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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
86/125

ミルバニアにて―会議―

 土色の革鎧を着た百を超えるエルフが声一つ立てずに埃っぽい通りを行進していくのを、町の人間達は乾いた冷たい風に襟を合わせながらひそひそと隣の者と囁き合い、眺めていた。

 エルフ達が着ているのは彼等にとっても見慣れた装備であり、つい昨日までは家族や隣人が着用していた物だ。それが今やエルフ達の物となり今日からは自分達の町を警備するのだという。そして元々それを着ていた者達は、嘘か真か町長を害した咎で軒並み殺されるか、職を剥奪されてしまった。

 警備兵の鎧を着たエルフの列が通り過ぎると、今度は別の防具で統一されたエルフ達が続く。そのエルフ達が着ているのは見栄えを気にしないで造られた傭兵達が好んで着る防具である。

 それらの防具を着たエルフも百近くになり、その後は皮服を着たエルフ達の姿が目に入る。この列は一番長かった。防具を装備したエルフ達の三倍近くいる。町の人間の中にはエルフが攻めてきたと云う者も現れ始めた。

 目端の利くものはこれからの生活に不安を抱く。普段森で暮らしているエルフ達がいきなりやってきた平地で食料を自給できるとは思えず、また彼等が町の警備を行うということからもその役目は町の人間が担わねばならないのは明らかだ。

 咎めるべき者のいない町中を堂々と闊歩したエルフ達は広場へ到着すると整然と並び始め、その周りを町の人間達が遠巻きにする。

 広場では豪奢な衣服を纏った男がエルフ達を待っていた。

 警備の制服を着たエルフを横に侍らせ、胸を張って辺りを睥睨している男は人の波が停止するのを待って口を開く。


「皆の者、よく聞け!」


 男はベリリュースだった。


「俺達を雇った町長――ヘリオメース――は、残念ながら凶刃に倒れた!」


 その言葉に広場の民衆がざわつく。

 エルフ達はピクとも動かない。


「しかし、だからといって俺達の仕事がなくなったわけではない! 空白地となったこの町を、新たな領主が送られてくるまで守るのは俺達の使命である!」


 云っていて虚しくなる。ベリリュースは知っていた。この町に新しい領主が送られてくるのはかなり先の事になる。シドは勿論知らせなど送っていないからだ。いずれ噂が近隣の町や都市に広がり調査が入るだろうが、それも殺される。そうなるとその前に討伐隊とやりあうことになるのは想像に難くなく、そしてシドがこの国の兵士と戦闘に入れば領主どころではなくなるのだ。

 つまり、この町に新たな領主がやってくるのをベリリュースが見ることはないだろう。シドが敗れればベリリュースも死ぬ可能性が高く、逆にシドが云う通りに事が運べば町の領主はしばらくは今と変わらないということになる。

 ベリリュースは懐に入った紙片を強く意識した。内容を思い出しながら、


「また、ヘリオメースは聡明な領主であった! 彼は魔物の襲撃を警戒して俺達を雇っただけでなく、今後のことを予想して対応策を立ててあったからだ! 彼が書き残した問題点、最悪の場合を想定した行動等を軸に俺達はこの町を守る! そうすれば新たな領主の赴任まで滞りなく町を維持できるだろう!」


 広場を恐ろしいほどの沈黙が支配する。今の宣言はベリリュースが彼の率いる傭兵団と共に町に居座ることを意味していた。


「だがまず俺達にはやらなければいけないことがある!」


 ベリリュースは対象をエルフ達から町の人間達に変え、拳を作って力強く発言する。


「それは町に隠れ潜む謀反人共の一掃だ! 町長と彼の家族を惨殺した凶悪な犯行は町の警備を担う兵士達によって行われた! 即ち町に巣食う者達による組織的な犯行である! 故に町が安全だと判明するまで戒厳令を敷き、経済的、社会的な行動の一切を監視する!」

