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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
72/125

村にて―離反・上―

 雰囲気の険悪さから、既にして弓を構えていたエルフ達が次々と矢を射る。

 並の人間なら針鼠に変わるその空間に、一切の躊躇いを見せないシドの巨体が滑り込んだ。

 命中した矢がまるで雨粒のように弾け飛び、効果がないと悟ったエルフ達が進行方向から一斉に距離を取る。

 シドは薄くなったエルフ達の壁を紙のように突き破り外に出た。

 建物に入れず外でやきもきしていたエルフ達が、前列の仲間が突如として開けた間隙の中を怒り狂った牙猪さながらに突進してくる男を見て息を呑んだ。


「離れろぉーっ!!」


 叫んだせいで逃げ遅れたエルフを捕まえ、後方に投げる。

 投げられたエルフは入口の縁に当たって回転しながら姿を消した。

 このまま外に場所を移すと思いきや、周りを取り囲むエルフ達の意表を突き踊り子のように優雅に反転したシドは元来た方へ折り返すと、後ろから降ってくる魔法と矢を大きなバックパックで受け止めながら入口すぐ横の死角になっていた所にいた女エルフの顔を鷲掴んだ。


「ヒッ――」

「跪け!」


 熟した果実のように握り潰す。

 死体を捨て、壁に腕を突き入れると弄り、向こう側にいたエルフを捕らえるや勢いよく腕を引き抜く。

 

「命乞いをしろ!」


 こちら側に引き抜いたエルフの頭に足をかけ、地面とで圧潰した。


「『炎珠(フレア)!!』」


 誰かが放った魔法が飛んでくる。

 右手で振り払うと火球が崩れ、手首から二の腕までを炎が舐めた。

 腕をひと振りし、


「さもなくば死、あるのみ」


 魔法を放ったエルフは勝利を確信し、油断していた。一足飛びに距離を詰め、握り締めた拳を頭頂に振り下ろす。

 水溜りを踏んでしまった時のように血が飛び散った。拳は半ば頭に埋まり、首の後ろから折れた頚椎が飛び出す。


「『氷断(アイスエッジ)』!!」


 複数のエルフが同時に同じ魔法を使用した。

 空間が歪んだように見える透明な三日月状の刃が数え切れないほど放たれ、シドを切り裂かんと一斉に迫る。

 移動するシドに当たった刃が乾いた音を立て砕けた。

 シドは逃げようとするエルフの中からなるべく若そうに見える女を捕まえると、後ろから首に手を回した。


「イ、イヤッ!! 離してっ!!」

「黙れ」


 暴れるエルフを一度壁に打ちつけ、弱らせてから出入口を跨ぐ。そして建物の内と外に厳しい目を向けた。


「おっと」

「――ぐぅっ!?」


 顔に向かって飛来した矢をエルフの盾で防ぐ。

 矢は吸い込まれるように胸に突き刺さった。エルフの盾は柔らかい肉でできているが分厚いのでよく衝撃を吸収する。


「やはり盾があると安心感がある」


 シドは独り笑った。敵と戦闘中に回避行動を却下することはままあるが、ただ立っている状態で攻撃を喰らい続けることを許すほど甘くない。

 反撃に繋がらない忍耐は無意味だった。


「それにしても、接近戦を挑む相手に容赦なく飛び道具を使うとは卑怯な奴等よ」

「その娘を離せ!!」


 外のエルフがそう口にした。


「馬鹿を云え。俺に離せと云う前にお前達こそ弓から手を離せ」

「この卑怯者が!!」


 エルフの一人が皆に号令をかける。


「構わん!! やれ!! 内と外から同時に仕掛けるんだ!!」

「し、しかし――」

「あと一人の犠牲でケリがつくなら安い物だ!! 責任は俺が取る!!」


 音頭をとった弓が引き絞られ、声を聞きつけたのか建物の内側でもエルフが向かってきた。


「ふ――愚か者め。俺が力だけの存在ではないことを教えてやろう」


 シドは左手に持ったまま使用していなかった槍を地に突き立て、女エルフの腹に両手をかけると一気に引き裂いた。

 まるで腸で繋がったヌンチャクのように、左手に下半身を、右手に上半身を持ち左右に対する防壁と為す。

 雨霰と射られた矢が外に掲げられた上半身を穴だらけにし、露出したシドの半身に当たった物は無為に弾かれる一方、左手方向から走りくるエルフは仲間の上半身を避け短剣の一撃を入れようと大きく右に身体を流した。

