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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
94/125

ミルバニアにて―餌―

 バードヴィックと合流したカイマンが対応を考える間もあらばこそ、ずっと後をつけてきていたエルフ達が停止し、すぐに恐るべき風切音を出しながら何百という数の矢が飛んでくる。

 視界が矢で埋まり、どこにも逃げ場などないと理解した身体から力が抜けそうになるのを堪えながら、


「総員矢防御!」


 カイマンはなんとかそう口にした。

 訓練によって染み付いた反射ともいえる動作を、戸惑いに動きを止めていた兵士達は即座に実行に移す。隙間ができるだけ小さくなるよう決められた場所に掲げられた盾にガスガスと鏃が食い込んだ。


「北に退却するぞ!」


 南の魔物相手に抗戦していたバードヴィックがカイマンに顔だけ向けてそう叫ぶ。

 ――何故、北なのか

 ――このまま本隊を見捨てるのか

 ――退却してどうするのか

 訊きたいことはいくらでもあったが、上官であるバードヴィックの命令である。カイマンは迷うことなく下知した。


「北に突破口を開く! 防御しつつ前進する!」


 カイマンの周りにいる兵士達は自らの指揮官を守りながらじわじわと距離を詰める。

 カイマンは慎重に相互の距離を測った。長過ぎるのは勿論駄目だし短過ぎるのも駄目だった。

短過ぎると弓を諦め魔法を使う可能性がある。防ぎやすいのは弓である。弓を選択するギリギリの距離から走るのが最も被害が少ない。

 同時に背後の様子も窺った。バードヴィックは苦戦している。持ち堪えているというより被害を増やしながら後退しているといってもよく、打ち捨てられた馬車や馬を利用しながら時間を稼いでいる感じだ。

 バードヴィックの尻には既に火がついている。まごまごしていればそれがカイマンにも飛び火するだろう。血に染まった街道は南から北へと面積を大きくしていくが、カイマンはそれから逃げるように北へ向かう。


「――今だっ!」


 多少の死者を出しながらも距離を縮め、ある境を超えた瞬間カッと目を見開いてカイマンは叫んだ。


「突撃だぁ!」


 歩調を揃えて整然と進んでいた兵士達が走りだす。前面に押し出した盾と持った剣は固定して脚だけを必死に前へ。

 最後の斉射による矢が盾の隙間を掻い潜り、運の悪い兵士がもんどり打って倒れるが誰もそれには構わなかった。むしろ、それを見た後続の兵士は邪魔だと云わんばかりに表情を顰める。


「魔法がきます!」


 兵士の一人が云った。

 見ると弓を持ったエルフ達が後ろに下がり、代わりに杖を持ったエルフ達が出てきている。


「構うな突っ込め!」


 ここに至っては、命を惜しむのなら躊躇うのは逆効果だ。

 カイマンの視界に入るエルフ達の姿が歪んだと見えた。


「盾を投げろ!」


 兵士達に当たる直前に投げた盾が破壊され、それを頼りに見えない刃を避ける。

 後続は前の仲間の動きを注視して追従した。しかしそれに間に合わなかった者、運悪く盾で確認できなかった刃の軌道上にいた者は胴や脚をバッサリと切断される。


「――隊長ぉ!」

「……すまん!」


 助けを求めて腕を伸ばす部下を置き去りに、カイマンは部下と共にエルフ達に斬り込んだ。

 一番先頭になった兵士が声もあげずに頭を叩き割ると、エルフもまた一言も発さず地に倒れた。


(――いけるぞ!)


