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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
74/125

村にて―兄の想い―

 倒れている若い男の息の根を止めろ―― 


 ――云わんとするところはわかるが、相対している二人がそれを黙って見過ごすとはとても思えなかったからか、命令された男は戸惑ったようにシドを見上げた。

 目の前の男女からは荒事を専門にしている気配がビシバシ伝わってきている。襲われたら男は間違いなくやられるだろう。

 だが――


「どうした。早く行け」


 シドと敵である二人、質が悪いのはどちらであるかは考えるまでもなかった。


「わ、わかりました!」


 男は悲壮な決意と共に答えた。役に立つかも怪しい警戒感に満ちた動作で左周りに移動しようとし、そちらは禿頭の男に近いと気づいて方向を変える。


「………」

「………」


 シドは敵の二人が顔を見合わせ小さく頷くのを黙って眺める。二人のうちどちらかがヒックと呼ばれていた青年を助けに向かうならしめたものである。

 シドは石橋を補強して渡るタイプだった。


「行くぞぉっ!!」


 禿頭の男が叫び、ぐっと身を沈めた。

 仲間を見捨てる選択をしたかと、シドは口を歪めて動きに注視する。

 しかし――


「――む?」


 二人は意表をついて仲間のところへ向かう男に標的を定め、襲いかかった。

 仲間は助ける。しかし二人しかいない戦力を分けるのも拒否した末の結論か。

 だが背後がガラ空きである。シドは床をメキメキと鳴らしながら猛追した。

 禿頭の男が後ろを振り返り、迫るシドの姿を確認する。そして襟元に手をかけ、上着を引き千切った。

 取り去った上着をシドに向けて放り投げる。

 手で払うか、槍で払うか。それとも躱すか――

 シドは回避を選んだ。体勢が変化することよりも外から得られる情報の一つが減ることを忌避したからだ。


「【見えざる意志(コンシールド・ハンド)】!!」


 後ろを振り向いた女が唱え、舞った上着が生きたモノの如く移動した。それはシドの顔に貼り付き、視界を奪う。


「小癪な真似を」


 大きく踏み込んだシドは軋む床によってアタリをつけ、二人を巻き込む形で槍を振るう。同時に空いた手で顔から邪魔な布切れを剥ぎ取った。


「――へ?」


 視界を取り戻したシドが見たのは間抜け面でこちらを見る元囚人である。それも一瞬のことで、


「ぶへっ!!」


 という声と共にいなくなった。

 本来の目標である二人は姿勢を低くして頭の上を通過する槍をやり過ごしている。

 男違いであった。

 二人は左右対称な動きで槍を振り切ったシドの横にそれぞれ回り込むや、男の方は無言で、女の方は声高に、


「【氷の牙(アイシクル)】!!」


 と呼吸を合わせ攻撃した。

 シドの脇に戦鎚と鋭く尖った氷が命中し、布に包んだ石をぶつけたような音がする。

 その手応えに男の方は眉を上げ、女は安堵の表情を作った。

 シドの手から槍が離れる。

 重量のある槍が硬い木でできた床に悲鳴をあげさせ、男は歪んだ眉をそのままに喝采をあげた。


「やったぞっ!!」

「――嘘っ!?」


 男は自分とは真逆の声音にそちらを見、


「どうした、ジェイリ――」


 シドの手が杖を掴んでいるのを目にしてあんぐりと口を開ける。


「――くっ! 離しなさい!!」


 女は両手で杖を引っ張った。シドを足蹴にし、なんとか杖をもぎ取ろうとする。


「お前こそ離すがいい」


 シドは抵抗を物ともせず、子供から玩具を取り上げる大人のように女から杖を取り上げた。


「くだらん手妻を使いおって」


 両端を持ってヘシ折る。そして二つに分かたれた杖の内、魔法石が嵌っており高価そうに見える方は懐に、残りは投げ捨てて、


「まずはお前から殺す」


 腕を伸ばして呆然としている女を掴んだ。


「さあ、来るんだ」

「イヤッ!! ビットリオォッ!!」

「彼女から手を離せぇっ!!」


 男がシドの背に癇癪を起こしたように戦鎚を何度も何度も叩きつける。


「離せ貴っ様ぁっ!!」


 シドは迅速かつ精確にタイミングを計った。背後の男が武器を振りかぶる瞬間を見計らい、いきなりくるりと向きを変え、


「離せぇ――え?」


 肩で戦鎚を受け、両腕を上から叩きつけて相手の腕を下げる。そしてそのまま男の身体に両手を回し、背中で右手と左手をがっちり組み合わせた。

 男の足が宙に浮いた。

 

