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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
73/125

村にて―離反・下―

遅くなりました


活動報告で二話更新と書きましたが、前話に四千弱混ぜる形にしました



 禿頭の男と黒髪の女の拘束を解いたレントゥスはまるで吸い寄せられるように視線がある一点に向くのを止められなかった。

 時間がないとわかっているのに、無意味な事をしようとしているのにわかっているのに、自分で自分を止めようという気が起きなかった。


「………」


 口から小さく声にならない吐息が漏れる。

 視界に転がっているのは見慣れた男の姿だ。滑るように宙を飛び、床に叩きつけられてからピクリとも動かない。いつもは大きく見える背中が今は小さく見えた。

 脳裏に嘆き悲しむ母の顔が浮かび上がり、もしかしたら自分はとんでもない過ちを犯してしまったのではないかと恐ろしい不安に襲われる。

 村の仲間を手にかけるのは当然嫌だ。だがそれは、父親が死んでしまうよりは良かったのではないか。同族を手にかける忌避感など、目の前で父親が死ぬのを見るよりはまだ耐えられるものだったのではないか。

 レントゥスは己の中で、父親の命と村人の命を載せた天秤が呆気ないほどの容易さで前者の方に傾くのを感じた。

 しかし過ぎた時間は巻き戻せない。死んだ者は生き返らない。少なくともレントゥスはそれが可能な人物を知らなかった。

 後悔が刃のように心に突きたち、血が抜けるように身体から力が抜ける。


「おい小僧!! 俺達の荷物は!?」


 レントゥスは禿頭の男の声に肩を震わせた。


「……荷物?」

「そうだ!!」

「荷物は……」


 抑揚のない声音で繰り返すレントゥスの中で父親の言葉と男の言葉が結びついた。だが、


「荷物は、わからない」

「なにぃ!?」

「僕達も一緒に捕まってたのは知ってるだろう。僕達の荷物も一緒に――」


 云いかけてハッっとする。


「――そうだ! アキムだ!!」


 さっきアキムがシドに云われて荷物を取りに行っていた。これまでのやり方からいくとこの三人の持ち物は全て戦利品として頂くのはおかしな話ではなく、気を利かせたアキムが自分達の荷物として持ってきていた可能性は十分にあった。

 レントゥスは目を皿のようにして周囲を探った。


「……くそっ」


 しかし見つからない。そう上手い話はないか、と悪態をつく。

 その時、いきなり禿頭の男が動いた。つかつかと歩いていき、手持ち無沙汰にしていた元囚人の肩を掴んで振り向かせる。


「ああ? なん――」

「この盗人が!!」


 大きな拳で頬を殴り飛ばし、手から落ちた武器を拾い上げた。すぐさま殴った相手の顔面に振り下ろす。そして取り返した戦鎚を試すがめつ眺め、


「ジェイリン、お前の武器も誰かが持っている筈だ」

「ホントろくでもない集団ね、こいつら。まぁ今回は許すけど」


 レントゥスは少し呆れてしまった。持ってきていたどころか既に使用していたとは……

 だがこれでレントゥスの仕事が一つ減った。後はこの三人や戦う気のある村人と協力してシドを倒すか、それが無理なら妹を手助けするのだ。 

 妹の事を考え、萎えそうになる気を奮い起こす。父親はもういないし、この三人は無関係。村人にも余裕はない。この場でレティシアを気にかける者はレントゥスしかいなかった。

 拘束を解いた男と女が動き始め、選択を迫られたレントゥスは建物の外に出ることにした。自分では天地がひっくり返ってもシドには勝てないのはわかっている。だから味方を増やす。外にいるエルフが参加すれば数の差は覆り勝率は上がる筈だった。逆にこのままでは建物内で早々に決着がついてしまい、勢いを失った他のエルフが戦わずして膝を屈する可能性がある。

 一瞬だけ、そうするのは村全体を巻き込み被害を増やすだけではないか、という不安が頭をよぎったが、既にして家族の一人を失ったレントゥスは村人も自由を勝ち取りたければ命をかけるべきだと思い、増えるであろう犠牲から目を逸らし駆け出した。

 










