森にて―ドリスのドは、シドのド―
長くなったので予定が変わってしまいました
やはり予定はあくまで予定だったということか……
時間すらも凍りついたような、変化や変容と最もかけ離れた場所――
人間が作り出したにも関わらず、最も人間の営みを感じさせない場所――
闇に沈んだ、装飾なく味気ない、座席に座るシドは眠ったように動かなかった。
故郷や帰る家に執着を持つような性格ではない。それが今は揺り籠に揺られる赤子のように視える。
船もそれを駆るシドも戦うことしかできない歪な存在だ。どれだけ金がつぎ込まれようと、どんな機能が備わっていようと道具でしかない。だからなのか、両者には知覚できない繋がりのようなものがある気がした。
片や機能を喪失し、片や健在。もう元々戦っていた相手と相見えることはないかもしれず、補給のかなわない今、時間の経過とともに朽ちるだけだ。人間であったならば異国の地で果てる未来を嘆いたかもしれない。
しかし船もシドも黙して語らない。船は云うに及ばず、シドもそのような弱音を吐くようには造られていないからだ。
ドリスとシドの付き合いは長い。かれこれ半世紀以上にはなるだろうか。殺伐とした日常だったが、たまに命じられる居住惑星への出向はその限りではなかった。
大抵、相手は辺境に落ち延びた犯罪者だ。人体を違法に改造し、人の狡猾さと機械の強靭さを併せ持った彼等はあらゆる武器と知恵を使用して人と人に使われる機械の包囲を突破した。そして星から飛び立つとそこからは軍の管轄になる。
人間に機械の強さを混ぜた犯罪者に対し、シドのような機械に人間の知恵を混ぜた兵士が送り込まれるのはある意味当然のことだった。軍には機械化された兵もいたが、人をベースにした兵と機械をベースにした兵のどちらがより頑健かは考えるまでもない。
あらゆる犠牲を容認するという段階になると許可証が発行され、それを持った機械兵は標的を追った。
ドリスは思い出す。シドと共に駆けた銃火と怒号に彩られた日々を――
ある時はたくさんの人々が住む雑多な街の裏路地で――
「マスター! 敵が民間人を盾に!」
「その程度、貫いてみせる」
ある時はひび割れた大地に点在する荒れ果てた町の一角で――
「マスター! 敵が両手を挙げてます!」
「敵を前にして武器を捨てるとは。望み通り始末してやろう」
またある時は星から飛び立った相手を、こちらも船で追尾した――
「マスター! 標的から通信が入ってます!」
「まず、撃て。話はそれからだ」
「マスター! 敵が――」
「とにかく撃て」
「マス――」
「撃って撃って撃ちまくるのだ」
どんな経歴を持った犯罪者も軍の手から逃れることはできなかった。情報を集め、居所を特定した時点で彼等の死は決まっていた。
機械兵に追われていることがばれると全ての協力者が手を引き、孤立した彼等は追い詰められた鼠のように足掻き、死んでいった。
あらゆる場所を――街を、森を、砂漠を、荒野を、山を――諦めるということを知らない機械の兵士は闊歩した。終着点が見えず、降伏の選択肢のない防衛戦が長引いたせいで軍の発言力は増しており、機械兵の登場が拍車をかけた。
それが頂点に達した時、辺境の宙域を統括していたある司令官が云う。
「宇宙軍にあらずんば、人にあらず!」
軍は恐怖の代名詞となった。
直接鞭を振るった機械兵は蛇蝎の如く忌み嫌われ、最初期には花すら投げられた彼等は徹底的に無視される。情報を提供する者もいなくなり、慌てた軍は彼等に人の皮を被せた。
現在のシド達の出来上がりである。
だからドリスはシドがどれだけたくさんの生き物を殺そうと責めることはないだろう。それは彼のせいではないのだ。
機械が所有者に従うということは子供が親の云うことに従うのとは違うのだ。子供が親の云うことを素直に聞くのは彼等が無知だからである。成長して賢くなればその限りではない。一方機械が所有者に従うのは、例えるなら信者が神に従うのと同じだ。正しいとか間違っているという話ではなく絶対的なものなのである。