「ぐおおおおおおっ!!」

「………」

「ビットリオっ!?」


 男は暴れに暴れた。そして簡単には抜け出せないと知るや呼吸を整えて、


「――ふんっ!!」


 と鼻から息を出し、黙って全身に注力し始める。


「………」

「………」


 シドは顔を真っ赤にした相手と至近で凝め合った。

 どんどん締まっていく梃子でも拡がらない腕に男の顔が絶望に染まる。


「むおおおっ!!」


 最後には男はシドの顔に額を叩きつけ、


「逃げろジェイリン!!」

「そんな――」

「早ぐうぅーっ!!」


 最早なりふり構っている余裕がないのか、頭を振りたくりシドの首に歯を立てる。


「――あ」


 小さく湿った音が立て続けに聞こえた。ビットリオと呼ばれた男の身体が一瞬だけ棒のようにピンと硬直し、口と鼻から赤い物が吹き出す。

 シドは腕を解くと自由になった男の身体が倒れる前に顔に手をかけ、百八十度向きを変える。

 女の反応は早かった。仲間が死んだと見るや脱兎の如く背を見せ駆け出す。顔が逆を向いた男の死体は今だ倒れ伏していない。

 しかしシドは俊敏な動きで腕を伸ばし、女の足が二歩目を踏むことを阻止する。

 捉えたのは髪の毛だった。

 加速途中で止められた女は悲鳴を発した。


「――ぃっつぅ!?」

「………」 


 無言で髪を引き寄せと、女は堪らず自らシドの方へ身体を泳がせた。


「いや!! 離してっ!!」

「………」


 シドは女の肩に手を置いた。そして髪をしっかりと掴み直し、背中側で一気に下に引っ張る。


「ぐぇっ――」


 顔が真後ろを向き、身体が弛緩した。

 二人を始末したシドは女の死体を捨てて槍を回収する。ついでに禿頭の男が使用していた戦鎚も拾う。そして右手に槍を、左手に戦鎚を持って最初の――ヒックと呼ばれていた――男の元へ向かった。

 途中巻き添えで殺してしまった男を一瞥する。

 敵を殺すために味方ごと攻撃する――戦場ではよくあることである。どんな最適な行動をとっていても運が悪ければ死ぬ。

 シドは敢えて悪いとは思わなかった。そのような感情は敵を殺すのに邪魔になるからだ。部下は大事にするが所詮は道具であり、道具に対する執着が目的に影響を与えることは許されない。シドにとっての感情は目的を円滑に進めるための偽装に過ぎなかった。

 上半身に血が滲んだヒックという男の身体はうつ伏せになっている。

 シドは槍を逆手に持ち、狙いをつけた。生きているのはわかっていた。微かに呼吸の音がする。死を装い機会を窺っているのか、それとも意識がないのか。

 余計な行動は取らず突き下ろす。

 現実はお伽噺とは違う。危機に現れる英雄もいなければ都合のいい援軍がくることもなく、シドがくだらぬ葛藤に悩み考えを変えることもなかった。用心が足りない弱者は死ぬのが当然で、慢心した強者は敗れるのが運命だ。

 周囲にどう思わせるかは別としてシド自身は奇跡など存在しないと思っていた。予測しえなかった援軍はただ情報が足りないというだけであり、瀕死の敵に止めをさせない者は精神の制御(コントロール)が甘いだけなのだ。

 三人目を始末したシドは短槍も拾った。脇にたばさみ、アキム達の様子、姉妹の様子、元囚人の男達やエルフ達の様子を確認しながらヴェガスの元へ。

 シドが移動するのを見た姉妹が歩いてくる。

 