「ふざけるな!」


 民衆の間から怒号があがった。


「戦争中でもあるまいしそんな真似が許されるか!」

「そ、そうだそうだ! 調べるのは勝手だがそれ以上はやり過ぎだ!」

「俺達から自由を奪う気か! だいたい町の人間が町長をいきなり殺したと云われても信じられないぞ! 実はお前達が殺したんじゃないのか!?」

「………」


 ベリリュースは懐中から紙を取り出し、中を読む。


(……ふむふむ)


 折り畳んで懐に直し、


「諸君等が不満を感じるのも当然だろう! いきなりやってきた俺達を信用できないというのも無理はない! だが安心して欲しい! 俺はこの町の出身だ!」

「引っ込め馬鹿野郎!」


 石が飛んでくる。

 ベリリュースはそれを躱しながら、


「な、ならばこうしよう! 元々の警備兵達を再雇用する! それならいいだろう!?」

「そんな金がどこにある! そもそもあんた等は数が多すぎだ! 半分――いや、三分の一に減らせ!」

「わかった!」

「何がわかっただこのやろ――へ?」

「三分の一に減らそうではないか! それで満足だろう!?」

「………」


 黒い目的を持ってやってきたと思われたベリリュースがあっさりと引き下がったことに、民衆は戸惑いを隠せない。疑いを捨てきれない目で話しかける。


「……ほんとだろうな?」

「本当だ! その代わり三分の一になったことで問題が起こっても後で文句を云うなよ?」

「問題なんかそうそう起こって堪るか! 三分の一でも多いくらいだ! しかしまあ、それくらいだったら俺は我慢しよう。別に疚しいところはないしな」

「他に文句がある奴は!?」


 一人がおずおずと手を上げた。


「元々の警備兵もちゃんと復帰させるんだろうな?」

「勿論だ! 俺は約束は守る! だからこそ町長が死んでもここにいるのだ! 約束こそ俺の代名詞!」


 一番声の大きかった男が黙ったことで民衆は納得の方向に動き始めた。 

      

「納得してくれたようでなによりだ! 短い間だがよろしく頼む!」  


 ベリリュースは事態が指示通りの状況に落ち着いたのでほっとし、溌溂(はつらつ)とした調子で叫んだ。














「ではこれより、現状を確認しつつ今後の方策についての会議を始める」


 接収した町長の屋敷の食堂において、シドは手にした乗馬鞭で左手の掌を打ちながら口を開いた。

 集まっているのは王都から行動を共にしている者にベリリュースを加えた面子だ。楕円形の卓に座っている皆に、ガラガラと台車を押しながらレティシアとマリーディアが飲み物を配る。

 シドは繋ぎあわせて作った大きな紙を壁に貼り付け、その左側を鞭で指した。


「まずは軍事」


 云うと、ターシャが左の方に書き込む。

 次にシドは鞭を右に向けた。


「そして内政。この二つは互いに影響を及ぼし合い、片方が変化すればもう片方もそれに合わせて形を変える。故に絶対ではないということを頭に入れておけ」


 再度左を指し、


「当面の軍事目標はやってくるであろう敵の精鋭を撃破することだ。理想は小出しにさせた部隊を順次撃破することであり、次点でまとめて送られてしまった敵との戦闘、最後は俺達の存在がバレたうえでの戦闘となる」


 ターシャの様子を見ながら続ける。


「現在予測される敵の対応は、傭兵達による討伐隊の編成、もしくは騎士団の出向である」

「ハイ! 質問があります!」


 手を上げたサラに鞭を突きつける。


「なんだ、ミラ」

「サラでしょ! わざと間違うんじゃないわよ!」

「なんだ、サラ」

「ごほん! えーと、なんでいきなり騎士団が出てくるのよ? 傭兵はともかく、まずは荒らされている土地の領主が兵を送るんじゃないの?」

「うむ。もっともな質問だ。ちゃんと中身が入っていたらしいな」

「……中身?」


 シドは呟くサラを無視して、


「それについてはアキムが説明する」


 アキムが颯爽と立ち上がり前に出てきた。

 皆の視線を集めたアキムは食堂を見渡し、 


「紹介にあずかった軍師アキムだ」


 そう云うとシドに手を出す。


「……それ、貸してくれ」

「………」


 シドから鞭を受け取ったアキムはバンバンと紙を叩く。

 危険を感じ取ったターシャがサッと手を引っ込めた。


「何故領主が兵を出さないのか! それはこの国の王の方針に関係している!」


 アキムが云ってもターシャは記そうとはしなかった。

 気づかないままアキムは、


「まず、もし暴れているのが盗賊なら貴族は間違いなく兵を出す! 領内の治安が悪化し、犯罪者を放置したままなのは恥だからだ! しかし魔物には兵を出さない! これは、魔物が敵国の兵士と同じ扱いを受けているからだ!」