 床に転がるのは殆どがエルフの死体で、その中を殺し損ねた男達が餌を探す獣のように徘徊していた。

 彼等はまだ息のあるエルフを探して死体を一つずつ検分する。致命傷を負い動けなくなったエルフはノルマを達成するのに最高の獲物だった。

 そんな中、ある場所で、あらゆる方向から襲われ満身創痍のエルフを一人の男が追い詰めていた。


「おらおらおらおら!!」


 薄汚い服を着た男は両の手に槍を持ち振り回しながらエルフをいたぶっている。


「どっからでもかかって――ごぃっ」


 戦鎚がその頭部にめり込んだ。

 二本の短槍を取り戻したビットリオは行く手を遮る男達を突き飛ばしながらヒックの元へ向かう。

 与し易いエルフを襲う方がいいと判断したのか、男達はビットリオに気づいても敢えて向かって来ようとはしなかった。


「なんと情けない奴等だ」


 先程云った盗人という言葉は大当たりで、男達はまさに盗賊団そのものだった。

 ジェイリンと合流したビットリオはヒックを視界内に入れ、声を張り上げる。


「ヒック!! 武器を取り戻したぞ!!」

「………」


 ヒックは戦っていた男と常ならば考えられない程距離を取っていた。男が一歩踏み出すと同じだけ後退する。


「ヒック!!」

「………」


 ヒックは応えず、黙って背中を見せるだけだった。ビットリオのいる場所からはヒックの表情は読み取れない。


「くそ!! 行くぞジェイリン!!」

「他の荷物は!?」


 ビットリオは迷った。失った持ち物には依頼達成のために侯爵からマリオへと渡された物もある。いよいよとなったら切り札として使うことも可能な物だ。

 しかしあれは懐に入れていた。捕まった時取り上げられたが背負い袋を回収してはい終わりとはいかない。取り戻したいが、どこにあるか、誰が持っているかが皆目見当がつかない今固執するべきではないだろう。

 しかし一方で、あの男を殺せそうにない場合はマリオの仇を討つ唯一の手段となりうる。

 あの男が一筋縄ではいかないことは知っていた。森で偶然出会った時の僅かなやり取りでさえ結果的にマリオの命を奪ったのだ。戦うなら犠牲を覚悟して全力で。逃げるなら恥や誇りを捨てて全力で。どちらかを選ばなければいけなかった。


「まずはヒックに武器を渡す!!」


 ビットリオとジェイリンは駆けながら自身と武器を強化する魔法を使用した。


「ヒック!!」


 この距離なら聞こえない筈がない、という位置で再度呼びかける。


「………」

「ヒック!! 武器を持ってきたぞ!!」

「………」

「何故返事をしない!!」


 背後から手を伸ばす。その手が背中に届く前に相対している男が歩を進めた。

 まるでヒックと男の間に見えない棒が存在し、それに押されたかのようにヒックが後退る。

 まさか逃げ回っているだけとは予想もできず、怪訝そうに眉をあげたビットリオは、


「あ……」


 と口を開けた。

 思い至ったのだ。ヒックが頑なに保持しようとしている距離が男が槍を振るった場合に回避可能な安全圏であるということに。

 そしてビットリオの手が後ろにさがったヒックの背中に触れる。

 ビクリと肩が跳ね、ありえない場所で石につまづいた男のようにヒックが狼狽えるのがわかった。確信があるのか、次の瞬間には身を投げる。

 全ては瞬きする程の一瞬のことだった。

 男の腕がブレたように霞み、肉を打つ生々しい音が耳に入った。


「――ぐぁっ!!」

「ヒック!?」


 ジェイリンが悲鳴をあげ、宙に浮いたヒックの身体が独楽のようにくるくると回る。


「――すまん!!」


 容体は気になるが二人揃って隙を見せるわけにはいかない。ビットリオは一言詫びながら戦鎚を振りかぶった。

 動きつつ片手で振るわれた戦鎚だが、魔法のおかげで力自慢の男が両手で振り回した大槌の如き威力が込められたそれを相手は意外な身軽さで躱し、口を開いた。


「その男を捨てて逃走すれば助かったかもしれないものを。力不足を補うために組んだ徒党に固執し死地に身を投げ出すとは、つくづく愚かよ」

「黙れ!!」


 ビットリオは歯噛みした。むかつくが云ってることは尤もで、マリオがいてさえ逃走した相手だ。三人で力を合わせ状況を利用しなければ勝つ目はないだろう。

 ままならない、と思った。男と森で出会ってからこっち、やることなすこと何かが手落ちになる。逃走した際はマリオが傷つき、逃げたと思ったら兵士に捕縛され、解放されたかと思いきや荷物がない。そして武器を取り戻し合流できた矢先にまたもや一人が戦力外となった。