「これからどうするんだ?」


 早く代わって欲しそうなヴェガスが云った。


「中はもう殆ど片付いてるし、外の奴等も始末するのか?」

「ちょっと待ってよ! そんなことしないでも降伏するでしょ!? 村長とマティアスの死体を見せて命は助けるといえば武器を捨てるはずだわ!」


 やってきたサラが口を挟む。


「ふざけんな! 奴等はばんばん矢を射ってるんだぞ!? 攻撃してきた奴等になんで降伏勧めんだよ!?」

「シドが先に手を出したんだからおあいこよ! 手勢は多いに越したことはないし、まずは降伏を勧めてからでも損はしないじゃない!」

「……そうね。なんだったら私が説得に行ってもいい。自信はある」


 ミラは胸を張ってシドに目で了解を取る。

 シドは首を横に振った。


「駄目だな」

「――なっ!? なんでよ!?」

「まだエルフを殺していない奴等が残っている。――お前達のようにな」

「も、もういいじゃない!! 殺さなくても済みそうなんだから!!」

「そうね。一旦命令したからと固執するのはいい指揮官とはいえないと思う。状況が変わったのなら命令が変わってもおかしくない」

「なーに云ってやがる!! エルフを殺したくないからってのが見え見えなんだよ!! 皆ちゃんと殺してるんだ!! お前ぇ等だけ殺さないでいい訳ないだろうが!!」

「ヴェガスの云う通りだ」


 シドは姉妹の目を見て云った。


「もしこれがただの戦闘で、殺すのが単なる敵国の人間であれば俺も命令を撤回するにやぶさかではない。――だかミラよ、奇しくもお前が口にした通り状況が変われば命令も変わる。そして今回のそれは本来ならば命令が変わるところがその状況故に変わらないのだ」


 その言葉を聞いたミラは諦めたようにため息をついた。


「村のエルフ共は試金石だ。それに現状を見ろ。ミエロンとレントゥスは死んだ。――俺の命令を重要視し、決断したが故に。もし今命令を撤回すれば、損をしたのは良くも悪くも俺の言葉を重く受け止めた者で、得をしたのはぐずぐずと迷い決断できなかった者ということになる。たかだか二十人前後のエルフの命の為に悪しき前例を作る訳にはいかん」

「そんな――」


 抗弁を諦めたかに見える姉に代わり、サラが前に出た。


「村のエルフ共は今も抵抗を続けている。それを殺すだけではないか。何を躊躇うことがある」

「だから降伏させれば殺さなくても――」

「わからん奴だな。エルフが戦わずに降伏するというのならその時点で目的はエルフの制圧から人数分の処刑へと移行するのだ。降伏しようがしまいが俺の配下の人数分は死んでもらわねばならん」


 シドは頑なだった。


「このキチガ――」


 咄嗟にミラがサラの口を押さえ、言葉を封じた。久しぶりに見る光景だ。


「もふぇえふぁん!?」

「黙って。……私が話す」


 ミラがサラを後ろにさがらせる。そしてシドに、


「……私が向こうの代表を選ぶようにいって連れてくる。話し合って」

「いいだろう。降伏の条件はこちらが必要とするだけのエルフの命だ。二十人前後だと伝えておけ。抵抗を続けるなら皆殺しだ。安いものだろう」

「……わかった」

「理由を訊かれたら神への生贄とでも云っておけ」


 これはシドの優しさだった。信者が一人一人神に生贄を捧げるのはおかしなことではない。そう云っておけば理解はできずとも納得はする筈であった。そしてこれは村のエルフだけではなく姉妹の精神状態にも影響する。

 誰かに怒りを抱くのは期待していたからであり、望んでいた姿、行動、状況とは違うから裏切られたと感じる。つまり期待するだけ無駄だと村のエルフに思わせれば姉妹が怒りをぶつけられることはない。見限られた方が楽な時もあり、そのための理由である。狂信者に理を説く愚か者はいない。


「私も行くわ!」


 ヴェガスが目で訊ねてきたので頷いてやる。 

 ミラが魔法を使い、サラと共に開いた出入口から外に出た。

 姉妹の後ろ姿を見ながらヴェガスが、


「……良かったのか?」

「なにがだ?」

「いや……だってあいつら裏切って向こうにつくかも……」

「そんなことか」


 シドは持っていた武器を一本一本床に突き立て腕を組んだ。


「裏切るなら殺せばいい。時間をおいて裏切るようなら今ここで裏切ってもらったほうが影響が小さくて済むというものだ」

「でもよ、今日の事それ自体が将来の裏切りの理由になるかもしれないぜ」

「それは無理だな」

「……なんでだよ」

「俺は国を支配し、あらゆる場所に住むエルフを狩り集め周辺国家に侵攻する。エルフ共は能力に応じて使い分けるつもりだが、そんな中でエルフを集中運用すると思うか? それにエルフにも色々いるだろう。内通者を作れば済むことだ」


 さらに、一旦軌道に乗って生活が安定すればそれを自ら破壊することはそう簡単にできることではない。女子供が大量にいればなおさらである。そのへんは人間と同じであるだろうから、要はシドがどれだけのものを与える事ができるかにかかっている。