 キリイ一人がウンウンと頷く。


「魔物を犯罪者だといって討伐する奴はいないし、攻めてきた敵国の兵士を犯罪者扱いする奴もいない! そして領主を責める奴もいない! 何故ならそれは領主のせいではないからだ! こういう時は国が兵を出す! だが勿論、貴族が兵を出しても構わない! 自腹で!」

「もっとわかりやすく云いなさいよ!」

「そうだぜアキム! それでも軍師か!」


 サラとヴェガスが茶々を入れた。


「まだ途中だろが! 黙って聞け!」


 アキムは目を剥いて怒鳴り、


「我が軍の規模! 複数の領内にまたがる移動経路! これらからいって一領主が自前で討伐隊を編成することはまずない! 何故なら金がかかるからだ! 十や二十の魔物なら話は別だが、数百の魔物となると進んで討伐しようという貴族は普通いない! お人好しの貴族以外はな! 少し待ってれば王が兵を出すんだ、いったい誰が自腹で民を助けると云うのか!」

「……お人好しの貴族」

「確かにそうだ!」


 アキムは云ったミラを鞭で指す。


「だが生憎そんな貴族はいない! いてもとっくに断絶している! 間違いない!」

「もしいたら?」

「もしいたらシドが何とかする筈だから問題ない!」

「………」


 シドはアキムから鞭を取り上げる。


「あっ!?」

「あ、ではない。席に戻れ迷軍死」

「おう!」


 軽やかに椅子に座ったアキムはニヤニヤと笑いながら、


「ちゃんと書き残したか、ターシャ。後々歴史家に語られる俺の言葉を――」


 そう云い、紙を見て口をあんぐりと開ける。


「おい、ターシャ――」

「さて、もし領主が独自に討伐隊を派遣した場合だが、これは騎士団が全く問題にならないのと同じ理由で障害にはならない」


 ターシャがさっと位置に戻る。


「誰が軍を編成しようが目的が魔物の討伐である以上戦うべき時、場所、形はこちらが決めることができるからだ。ゴブリン達を自在に動かすことは、それを求めてやってくる敵を自在に操れることと等しい。俺達の存在を知られないための理由がここにある」


 一拍置き、


「騎士団を相手にする戦いがお前達にとって当面の難関となるだろう。その後国が徴用した兵士については俺に秘策がある」

「その秘策は騎士団には使えないのか?」


 シドは手を上げながら云ったキリイに、


「制限がある。騎士団を殺すことは容易いがそれはお前達にも可能なことであるし、訓練を受けた粘り強い常備軍よりも徴兵された民は瓦解しやすい。散り散りになった兵は街に逃げ帰り話を広めることからもその影響を最大限に拡大できるとみている」


 次に紙の右を指し、左に線を引く。


「町を奪ったのは食料供給のためだ」


 ターシャが矢印を引く。矢印の上に供給と書いた。 

 

「現在我が軍の一方は略奪と狩りで維持されている状況である。先程敵を自在に動かせると云ったが、そのためにはまず自軍が自在に動けるようにしておかねばならん。略奪で維持されているということは近くに集落が存在することが移動の条件ということであり、また略奪のための時間を設けなければいけないということでもある。これは足枷となりうる。そこでこの足枷を外すため、町の外にいる隊に物資を供給する」


 右側の内政の文字を指し、


「また、我が軍の別の一方は、勢いと数、吹けば飛ぶような理屈で町に居座っている。元々の警備兵の数との差から、今の人数を長期的に維持しようとすれば不満が噴出するだろう」