 場を制御しているのは目の前の男で、そこで足掻く以上ビットリオ達は常に受身にならざるをえず、抗えば抗うほど少しづつ弱体していく。

 ヒックを死んだものと切り捨て戦ってもビットリオとジェイリンだけでは勝てそうになく、三人揃って逃げるのも不可能に近い。唯一成功しそうな選択はジェイリンと二人だけで全力で逃げることだった。

 だが――


「マリオの仇討ちだと吠えていた俺が仲間を見捨てて逃げれようか!!」


 ビットリオは叫んだ。ヒックの武器を彼の元へ放る。


「ジェイリン!! ヒックは後回しだ!! 俺達が死ねばどうせ助からん!!」

「でも――」

「ヒックを助けるにはこの男を殺すしかない!!」

「……わかったわ」


 二人並んで対峙する。

 いよいよ死を覚悟した突撃を敢行しようとしたビットリオ。

 男は首を傾げてなにやら考えているようだった。

 ビットリオは嫌な予感がした。

 案の定、男は予想だにしなかった行動に出る。周りにいる配下の一人に声をかけ、呼びつけたのだ。

 念には念を入れ数を増やすつもりかとビットリオは焦燥が募る。

 そして男がある方向を指差し、やってきた配下にこう命令するのが聞こえた。


「おいお前、ぐるっとまわってあそこで倒れている奴に止めを刺してこい。息をしていなくてもちゃんとやるんだぞ」


 差した先にはヒックの姿があった。

 












「おい、ちょっと待ちな」


 マリーディアの手を引いたアキムはそう云ってエルフの行く手を阻んだ。


「どこに行こうってんだ? レントゥスよ」


 立ち止まって短剣を構えたレントゥス。低い声で、


「……そこをどいてくれ」

「馬鹿云っちゃいけねえ。どこで誰が見てるかわからねえんだ。見逃して告げ口されちゃかなわないからな」

「……なら、力づくでも通る」

「ハッ。そんなちっぽけな包丁で勝てるつもりか? お前にゃ無理さ」


 アキムはこれみよがしに剣を見せつける。


「シドを裏切るとは馬鹿な奴だ。親父も死んじまってよ」

「……話し合って決めたことだ。それに僕は魂まであの男に売り渡したつもりはない」

「なぁにが魂だ」


 アキムはペッと唾を吐いた。


「生命欲しさに森に隠れ住んでいたエルフの魂なんぞとっくに腐ってるさ。そんなもん誰も欲しがらねえ」

「ならば通してくれ! 手は出さないと約束する!」

「おいおい、あんま笑わせんなよ。生憎と、お前の生命なんざどうでもいいが自分の生命は大事なんでな。それに裏切り者を始末したとなれば出世のチャンスだろうが。親父の方なら手こずりそうだったがお前なら楽に殺せそうだよ」


