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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
84/125

ミルバニアにて―入れ替わり―

 ルオスの町は見晴らしのいい平地に存在し、その周囲は丸太で組んだ柵と壁の二つで囲まれていた。

 どうやら柵から防壁へと移行してようとしている最中らしく、組まれた足場や石材が闇の中で朝が来るのを待っているのが柵の隙間から垣間見える。

 外の見えづらい防壁に変えるにあたって作られたのだろう櫓が一定の距離を置いて建てられており、それを確認したシドは存外に堅い守りに歩みを停止せざるを得なかった。

目的は民衆には知られずに密かに上に居座ることである。正面切って争うのは可能な限り避ける方向でいきたい。

 今はかなり距離があるため見張りに見つかることはないだろうが、遮るものがないので侵入しようと近づけば発見されるのは間違いない。

 偵察に出したドリスが戻ってくるのを待って額を寄せ合う。


「巡回は五人一組で壁周りが五、町中が三です。櫓の上には一人、鐘が一つずつ据え付けられてます」


 ドリスが状況を報告する。


「ベリリュース、ここは二交代制なのか? お前は百人前後だと云っていたろう?」


 二交代制だとあまりにも労働条件が過酷だ。特にミスが死者に繋がりかねないような職柄ならなおさらである。

 云われたベリリュースは焦った様子で、


「前はそうだったんだ。もしかしたら他の村が襲われた件を聞き及んで増やしたのかもしれない」


 巡回はともかく櫓が厄介だった。見張りは始末するしかないだろう。


「ドリス。上の見張りをバレずにやれそうか?」

「うーん……」


 ドリスは顎に手を当てて考える。サラが突こうと伸ばした指をパシリと払い落とし、


「喉を斬れば声を出させずに殺せますが、即死ではないので鐘を鳴らす可能性がないとは……。それに隣の櫓から視認できる位置に設置されてるのでいずれバレます」

「そうか」


 やはり体重の小さいドリスでは重い一撃を加えるのは厳しいか――と、シド。


「陽動を使うしかないな」


 シド達が侵入しようとしている西側の見張りを殺した後、別の場所で騒ぎを起こす。そうすれば西側の見張り要員を補充するのが遅れる筈だ。その間隙を縫って侵入する。


「ヴェガス。二人連れて見張りを殺し、町の裏側に回りつつひと騒ぎ起こせ」

「おう」


 まずは声の大きなヴェガス。そして連れて行かせるのは名も知らぬエルフの二人だ。今回シドは遠距離攻撃の可否と運動能力や感覚器官の優劣で連れて来る者を選んだ。アキムやキリイを連れてきていないのはそのせいであり、町の中でやることを考えるとシドのやり方に慣れたものを残したほうがいいのは明白だった。