「制圧しちまえばいいんじゃないのか?」


 と、ヴェガス。


「制圧してギリギリまで絞りとればいい」

「それは最後の手段だ。ゴブリン達との連携がバレるバレないに関わりなく、ここに敵対的な集団が存在するという情報は隠匿したい。この地に敵集団が複数存在するという情報がバレるのは、敵の動きを操るのに支障となる。敵の眼前に獲物をぶら下げ、誘導して挟撃、もしくは不意を打つのが理想だが、複数の敵を警戒している軍は簡単には罠にかからない」

「なら周辺の村を略奪するのか?」

「それも一つの考えだ。だが、それと商売にやってきた近隣の村の住人達を襲撃することの二つは実行すれば後々先細りになっていく。よってこの町の様子や商人達の襲撃でどれだけの物資を集められるかで変わってくる」

「商人?」

「そうだ。旅商人を襲撃するのは確定事項だ。都市間を渡り歩く奴等はいなくなってもすぐには問題が表面化しない。また表面化したとしても原因を突き止めるのに時間を要する」  


 ターシャが一番端に決定した事案を書く。


「はっきりいってこの町で目的を遂げようとするのは至難の業だ。何か手を打てば代わりに他の部分に皺寄せがくるのが現状だ。例えば、近隣にトト達をもってくれば民衆から堂々と搾り取れる。しかしそれをやると商人や村人達がこなくなり、町は孤立するだろう。いつまでも襲われないこの町を不審に思う輩も出るかもしれん。だからといってトト達を遠ざけ物資の流れから掠め取ろうとすれば徴発できなくなる」


 シドは腕を組んで、


「この町での理想は、民衆を納得させうる理由を作ったうえで搾り取ることだ。次点でトト達を利用した搾取、最後に武力で完全に封鎖した上での制圧。だができれば制圧は避けたい。さすがにこの数を完全に封じるには数が足りん」

