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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
85/125

ミルバニアにて―ルオス・小競り合い―

 念のため二階には上がらないほうがいいと考えたシドは全ての照明を灯し、内容もよく吟味せぬままに手当たり次第に集められた書類を応接間らしき部屋に運び入れた。

 本を重ねて椅子代わりに、脚の短い卓を机代わりにし、集められた書類に目を通す。

 別の場所に住む誰かから送られてきた中身の無い手紙。この町の近辺を支配する貴族からの通達や、町の組合から寄せられた予算や待遇などに関する嘆願書。警備の兵士達に支払う給料の増額を認可するための通知などだった。 

 ペンとインクを用意し、使用済みの書類の裏で何回か筆跡の確認をしたシドは偽造に取り掛かった。

 通達の書式を取っている空白が目立つ紙にすらすらと書き込んでいく。

 それと同時に、


「日が昇ったら塀を塞ぎ、庭の死体を処分しておけ。それとヘリオメースの首は保存しておけ」


 まずは警備兵の解雇だ。南西で魔物が猛威を振るっている。民衆から集めた素人に毛が生えたような連中では話にならない。ベリリュースの率いる傭兵団を長期で雇うということにする。


「金目の物と衣服を集め、ベリリュースを気軽に声をかけられないいでたちに仕立てろ」


 異論がある者は全て直接談判しにこさせる。おそらくすぐに全員で押し寄せることにはならない。まずは詰め所に通達するのでそこの責任者がやってくるだろう。

 大多数の兵士達は受け皿があれば従う筈である。民衆は生活が保障されていれば命をかけてまで権力には逆らわない。後に彼等でもって独立した部隊を編成させ、周辺の村の巡回と称して街の外に出す。そしてその情報を元に魔物達に奇襲させれば蒸発するようにいなくなる。

 シドの行動によって生じる汚泥でもってヘリオメースの名を埋葬し、それを基礎にシドの名を表に出すのだ。


「俺がいない間、ここに兵士達が異議を申し立てにやってくる筈だ。使用人のふりをして中に招き入れ、始末しておけ。なるべく少数で向かうよう仕向ける」


 ターシャに云った。屋敷内の死体は外に出さない。町中の屋根の上の死者は見つかった場合ヴェガス達の仕業ということにしておこう。兵士達は侵入を許したのだ。そのせいで死者が出た。これは解雇の理由を補強する材料にも使える。

 一枚目を書き上げ、二枚目に取り掛かる。

 後でベリリュースの家に行く必要があるだろう。首輪をつけたままでは行動に制限が多すぎる。


「ドリス、ヴェガスに西門で合流するよう伝えろ。その際は俺の姿を確認してから来るように。その後アキムとキリイにエルフ達を連れて最速で門の近くまでくるように云うんだ。以後は別命あるまで声が聞こえる距離で待機しろ」


 大量の制服を集めるのと平行してエルフを呼び入れる。運ぶための馬と荷車も必要だ。手配書が回っている可能性を考え、アキムとキリイの入場はシドとベリリュースが補佐する。

 シドの手配書も存在する可能性はあるが、既に町に入っているシドと外からくるアキム達では警戒の度合いが違う。

 警備に関する書類を複数枚書き上げた後、ヘリオメースの名で署名をし、印を押す。

 書類を束ねて紐で括ったシドは窓から外を確認した。

 日が昇るまでまだ少し時間はあるようだ。


「ターシャ、ミラ、サラは残れ。残りは俺と一緒に外に出る。顔を隠せるようフード付きの外套を用意しろ」


 共に行動するのでベリリュースから首輪を外す。


「わかっているとは思うが、下手な真似はしないことだ。これから俺がやることをよく見聞きし、流れに逆らわない行動を取れ」

「ああ」


 ベリリュースが屋敷の主のものらしい見栄えのする服装に着替えるのを待ってレティシアともう一人のエルフを伴い外に出た。

 道なりに歩くと門が見え、脇に新たに配備されたらしい二人の兵士がぼーっと立っている。

 シドが近づくと兵士達は後ろを振り返り怪訝そうな顔をした。礼をするべきか、それとも武器を向けるべきか判断がつかないようだった。


「お勤めごくろう」


 シドは手を上げてそう云うと二人の間を素通りする。

 貴族然としたいでたちのベリリュースが、次いで深くフードを下ろしたエルフ二人が続く。


「――ま、待て。待て! お前達!」


 背中に声がかかり、シドはゆっくりした動作で振り向いた。


「何か用か?」

「何者だ!?」

「何者だ――だと?」


 シドは不愉快そうに、


「屋敷の客人に向かってなんたる口の利きようか。俺が何者かなど、門を警備するお前達が知らない筈はないだろうが。もし知らないのだとしたらそれはお前達の職務怠慢に他ならない。違うか?」