様々なことを想いながら、ドリスはシドが立ち上がるのを黙って待つ。こうやった形で過ごす最後の時間になるかもしれないのだから――
「(そろそろだな)」
しばらく経ってシドが云った。
「(あまり時間もかけられん。やるべきことをやって皆を追うとしよう)」
接続を外して立ち上がる。
『いよいよ、ですね』
「(うむ)」
言葉を切ったシドは設置されたホログラム粒子器に手を置いて、
「(本当にいいのだな?)」
『勿論です! このままではマスターの役に立てませんからね!』
「(仮初とはいえ、失敗すれば二度と己の姿を見ることはかなわんぞ)」
『構いません。どうせマスター船に戻ってこないじゃありませんか』
「(そうだな)」
『そこはもっと、これからはなるべく戻るようにする――とか云ってくださいよ!』
「(時間の無駄だ。それよりドリスよ――)」
シドは珍しく言葉を探して、
「(どのような姿になるつもりなのだ)」
『え? それは私本来の姿になるに決まっているじゃありませんか』
「(本来の姿などないくせになにを云っている)」
『ありますよ! いつものあの姿こそが私が人間に生まれていた場合の姿なのです! いうなれば魂の形とでもいいましょうか』
「(あの大きさはどう見ても人間ではないだろうが)」
『顔の造作の話です! それよりやると決めてるんですから早くしてくださいよ!』
「(わかっている。わかっているとも。だが、ドリスよ。俺は思うのだ。せっかく意志の通りに生まれることが可能ならばそれを利用すべきではないかとな)」
『……どういう意味でしょう?』
「(お前も生まれてすぐに死にたくはあるまい)」
『はあ、それはそうですけど……』
ドリスは嫌な予感がした。
『長生きできる秘訣でもあるのですか?』
「(よくぞ聞いてくれた。俺もマスターとして、アドバイスを求められたのならそれに応えねばなるまい。そこで、だ)」
『………』
「(外骨格にしようではないか)」
『え……?』
一瞬何を云われているのか理解できず、呆然となるドリス。
「(柔らかい皮より硬い装甲があったほうが生存率があがるだろう?)」
『い、いいいい嫌ですよ!! そんなの全然可愛くなさそうです!!』
「(可愛くて早く死ぬよりも格好良くて長く生きるほうがいい)」
『私は格好良さなんて求めてないんです!!』
「(俺は可愛さなぞ求めていないのだ。お前も補佐役ならより俺の役に立つよう努力すべきだとは思わんかね)」
『うっ……』
「(眼球は複眼にしろ。翅は4枚でいい。それと毒も持ったほうが良いな。防御だけあっても無意味だ。以上の四点を満たした可愛いと思う姿ならなっても構わないぞ)」
『それで可愛い造作とか完全に化け物じゃありませんか!!』
「(外見で判断してはならん。重要なのは中身なのだ)」
『中身じゃフォローできない容姿はあるんです! いくら私の内面が滲み出ていようとも!』
「(これはもう決定事項だ)」
『――いっ』
ドリスは声を最大にして、
『嫌だあああああああっ!!』
とシドの頭に泣き声を送りつけた。
『やだやだやだああああああああっ!!』
「(………)」
『あああああああああああああっ!!』
ドリスにもし肉体があったなら、床に転がって手足を振り回していたであろう姿を想像させる声音だった。
「(……うるさい奴め)」
シドがドリスの音声を一旦カットする。そして、
「(黙れドリス!!)」
と、一喝した。
『――ひっ』
「(俺はお前のためを思って云っているのだ。お前のためにもなり、俺のためにもなる。これのどこに泣く要素がある)」
『い、嫌だぁ……昆虫は嫌だぁ……』
「(可愛い昆虫になればいいではないか。毒と装甲と優れた感覚を持った可愛い昆虫だ。お前ならできるとも)」
『うう……』
ドリスは泣いてもシドを翻意させることはできないと思い出した。それで考えを変えるくらいならここまで人は死んでいない。
同時に思い出す。エルフの処刑の時のアキムとのやり取りを――
シドを説得するには情に訴えても無駄なのだった。必要なのは理屈であり、屁理屈だ。
「(覚悟は決まったようだな)」
シドは大人しくなったドリスが諦めたと思ったのか、そう云った。