 シドが下半身を器用に動かし短剣の軌道をブロックすると、攻撃を尽く阻まれたエルフが歯噛みする。


「くっ……」


 一瞬の隙をついて頭に腰部を叩きつけ、ふらついたところで横殴りに弾き飛ばす。

 そして攻めあぐねる両側のエルフ達の視線を平然と受け流しながら、


「やはり盾があると安心感がある」


 と繰り返した。


「おいおい。何遊んでるんだよ……」

「――キリイか。首尾はどうだ?」

「問題ないさ」


 一種の安全地帯と化したシドの元に近づいてきたキリイは、云わんとするところを察し血に濡れた剣を掲げてみせる。

 他の者はどうだろうか、とシドは様子を窺った。

 ヴェガスやアキム、牢獄から連れ出した囚人達は問題ないだろうが、エルフやマリーディアはそのままでは殺せない可能性が高い。


「まだ終わってないだろ」


 友人の妹を心配したか、キリイが先回りして口にする。

 見たところアキムとマリーディアはまだ押し問答をしているようだった。


「そんなことより、どう見てもエルフよりこちらの数が多いんだが……」


 キリイは暗に入口を塞いで外からの侵入を阻害しているシドを非難した。


「わかっている」


 建物の中にいたエルフは十人前後だった。シドの突撃と初動の早かったヴェガスが原因でろくな抵抗ができておらず、全員死ぬのは時間の問題だ。


「外から連れてきて数を調整しよう。お前達もその方がやりやすかろう」

「ああ。そうしてくれると助かる。それと、俺は手伝いに行ってくるけど違反じゃないよな?」

「好きにしろ」


 例え力尽くで強要された結果の殺害だったとしても、そこまで言及していない以上認めるつもりだ。

 なにより、それを認めなかった場合生命欲しさに嫌々エルフを殺した者は命令を出したシドを逆恨みする可能性もあった。しかしより身近な者が無理矢理殺させたなら、恨みはシドではなくその者に向かうだろう。そしてその性根故に身近な存在に責任を転嫁して手にかける選択は取れず、葛藤の末に人を殺す己を受け入れるのだ。


「(ドリスよ)」

『はいはい、なんでしょう』

「(部下を持つというのは大変な事だな)」

『……笑うところですか?』

「(……まあ、部下を持たず、これからも持つことがないお前にはわかるまい)」

『そんな!? 私にも部下をくださいよ! マスターが出世したのなら流れで私も出世するのが当然ではないですか!』

「(今のままでは無理だ。そういう台詞は他者と会話できるようになってから云うものだぞ)」

『そ、そそそ、そうですよ! エルフから魔法について詳しく聞き出すという話だったじゃありませんか!』

「(うむ。しかし最も詳しそうな村長は死んでしまった。あまり期待はするなよ)」

『ああ……。死ぬ前に気づいていれば……』

「(――む?)」


 話しながらも周囲の観察を怠っていなかったシドはある一点に目を止めた。

 ミエロンとレントゥスがいかにもな感じで足を忍ばせ戦闘の輪から離れつつある。彼等の向かう先には拘束されたままの三人がいた。

 ドリスもそれに気づき、


『裏切りです! これは明らかな裏切り行為ですよ、マスター!』

「(………)」


 そう決めつけるのは早計だ――とは思わなかった。所詮脅しで動かせるのは己の命を一番に考える者だけである。彼等に命をかけてでも守りたい何かがあってもおかしくはないし、死ぬ覚悟があれば誰にだって逆らえるだろう。


