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永遠の戦士  作者: ブラック無党
神の国
78/125

ミルバニアにて―始まり―

今日限定のやる気が猛烈に発生し、一気に書きあがってしまった……

 夏が終わり、黄金色に染まった大地に囲まれるようにしてその村はあった。

 南北に走る道に合わせ二つの門があり、それ以外を簡素な柵で守っている。門の両脇には篝火がたかれ、当番となった哀れな男二人がタイミングの悪さを嘆いていた。

 現在村には旅商人がやってきている。稀に、思い出したように現れる魔物達。この時期になると必ず出現する盗賊達。大きな街へと行くのは危険と隣り合わせだ。彼等は戦えない村人達が税を差し引いた分の作物を金に替える唯一といっていい方法だった。

 冬を越す食料を残し、余った僅かな作物を金に替えた村人達はたった一つしかない酒場で気炎を吐いていた。


「乾パーイ!」


 誰かが音頭を取ると、今宵何度目になるかもわからない乾杯が行われる。質素な木の卓に腰掛けた村の男達の前には珍しく豪勢な食事が並んでいる。野菜よりも獣肉、穀物よりも酒だ。


「いやぁ、今年は魔物もあまり出なかったし、いい天気が続くし、良い事尽くしだったな!」

「まったくだ! 来年もこうであって欲しいよ」


 財布の紐が緩くなった男達は、数少ない贅沢ができるこの日を大いに楽しんでいる。

 そしてそれは女達も同様だった。昼間は旅商人が持ち込んだ新しい食器や装飾品に目を輝かせたり、商人や護衛の傭兵達が話す他所の噂に花を咲かせ、夜となった今では集会所に集まり誰が何を買っただの、何がいくらで売れただのとお喋りに余念がない。

 また、年頃の少年達は自分達の住むこの国に新しく登場した腕利きの傭兵や騎士の話を手の空いている傭兵達にねだり、年若い少女達は我が事のように話してやるそんな傭兵達に熱い視線を送っている。

 旅商人が来ることはたまにあるが、この日は特別だ。祭りの時期を除いて最も規模が大きい。そしてお金をかけるものが粗方決まっている祭りと違い、村人達は自分達のためにお金を使うのだ。商人達もそれが分かっているから持ち込む品物には気を払っている。

 複数の商人が組んだ隊商は護衛の数も相まって広場に入りきれないほどであった。傭兵達は地べたに敷物を敷いてその上に胡坐をかき、酒を流し込みながら旅の疲れを癒している。

 飲んでいるとはいっても、酔って依頼に支障をきたす程ではない。酒が入ってもその目は鋭く辺りを見回し、耳は今後の旅の予定を話し合っている傭兵団長と商人達のやり取りに向けられていた。

 そんな喧騒に満ちた村で、黙々と食事をし酒を飲む一人の男の姿があった。

 男は酒場の片隅で小さな卓を一人で占有し、運ばれてくる料理を飢えた犬のように貪っている。脂の滴る肉を鷲掴みに口へ運び、濡れたようにてらてらと光る指で木製の杯を取り上げ、咀嚼もろくにせぬままに腹に流し込む。音を立てて芋の入ったスープを啜り、ばりばりと骨を噛み砕いた。

 男のフードを払いのけた頭はくすんだ金で、顎には無精髭が生えている。三十は越えていまい。目は野獣の如き剣呑な光を放っており、酒場に入ってすぐ湿らせた手拭いでふき取った汗と埃に塗れていた顔だけが妙に浮いていた。

 男が手をあげると給仕の少年がやってきた。短い茶髪の活発そうな少年だ。年の頃は十を少し越えた位か。ズボンの上に前掛けをつけており、すぐにそうとわかった。


「……おかわりだ」


 そう云って空になった杯を掲げる。


「は、はい」


 少年はすぐにカウンターに戻り、麦酒の入った陶製のビンを手に戻ってきた。卓の上で、男の杯にとくとくと注ぐ。少年の手には重かったのか、こぼれた麦酒が男の指を濡らした。