「さすがの大将もお手上げか」

「そうだな」


 アキムに応え、


「王都方面に走らせた男達から連絡がくれば少しは変わるが……」

「どうしてだよ」

「用は国にとり、糧は敵に因る」


 シドは呟いて首を振った。


「情報待ちだ。定かではないことをアテにしても始まらん。――ターシャ、地図を」

「はい」


 ターシャに渡された地図をもって卓に近づき、上に載ったカップを払い落とした。


「うおっ!? きったねえ!」

「邪魔だ」

「落とすことないだろ!」


 アキムの文句を聞き流して地図を広げ、


「レティシア」


 手渡された袋から木片を取り出し、地図上に並べる。

 木片は赤と青に塗られていた。


「この赤いのが自軍。青いのが敵軍だ」


 ルオスの町の上に赤い木片を置き、その南西にもう一つ置く。南西に置いた木片のさらに南西に青いのを一つ。そして王都方面にも一つ。


「こっちの青いのは?」


 アキムが南西の木片をつつきながら訊ねた。


「それは領主が発した討伐隊だ」

「ああ。いるかいないかわからない奴ね」

「さて、では我が軍のとるべき道を云う。――ドリス」

「ハイ! 仕事ですか!?」

「うむ。伝令だ」

「……またですか」

「それしかできないだろう」

「失礼な! いろいろできますとも!」

「それでも伝令だ」


 シドは南西の赤い木片をルオスの北東に移動させ、


「トトのところに行き、町の北東方面を略奪だ」

「なるほど! 読めましたよ!」

「なんだと!?」


 アキムが反応した。


「どうした、アキム?」

「え……? い、いや、なんでもない……」


 歯切れ悪そうに答えるアキム。

 ドリスは意地悪げに唇を吊り上げる。


「ははーん。さては理由が解らなかったんでしょう」

「馬鹿なこと云うな! 軍師である俺にわからぬことなど!」

「ならその痴力を発揮する機会を与えてあげます。説明どうぞ」

「う、うむ……」


 アキムは唇を舐め、ゆっくりと皆の顔を見回し、


「トト達を移動させる理由はな……理由は……」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込んだ。


「――理由は、意表を突くためだ!」

「ほーう」


 ドリスは不思議そうに首を傾げた。


「いったいどうして、誰の意表を突くんでしょうかね」

「どうしてだって!? 意表を突くのに理由なんか必要ない! 相手の予期しないことをする! それが作戦ってもんだ!」

「相手とは?」

「そりゃ勿論敵――い、いや! 味方だ! 味方の意表を突く! 云うだろ? 敵を騙すにはまず味方からって」

「………」

「……フン」


 誰かが小さく鼻で笑い、そこに含まれた隠しようもない悪意を感じったアキムは猛然と顔をあげた。

 犯人を探そうと眼光鋭く舐め回すように皆を見る。


「……今笑ったのは誰だ?」

「………」

「……笑ったのは誰だって――」

「そこまでだ、アキム」

「で、でもよ、シド――」

「見ろ、アキム」


 シドは移動させた赤い木片の始点と終点を指でなぞり、


「経路上に町だ。討伐隊が組織されていてゴブリン達を追っているなら近辺を通る。町を封鎖しなければ情報が入る筈だ」

「なるほど! 実は俺もそれが云いたかったんだ!」

「それはよかった」


 適当に相槌を打っておく。


「見ての通り外は急いで手を打つ案件はない。よって今は町に注力する」


 シドは乱暴に地図を払い落とした。


「もう一枚の地図を持ってこい」

「だから落とすことないだろ!?」

「邪魔だ」

「あんたが用意させたんですがね!? っていうか作らせる意味あったのかよこれ!」

「………」


 シドはアキムを無視してもう別の地図を受け取り、それも広げる。


「ではこれから各人に指示を出す。まずベリリュース」

「はい」

「お前は商人達と会って食料を集めさせろ」

「食料を?」

「そうだ。金はこの屋敷の金庫から取れ。限度額はそれが前金で収まる範囲内だ。旅商人ではなく、町に常駐している商人を選べ」


 屋敷にある金は意外なほど多かった。この町は大きな所領の貴族が所有する町の一つであるので、ヘリオメースはアガリ(・・・)を上に収めなければならず、おそらくはその資金だろうと思われる。