「ヴェガス! 来い!」


 シドはこういう時に便利なヴェガスを呼んだ。


「へいへい」


 エルフの数が少ないことに気づいているのか、戦う姿勢を見せず縫うように近づいてくるヴェガス。


「俺は用ができた。ここはお前が後を引き継げ」

「引き継げって……。入ってこないように防げばいいのか?」


 それならなんとかなるかな、とヴェガスが頷きかける。


「いや、時間をおいて数人ずつ中に入れるんだ」

「ちょ――そりゃ無茶ってもんだぜ! 俺が死んじまう!」

「大丈夫だ」


 シドは両手に持った死体を差し出した。


「この盾をお前に譲ってやろう」

「………」


 ヴェガスはズタボロになった死体を厭そうな顔で見た。驚きと痛みで醜く歪んだ表情は持つだけで呪われそうな代物だ。そのうえ面積が小さいし形も歪で矢を継続して防ぐのは無理がある。現にいまもって射かけられる矢は次々とシドに命中しており、彼が死んでいないのは盾のせいなどではなく自身の肉体的特徴によるところなのは明白だった。


「さあ、受け取れ」

「なんてこった……」


 ヴェガスが渋々受け取ると、シドは突き立てておいた槍を手にした。


「一人で無理そうなら助けをやろう」


 シドは少し考え、


「――そうだな、ミラとサラがいいだろう。伝えておいてやる」

「急いでくれよ!」


 シドと入れ替わるように入口を塞いだヴェガス。すぐさま死体を掲げて身を守るが、当然のように防ぎきれなかった矢が腹部に突き刺さった。


「うほっ!!」


 ヴェガスが猿のような声を出す。


「や、やっぱ無理だ! 俺以外の奴にやらせてくれ!」

『す、すごい耐久力です! やはり脂肪の厚さでしょうか!?』

「(普通に考えて筋肉だろう)」


 シドは痛そうにしながらも平気で立っているヴェガスに、


「お前はまだユーモアを武器に戦うに至っていないようだな」

「冗談だったのかよ!? 俺じゃなかったら死んでるぞ!」

「詫びがわりに本物の盾をおいていってやる」


 そう云って背中からバックパックを降ろす。


「これを盾にしろ」

「あるんなら最初からそれにしてくれ!」

「お前なら大丈夫だろうと思ったのだ」

「え……?」

「お前ならやってくれるだろうと思ったのだ」

「そ、そうか……。そう云われちゃ怒るに怒れねえな……」


 ヴェガスは照れ臭そうな笑みを浮かべた。そして困ったように、


「でも連れてくるのは無理そうだ。あいつらが近づいてくりゃ別だが」

「………」

「………」

「………」

「――うっ!? き、急に腹が痛くなってきたぞ……!?」


 ヴェガスが大げさに矢の刺さった腹を押さえる。

 シドはやれやれと首を振り、


「仕方がない。侵入を阻むだけでいい」

「そ、そうか。済まねえな」

「その代わり援護はなしだ」

「そんな!? どうやって内側を警戒すりゃいいんだよ!?」

「お前の目は二つある」

「バラバラに動かねえよ!!」

「動くさ。ちゃんと両方共神経がついているのだからな。それより時間がない。俺はもう行く」

「おおい!!」


 後ろからヴェガスの悪態が聞こえてくる。本人はああ云っていたが、人一倍頑丈な男だ。絶対に破れない防壁があればしのげる筈であった。

 シドは無人の野を行くがごとく一歩一歩足を進めた。その進行方向にいる者は敵も味方も慌てて身を翻す。

 耳打ちで相談している姉妹の横を通り過ぎ、男二人に背中を押される少女を横目に目的の男達の元へ辿り着く。

 目的の人物達はとっくにシドの接近に気づいており、息子の方は大急ぎで膝をつき手元を忙しく動かした。

 そして父親はシドの前に立ちはだかる。










「くそっ、なんてことだ!!」


 と、眼前で繰り広げられる光景を目にしたミエロンが愕然とした声を出した。