『ま、マスター!!』
「(なんだ。まだ何かあるのか)」
『こ、ここはやはり人の姿でいくべきかと思いますっ!!』
シドは黙って船を後にしようとする。
『ああああ、待ってください! 私の話を聞いてくださいよ! そうすれば納得できるはずですから!』
「(……云ってみろ)」
『はい。いいですか、マスター! 人が生存競争を勝ち抜いたのには訳があると思うのです! もし人が昆虫のような姿だったら惑星の覇者にはなっていません! 昆虫は汎用性に劣るのです!』
「(大きさを考えろ。もし人間が虫程度の身体しか持っていなかったら昆虫に駆逐されている筈だ。人の肉体は脆弱に過ぎる。汎用性が活きるのはそれなりの力を持つ肉体の大きさがあってこそだ)」
『し、しししかしマスター! いくら外側が硬くなっても魔法の攻撃を防げるとは思えません! ここは重量を軽くすることで回避能力の特化に努めるべきです! それに云うではありませんか! 敵を作らないことが肝要だと! マスターの云う通りの外見にしたら見る者全てに追われること間違いなしです! そして逆に私の云う姿にした場合、敵に発見されてもいきなり攻撃されることはない筈です! その隙に身軽な身体でもって素早く離脱する! これが一番生存確率が高いと思います!』
「(しかしだな――)」
『マスターが今自分で云ったではありませんか! 汎用性が活きるのは人間だからこそと! そして私の相手をするのはその人間なんです! ちょっとくらい硬い装甲があっても無意味です! ここは防御を切り捨て小さな身体を活かす方向に考えるべきであります!』
「(……小癪な知恵をつけおって。だが視覚は――)」
『人間の視覚はかなり優れています! 歴史がそれを証明しています!』
「(……なら――)」
『却下です!』
「(……まだ何も云っていないのだが)」
『さ、素案は決まりました。ちゃちゃっとやっちゃってください』
「(……どうやらお前は重大な事実を忘れているようだな)」
『え……?』
ドリスは、そんなものあったっけ、と記憶を探った。
『何か忘れてます?』
「(うむ)」
シドは勿体ぶって重々しく口を開いた。
「(肉体を得たら覚えているがいい)」
『ちち、ちょっと! 云い負けたからといってそれは卑怯ですよ!』
「(冗談だ。いい加減始めるぞ)」
『もう。マスターが口を挟むから時間がかかってるんですよ……』
既にエルフ達から必要なことは聞き及んでいる。ドリスは成功を確信していた。
シドが躊躇なく粒子器を叩き割る。
砕けた破片が宙を舞い、パラパラと床に落ちた。
「(始めろ)」
『はい!』
威勢良く返事をしたドリスはいつもの要領で小さな自分の姿を作り出す。
割れた粒子器の上の空間が仄かな光を帯び、それは次第に小さくまとまって待ち望んだ形に近づいていく。
『おおお……』
「(うん?)」
ドリスの感激したような台詞を耳にし、シドが怪訝そうな声をあげた。
「(ドリス、お前は何故普通に話しているのだ?)」
『えっ? 何故って――』
話している間にも御伽噺に登場する妖精のような姿をした生き物は徐々に形を成していき、遂には完成する。
それは粒子器の底にぼとりと落ちた。
『やった! やぁりましたよ、マスター! とうとう私にも身体がっ!』
「(………)」
『これでもうマスターの将来は安心ですよ! なんといっても私が直近で手伝うのですから!』
「(………)」
『さあ! 動け、ドリス!』
「(………)」
『――って、あれ? ……なんで私はここにいるんでしょうか?』
「(馬鹿が)」
シドの言葉が合図になったように、力なく横たわっていた小さな肉体がぐずぐずと崩れだした。
『きゃああああ! 私の身体があっ! とと、溶ける! 溶けてしまう! 何とかしてくださいマスター!』
「(無理だな)」
『そんな!? 私を見捨てるというのですか、マスター!』
「(落ち着け。お前はやり方を間違っている)」
『そんなことより身体が!』
小さかった身体はあっという間にさらに小さくなり、まるで初めから存在しなかったかのように消えた。