「つまり買えばいいのか?」

「そう云って話を持ちかけろ。手始めに民衆が蓄えている余剰分を回収する」

「残りの半金は?」

「それは気にするな」

「でも今の状況で俺が行ったら足元を見られるが……」

「だからいいのではないか。渋々ながら頷いて見せておけ。相場より高ければ高いほど喜び勇んで集める筈だ」

「……まあ、そういうことなら。普通の仕事で良かったよ」

「アキムとキリイはベリリュースが行動を起こした後、町の酒場に入り浸り噂を流せ。商人達が食料を掻き集めているとな」

「……それだけ?」

「それだけだ」

「酒飲んで話してるだけでいいのか! ――素晴らしい任務だな、キリイ!」

「全くだ」


 そのアキムとキリイの様子を見たヴェガスがずいと身を乗り出す。


「俺は? 俺にもそういう任務はないのか?」

「お前は留守番だ」


 シドに云われるとこの世の終わりのような顔になった。


「なんで!? 話すことくらい俺にだってできるぞ!」

「お前は騒ぎを起こしたせいで顔を見られている可能性がある。なるべく外に出るな。屋敷の警備だ」

「心配し過ぎだぜ! 暗かったから見られてないさ!」

「だが警備は必要だ。酒ならここで飲め」

「外で騒がしく飲みから美味いんじゃないか! 一人で飲んでてもつまらねえ!」

「ならば後で話し相手を送ってやる。それで我慢しろ」

「……どんな奴だよ?」

「聞き上手な男だ。それと、屋敷には部外者は一切入れるな。見知らぬ者を敷地内で発見した場合は殺すんだ」

「わかったよ」

「では次はミラとサラ」


 シドは地図の一角に指を置き、縦と横の線で四角に切り取る。


「ここから、ここまで。まず場所を覚えろ」

「わかったわ! それが仕事ね!」


 サラが意気込んで地図を覗き込む。


「はい覚えた! あたし達の仕事は終わったわ!」

「では次の仕事を与える。アキムとキリイの成果を見た後、この区画を二人で焼け」

「――え?」

「お前の魔法で火をつけ、姉の魔法で制御するんだ。理解したか?」

「そんなこと訊いたんじゃないわ! 焼いてどうするのよ!?」

「利用する。形は民衆の反応次第だ。きちんと下調べはしておけよ」

「……住人も?」


 ミラが訊ねた。


「いや、今回は目的が別だ」


 そう云われ、意外そうな顔になる。


「燃やしたいのは住居と家財道具だ。中身は考慮しなくていい」

「死ななくてもいいし、死んでもいい?」

「うむ。贅沢を云えば生き残りは多い方がいいが、あまり道具類を持ちだされるのも困る。さっと行ってさっと燃やしてこい」 


 ミラは気の抜けた表情で首を縦に振った。


「今回は、皆楽ね」

「そうでもない」

「うん?」

「次はマリーディアだ。こっちにこい」


 目立たないように後ろに隠れていたマリーディアが前に出る。


「やっとお前が役に立つ時がきたようだ」

「………」


 何を云われるのか、とマリーディアは耳を澄ます。しかし自分よりも向いている他の連中に誰かの殺害命令が出なかったからか、その顔に恐れの色はなかった。


「お前はエルフの人数から維持するのに必要な物資を割り出し、入ってくる金と食料と共に数字にして報告書を出せ。レティシアを助手につけてやる」

「それがワタシに向いた仕事だと……?」

「その通りだ」


 シドは腕を組んで昔を思い出すような素振りをみせ、


「覚えているか? 初めて会った場所を」

「もし昔の自分に一言伝えることができるなら、真面目に授業を受けろと死ぬ気で云いたい」

「そうだ。学校だ。この中でお前は唯一まともな教育を受けているのだ」

「俺も受けてるんですがね……」


 アキムがぼそりと云う。


「ほう……。ならばこの仕事はお前でもいいぞ。代わりにお前の妹にはキリイと二人で酒場にいってもらおう」

「いや思い出したぜ! 俺は教育を受けてないんだった! なにしろ天才だったからな! 凡人では天才に教えることができない!」

「わかったな、マリーディア」

「うむ……」

「とりあえずはこれくらいだろう」


 シドは地図を畳んでミラに渡す。

 それにベリリュースが手を上げて話しかけた。


「あの、ちょっといいか?」

「なんだ」

「エルフ達はどうするんだ? 三分の一に減らさないと……」

「減らせばいいではないか。何を迷うことがある」

「減らした分はどこに連れてけば?」

「何故連れて行く必要があるのだ?」

「え……?」

「無職のエルフがどこにいようと町の住人には関係がないことだ。領主が出て行けというのならともかく、な。どちらにせよまともなやり方では全員を養うことはできないのだ。三分の一だけでも供給のメドが立ったと思え」

「ええと、つまり?」

「この屋敷以外の警備の人数を三分の一に減らせ」

「……残りは?」

「明日から町の外で戦闘訓練をする。全員が参加できるように警備の予定表を作成し、ターシャに渡しておけ。仕事が無い者も参加だ」


 シドは最後にターシャを見て、


「お前は俺と共に外だ」

「わかりました」


 そう云い、元の位置に戻る。


「最後にお前達に軍事と内政のコツを教えておく。――まず、軍事」


 軍事の文字を鞭でぺしぺしと叩き、 


「軍事とは敵から奪うことだ。戦意、技術、拠点、兵器、情報、命。いわゆる戦争だな。戦争は国力が同じならより多くを奪ったほうが勝つ。――そして次に、内政」


 内政の文字を叩く。


「意外に思うかもしれないが、内政も基本は軍事と同じだ。反抗心、食料、親、子、情報と、奪う中身が違うだけだ」


 最後に卓に鋭く鞭を叩きつけると全員の肩が跳ねた。


「敵から奪うものを将帥といい、民から奪うものを為政者という。前方の敵から奪うことを戦争といい、後方の味方から奪うことを内政という。全ての道は奪うことに通じている。即ち、国家運営の道とは、奪うことと見つけたり」


 

 


   


 



 

      

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