 ヴェガスが二人を伴って真っ直ぐに町の方へ向かった。

 シドの元に残ったのはこれで六人。人を殺すには十分だが、現状使いどころのない魔法を使うサラにベリリュースの鎖を任せる。

 町から遠く離れた見晴らしのいい場所でポツンと佇む七人は冷たい風に当たりながら時を計った。

 程なく――


「行くぞ」


 唐突にそう云ったシドは、槍だけを携えて猛然と駆け出した。


「ちょ、ちょっとっ!?」


 誰かが――おそらくはサラだろう――が叫び、それを合図にしたかのように皆慌てて後ろからついてくる。

 四、五百メートル程を一気に駆け抜けたシドは防柵の隙間に腕をこじ入れ、押し開いた。

 固く縛られた紐が千切れ、折れ曲がり鋭く尖った木を邪魔にならないよう押しやって隙間を確保すると身を屈めて中に入る。

 近くの櫓の上では、矢の突き立った死体がだらりと腕を投げ出して篝火に照らされていた。

 遠くで鐘の音が鳴っているのが聞こえる。周囲には人っ子ひとりいなかった。


「早くしろ、お前達」


 遅れて侵入してくるエルフ達に向けて云う。


「ついて行けないわよ! もうちょっと後ろのことも考えなさいよね!」

「太り過ぎなのではないか」

「そんなわけないでしょ!」


 サラはぎょろりとシドを睨み、


「たまには太れるような食事をしてみたいもんだわ!」  

「ならば明日の朝食を楽しみにしておけ」


 シドは押し広げた防柵をまじまじと観察しているベリリュースに向けて、


「案内しろ。まずは町長の邸宅だ」

「あ、ああ。わかった」


 造りの簡素な家屋に挟まれた無人の路地をベリリュースの案内で進む。辺りには灯りとなるものは一つもなく、慣れた目であっても先を見通すのが難しいほどの闇だ。

 音を立てないよう慎重にかつ大股に進んでいると、たまに騒がしく喚きながら別の路地を男達が駆けていく。


「……誰かくる」


 先頭を歩くベリリュースが静かに云って後ろを振り返った。

 先の曲がり角からうっすらと灯りが漏れてくる。灯りを持った何者かがいるのだろう。


「どけ」


 シドは前に出て背後のエルフ達に、


「弓で援護しろ。合図を出す暇を与えるな」


 援護しやすいように相手が角を曲がるのをぎりぎりまで待った。


「――なあ、やっぱり俺達も向かったほうがいいんじゃないのか?」

「だから止めとけって。後で隊長にどやされるぞ。命令がない限り巡回を続けるんだ」


 角の向こうから声が届く。

 松明を持った一人目が姿を現し、続く形で一人二人と視認する。三人目が見えるようになる前に先頭の一人がはっと目を見開き、歩みを止めた。


「おい、どうした?」


 あらぬ方に顔を向けていた別の兵士がそれに気づき声をかける。

 その時には既にシドは行動を開始していた。


「だ――」


 誰何しようとする言葉も放てぬまま、先頭の兵士は体当たりで吹き飛んだ。

 四人の兵士達のただ中に立ちはだかった大男の姿に、見えない位置にいた二人は驚愕してポカンと口を開ける。

 シドをどうにかしようとした手前の二人に続けざまに矢が突き立つ。

 吹き飛ばされた男にも矢が向けられた時には、シドは碌な抵抗も許さず奥の二人を始末していた。

 五人の息の音が確実に止まっていることを確認したシドはミラに、


「魔法で屋根の上に死体を上げろ」


 と云って隠させる。

 その後、上手くタイミングと路地を利用して順調に進み、町の北側にある大きな邸宅に辿り着いた。

 二階建ての屋敷で、町の防壁とは別に自前の立派な塀を持ち、門には警備の兵士が二人立っている。

 ベリリュース曰く、すぐ近くには警備をする兵士達の詰め所が存在しており、その規模はそれなりに大きく数十人は中で待機できるらしかった。ヴェガス達の陽動が効いていると安心するのは早計だ。

 曲がり角からこそこそと顔を出し道の先を確認したサラが、


「ここからどーするのよ。門の二人も殺す?」

「いや、警備の本部がある」


 シドは屋敷の裏手に回り、三メートル近い高さの塀を見上げる。


「ここから入ろう」


 忍び返しのある天辺に手をかけ、大きな欠片が落下しないようにゆっくりと手前に力を込めて塀を崩す。

 植木の生え揃った庭に侵入した七人は大きな窓を探して裏手をぐるりと周った。


「ミラ。魔法で鍵を開けられるか?」


 侵入口を見定めたシドに、問われたミラは首を振る。


「無理。ちゃんと防犯対策がなされてる……筈」

「筈――か」


 可能性があるなら試すわけにもいかない。

 屋根を見ると煙突が見える。ドリスなら入れそうだが、窓の鍵を開けることができないという点では結局同じことだ。ドリスが鍵の仕組みについて精通しているなら警戒装置を解除できるだろうが――


「穴を空けるか」


 やはり想定されていない入り方が一番安全だ。指を一本立てると壁に向かって突き立てる。

 結構な音が響き渡った。

 想定されていないということはそれ相応の理由があるのだ。


「……ちょっと。音立ててどうすんのよ」

「警報装置が作動するよりはマシだろう」


 サラに云い返したシドは指で円を描くように壁を刺し、最後に五指を突き入れて手前に引っこ抜く。


「さあ、入るんだ」


 ポッカリと空いた穴に五人のエルフ達とベリリュースが入る。


「住人は全員殺せ」

「穴はどうするのよ。絶対誰か見に来るわよ」


 穴から外に顔を出したサラが云った。


「俺が始末しておく。戻るまでに住人の死体を揃えて――いや、男の方だけ生かしておくんだ」

「その後はどうするのよ!」

「いいからいけ」


 サラの顔を中に押しやった後、中庭を正門の方に向かう。

 角で耳の感度を上げて待っていると足音が聞こえてきた。

 数は二人だ。  

 ここへくるまでにもやったように、引きつけて一気に襲い掛かった。


「うお――!?」


 驚く二人の頭を掴んで握り潰す。

 死体を庭の隅に隠すとすぐに戻った。正門を警備していた兵士がいなくなったことに気づかれるのは時間の問題だ。それまでに準備を整えねばならない。

 屋敷の中に入ると真っ暗闇だった。高価そうな絨毯を踏み躙り、滑らかに磨きあげられた調度品を薙ぎ倒しながら部屋の出入り口に向かう。

 廊下に出ると二階から争うような物音が聞こえてくる。

 外はこの騒ぎだ。起きていたとしても不思議ではない。

 階段を探し当て二階に上がろうと強度を試しているうちに各所からエルフ達が戻ってきた。皆死体を引き摺っている。

 似たような質素な服装をした数人の女は使用人、品の良さそうな年老いた男は家令かなにかだろうか。


「屋敷の主を発見しました」


 二階からターシャが下りてきてそう云った。後ろから子供を羽交い締めにし、喉元に短剣を突きつけている。そしてターシャの前を壮年の夫婦が歩く。身なりからみてターシャの言に間違いはないだろう。