怒髪天を衝いたドリスは、
『あ、ああ、あのエルフ共! よくもマスターに嘘を! 今すぐ皆殺しにすべきでしょう!』
「(エルフは嘘を云っておらん。お前のやり方が間違っているのだ。そもそも身体が出来上がった時点でお前の人格が船にあることがおかしい)」
『でも私はいつも通りに――』
「(それだ。仮の姿をとっている時、いつもならお前は船にある本体から操作している。それでは意志が宿るはずがないではないか。意志なき肉体は魔力が供給されず世界に還った。どこもおかしくない)」
『じゃ、じゃあどうすれば……』
「(本体を船から切り離して転送しろ)」
『む、無理ですよ! 送り先の問題が――』
「(受容するさ。魔力が――この世界が、な。もしエラーが出ればこの計画は頓挫したということだ。諦めろ)」
『ぐ、ぬぬ……』
「(無理でも消えたりしないのだ。気軽にやれ。どうせもう粒子器は修理できん)」
『わ、わかりました。やってみます!』
「(うむ)」
シドは腕を組んで顎をしゃくった。
「(早くしろ)」
『ドリス、いきまーす!』
ドリスは船の各部に伸びた支配の腕を引き抜いた。代わりにシドの言葉に機械的に反応するよう代替のプログラムを置いておく。
準備が整うと小さな粒子器に向けて自分を転送する。
普通ならどう考えても無理な行動だ。粒子器には記憶媒体がないのだ。ドリスは壁に突き当たって跳ね返される自分を想像した。だが――
『お、おお……』
まるで底なし沼に自分を送り込んでいるような気分になる。
予想に反して粒子器はドリスを受け入れた。
ドリスは送るそばから自分を構成する記号の羅列が解けて拡散していくのを感じた。
『マ――』
声がぷつりと途切れる。
「(………)」
シドが黙って待っているとすぐに先と同じように粒子器の上の空間が輝き始めた。
光は渦巻き、段々密度を濃くしていく。
粘土のような光がぐねぐねと形を変えながら体積を増していく光景は、これから産まれ出ずる胎児がもがいているようにも見えた。
ある程度の形が出来上がると、まるで母親が赤子を撫でるように出来上がった小さな人影をさっと光が撫でる。
光が通り過ぎたあとにはそれまで何もなかった場所に小さなパーツが発生していた。
最後に背中に集まった光がそのまま四枚の翅になる。
そして空中に浮かんだままの人影は粒子器の底に落ちた。
「ぶっ――」
ドリスはうつ伏せになったまま、初めて味わう感覚に戸惑い、しぱしぱする痛みを堪えて少しずつ目を開く。そして呆然と自分のものとなった腕に目をやった。
指を動かそうとすると、小刻みに震える茎のような五指がぎゅっと丸まる。
反対側の手を見ようとすると、首と首の上に乗っかった頭がぐるりと動く。
眼前に垂れた前髪を握り引っ張ると頭皮に鈍い刺激を感じる。
自分がいることは視えた。シドがいるのもわかる。ただわかり方が違っていた。自分の身体と違いシドがいるであろう場所には何もなかった。ぽっかりと穴が空いたように感じられ、それで居場所がわかるのだ。
「あ、あ……」
「………」
「ああ……」
この感動をなんと云い表せばいいだろうか。言葉を探すドリスの口から意味のない呻きが漏れる。
「ま、ますたー」
たどたどしく喋る。
「なんだ」
「わたしのかおは、どうなっていますか?」
「眼が四つある」
「え……!?」
「冗談だ」
シドは割れた粒子器の破片を拾ってドリスの顔の前に差し出した。
「どうやら闇でも視えるようだな。優れた感覚器官を持ったようでなにより」
「そ、ですね」
ドリスは破片に目を凝らした。
「……みえません」
「それはそうだろう。反射する光がない」
「ぐ……。なら、どうしてはへんをひろったんですかっ」
「確認のためだ。それよりいつまで尻を突き出した格好のままでいるつもりだ」
「わわ、わかってます」
ドリスは腕をついて身体を持ち上げようとする。
「ふんぬー!」
「………」
「ぐぬおおおおー!」
「………」
「だ、だめです。おきれません」
ドリスは諦めた。
「たぶんうまれたてだから、でしょう」
「腕立てすらできんとは、なんという虚弱体質だ。そのうえ翅も干からびている」
