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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
83/125

ミルバニアにて―ルオス近郊―

 ジェインがその報告を受け取ったのは、妻や息子とともに城壁に囲まれた中庭で過ごしていた時だった。

 陽は中天を跨ぎ、赤く色づいた木の葉が舞う中で白い卓と椅子に座り、遥か東から帝国を経由して商人が持ち込んだという珍しいお茶を飲む。

 隣には妻であるミエラが、向かい側には長男であるカドモスが腰掛けており、突然の闖入者は家族の時間を容赦なく奪い取った。

 ――いや、まだ何が起こったかはわからない。だがジェインは駆け込んできた男の表情から、その内容があまり良くないものであることを感じ取っていた。

 周りを固めている近衛が駆け込んできた男の前に立ちはだかる。

 男は騎士団長だった。彼はジェインの近くまで来ると立ち止まり、


「陛下! ご報告が!」


 と叫んだ。

 ジェインが鷹揚に頷くと、騎士団長は鎧の擦れる音を出しながら近からず遠からずの距離まで進み跪く。

 ジェインの後ろに威圧感を放つ近衛が静かに立った。


「頭を上げよ。話せ」


 云われた騎士団長は真っ直ぐにジェインの目を見、


「南方に中規模の魔物の群れが出現し、村が幾つか襲われております」

「幾つか?」


 やはりか――眉を顰めながら訊き返す。


「はっ。私が報告を受けた段階では五つ。今ではもっと多いかと思われます」

「被害はどの程度だ?」

「襲われたのは小規模な村のみですが例外なく壊滅状態です。早い段階で逃げ出した者や村を離れていた者以外は全て死んでおります」


 隣でミエラがはっと口を押さえるのがわかった。

 この時期の魔物の襲撃は珍しいことではないが、ここまで被害が大きいのは稀だ。襲撃後村から逃げ出せた者がいないことから数の多さがわかった。


「中身はどうなっている」

「ゴブリンとオーク、それに少数ですがオーガも確認されております」

「珍しいな」


 冬前に人里に出てくるのは食料が足りなくなった種族が多い。大抵は人型ですらない獣で、オーガは食にする相手をさほど選ばなくてよいので滅多には出てこない。


「オーガがそれらを纏めているのかい?」


 向かいのカドモスが団長に訊ねる。


「いえ、そういった報告は受けておりません」


 カドモスは父親であるジェイン譲りの茶色い髪と青い目を持つ。隣に並べば百人中百人が親子と答えるほどに似通っており、母親に似た弟とは容姿も性格も全然違う。次の王に相応しく人品卑しからぬ男であり、親の贔屓目ではなく自分を超える王になるだろうとジェインは思っている。


「中規模というのは推測か?」


 と、ジェイン。数を表すにしてもあまりにもおおざっぱな情報だ。


「はい。なにぶん村民の云うことですので。彼等の証言は大袈裟な部分がかなりあると見ております。しかし被害の大きさからいっても百ではきかないかと。ある程度まとまった数が行動しているとしか判明しておりません」

「それに群れが一つとは限らないわけであるしな」


 とりあえず騎士団を動かすことにはなるだろう。国軍は戦時以外は警備レベルの数しかいないし、その程度の魔物相手に徴兵するのは馬鹿げている。


「壊滅した村の規模で一番大きいものはどれくらいだ?」


 問われた団長は記憶を探る素振りを見せ、


「四百前後です」

「それで襲撃前に逃げ出せば逃げれるのだな?」

「はい。しかしそこも一旦戦闘に参加した者は一人も生き残っておりません」

「どれだけが逃げ出したかわかっているのか?」

「いえ、散り散りに逃げた可能性もありますし、私が報告を受け取った段階では入っておりませんでした」

「どう思う?」


 ジェインはカドモスに振った。


「そうだね……。多く見積もっても半数じゃないかな。農村は子供の率が多いし、逃げる者達の護衛も必要だ」

「となると二百を包囲殲滅できる数か。普通に考えるとかなり多くなるが……」

「普通?」

「うむ」


 不思議そうに訊いたカドモスにジェインは、


「少数でもオーガがいるのなら質の面では話にならん。ただの村人では逆立ちしても勝てぬ。相手はより包囲に数を割けるというわけだ」

「なるほど。勝てないとわかって逃げ出すときには死者も出ているから、余計に突破力がなくなる。それに敗れそうになった彼等が息を合わせて一点に戦力を集中するのは厳しいね……」