「――あっ!」


 慌てて拭き取ろうとする少年。

 男は舌で指についた酒を舐めとると、何事もなかったかのように杯をあおった。

 その指に注目した少年が云う。


「あ、あの……。あなたも傭兵なんですか?」


 男は喉を鳴らして嚥下した後、答えた。


「――そうだ。外の奴等とは所属が違うがな」


 その声は見掛けとは裏腹に静かだが、力強さを感じさせ、自身が傭兵であるという言葉に真実味を持たせていた。


「そ、そうなんですか」

「何故だ」

「そ、その指です」


 男は自分の指に目をやった。節くれだってでこぼこしており、一目で武器を扱う者とわかる。


「何故訊いた」


 上手く伝わらなかったと思ったか男は繰り返し、


「坊主、お前も傭兵になりたいのか?」

「はい! 大きくなったら王都にいってギルドに登録するんです!」

「………」


 男は顔を顰めた。この年頃の少年はだいたいが傭兵になりたがる。騎士は大抵貴族で埋まってしまうし金もかかるので、平民が目指すのは現実的ではない。この少年もその口だろう。だが――


「やめとけ。特にこれからはな」

「どうしてですか?」


 少年はきょとんとした顔で訊き返す。


「………」


 男は答えず料理に手を伸ばした。


「おじさんはなんでこの村にきたんですか?」

「俺か? ――俺は人と会う約束があるんだ」

「おじさんはどこで登録してるんですか?」

「……王都だ」

「やっぱり傭兵って危険なんですか? 人とも殺しあわないといけないんですか? 最近は戦争もないし、魔物相手ばっかりらしいって聞くんですけど、母さんは戦争になるといかないといけなくなるから止めろって云うんです」

「いろいろだよ、いろいろ。魔物相手の時もあれば人間相手の時もある。――エルフ相手の時だってな」

「エルフに会ったことがあるんですか!?」


 少年は瞳を輝かせ、卓に身を乗り出して訊いた。

 男は薄く笑って、


「勿論あるさ」


 と答えた。


「エルフと一緒に戦ったこともあれば、エルフを敵に回したこともある」

「すごいや! エルフって魔法が得意なんでしょ!? 森に住んで平地には出てこないっていう話だけど、おじさんはどうやって知り合ったんですか!?」

「さっきから質問ばっかりだな、坊主」

「あ、ご、ごめんなさい。でも僕、知りたいんです! 将来は絶対傭兵になって名声を手に入れるんです! そして父さんと母さんを王都に呼ぶんです!」

「ほう。感心じゃあないか、坊主。家族を大事にする奴に悪い奴はいない」

「ヘヘへ」

「だが俺ばかり話すというのも不公平だ。なんでも答えてやるから坊主、お前も俺の質問に答えるんだ。一つ訊く度に一つ答える。それでどうだ?」

「で、でも僕、外のことなんか知らないし……」

「別に外のことじゃなくてもいい。普段村で起こってることでいいんだ。例えば、商人はいつ来るのとか、今回はどんな珍しい品物を持ってきていたのかとか、次はどの村に向かうのかとか――」

「それなら大丈夫! 僕答えられるよ! 旅商人は――」

「待て待て坊主。これは取引だ。俺が答えて、次にお前が答える。まずはそっちから質問しろ。それでいいな?」

「うん! 僕のほうはそれで大丈夫!」

「なら、いいだろう。なんでも話してやるぞ。どんな話がいい? 少数で砦を落とした話か? 戦友と共に国の兵士を相手にした話か? それとも他の傭兵団とやりあった時の話か?」

「エルフ! エルフの話がいいです!」

「――エルフか」


 男は無精髭を撫で、中空に目をやって感慨深げに云った。


「あいつらは普段は森に隠れ住んでいる。滅多にはそこから出てこようとしない。人間に見つかったら狩られるからだ」

「………」

「だから会ったことがある奴は少ないし、話したことがある奴はもっと少ない。捕まってないエルフと行動を共にしたことがある奴となると果たしてこの国にどれだけいるか……」

「うん、うん」

「だが坊主、お前は運がいい。俺はおそらくこの国で最もエルフと一緒にいた時間が長い男の一人だ。俺なら大概の疑問に答えてやれるだろう」


 男は杯に残った麦酒を一気に飲み干した。すると、少年がすぐさまおかわりを注ぐ。

 並々と注がれた酒に口をつけ、男は続けた。


「まず、あいつらが魔法を得意としているのは概ね間違っていない。だが一方で、世間一般に云われている程人間とかけ離れてもいない。まあ、人間と一緒で得手不得手はあるのかもしれんが」