 失うものと得られるものの対比だ。単純な計算だった。


「お前は裏切りを心配しているようだが逆も考えられるのだぞ。俺が勝ち続けた場合、これまで迫害されてきたエルフ達は自分達が人間国家を侵略していることに快感を覚える可能性とてある。寧ろエルフこそが最も好戦的な一派を形成しても俺は驚かん」

「想像できねえぜ……」

「裏切ればエルフは死ぬ。だが俺は死なん。それが全てだ、ヴェガス」


 シドは拳を作ると、心配するな、という風にヴェガスの胸を軽く叩いた。


「それよりもまずはこの村のエルフだ。俺が向こうと話している隙にお前はオークとゴブリンを集めてこい。決裂したらそのまま皆殺しにする」

「オーク?」

「広場にいる」

「なんでオークやゴブリンが……」

「俺が連れてきた。まあ、おそらくまだいるだろう」


 オークやゴブリン達は食事中だったが、果たしてどうなったか。エルフ達も大人しくしている奴等にわざわざ手を出してはいないと思うが――


「じゃあそれまでに中を片付けとかねえとな」


 ヴェガスがある方向を見て云った。

 視線を辿ったシドはそこにアキム達の姿を見る。寝転がったレントゥスとその妹の姿もあった。

 アキムはレントゥスを足蹴にし、首に剣を突きつけている。


「まさかあの小僧が裏切るとはなぁ……」

「………」

「……いいのか?」

「何がだ」

「いや、レントゥスを殺しちまっても――」

「裏切り者を見逃すということは、裏切っていない者全てに対する裏切りに他ならない。俺は部下を切り捨てることはあっても裏切ることはない」

「どう違うんだよ、それ……」

「主観の問題だ。ミエロンにとっては俺の行動が裏切りに映ったかもしれないように、何をどう信じているかによって変わる行為に頭を使ったところで時間の無駄だぞ。敵対したから殺す。そして仲間であった過去はそれに影響を与えない。これが答えだ」

「そうか」


 ヴェガスは大きく息を吐き、


「俺もちょっといってくるぜ。こういうのは近くで見物しないとな」

「終わったらアキム達に予定を伝えておけ。それと使えそうな装備は拾っておくんだ」

「あいよ」


 シドは荷物を背負い直し、戸口からじっと外を眺める。

 外では姉妹の小さい背中をエルフ達が取り囲んでいた。


『戦いを選択すると思いますか?』

「(さあな。――なぜだ?)」

『だって年寄りのエルフが死んじゃったら魔法について訊けませんよぅ』

「(村はここだけではなかろう。次の村で訊けばいい)」


 ドリスの優先順位はそう高くない。だがエルフ達の命はそれ以上に低かった。


『楽しみですねー』

「(そうだな。楽しみだ)」


 ドリスの楽観的な声を聞きながらシドはニヤリと笑った。上手くいけば暗殺や内偵にもってこいの手駒が出来上がる。体が小さく、空を飛べる工作員だ。活用方法は考えればキリがない。


「全く楽しみだ」      

 