 シドが説明を求めて顔を向けると、


「生かして連れてくるにはこれが最も問題がなさそうでしたので」


 蒼白な顔をした男女が目の前に来ると、シドはベリリュースに確認させた。


「……間違いない。町長のヘリオメースだ」


 ヘリオメースは自分の名と顔を知るらしい賊を目にし、驚いた声で、


「お前は――ベリリュース!」


 と、叫んだ。


「な、何故! 一体これは何の真似だ!?」


 答えようがないベリリュースは顔を背ける。


「外の騒ぎもお前達の仕業か!」

「ミラ、灯りを出せ」


 シドは震える女を掴み、ヘリオメースによく見えるように近づけた。


「さて、あまり時間がない。俺がこれから云う言葉を復唱しろ」

「なんだと?」

「『こんな夜遅くに何だ。問題ない。仕事に戻れ。さっさと行け』――さあ、復唱しろ」

「え……?」

「お前に迷う時間を与えるつもりはない」


 女の首を捻って殺した。

 何が起こったか理解できずにいたらしいヘリオメースの顔が徐々に赤くなり、ついには爆発したように、


「テ――テッサ? テッサっ!?」

「ターシャ、その子供を連れてこい」

「――よせ! まだ子供だぞ!」


 シドは女の死体を投げ捨てると受け取った子供の口を手で塞ぎ、さっきと同じようにヘリオメースに近づける。


「復唱するんだ」

「こ――こんな夜遅くに、何だ、問題ない! し、仕事に戻れ! 行け!」

「『さっさと行け』だ」

「――さ、さっさと行け! 云ったぞ! 早く子供を離せ!」

「ふむ」


 躊躇なく子供の首を捻って女と同じように殺す。


「うあああああああああっ!!」

 

 それを見たヘリオメースは叫びながらシドに躍りかかった。


「貴様ぁぁぁっ! よくも!」


 左手で襲いかかってきたヘリオメースの顎を鷲掴みにし、じたばたと暴れる男を片手で床に押さえつける。

 空いた右手をエルフ達の方に差し出して、


「切るものよこせ」

「どうぞ」


 打てば響くようにターシャが短剣を手渡してくる。

 首に刃先を柄まで埋めるとゼンマイが切れたように暴れていた男は静かになった。そのまま首を切断し、頭と胴体を切り離す。

 頭部だけを持ち、胴を足で他の死体と同じ場所に蹴りやって、


「もう一度家探しして生き残りがいないか確認しろ。老いも若きも男も女も全て殺すんだ。死体は部屋を一つ確保してそこに放り込んでおけ。それと同時に執務室を探して書類と印を集めろ。ヘリオメースの署名がある書類だ」

「……その頭は?」


 訊かれたシドは頭をベリリュースの方に掲げた。


「『さっさと行け』!」

「うおっ!?」


 仰け反るベリリュース。誰の声か気づいてぞっとした顔でヘリオメースの死体を見やった。  


「――なんてこった。……なんてこった」

「ターシャ、執務室を見つけたらベリリュースを連れて行け。内容は問わん。命令書を探させるんだ」

「わかりました」


 エルフ達とベリリュースが家中に散るとヘリオメースの頭部から血を拭い綺麗にし、瞼をおかしく見えないように指で調整する。そして玄関を探して待機した。

 やがてドアノッカーがガンガンと叩かれる。

 待ち構えていたシドはある程度の時間を間に挟んで大きな扉の上部にある覗き窓をスライドさせた。ヘリオメースの見開かれた目をそこに設置し、


「こんな夜遅くに何だ!」

「はっ! 申し訳ありません! 門を警備していた兵の姿が見えなくなってしまい、様子を窺いに参りました。何か異常はございませんか?」

「問題ない」

「はっ。今だ外の騒ぎは収まっておりません。念のため護衛を屋敷の中に入れたく思うのですが――」

「問題ない!」

「し、しかし――」

「問題ない!!」

「は――ははっ」

「さっさと仕事に戻れ!」

「わ、わかりました! 夜分失礼を――」

「行け!」


 シドはピシャリと窓を閉めた。

 兵士が立ち去る足音を確認し、ヘリオメースの頭を玄関脇の外套掛け(コートハンガー)に突き刺す。

 全ては順調だった。シドのやっていることは特別難しいことではなく、だからこそ相手の反応を見間違えることもない。完璧にバレないように動くのは至難の技だがバレてもいいのなら手段はいくらでもある。今やっているのは時間稼ぎに過ぎず、それさえ自覚していれば致命的なミスは起こさないだろう。

 朝になればいつバレてもおかしくはない。それまでに行動を起こす用意を整えることができればシドの勝ちだった。


「跡は俺が継いでやる。お前は今日で引退だ、ヘリオメース。ゆっくり休め」


 新しい町長はそう云うとフックに刺さった頭をポンポンと叩いた。


 

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