 片や恩人であるシドとその仲間達。片や生まれ育った村の住人であるエルフ達である。例えシドがミエロンの期待を裏切る悪党だったとしても胸中には複雑な思いが浮かぶ。。


「戦おう、父さん!」


 傍までやってきたレントゥスがそう云うと父親は、


「……やむを得ん」


 と、ゆっくりと頷いた。

 勝てるかどうかはわからない。だが、負けるとしても苦楽を共にした隣人達が殺されるのを黙って見過ごす事はできなかった。


「レティ、お前はここで待て」

「え……!?」

「お前はここで待っているんだ」

「そんな!? 嫌です!! 私だって戦えます!!」

「………」


 ミエロンは渋面を作り、言葉を探した。戦いによる娘の死を望まないのは云うまでもない。しかしミエロン達が敗れた場合、ここで待ち、尚且つ生き延びるということは隣人の命を奪うということでもあるのだ。人並みに優しいレティシアがそのような理由で納得するわけがなかった。


「お前まで死んだら母さんはどうなる」


 結局当たり障りのない理由しか思いつかなかったミエロンはそう口にした。


「レティ、お前は俺やあの囚人達よりも先にあの男の元にきていた。そのお前がいれば俺達にもしものことがあっても母さんに便宜を図れるかもしれない。三人揃って死んでみろ。母さんがどれだけ悲しむか」

「それは父さんや兄さんが死んでも同じ筈です!! そもそも死ぬと考えているなら戦わなきゃいいじゃない!!」

「ではお前は共に暮らしてきた皆を手にかけろというのか? 仲間を殺せない以上あの男と戦うのは避けられない。なら少しでも味方の多い今のうちにやるべきだろう」

「味方なんて殆どいないじゃない!! それに数だけいても勝てないわ!!」

「………」


 確かにその通りだ。室内だけで見れば数で押されているし、ミエロン達の運命はその局地にある。だがミエロンにとって最早勝敗など二の次であり、重要なのは村の危機に立ち上がるかどうかだった。

 ミエロンは思う。仲間を見捨てて生き延びたとしてその後の生を幸せに過ごせるだろうか、と。


「レティ、村が危急の時は命をかけて戦わねばならない。だが、全員がそうすべきではないのだ。こういう時は万一の可能性を考え種を残しておく。俺達の祖先はそうやって生き延びてきたんだ」


 これが勝つことが目的である戦場なら話は別だが、ここは軍が凌ぎを削る戦場ではない。生き延びるために弱い者を逃がすのは当然だった。


「私だって戦えるわ!!」


 レティシアは譲らなかった。武器を触りながら気勢をあげる。


「レティ」


 ミエロンは見ているレントゥスがはっとする程の凄みを込めて云った。


「お前が戦えるというのならここは二手に分かれよう。俺達の目的は生き延びることだ。村を滅ぼしてはならん」


 もしこの村のエルフが敗れた後シドが別の村に向かうとして、その集団にこの村のエルフがいるかどうかは大きく影響するだろう。それに欲を云えばやはり自分の子供には生き残っていて欲しかった。


「勝っても負けても誰かが生き残る道を選ぶ。一人前だと云うのなら従えるな?」

「………」


 嫌な予感がしたのかレティシアは口を閉じて父親を凝視した。


「片方は戦い、もう片方は泥をかぶることになろうとも生き延びて機会を待つ。そして戦いに行くのは俺とレントゥスだ。その方が勝率が高い」

「そんな――」

「それとも――」


 ミエロンは腹の底から声を絞り出した。今シドは出入口を塞いでいる。あまり時間はかけられなかった。


「――それとも、他にいい案があるか? 何も知らぬ母さんだけを残すのか? それとも家族全員で隣人を殺すか?」

「………」


 娘が全てを捨てて逃げるという選択肢を提示しなかったことにミエロンは微笑んだ。簡単に仲間を切り捨てることができるのならこのような話し合いは起こっていない。よしんばそれで助かったとしても死ぬよりも辛い人生が待っているだけだろう。覆せぬ過去を嘆いて過ごすにはエルフの一生は長過ぎる。