「――兄さん!!」

「おおっとぉ! そこで止まりな」


 キリイが連れてきたレティシアがレントゥスの姿を見るなり駆け寄ろうとするのを、アキムは剣を突きつけて制止した。突きつける相手は勿論レントゥスだ。


「兄さんを放して!!」

「馬鹿云っちゃいけねえ。お前の兄貴はシドを裏切った。これから処刑されるんだよ」

「――っ!?」

「わざわざお前を呼んだのはそれがこいつの最後の頼みだからだ。間違っても助けようなんてしないことだ」

「そんな……」


 レティシアは言葉もなく立ち尽くす。

 アキムは黙ってしまったレントゥスを蹴って、


「さ、最後のお別れを云いな」

「レティと二人っきりで話がしたい」

「……駄目だ」


 アキムは少し考えて云った。


「お前が何を云い残すのか知るためにこの時間を設けてやったんだ。俺だけは混ぜてもらおう」

「………」

「………」

「なんだよ!? 別におかしな事は云ってないだろ!? だいたい二人っきりにしてレントゥスが逃げたらどうするつもりだ!?」」


 何故かアキムはキリイに食ってかかった。


「――あ、ああ。そうだな。お前はおかしな事は云ってない。というか別に俺は何も云ってないだろ」

「……まぁいい」


 アキムはレティシアに、


「こっちに来い。兄貴の遺言を聞いてやるんだ」

「………」


 レティシアがレントゥスの横で膝をつき、口に耳を寄せた。

 アキムも中腰になり、顔を近づける。

 三人はヒソヒソ話をする子供のように顔を寄せ合った。


「………」

「………」

「……いつでもいいぞ」

「………」

「……む、無理だ」


 レントゥスは表情を変に歪め、


「とてもじゃないが云えない」


 と口にする。


「――この腰抜けが!!」


 裏切られたアキムの怒りは天に達した。


「兄の風上にもおけない奴だ!! お前と同じ兄である事が恥ずかしいぜ!!」

「止めてください!!」


 アキムがレントゥスを殺そうとすると、レティシアがその身体に覆いかぶさった。


「ええい! そこをどけっ!!」

「嫌です!!」

「兄妹揃って裏切るつもりか!? 俺は他人の妹には優しくないぞ!!」

「待ってくれ!!」


 レントゥスが上体を起こして叫ぶ。

 アキムははっとして剣を動かした。

 レントゥスはそれに対し無抵抗を示しながら、


「……妹との話の前にアキム、あんたと話がしたい」

「――死ねっ!!」


 アキムが剣をふりかぶるとレントゥスは慌てて、


「――ち、違う!! 違うんだ!!」

「何がだこの変態野郎が!!」

「あんたに頼みたい――いや、手伝ってもらいたいことがある!」

「手伝いだと?」

「そ、そうだ。……レティ、済まないが少し離れててくれないか?」 


 レティシアが渋々距離を取ると、レントゥスは妹に聞こえないようにアキムに囁いた。


「俺はもうとっくに覚悟はできている。しかし妹は助けてやりたい」

「………」

「たぶん妹はエルフを殺せないだろう。父さんが死に、僕も死んでしまったら背中を押してくれる者もいなくなる。だからまだ僕が生きてるうちに何とかするしかない」

「……じきに死ぬお前に何ができる」

「殺されることができる」

「――なにぃ?」

「どうせ死ぬんだ。妹を助けて死にたい」

「……ハ」


 アキムはバカにしたような笑みを浮かべた。


「そういうのは自由なうちにやっとくべきだったな。どうして俺がそんなことを手伝わなきゃならない。俺は自分の妹のことで精一杯なんだ。他人の妹の面倒まで見切れねえよ」

「レティはまだ裏切ってない。あんた達の仲間の筈だ。仲間を助けようという気はないのか!?」

「あるさ。でもお前の妹より自分の妹だ」

「そんな……」


 断られるとは思っていなかったのか、レントゥスの顔が悲痛に歪む。


「哀れなものだな、レントゥス」

「え?」

「レティシアが苦労するのは兄であるお前がだらしないからだ。――いいか、兄貴ってやつはな、勝ち続けなければいけないんだよ。兄と妹は、例えるなら指揮官と兵なんだ。馬鹿な指揮官に率いられた兵士が苦労するように、馬鹿な兄貴を持った妹は苦労するんだ」

「………」

「お前は愚かな兄だった。だから妹は不幸な目に合うし、お前はそれを庇えないんだ」

「……考えてみてくれ」


 レントゥスは諦めずになおも続けた。


「大事な者のために命をかける時はいつ誰に訪れても不思議じゃない。アキム、あんただっていつかは僕みたいになる時がくるかもしれない。そうなった時――」

「アホかお前は」


 アキムは冷たく切り捨てる。


「どうしようもない状況だったならともかく、お前は自分でこうなることを選んだんだろうが。お前は妹を守ることより仲間を助けることを選んだんだよ。――覚悟はしている? はん、なら自分の望み通りの死に方ができないからって文句云うな」

「自分で選んだだって!?」


 いきなりレントゥスが上体を起こし、


「誰が好きで村人と妹を秤にかけるというんだ!? 自分で選んだんじゃない! 選ばされられたんだろうが!!」

「お、おおっ? 動くんじゃ――」

「そうやって笑っていられるのも今のうちだぞ! シドのやり方を見ろ! いつか僕みたいに無理矢理身近な存在の命を犠牲にさせられる時がくる! そうなってからじゃ遅いんだ!」