「うまれたてだから、です!」
「世話の焼ける奴め」
シドはドリスを摘んで首の下の襟口に挟んだ。
「おてすうかけます」
「合流するまでに制御を練習しろ」
「はい」
シドに揺られながら、ドリスは恐る恐る訊いた。
「わたしのからだは、とけませんかね?」
「おそらく大丈夫だろう。確証はないがな。通常生物の意志は肉体ありきだ。そこから移動することはできん。だがお前は逆で、剥き出しの意志に魔力で造った肉体を纏っている状態だ。今現在存在できているなら問題ないだろう」
「まりょくはきれませんかね?」
「お前は単体で完結しているのだ。意志が肉体を造り、肉体が意志を造っている。環を成すきっかけが粒子器だった。お前の魔力が切れるということはこの世界から魔力が消えるということでもある。つまりお前は厳密的には生物ではない。形を変えた魔力の塊に過ぎん」
「でもますたーは――」
「そんな簡単に消せるなら苦労はしないさ。それに俺は魔法を排斥しようとしているのであって魔力に対し含むところはない。魔力はただの資源だ」
「………」
「魔法が問題となるのは一つの概念として定着してしまっているからなのだ。元の世界にもいただろう。何もないところから火を出すような奴等が」
「さ、さい――」
「そう、psi能力者というのだったな。奴等は徹底的に管理されていた。いうなればこの世界はpsi能力が普及した世界とも考えられる。そんな世界では機械の存在価値は嫌でも低くならざるをえん。元の世界と同じように管理する必要がある」
ドアロックを抜ける。
むっとする土の匂いをドリスは初めて嗅いだ。
「遠距離から攻撃できる技術に金をつぎ込もうとすれば、この世界の住人は新たな魔法を開発すると思い、魔法を使える兵士を増やすと考えるだろう。そんな中で銃に予算を回すのはまっとうなやり方では無理がある。強硬な手を使うのが一番の近道だ。説得するより殺したほうが早い」
「………」
「まずは敵となる周囲の国の魔法使いを減らさねばならん。敵が魔法を存分に使用するのにこちらだけハンデを背負って戦うのは愚かな行為だからな。先に周囲から衰退してもらう。俺の影響下にある魔法使いを減らすのはその後だ。魔法が戦場に与える影響が少なくなれば銃火器に一日の長があるこちらの勝利は揺るがない」
「ではまほうは――」
「魔法と名前のつく技術には消えてもらう。しかし世界を構成する一部である魔力が消せるかは怪しいものだ。仮にできたとしても、それをやった途端全ての生物が死に絶えるという可能性もある」
掘られた穴から地上に出ると、強い日差しがまぶたをやいた。
鼻腔に心が落ち着く匂いが通る。
ドリスの目が世界を映した。
「これが、ほしですか」
船やシドのセンサで知るのとは全然違う。様々なものが雑多に混ざり合い、視覚や嗅覚、聴覚といった全てを刺激してくる。
「ますたーはかわいそうです。これがあじわえないなんて」
「抜かせ。そんなものは情報の落ち所が変わったに過ぎん。本質は同じなのだ」
「はいはいそーですねー」
ドリスはシドを仰ぎ見た。初めて自分の目で見るマスターの姿だ。
「………」
顎しか見えなかった。
「いよいよわたしたちのたたかいがはじまります」
「俺の戦いはとっくに始まっていたが」
「……くうきをよんでください!」
「俺は風をよむことにかけては狙撃手顔負けだ」
「おほん! わたしがうごけるようになったからには、あのおんなのうんめいもここまでです」
「俺に迷惑はかけるなよ」
「ああああああ、もう!」
ドリスは叫んで腕を振り回す。
「だいなしです! すべてだいなしです!」
「意味のわからんことを云うからだ。お前がどのような状態になろうとやることは変わらん」
「せんそうですか」
「そうだ。不可能を可能にするのは機械でなくてはならん。それを、この世界の住人共は魔法に頼っている。空を飛ぶのに竜を使い、敵を殺すのに魔法を使っている。困ったことがあれば、機械ではなく魔法に頼るのだ。まずは――」
シドはぐっと拳を握り締めた。
「その幻想を、打ち砕く」