 カイマンはそう思った。

 エルフ達はまるで泥濘に足を踏み入れたかのように柔らかく兵士達の侵入を許し、兵士達は手の届く範囲内のあらゆるエルフに刃を振るまいながら走る。


「正面からぶつかるな! 道を開け、左右から攻撃して数を減らせればいい!」


 声が聞こえた。

 カイマンはチラとそちらを見やり、声の主を確認するや眉があがる。

 エルフ達の中にあっては異彩を放つ人間の男が復数いる。


(………)


 指揮官と当たりをつけ、狙いを変えようかという誘惑が脳裏をよぎったが隣にいる背の小さな二人のエルフの姿がそれを押し止めた。

 背の高低と魔法は全く関係がない。パッと見印象的なエルフ達は、わざわざこの場に連れてきていることからも無力な存在ではないと思えた。

 カイマンは部下が切り開いた道を駆け抜ける。

 矢が飛んでくるのが左右からではなく後方からになった時、頭にあったのはただ、敵に魔物とエルフだけではなく人間が混ざっているという驚きだけだった。

自前の脚で走るカイマン達を後ろからきた馬に乗った味方が次々と追い抜いていく。そしてそのうちの一騎がカイマンと並走した。


「乗れ! カイマン!」


 何事かと騎手を見ると、乗っていたのはバードヴィックだ。


「ありがてえ!」


 カイマンは差し出された手をしっかりと掴み、走りながら大きく跳び上がった。

 バードヴィックの補佐で馬の上に跨る。


「とばすぞ! しっかり掴まってろ!」

「おうともよ!」


 カイマンはしっかりとバードヴィックを握り締めた。


「どこを掴んでる!」

「す、すまねえ」


 二人を乗せた馬は、重たい積み荷から解放されたからか生き生きとした走りを見せ、あっという間に北の方角へと姿を消したのだった。












「ベリリュース。何故敵を逃したのですか」


 突破を図る敵をみすみす逃したベリリュースに、そうターシャが声をかけた。

 見る目は冷たく、返答如何によってはシドに云いつけると暗に語っている。


「逃しただって?」


 当のベリリュースは心外だと云わんばかりに、


「感謝されるいわれこそあれ、責められるよう覚えはないが」

「組織だった逃亡を防ぐこともできた筈です」

「そんなことをしたって被害が増えるだけだろう」

「しかしもっと敵の数を減らせたでしょう」

「輜重隊の数を減らしてどうするんだ。今回の作戦は騎士団であって輜重そのものを目的に立てられたものじゃない。輜重を狙ったのはそれが有効な手だからだ」

「巡り巡ってそれがいつか敵として再び現れるとは考えなかったのですか?」

「それは俺が考えることじゃない。もしシドがそれを心配していたなら一人も逃がすなと厳命していただろうさ。だが生憎俺はそんな命令は聞いちゃいない」


 ベリリュースにわかっているのは、シドが騎士団との戦いにおける勝利を利用しようとしていること、そのために糧秣の奪取を作戦の一環に取り入れていることの二つだ。命令は挟撃だが、詳細は云われていない。つまりその範囲内であればどう戦ってもいいと解釈した。


「それによく考えてみてくれ。奪った食料はどうやって運ぶ? ここで数が減れば運べる食料が少なくなるか、それを守る兵が少なくなるかのどちらかだぞ。不得意な戦いでわざわざ手勢を減らすことをシドが喜ぶとは思えないがね」

「口だけはよく回るようですね」

「だから云ったのさ。感謝するべきだってね。エルフを率いて訓練を受けた兵士と白兵戦をやった挙句手勢を削り、今後に支障を出すのと、命令を守りつつ犠牲を最小限に相手に痛手を与え、自分の身も危険に晒さないで済む。どっちがいいかは考えるまでもないだろ?」