「うるせえ!!」

「アキム! あんたはもしシドがマリーディアの命を使い捨てにしようとしたらどうするつもりだ? しょうがないと諦めるのか? それとも裏切るのか? ――僕達みたいに」

「黙れ!!」


 アキムは喋るレントゥスを蹴り、顔を踏み躙った。


「シドはそんなこと――」

「しないと信じているのか? どこまでおめでたいんだ? あの男のやり方を今まで見てきただろうに! いったいどこにそんな優しさがあった!」

「あ、あっただろう! 牢獄から囚人を逃がしたし、奪った金をみんなで――」

「馬鹿か!? 問題なのはそこじゃないだろう! あいつは他人の価値観を許容しないんだ! 自分の役に立たないとわかった時点で捨てられるに決まってる!」

「そ、そんなことは……」

「別に裏切れとは云わない! ただ無意味な殺しは止めさせるんだ! そうしないといずれ自分に返ってくるぞ!」

「………」


 アキムの瞳が揺れ動く。信じていた神の真の姿を聞かされ、信仰が崩れ始めた男の顔だ。だが――


「どうした、アキム」


 そこに迷える子羊に救いの手を差し伸べる神父のように、ヴェガスが颯爽と登場する。


「ヴェ、ヴェガス……」

「さっさと始末しちまえよ。予定が詰まってんだ」


 神父は朗らかな笑みを浮かべて云った。


「で、でもよ、こいつが――」

「裏切り者の言葉に耳をかすな。こいつは俺達を裏切らせようとしてるんだ」

「僕が云ってるのは皆のためでもあるんだぞ!? ヴェガス、あんただって例外じゃない! いつか切り捨てられる時が――」

「チッ」


 ヴェガスはうるさそうに眉を顰めた。レントゥスを見下ろし、


「役に立たない奴が切り捨てられるのは組織の中じゃ当然だ。シドのやり方の一部分を誇張して話すのは公平じゃねぇ」

「どういう意味だ?」 


 ヴェガスはアキムに、


「いいか。俺の感覚じゃシドは緩い。本来なら口の利き方や礼儀作法、食い物から着る物、武器に至るまで自分を優先させてたっておかしくねえんだ」


 アキムはなるほど、と思った。騎士団にいた頃の上官を思い浮かべれば簡単だ。


「やるべきこととやってはいけないこと、この二つさえ守ってりゃシドは口を出さない。つまりだ、欲でおめぇの妹を寄越せということはないってこった」

「それが僕の云ったことと何の関係がある!」

「手前ぇは黙ってろ! 今すぐ殺されてえか!」

「くっ……」


 ヴェガスはアキムに対し続けた。


「決まりごとを守らなきゃ離れ離れになるのはシドの元だけじゃねえ。街で犯罪を起こして捕まりゃ妹にゃ会えなくなるんだ。逆に考えりゃ、命令をちゃんとこなしていればシドの元ほど好きにやれるところはねえってことだな」

「………」

「要は重要度の問題だぜ。アキム、おめぇがもし有能で代われる奴がいないほどの存在だったなら、シドは決して妹を犠牲にしたりはしないだろうよ。確かにシドは冷徹かもしれん。でもな、絶対どこかに抜け道はあるもんなんだ」

「……なるほど」

「だからこんなことで疑問を持ってちゃいけねえ。きっとシドが知ったら幻滅するだろう」

「な、なんだとっ!?」


 アキムは焦った顔で剣を構えた。レントゥスの上で両足を開き、剣を下に向ける。


「このクソ野郎が!! よくも俺を騙しやがったな!!」

「……まともな奴は皆死んでいくのか」


 レントゥスは諦めたように溜め息をついた。


「でも、将来あんた達は絶対にいい死に方はしないだろうし、それを考えると今ここで死んだ方がマシなのかもしれないな」

「止めてください!!」


 レティシアがアキムを止めようと駆け寄る。

 その身体をヴェガスが押さえた。


「おおっと。いいとこなんだから邪魔するなよ」

「離して!!」

「黙れ」


 ヴェガスは暴れるレティシアの顎を掴み、レントゥスの方へ顔を固定した。


「よーく見ておくんだ。裏切り者が殺される光景をな」

「あ……ま、待って……」


 アキムは力を込めて剣を突き下ろした。狙ったのは喉だ。一気に重要な器官を切断する。

 レントゥスの肉体が一瞬だけ震えた。


「イヤァァァッ!!」

 

 レティシアが悲鳴をあげる。

 剣を引き抜くと温かい血が吹き出し、アキムの全身を赤く染めた。

 アキムはペロリと唇を舐め、


「おお……おお……」


 と呻きを漏らした。

 全身を濡らすレントゥスの身体の一部であったものから、何かが染み入ってくるようだった。


「入ってくるぞ、レントゥスよ。お前の兄としての力が――」


 アキムは兄としての力が増した気がした。

  

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