「そうだ。しかしこれは魔物が人のように戦術を使った場合だ。実際には奴等は数で押したであろうから、そう考えるとやはり数は多くなる」

「情報が足りないんじゃないかな?」

「そうだな」


 ジェインはニヤリと笑って息子を見た。


「私はお前が目を瞑ったままで戦うのかと冷や冷やしていたぞ」

「俺が行くのかい!?」

「そうだとも。ヴィダレイン伯爵のこともある。抑えがいなくなれば彼女や他の貴族がどうでるかわからんからな」

「でも――」

「これはまたとない機会だ。魔物は戦術を知らぬ。そして数はそれなりに多い。経験を積むにはもってこいだぞ。王になれば戦場に出る機会などそうはない。そしていざその時がきてみれば、それは国が危急の時だ。身軽な今の内になるべく多くを経験しておくのだ、息子よ」

「……わかったよ」


 カドモスは決意を漲らせ、静かにそう答えた。


「よし。では今よりお前を討伐隊の指揮官に命ずる」


 ジェインが云うとカドモスは立ち上がり、父親の前に跪いた。


「ははっ。必ずや期待に答えてみせます、陛下」

「うむ。騎士団長と協力し、見事討ち取ってみせよ」


 ジェインはカドモスを立たせると騎士団長に話しかける。


「そういうわけだ。王子を頼んだぞ」

「はっ! 命にかえましてもお守りいたします!」

「では軍議を招集せよ。軍団長と騎士団の百人長、宰相と生産組合の長連中を呼べ」

「了解いたしました!」


 騎士団長が慌ただしく中庭を去る。

 ジェインは手振りで息子を椅子に座らせた。


「――さて、カドモス。まず最初に何をすべきか」

「うん? ……そうだね、さっきも云ったようにまずは敵の陣容と居場所などを把握するための偵察じゃないかな」

「それで?」

「まず南方のある程度規模の大きな都市に拠点を設け、そこから偵察隊を派遣して捕捉、騎士を派遣するといった行程でいこうと思う」

「カドモスよ。時間をかければ被害が広がるということを忘れてはならん。準備と行軍にも時間を要するのだ。敵を見つけるまでにかける時間をそこに足せば、魔物を撃退するまでにどれだけの村がやられるか――」

「なら前もって騎士を派遣しておこう。それなら準備が終わった時点である程度範囲を絞れている。少数なら滞在する村にも負担にならないだろうし」

「頭を使え、息子よ。ここは傭兵を派遣するのだ」

「傭兵を?」


 云われたカドモスは表情を曇らせた。


「一体何故? 彼等が必要なほど切羽詰まってはいないけど……」

「確かにそうだな。配下だけで十分な仕事で人を雇うのは金も余計にかかる。だが捜索中魔物に遭遇した時のことを考えてみよ。仮にある村を拠点を設けていたとしよう。そこへ魔物が襲撃をかけたとする。騎士達はどうするだろうか」

「それは勿論報告に――」

「だがそれでは村を見捨てることになる。村人達はさぞかし騎士を恨もう。例え騎士の行いが全く正しいものであったとしても」


 ジェインは背もたれに身体を預け、仕方がないという風に、


「もし警戒線を敷くなら数は数人ずつに留まる。発見次第向かうことを考えるとそれ以上は全体数からいっても無理だからな。だがその程度の数では戦えばいくら腕や装備で勝っていようとも数で潰される。役目からいっても村を放棄して報告に向かうのが理想だ」

「それでも恨むと?」

「そうだとも。騎士の行動が理想なのは我等にとってだ。村人達にとってではない。となると、騎士が守るべき民を見捨てたとの風聞が広がる可能性がある。しかし、だからといって村を守るべく戦えとも命令できん。無駄に死ぬとわかっているからな」

「戦えば逃げられる村人の数は増えるのでは?」

「騎士が一人死ぬより村人が一人死んだほうがマシに決まっておろう。かかっている金が違う」

「………」

「そこで傭兵の出番だ。彼等はその性質上逃げることに躊躇しない。また、村人達の恨みが向かっても我等の腹は痛まないというもの。必要なのは要らぬ義憤に駆られる騎士でもなければ守るという義務がある騎士でもなく、命令のために民を平然と見捨てることができる傭兵なのだ」


 納得出来ない顔のカドモスに向かってさらに、


「しかも今回は相手が魔物だ。傭兵が裏切る心配もない。裏切っても奴等は金や地位をくれたりはせんからな」


 そう云うとジェインは口を開けて笑った。

 相手が他国の軍隊なら、傭兵を使うには慎重を期さねばならない。規模の大きな傭兵団は名を変え品を変え複数国に跨がっており、戦争になれば情報を集めて勝ちそうな方につく。勝ち目がないと判断された国からは沈む船から鼠が逃げるように傭兵がいなくなる。それゆえ国は不利な情報をひた隠しにして傭兵を利用しようとするが、今回は情報を操作しなくても問題ない。