 それに――とアキムは続けた。


「もし俺が偶然気づいてなかったら後ろからぶっすりいかれてたかもしれないだろ。まあ、裏切った以上は単なる敵なんだし、殺す理由はあっても見逃す理由はないわな」

「くっ……。あの男の頭は正気じゃないんだぞ!! このまま傍にいたらいつか妹が死ぬかもしれないと考えたことはないのか!?」

「いやいや、裏切ったりなんかしたらその時点で死んでしまうし。――お前やお前の親父みたいに」

「僕はまだ死んでない!!」  

「……哀れな奴だな、お前」

「なに!?」

「お前はどう見たって死亡予定者だろ。まだ自分は死なないなんて思ってるのか?」

「うるさい!! 時間を稼ごうたってそうはいかない!!」


 レントゥスが迂回して走り抜けようとする。

 アキムは一旦妹から手を離し素早く進路上に立ち塞がった。


「どけったら!!」

「やなこった」


 アキムは剣をレントゥスの眼前に突き出した。


「そういや俺、まだ一人もエルフを殺してなかったんだよな。わざわざ殺されにきてくれるなんて助かったぜ」

「人として恥ずかしくないのか!? よくも妹の前でそんな台詞が云えたものだ!」

「全てを晒け出してこそ本当の家族だ。妹を捨てたお前にゃわからねえ」

「捨ててなんかない! だいたい普通の兄妹なら妹に殺しをさせようなんてしない筈だ!」

「おお、そこに気づくとは中々やるじゃないかお前」


 アキムは嬉しそうにニヤリと笑い、


「確かに俺のマリィへの愛は普通じゃない。むしろ極上だ」

「嫌がる妹に無理矢理殺しをさせる男に従うなんてどうかしてる!! どうしてわからないんだ!?」

「わかっていないのはのはお前の方だ。形こそ違えどこれも生きるためだろ? そのためなら例え妹が嫌がろうがなんだってやるし、妹に嫌われようがいつだって傍にいる。それが俺の愛だ!!」

「それのどこが愛だ!!」


 レントゥスが躙り寄ってくる。

 アキムも剣を構えて間合いをはかった。


「………」

「………」


 もう少しでアキムが斬りかかろうとする距離になった時、


「――よっと」


 背後から忍び寄ったキリイがレントゥスの脚を切り裂いた。


「――あぐっ!?」

「お手々が隙だらけだぜ!」


 前のめりに体勢を崩したところに短剣を持った手をアキムが斬る。


「――っ!!」


 膝をついたレントゥスは悲鳴を噛み殺して取り落とした武器を無事な方の手で拾おうとする。

 それをアキムの足が容赦なく踏みつけにした。


「終わりだレントゥス。所詮お前みたいな甘ちゃんは長生きできないのさ」


 アキムは静かに宣告した。

 こうは云ったが、短いながらも寝食を共にした仲間だ。口元が微かに震える。

 もしかしたら同じ、妹を持つ兄として仲良くする未来があったかもしれなかった。盗んだ金で祝杯を挙げ、妹に近づいた男を如何に始末したかを自慢し合う未来だ。

 だがレントゥスは愚かにも裏切った。彼は死に、アキムが理想の兄貴像を語り合う相手はいなくなるだろう。


「この屑共めっ!!」


 額から汗を流してレントゥスが云う。


「なんだとぅ!?」


 アキムは腹を蹴り上げた。


「……ぐ」

「お前だって一緒になって殺し盗んだ物で生活してたくせに何云ってやがる!! 裏切ったからってやってきたことが全部チャラになったつもりか!?」

「ち、違う!! 僕は――」

「何もしてない人間を殺し、仲間をも裏切る。お前等親子は揃いも揃って最低な奴等だよ」

「父さんを侮辱するな!!」

「うるせえ!!」


 柄で耳の上を殴りつけ、仰向けに転がす。

 血を流すレントゥスの上で、アキムとキリイは軽く手を打ち合わせた。そして冷たく見下ろす。

 アキムは何故エルフが衰退したかわかった気がした。真っ直ぐ伸びて曲がらない木は、耐えられないくらい強い風が吹いた時折れる。しかししなやかに曲がる木は折れないのだ。


「くそっ! くそっ!!」

「あばよ」


 悔しそうなレントゥス。しかしすぐに静かになり、じっと虚空を凝め出す。

 アキムは逆手に持った剣を突き下ろそうとした。


「……待ってくれ」

「あん? 命乞いなら無理だぞ」

「違う。……最後に妹と話がしたい」

「お前自分の立場わかってるか? 裏切り者のくせに頼み事とか――」

「もし逆の立場だったらきっと同じ事を願った筈だ。妹が心配なんだ」

「し、しかしだな――」

「頼む!」


 アキムは困ったように目を泳がせた。その視線がマリーディアの元で止まる。

 ここは一つ度量の大きさを見せるべきか、それとも安全策をとって殺してしまうべきか。アキムは思案したが、キリイもいることだし油断しなければ大丈夫だろうと思った。レントゥスは死に体だし、妹の方に目を光らせておけば大事にはならないだろう。

 それに、なにより死にいく兄の姿というものが深く心を打った。理想の兄貴像の探求者たるアキムにとってレントゥスの死に様はいい勉強になるかもしれないのだ。


「……いいだろう」


 アキムは頷き、何一つ見過ごすまいといわんばかりにくわっと目を見開いた。


「見せてもらおうか。エルフの兄の実力とやらを」

  

 


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