「じゃ、じゃあ弓の腕は!? エルフはそれも得意なんでしょ!?」

「そうだな。それも魔法と同じだ。そもそもあいつらは――」

「ミロク! おいこら! さっさと仕事しろ! 今日は暇じゃねぇんだぞ!」 


 男が少年と話していると、カウンターの方から怒声が飛んできた。


「仕事しねぇと給料出さないからな!」

「あ――」


 少年は自分が仕事中だったことを思い出し、絶望した顔になる。


「僕、仕事に戻らなきゃ……」

「そうか。残念だな、坊主」

「………」

「ところで坊主。俺は今日この村に泊まるつもりなんだが、いい宿を知らないかね?」


 男が訊くと、少年は目を見開いて唾を飛ばした。


「そ、それなら僕の家に泊まるといいよ!」

「坊主の家は宿屋もやっているのか?」

「ううん。いつもは違うよ」


 少年は首を振る。こんな村では専業でやっても採算が取れない。旅人が訪れたときだけ、年頃の娘がおらずかつ部屋の用意できる民家が宿屋になるのだ。


「でも大丈夫! 今日は旅商人がきてて宿もうまってると思うから! その、お金はいると思うけど、村がこんな状態だから父さんと母さんも納得してくれると思う!」


 こんな状態というのは傭兵達の存在だろう。普段なら警戒して断る村人も、頼りになる男達がたくさんいると気が太くなると見える。

 男は遠慮しなかった。


「おお、そいつはありがたい。なら坊主の仕事が終わるまでここで飲んでるとするか」

「わかったよ! 終わったら声をかけるから、飲みすぎてつぶれないでね!」

「坊主、一流の傭兵ってのは酒にも強いもんなんだぜ」

「へへへ。なら安心だね」

「そうだな。安心だ」


 男はニヤリと笑い、少年は名残惜しそうにしながらも夜に期待を膨らませて仕事に戻る。


「ああ、ちょっと待て」


 男は少年の背中に声をかけた。


「もう一杯おかわりだ。それと便所はどこだ?」

「うん! 便所は店の裏だよ! 穴に落ちないようにね!」

「そんなヘマはしないさ」


 男は席を立つと酒場の扉を肩で押し開け、外に出る。少し離れた広場では煌々と灯りが点り、護衛の傭兵達のざわめきがここまで聞こえてくる。

 男はそちらを一瞥し、大きく息を吸って冷たくなり始めた空気で肺腑を満たす。暗闇に目を鳴らした後、マントの前を合わせ教えられた通りに裏手に回った。

 裏手に建てられた掘っ立て小屋の扉を開け、中を覗く。

 地面に大きな穴が掘られており、脇には柔らかい草葉が束にして置いてあった。穴は結構深いようだ。暗いせいで底は見えない。

 男が扉を閉めようとすると縁に指がかかった。

 続けてぬうっと顔が現れる。


「――チッ、ここも先客かよ」


 護衛の傭兵だろうか、革鎧を着、剣を佩いた男がそう口にした。

 先に入っていた男の全身を舐めるように観察し口元を歪めると、親指を立てて背後を指しながら、


「おい、どきな。俺が優先だ」

「………」


 先に入っていたマントの男は無言で傭兵を凝めた。


「どけって云ってんのが聞こえねーのか」

「俺が先だ」


 マントの男はぽつりと云った。


「なにおう。小便を我慢したままじゃなにかあった時満足に動けねぇだろが。今この村ではなんでも俺達が優先なんだよ」

「………」 


 マントの男がすっと身体を退かすと、傭兵は、


「そうそう、それでいーんだよ。おめーは俺の後」


 身体を入れ替え、がちゃがちゃと股間を鳴らす。


「そこ閉めとけよ。見たいんなら見てもいいが、自信なくすぜおめー」


 下品に笑う傭兵。


「………」


 男が静かにマントの合わせ目を開くと、そこから短剣を持った手が現れる。 

 男は背後から手を回し、傭兵の喉を掻っ切った。


「がひ――」


 勢いよく吹き出した血が小便のように穴に落ちていく。

 首に手をやって振り向こうとする傭兵を、男は穴に突き落とす。

 身動ぎする傭兵は糞尿が溜まっているであろう闇に姿を消した。


「……やっちまった」


 男は台詞とは裏腹に、事も無げに呟いた。


「しょうがねえか」


 知りたいことを訊き出して、明るくなるまでに村を脱出すればいいだろう。


「――っと、その前に」


 男はズボンから一物を取り出し、穴に小便をぶちまけた。


「ああー」


 出しながら満足げな呻きをあげる。

 そして威勢のいい水音が小さくなると天井を見上げ、


「なあ坊主よ、家族を大事にする奴に悪人はいないんだぜ」


 そう云って男――キリイは身体をぶるぶると震わせた。 

 

 

 

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