「カドモス。傭兵達を利用して南方に警戒線を敷くのだ。今すぐに。こちらはその間に準備を終わらせればよい」

「……わかったよ。でも今回の指揮官は俺だろう?」

「そうだな、息子よ。老婆心というやつだ。後はお前の好きにやるといい」

「ならいっそのこと大きな傭兵団に全部任せてしまおうか」

「おお、カドモス。本気でそのようなことを云っておるのではあるまいな」


 騎士団を動かすデメリットは死者だけなのだ。それすらもやり方次第で低く抑えることができる。そして逆にメリットは計り知れない。

 実戦の経験と民を守ったという外聞。そして実際に役に立っているのなら軍備に大っぴらに金をかけることができるようになる。もし全てを金で解決してしまえば騎士など何のためにいるのかと責められる口実となるだろう。貴族達は王の手勢を減らそうと目を光らせているのだ。


「冗談だよ、父さん」


 カドモスは呆れたように笑った。


「俺に任せるんじゃなかったのかい?」

「わかっているわかっている」


 ジェインは顔の前で手を振り、


「早くいけ。兵は神速を貴ぶというだろう」

「はい」


 カドモスは立ち上がると、大仰ぶって一礼し、


「必ずやご期待に答えてみせます、父上」

「うむ。くれぐれも前に出て剣を振るような真似はするなよ。もしも不測の事態が生じたならば迷わず撤退するのだ。これはやり直しがきかない戦いではない」

「気をつけてね、カドモス」


 ミエラが一言告げ、カドモスはそれに頷くと急ぎ城中に戻る。


「本当に大丈夫なのですか、あなた」

「戦争ではないのだ。それほど命に危険はない」


 訊ねてきた妻にジェインは答えた。


「前もって情報を集めておけば不意を突かれることはないだろう。相手は人ではないのだからな。そのことは先に伝えた。あれは数日でそれを忘れるほど愚かな男ではないぞ」

「でもいつも云っているではありませんか。戦場では何が起こるかわからない、と」

「ふーむ」


 確かにそうだが、あまり過保護にやるのも勉強にならない。悩んだ末、


「ならば近衛から五十程独立した隊を出そう。戦闘には参加させず、カドモスの護衛に徹するという条件でな」

「ありがとうございます」

「気にするな。何かあったら困るのは私も同じだ」


 ジェインは妻に微笑んだ。

 そうしながらも頭にあるのはカドモスの弟――マケイヤ――のことだった。


「マケイヤはいつもの所か」

「はい」

「仕方のない奴だ。あれもそう出来が悪いわけではないのだが……」

「カドモスがいるから安心しているのでしょう」 

「あれにはあれの役割というものがある」

「贅沢な悩みというものですよ、あなた」

「そうか?」


 ジェインは妻の顔をじっと凝めた。

 仲の悪くない二人の息子がおり、老いてなおかつての面影を残す優しい妻がいる。周りを取り巻く貴族に問題がないわけではないが、それは多かれ少かれ付き纏う類のものであり一生付き合っていくしか道はない。


「そうだな。一族で潰し合いをしている帝国に比べれば贅沢な悩みだ」


 ミエラは困ったように笑った。


「今の世で最も危険なのは人間だからな」


 戦う場所を選び、敵を把握し、戦局を見誤らなければ死地を脱することは難しくない筈だ。百人で同数の魔物を狩るより、百人で五十の盗賊を狩るほうがむしろ危険だとジェインは思っていた。

 もしカドモスに何かあればジェインは跡継ぎを無駄に死地に送った愚かな王として語り継がれるだろう。逆に見事任務を果たして生還すれば評価は反対になる。

 結局後世の評価は成功したかどうかにあり、行動の是非にはない。どんなに馬鹿馬鹿しく見える行いだろうと成功させて何かを得れば讃えられるのだ。

 

「とりあえずはカドモスの帰りを待とうではないか」


 ジェインはそう云って締めくくった。


 










「いいか、お前達。出来る限り迅速に馬を手に入れ、指示された街に潜伏しろ。敵の動向を耳にしたらすぐに知らせを飛ばすのだ。二人一組で、敵の先触れを知って一報、本隊の到着時期、規模で一報だ。知らせに戻った者はすぐに元の街へ向かわせる。重要度は先の二つが高く、それ以外の役に立つ情報は二人揃っているときのみそちらの判断で一人を送れ」