 勿論今回の件も苦悩をもたらしはするだろうが、どこかに終着点が見出せるはずだとミエロンは考えていた。仮にシドが人間の奴隷商人だったのなら娘を戦いに参加させることに首を横に振らなかった筈だ。シドは最悪だが最低ではなかった。ああいう考えをする者の前ではエルフよりも人間の方がより不幸を感じるだろう。


「それにまだ死ぬと決まっているわけじゃない」


 云いはしたがミエロン自身本当にそう思っているわけではない。レティシアもそれはわかっているようで濡れたように光る瞳で見上げた。

 父親は娘の頭に手を置いた。


「生きていればこういう時は来るものだ。どちらを選んでも苦しく、皆が幸せになる未来はない。しかしだからといって自暴自棄になればそれこそ全てを失う。最高ではなく最善を選び取り、手から溢れるものは我慢するしかない」

「………」

「……もしかしたらもっと違う道があったかもしれない」

「――え?」

「あの男の考えが前もってわかっていれば――。もっと早くに敵対すると決め、村中総出で戦いの準備をしていれば――。先行し村長に話を通しておけば――。もっとマシな結果になったっかもしれない未来が考えればいくらでも出てくる」

「そんなの今云ったって――」

「そうだ。今更云ったところで意味がない。この村にはな」

「………」

「でも他の村にとっては意味があるかもしれない。他のエルフの命を救えるかもしれない」


 レティシアのサラサラとした金髪を撫でる。今云った事が娘の命を繋ぎ留める楔となることを願って。


「もしかしたら俺はお前に酷な事を云っているのかもしれん。昨日までの隣人を殺して生きるより戦って死ぬほうが辛いなどとは誰にも云えないのだからな」

「………」

「では行ってくる」

「あ――」


 思わず、といった感じで伸ばされた手に背を向けた。


「父さん、あの三人を使おう」


 レントゥスがすぐに声をかけてくる。

 あの三人とは今だ拘束されたままの男女の傭兵だろう。


「解放しても彼等には武器がない。時間を稼がねばならん」

「じゃあ僕が――」

「それは俺がやる。お前は拘束を解いて武器を回収に行け」

「……わかったよ」


 父と息子は周囲を警戒しながらさりげない風を装い移動を始めた。


「それと――」


 ミエロンは後ろのレティシアの様子を気にしながら、


「勝てそうにないと思ったらレティシアを生かすことを優先しろ」


 と小さく囁いた。


「どういう意味だい?」

「あいつが生き延びるためには他のエルフを殺さないといけない。しかし――」

「殺せないと?」

「そうだ。だからお前に頼む。負けた時はどうせ命がない。どうせ失う命なら妹を生かすために」


 ミエロンは使え、という語尾を飲み込んだ。同意の上とはいえ、息子を死地に追いやる父にもさすがにその命を道具扱いすることは憚られたのだ。


「わかったよ、父さん」


 しかしレントゥスは頷いた。


「最悪でもレティの命は助けてみせる」

「うむ」


 ミエロンは前を向いた。不覚にも熱くなった目頭を隠すように――

 おそらく自分は死ぬだろう。ミエロンは覚悟を決めていた。先程レティシアに云った言葉ではないが、世の中には理不尽が溢れている。もっと悲惨な死に方はいくらでも思い浮かぶのだ。それを考えればそう悪い死に方というわけでもなかった。


(少なくとも――)


 胸の裡で呟く。


(少なくとも、俺は子供等より先に死ぬ)