「その通りよ!」


 傍で耳を澄ましていたサラが優勢そうなベリリュースに加勢した。


「危険を冒さないで勝つ! これが極意!」

「危険もなにも、あんた達はさっき何もしなかっただろ。……云い訳は考えとけよ」

「何云ってるの。指揮官はそうホイホイ前に出て戦うもんじゃないわ。そういう時は大概負け戦なのよ」

「なにを! 指揮官は俺だろ!?」


 せっかくの勝利に水をかけられた気分になったベリリュース。


「あんたバカなの?」


 サラはつまらないものでも見るかのようにそんなベリリュースに目をやり、


「指揮官はシドじゃない。みんなその下なの」

「こ、この部隊の指揮官は俺だ! ちゃんとシドに任されてる!」

「これだから新参は!」


 サラはペッと唾を吐いた。


「あんたはあたし達の下なの。どんなに手柄を立てたって、どんなにたくさんの兵士を率いたって下なの」

「そ、そんなわけがあるか! ならあんた達はなんで一緒についてきてるんだ! 指揮もせず、戦いもせずに!」

「あんたの護衛に決まってるじゃない。あんた、指揮はできても戦いはからっきしなんだから。要は役割分担よ」

「それはつまり指揮官は俺ってことになるだろ! 指揮官とは指揮をとる者のことだ!」

「食肉あがりがナマ云うな! あんたは年も任期もあたし達の下じゃない! どこにあたし達より上にいく要素があるのよ!」

「――え」


 ベリリュースはショックを受けた顔になった。


「ここは年功序列だったのか……?」

「勿論そうよ。今どきはどこもそうだわ。ねえお姉ちゃん」

「……そうね」


 訊かれたミラは少し考え、


「まず一番上が私とターシャね。ターシャが年は上だけど私の方がたぶん強いから。次に妹のサラで、その次がアキムとキリイかな。そしてヴェガス。最後がレティシアかな」

「なんであたしは一番上じゃないの!?」

「だってあなたは妹だから……。形式的にそうなる」

「そんな!」

「ちょっと待って下さい」


 ターシャがミラに物申す。


「一番最初にシドと出会ったのは私ですよ。どう考えても地位が一番上なのは私でしょう。……有能だし」

「仲間になったのは一緒だった。捕虜としての期間を入れられても……」

「確かにあなたは私より魔法が得意ですが、その分弓は全然でしょう。つまりその時点で私とは五分の筈。そこに年齢を入れるなら私のほうが明らかに上では?」

「私とサラは、力を合わせることによりその力が何倍にも膨れ上がる」

「……そのような話は初耳ですが」

「誰にも云ってなかった」

「シドに秘密を作るとは感心しませんね」

「秘密じゃない。使う機会がなかっただけ」

「………」

「………」


 ベリリュースはターシャとミラの間でおろおろと視線を彷徨わせた。


「な、なあ。この話は後でするとして、さすがにいつまでも突っ立ているわけにはいかないと思うんだが……」


 気づけば周りは魔物だらけだった。敵を追いかけていたゴブリンやオーク達が不思議そうに立ち止まっているエルフ達を見ている。


「……そう思うのなら号令をかければいい」

「そうですね。それしか取り柄がないのに私達に任せようとするとは」

「黙っときゃいいのに。バカね、あんた」

「………」


 俯いたベリリュースは何を思ったか、すっと首を伸ばし、


「あ、シド」


 と目を見開いて声を上げた。


「え!?」


 あがる驚きの声。誰が云ったか三人は、訓練された動きで姿勢を正すや、まるで使用した後の武器の手入れをするように杖や弓を弄り始めた。


「どうやら見間違いだったようだ」


 ベリリュースはニヤリとした。


「いや、すまんすまん」

「………」


 女三人は凍てつく瞳で自分達を騙した男を見る。


「いけませんね、ベリリュースは」


 ターシャがミラと目を合わせて、


「保身のために手を抜くとは」

「……そうね。最初からこれじゃ、騎士を相手にした時は逃げるが勝ち、とか云いそう」

「あたし達がいなきゃ攻撃しなかったに違いないわ。これは報告の必要があるわよ」

「おい! そりゃないぞ!」  


 ベリリュースが食って掛かろうとした時だった。


「――お前達、何をやっている」 


 その声に、四人は顔面を硬直させ、ピンと背筋を伸ばした。











「馬を集めて馬車を街道に戻せ。食料を回収し、運べない分は焼却しろ」


 シドは四人にそう云った。頭の中で時間を計算する。

 逃げ散った騎士はエルフとぶつからなかったことから街道を外れたと見え、行く先は都市か本隊である。合流するのは早くても日暮れ時であり、不利な夜間は進軍しないと考えるなら騎士団が戻ってくるのは明日の昼以降だ。

