイアン侯爵領の者だ! この町は今我々が制圧中である! 店主はどこだ!? お前はいったい何をやっている!?」

「――チッ」


 ヴェガスは小さく舌打ちした。どうやら時間をかけすぎたようである。こうなってはなんとかして逃げ出すしかない。


「あ……ああ……た、助け――」

「こらっ」


 ぶら下がった主人が弱々しく手を上げようとしたので、ヴェガスは火かき棒で強く腕を叩いた。


「おい! お前それは――」

「いや、すいませんねぇ。どうもイキが良すぎてしまって」


 ヴェガスはぎょっとした様子の兵士にそう答え、火かき棒を捨てて包丁を拾う。そして精一杯愛想よく云った。


「へい、らっしゃい! ご注文は何にします?」



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