「い、いや……しかし――」

「聞けばお前達の前の歩哨はいずこかに消えたらしいではないか。情報の伝達すらまともにできんとは、町長の判断は正しかったようだな」

「……どういう意味だ?」 


 訊ね返す兵士には勢いがない。

 シドは命令書を紐解くと兵士達の前に掲げた。


「町長はお前達の無能に危機感を抱き、警備を一新することを決めた。新しく警備を担うのはこの横にいるベリリュース率いる傭兵団だ」

「ベリリュースだと?」

「そうだ。この町の出身で今や五百を超える傭兵団の長だ」


 何故五百なのか。千では多すぎ百では少なすぎるからだ。少なすぎるのは論外で、多すぎるのは知名度の問題がある。

 兵士は戸惑ったようにベリリュースを見た。


「し、しかしこんな夜中にいきなり――」

「町長はもう無能なお前達に一時たりとも守ってもらいたくないそうだ。わかるか? お前達はこれを聞いた時点で解雇された。服を脱いで家に帰れ」

「………」


 一人が黙ると別の一人が前に進みでて、


「いくらなんでも横暴だ。その命令書は本物なのか?」

「好きなだけ確認しろ」


 兵士はシドの手から書類を取って目に近づける。


「……暗くてよくわからないな。詰め所にいって指示を仰ぐ必要がある」

「詰め所に行っても変わらんよ。俺は今からそこへ向かって解雇を通達するつもりなのだからな」

「なにぃ!?」

「はっきりさせたいなら直接訊いたらどうだ? 今なら起きているし、様子も確認できる」

「ふぅむ。直接町長にか……」


 先程怒鳴られたせいか渋い顔をする兵士。


「俺が一緒に行って説明してやろう。町長も後で大挙して押し寄せられるよりここで済ませておいたほうがいいだろうからな。他の兵士にはお前から説明すると云えば怒りを買うこともあるまい」

「……なるほど」


 納得した二人を伴って屋敷に戻る。

 ノッカーをドンドン叩くと覗き窓が横に滑り、切れ長の目がぬっと現れた。


「誰でしょう」

「後ろの二人が町長に確認したことがあるそうだ」

「……わかりました」


 窓が閉まり、鍵を開ける音が聞こえる。

 取っ手(ノブ)が回り、扉が軋みながら開かれた。


「どうぞ」


 扉の裏側から声だけが放たれる。

 シドは場所を譲ると腕を差し出し、


「さ、入られい」


 と促した。

 二人の兵士が静かに中に入る。

 完全に入ってしまうとシドは両手を伸ばし、背後から二人の首根っこを掴まえた。

 声をあげられる前に握り潰す。


「謀の事未だならざる。しかして先ず知るものは、皆、死すべし」

 