 こちらは敵よりも足が遅いことを考え、余裕を持って動かねばならない。


「時間は日没までだ。その後二手に分かれて出発する」

「行き先はどこに?」


 ベリリュースがおそるおそる訊ねる。

 シドはそれには答えずに、上空にいるドリスを呼んだ。地図を出して見せながら、


「ここらで最も防備の厚かった村を」

「んー。そうですねぇ……」


 ドリスは顎に指を当てながら記憶を探り、


「ここかな」


 シドは頷きベリリュースにそれを見せた。


「片方の行き先はここだ。着いたら交代で休みを取りながら作業に入る」

「そこで何を……」

「別に何も。防備を固めたらしばらくは敵に見つからないよう宴会でもしていろ」

「いいのかよ……。敵はどうするんだ?」

「もう片方の集団におびき寄せる。馬車を使ってな」

「もしどちらにもこなかったら? このまま撤退するかもしれないぞ」

「その場合は予定通り足の早いもので先回りする。だがそれは無用な心配だと思うぞ。――キリイ」


 シドは離れたところにいるキリイを呼んだ。


「お前は何故そんなところに一人でいるのだ?」

「いや……」


 キリイはもごもごと言葉を濁した。


「気にしないでくれ。たまには一人でいたかったんだ。それより――」

「お前は騎士団がこのまま撤退すると思うか?」

「それはないだろう」


 キリイは断言した。


「食料を奪われて戦わずして逃げ帰ったらなんと云われるか……」

「――だ、そうだ」


 シドはベリリュースに顔を戻した。


「本来の目標と食料。二つが同時に手に入ると知れば奴等は喜び勇んでやってくる。何しろ一度も本隊とまともにぶつかり合っていないのだからな。戦えば勝てる――と、そう考える」

「でもあんたの存在もバレてる可能性が。撤退の選択も十分あり得る」

「その時は奴等は馬を失うことになるだろう」


 軍馬の体格を維持するためには栄養価の高い飼い葉が必要である。そこらの雑草を食んでも馬は痩せ衰えていくだけだ。


「馬を失った騎兵がまともに撤退できるわけがあるまい。奴等が装備を捨てなければ追いつくのは簡単なことで、捨てれば戦力外となる。どう考えても戦力が維持できている現状でやりくりしたほうが得策だ。敵の頭がまともなら飢えが影響を及ぼす前にケリをつけようとする筈。そして一度そうと決めたなら最早引き返せん。決定的な理由ができるまで固執するしかなくなる。奴等の食料は限られているのだ。やる気があるうちにせいぜい動いてもらうさ」

「食料を餌に?」

「そうだ。今ここで全てを燃やしてしまえば敵は撤退する。それでは困るのだよ。撤退の選択をする前にできるだけ人馬を消耗させておかねばな」


 食料を取り返そうと追跡した先で全てが灰になれば受ける衝撃は如何程か。同じ撤退をするにしても精神的に疲弊していたほうが肉体の消耗は早くなるだろう。


「村に向かう者には荷を背負わせろ」

「人選は?」

「オーガ、オーク、ゴブリンを。エルフ達は馬車だ」

「……まあ、そうなるよな」


 馬車を操るゴブリンやオークを想像したのか、ベリリュースは溜め息をついた。


「怪我人はどうしようか?」

「五体が欠損しておらず回復の見込みがあるなら村行きだ。それ以外は処分しろ」

「村で襲われるんじゃないか?」

「それがどうした」


 シドは不思議そうに、


「俺の配下を襲えばそいつらは敵として扱うだけだ。騎士団の後に始末すればよい」

「………」

「殺すと決め、殺せるとわかっているなら何故敵を増やすことに恐れを抱こうか。俺の意を汲み、俺に従い、俺のために生きる者だけが生き残るのだ」

「………」


 ベリリュースはポカンと口を開け、シドから三人のエルフ達へと窺うように視線を移動させる。

 サラがプルプルと首を横に振っていた。


「……はあ」


 ベリリュースは再度大きく息を吐き、


「聞こえたか、エルフ達! 馬と馬車を集め、食料を試算しろ! 日没までに終わらせるんだ!」


 と部隊に命令したのだった。

  

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