 ルオスの町まであと一日というところにある、小さな林の中でシドは目の前の男達に言葉を放った。


「もし俺がルオスの街にいなければ、その時はそこで待機しろ」

「了解しました!」


 男達が各個に頷く。


「では行け」


 十組の男達は走り去る。背中がだんだん小さくなり、やがて消えた。


「大丈夫かな、あいつら。っていうか、せっかくできた部下が……」


 アキムが男達が消えた方角を見て呟いた。


「裏切ってどっか行くかもしれないし」

「問題ない。そうなっても被害が増えるだけで俺の勝ちは動かん」

「でも金を全部渡すことはなかったろう」


 アキムが云っているのは馬や潜伏中の滞在費としてシドが渡した金のことだった。ゴブリンやオーク達に殲滅させた村を除き、森で殺した兵士やエルフ達、ここに来るまでに始末した旅商人や盗賊など奪う機会には事欠かなかったため結構な額になっていた。

 シドはそれを全部渡したのだ。


「俺達には必要ないだろう。この国のやり方に合わせて過ごす奴等に持たせておいたほうがより価値のある使い方をする」

「必要ないって……。ルオスでどうやって過ごすんだよ」

「町での滞在は心配ない」

「ホントかよ……」

「本当だとも。――ベリリュース。こっちにこい」


 シドが呼ぶと首輪をつけたベリリュースがやってくる。首から伸びたワイヤはヴェガスが持っていた。


「お前の名で顔を隠したまま連れて入れる人数はどれくらいだ」

「顔を?」

「そうだ」

「……上手くいけば百人。無理なら零だ」

「百人はお前の傭兵団の数か」

「ああ。それで通用するかどうかは門番と話してみなけりゃわからない」

「ほらみろ!」


 と、アキムが鬼の首を取ったように、


「金を積めば入れたかもしれない!」


 シドが黙ってベリリュースを見ると、彼は首を横に降った。


「金を積むのは怪しいと喧伝するようなものだ。数人なら問題を起こしたって誰が入れたかわかりゃしないからいけるが百人ともなると無理だ。目立つから誰が入れたか絶対バレるし、起こす問題も大きくなるから死刑になりかねない。見過ごす門番はいない。俺の部下と偽って入れるのは問題を起こさないと思わせられるからだ」

「となると、残る道は一つか……」

「方法なんてあるのかよ?」


 アキムは懐疑的だ。

 シドは当然のように頷いた。


「殺して入るのだ。騒ぎになる前に上を掌握して揉み消す」

「………」

「夜中に侵入し、そのまま町長の家に向かおう」

「百人でやったら絶対途中で見つかるって!」

「ならば十人に減らそうではないか。もっと柔軟な思考を持て。百人という数にそこで拘る必要はない」


 シドは周りによく聞こえるように、


「計画を二段階に分けよう。まず俺が十人で侵入し、上を掌握する。警備を身内で固めた後、残りを入れるのだ。そうすれば好きなだけ入れる」


 町に入れるのはエルフの大部分だ。ゴブリン、オーク、オーガ達は道中の村人を襲わせる。シドが支払った金も回収させ、それでまた他の村から物資を買うのだ。周辺の村が枯渇するまでそれで回せるだろう。


「まず夜明け前に潜入し、昼までに事を終わらせる。その後町に入る者と襲撃する者に分けるぞ。俺と共に潜入する者は、ヴェガス、ターシャ、ミラ、サラ、レティシア、ベリリュース、残りは弓の腕が達者なエルフから三人だ。問題がなくなればドリスを使いに寄越す。指示に従え」


「本当に半日でどうにかなるのか?」


 と、キリイ。


「それ以上は時間をかけられん。ここに長く留まることはできんからな」


 捕捉されないためには都合のいい隠れ家を見つけるか常に先手を取って動き続けるしかない。後者の場合は目撃者は全て消さねばならず、長く繰り返せば影響が徐々に出始めるだろう。

 理想は町に全て入れてしまうことだが、そうすると近隣の村から食料が集まらなくなってしまう。町を基点に略奪を繰り返しても手に入るが、それだと裏で糸を引いている存在がいるという事実が明るみになる。

 既にこちらの数は千五百を超え潜行したまま行動するのが厳しくなってきているのは事実だが、アドバンテージは保持できる限りそうするよう努めるべきだった。面倒だが、やがてやってくるであろう敵の本隊に手痛い一撃を食らわせるまでは裏で画策を続ける。