 握っていた手を開くと二つの死体が転がる。


「これはちょうどいい」


 死体から防具を剥ぎ取り、渋るレティシアともう一人のエルフに着させる。

 人と会う時に大事なのは第一印象だ。警備兵の格好をしていれば少なくとも表面上は味方という印象を与えることができ、敵意を抱かれにくくなる。


「この死体も始末しておけ」


 云い残して外に戻り、再び道をなぞる。

 誰もいない門扉を通り抜け、ベリリュースの案内で詰め所へ向かった。

 スウィングドアを乱暴に押して中へ入る。


「なんだ?」


 中に入るとすぐに声がかかった。

 幾つも丸い卓が並べてあり、十数人の男達が椅子に腰かけている。

 シドは先と同じように命令書を掲げて通達した。


「バカなことを! そんな話は聞いてないぞ!」


 一番地位の上らしき、立派な防具を着用した兵士が肩を怒らせて云う。


「当たり前だ。今初めて下知するのだからな」

「解雇されて俺達はどうなる!? 明日からは!?」

「勿論別の仕事を与えられる。最近魔物の襲撃が相次いでいる。この近辺も怪しくなってきたので周辺の村を巡回する隊が編成されるのだ。お前達の仕事はそれになる」

「なんで俺達が! この町の警備は!?」

「俺の横にいる男率いる戦闘のプロが担うさ」


 シドはベリリュースの背中を押して、


「五百を率いる傭兵団長だ」


 紹介されたベリリュースは頷いて、


「後のことは俺達に任せておけ」

「納得できるか! そっちが巡回をやるべきだろう!」


 シドは手でベリリュースを下がらせ、


「わからん奴だな。いざ魔物に襲われた時お前達では対処できないと考えたからこその配置なのだ。巡回は職を失うお前達への配慮に過ぎん」

「なんだとぉ!?」


 兵士は目を剥いて云い返した。


「そもそもお前は何だ! 命令書は本物のようだがお前のような奴は初めて見るぞ!」

「俺は王都にいたヘリオメースの友人で、彼に傭兵団を紹介した男でもある」


 このままでは埒が明かないとみたシドは、


「面倒だ。町長本人に会って確認してこい。そうすればお前も納得できるだろう」

「そうさせてもらう!」


 責任者らしき兵士は一人で外に出、シドはほくそ笑んだ。集団を御すに肝要なのは頭を潰すことだ。死地でもなければ胴と尾が反撃してくることはない。


「余った装備を貰おうか」


 戸惑う残りの兵士達を無視して制服を集め、袋に詰める。

 しかるべき場所からしかるべき権限とともに支給された制服は権威の象徴である。制服を味方に着させることは、これを兵士達から奪うのと同じくらい重要だった。


「お前達の仕事はたった今をもって終わった。服を脱ぎ家に帰り、新設される部隊への配属通知が送られてくるのを待て」

「し、しかし隊長が――」

「もう隊長ではない。あの男は解雇されている」


 シドは命令書を卓に置いた。


「別にどうしようが俺に強制は出来んが、従わぬ場合は後で罰を受けるかもしれんぞ」

「黙って帰るわけには――」

「黙って帰らなければいい。俺が見届けよう」

「………」


 兵士達が着替えて出て行くのを辛抱強く待つ。

 ベリリュースが顔を寄せて囁いた。


「信じられん。こんな嘘がまかり通るとは……」

「焦点がズレているのだ」


 シドも小さく答える。


「命令書は嘘であって嘘ではない。俺がついた嘘は厳密的にはヘリオメースの生存についてのみだからな。嘘を破るには二つの方法しかなく、その一つは論理的に言葉の破綻を見つけることだ。だが焦点がズレている以上俺の言葉から綻びを見つけることは出来ない」


 そしてもう一つの方法である微細な表情や仕草から読み取ることもまた不可能である。

 完璧に制御された体躯と論理的な思考を持つシドは、まさに嘘をつく怪物だった。

 残る者は残るに任せ、詰め所を後にした。残る者等も指揮官が戻ってこなければいずれ帰るか、屋敷で死体と成り果てるだろう。

 シドにしても全てが上手く運ぶとは考えていないが、どちらにせよ制服を全て持ち運ぶことは現状不可能であるので、今は固執せず少しでも計画を進めることに専念する。兵士達が真実を知るまでに不動の体制を作り上げるのだ。

 通りを進み、西側の門へ。

 重厚な扉の両脇には篝火が焚かれ、片側に二人ずつ歩哨が立っていた。

 三度(みたび)通告し、一人が確認に屋敷へ走る。

 相手にとって気まずい空気の中、残る三人を威圧してこの場を去らせ、エルフの二人に金を渡して道具を揃えに走らせた。

 町はもって半日。アキム達は最速で半日。このままでは薄氷を踏む思いをすることになるのでそれを補填するために馬を買い、送り込む。


「夜が明けるぞ」


 うっすらと白み始めた空にベリリュースが云い、シドは門を開け放つ。

 ヴェガス達だろうか、遠くに豆粒のような人影が見えた。










 西門を占拠して住民から買い上げた、もしくは借り上げた馬でもって向かってくる味方をピストン輸送する。

 孤立した兵士達を狙って解雇を通達し、合法的に装備を剥ぎ取り陸続と町にやってくるエルフ達に支給した。

 警備兵の防具を着用したエルフが五十を超えた時点で最低限のエルフを残しヴェガスに西門を任せ、常とは違う不穏な空気を感じ取った様子の住民達に構わずシド自身は残り全てを連れて屋敷へと直行する。