「ところで、上手く侵入できたとしてどうやって町長を説得するんだ?」

「そうだぜ。百歩譲って会うことはできたとして、どんな理由があれば身元不明の怪しい集団が町に入れるようになるんだよ」


 質問をしたベリリュースとそれに相槌を打つアキム。シドは両者に顔を向けると押し黙った。


「……なんで答えないんだよ」

「云わなければわからないのか?」


 アキムはベリリュースと顔を見合わせる。


「お前わかるか?」

「……いや」

「うーむ……」


 アキムは首を捻ってぶつぶつと呟く。


「思考を柔軟に。思考を柔軟に。柔軟な発想を……」

「色仕掛けとか?」

「――!? それだ!」


 意を得たとばかりに叫ぶアキム。


「エルフ女を使った色仕掛けに違いない! 軍師である俺が出した答えだ! もうそれしかない!」

「……俺が考えたんだが」

「そうだろシド?」


 アキムはベリリュースを無視してシドに答え合わせを頼む。

 しかしシドはにべもなく、


「いいや、違うな」

「なんだって!?」

「もっとよく考えろ。今俺達が持っているものでそれよりも有効な手立てがあるだろう」

「今持っているもので?」


 アキムは再度考え込むが、今度はベリリュースは助けなかった。

 しばらく一人でウンウンと唸ったアキムは、


「――駄目だ。わからねえ。教えてくれ」


 と降参する。


「まだまだだな、アキム」

「ああ。軍師である俺にわからねえとは……。答えはきっと歴史に残るような名案に違いない」

「……いつ軍師になったのだ、お前」

「もうだいぶ前の事になる。いや、もしかしたら産まれた時からだったかも」

「……そうか。まあよかろう」

「それより答えは?」

「うむ」


 シドはアキムの腰を指さした。


「それは何だ、アキム」

「それ? ――ああ、これか。これは勿論剣だ。俺のだからな」

「それが答えだ」

「剣がぁ? 結局殺すのかよ。柔軟な思考はどこいったんだ?」

「柔軟な思考の結果、殺害するという結論に至ったのだ」

「………」


 アキムはベリリュースに小声で云う。


(おい。ここは笑うところか?)

(そう思うんなら笑ってみればいい)

(……笑ったら殺されないかな?)

(知らん)

(――チッ。使えない奴め)


 アキムはシドに向き直ると胸の前で手を叩き合わせた。


「さすがだぜ、シド! まさかそんな手があったとは! いやぁ勉強になる!」

「力を振るうことを躊躇わない者の出す答えが似たようなものになるのは仕方のないことなのだ、アキム」

「そうだよな! 殺したほうが一番早いし安全だもんな!」


 アキムは咳払いを一つし、妹から白い目で見られながらも、


「と、ところでその後はどうやって町の運営を?」

「決まっている。――力だ」

「ふむふむ……。その力でどうやって?」

「力で人を動かす」

「……人を動かす力というと暴力?」

「そうだ。暴力は人を選ばない。誰に対しても有効だ」

「……暴力で運営できますかね?」


 アキムは丁寧な口調で質問を投げかける。


「できるとも」


 シドは心外だと云わんばかりだ。


「お前も軍師を自称するなら覚えておけ」

「自称じゃないって!」

「軍師を騙るなら覚えておけ」

「酷くなってるよ!」

「力があれば、何でもできる」

「……さすがに人の心は無理だろ」

「いいや、可能だ。アキムよ、お前は他者の思考を読み取ることができるか?」

「……無理だけど」

「つまり外側だけで判断しているということになる。ならば言葉で動かそうが力で動かそうが見てくれが同じならお前にとってはそれが真実だ。知る術もない本心など考えに入れる必要はない。例え本音では憎んでいても、死ぬまでそれが表に出てこなければそれはお前にとってはないのと同じではないか? そして表に出せないようにすることが力によって可能となる」

「なるほど……。目から鱗が落ちた気分だ」


 アキムは腕を組み、口の中で呟く。


「力があれば、何でもできる――か」

「そうだ。力があれば意のままにならない者はおらぬ。いても殺してしまえばいいのだからな」

「見事な真理だ。俺はまた一歩名軍師への道を進んだようだぜ、シド。俺が物語になる日もそう遠くないかもしれない」

「題名は道化で決まりだな」

「なんでだよ!?」

「冗談だ」


 シドはアキムとの会話を切り上げ、号令を下す。


「さあ、出発するぞ! 一部を除き野営は今日で終わりだ! 寝台が欲しいなら奪い取れ!」


 おお――と声があがった。 

 

 

    




 


 


 

 



 

 

 

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