 元々の警備兵は百。増強されたと考えて、夜中の任務についていた数を三交代制で計算し、それから奪った防具の数を引いて見積もる。

 大人しく家に帰った者の数はわからないが、多めに見積もっても百前後が障害となりうる。

 警備兵の制服を着た二倍の敵である。常識で考えるならば、例え同じ制服を着用していたとしてもよそ者であるこちらの不利は否めない。

 しかし状況は変わった。

 今となっては時間を稼げば稼ぐほどシドの戦力は増していく。情報の不足した敵から時間を勝ち取るのは容易いことであった。

 現場に到着すると、屋敷の玄関前は兵士達でごった返していた。門扉は開け放たれたままになっており、屋敷の入口で幾人もの兵士が声を荒らげている。


「どういう状況だ、これ」


 アキムが汗を一筋流しながら云った。


「反乱が起きてるじゃないか」

「ただの抗議運動だ」


 シドはそう返し、


「さすがにこの数は処理しきれなかったようだな」

「うん? 中に誰か居るのか?」

「ターシャとミラ、サラがいる」

「げ……。ホントかよ……」


 さすがに扉を打ち破るという暴挙に出た輩はいないようであるが、それも時間の問題だろう。いったいいかなる口弁でもって押しとどめているか知りたいところである。


「それで、どうやって解散させるんだ?」

「そうだな……」


 ――この時、シドの頭に天啓が舞い降りた。

 大義名分で膠着状態にし、最終的に数で威圧する腹づもりであったが、シドの持つ手札があれば全ての計画を圧縮することが可能となる。

 四方が塀の囲地であり、出入口は己の手中にある。シド達に気づかぬまま背中を見せるか、気づきながらも何ら意味のある対応を取れない兵士達。シドの後ろには形ばかりに剣を持ち、自前の弓を背負ったエルフ達が存在する。

 計画とは状況に対し柔軟性を持っていなければならない。シドの根幹をなすのは不戦屈敵ではなく用戦屈敵であり、その閃きは、逃げる獲物の背中を見た獣に捕食の本能が湧き上がるのと同じく必然のことであった。


「ドリス」


 シドは見えないよう低空を飛行してきたドリスに耳打ちした。

 ドリスの姿が消えると、


「エルフを敷地内に入れよ」

「何が始まるんだ?」

「説明している時間はない。横隊を作っておけ」

「……了解」


 アキムとキリイが二人で整列させていると、前方の兵士達がどよめいた。


「……開いたぞ」


 アキムの云う通りだった。玄関の扉が開き、数人の兵士が中に入る。


「………」


 徐々にどよめきが収まり、最後には誰もが口を閉じて様子を窺った。

 順序を間違えてはならない。シドもまたその時を待つ。

 そして――


「きゃああああああっ!」


 唐突に、屋敷の中から女の悲鳴が響き渡った。


「弓を構えよ!」


 シドは腕を上げて叫ぶ。

 エルフ達が一斉に弓を構え、矢を番えると、ぎょとした兵士達も慌てて剣を抜いた。

 一触即発の雰囲気が漂う中、女が屋敷から飛び出してくる。その身体は血で真っ赤に染まっていた。


「ちょ、町長が! 兵士達が町長を!」


 その言葉に顔を向ける兵士達。


「これは謀反なり!」


 混乱する兵士達にシドは吠えた。


「違命だけでは飽きたらず為政者を弑するとは許し難き暴挙よ!」


 鷙鳥の撃つや、毀折に至る者は、節なり。

 シドは右手を振り下ろし、


「殲滅せよ!」


 そう、命令を下した。 


 

      

   

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