 心残りがあるとすれば妻にもう一度会っておきたかったことくらいだった。


「父さんっ!!」


 三人の元へ辿り着く前にレントゥスが叫んだ。


「シドにばれた!!」


 ミエロンは立ち止まった。

 広いとはいえ所詮は室内。明らかに行く先が違うのだからこうなるのは時間の問題だった。


「行けいっ、レントゥス!!」

「任せて!!」


 歩いてくるシドに向き直る。

 今となっては敵だが、一方ではレティシアについての対応には信を寄せている部分もあるという複雑な心境を以て応すべき相手だった。

 そしてミエロン自身にも不思議だったが、罪悪感に似たものが胸を刺す。

 理由を探ったミエロンの頭に変化という名の潮流に飲み込まれる自分の姿が浮かんだ。

 少なくとも、現状に甘んじ虐げられる運命を打破する術も気力もないエルフと違いシドには動こうとする力があった。行き着く先ややり方の是非はともかく、変わろうとするなにかを押し止める事それ自体が罪悪感を掻き立てるのだ。

 時代時代の要所で起きる変化が多くの死を伴うのは珍しいことではない。最終的にやり方が悪く提唱者や発起人が死ぬとしても、まずその前に変化に取り残された者達や変わることに抗った者達が死ぬ。

 ミエロンは年を取った自分を感じた。

 運命を共にするレントゥスを見る。


 ――嬉しく思った。息子と共に戦えることを。


 ――誇りに思った。死を前にして自分を変えない男に育ったことを。


 ――そして哀しく思った。息子がこちら側だったことを。 












「急げ、レントゥス!!」

「今やってる!!」


 拘束された三人は焦燥に満ちた顔でレントゥスを凝めていた。


「………」


 シドはレティシアの姿を探したが、妹は一人離れた場所に位置しており父親と兄の行動に加担してはいないようだった。

 とりあえず対象から除外しておく。


「……二匹、虫がでたようだな」


 しかし早いうちに気づけて幸いだった。局面の重要さと裏切りの被害は比例するのだ。


「その三人を解放すればどうにかなるとでも思ったか。浅はかな奴等よ」


 そもそもシドを倒せるくらい強ければ最初から虜囚になどなっていない。ここでこうやって拘束されているという事実がその三人が頼るに能わない人物だということを表していた。

 しかしそれをやられると場が余計に混乱する。シドが三人の方を優先する素振りを見せると、


「うおおおおおお!!」


 ミエロンが素手で突撃してきた。最初から無意味な攻撃には走らず、両手で掴みかかってくる。


「時間を稼ごうという腹積もりらしいが――」


 最早言葉は不要だった。シドもミエロンもお互いの道が違えたことをはっきりと認識している。

 シドはその巨体に似合わぬ素早い一撃を繰り出した。

 血に塗れた穂先がミエロンの背中から勢いよく飛び出す。


「いやぁぁぁぁぁ!!」


 後ろでレティシアの悲鳴があがった。


「うぐぅっ――」


 ミエロンは己の腹から生えた槍を目を丸くして凝めている。


「ぐぷっ」


 口から血を吐きながらも、失われつつある力を振り絞り両手で槍を押さえた。


「と、父さんっ!!」

「………」


 ミエロンは息子には目もくれず一心にシドを睨んだ。その姿が、為すべき事を為せと息子に語っている。

 涙を流すレントゥスが立ち上がるのと同時に、縛られていた若い男も縄を捨てながら立ち上がった。

 猿轡を取り去り、


「うっしゃあああああ!!」


 と叫んで手首をぐりぐりと回す。


「おいエルフの小僧!! 俺が時間を稼いでやる!! 二人の縄を早く解け!! っていうかジェイリン――女の口をまず自由にするんだ!!」

「わかった!!」 


 若い男はシドを警戒しながら近くに武器が落ちていないか目で探す。


「ぐおおおおっ!!」


 まだ生きていたミエロンが自分が持っていた短剣を腕の力で投げ、若い男はそれを受け取った。


「おう! あんがとよ、おっさん!」

「………」


 ミエロンにとっては最後の力だったのか、腕からは力が抜け瞳から光が消える。

 シドは槍を手元に引き寄せると下に向け、ミエロンの身体に足をかけた。


「――ふん」


 馬鹿にしたように口を歪め、蹴り潰す。


「明日まで待てば自前の武器を手に最後の戦いに挑めたものを」

「武器を選んじゃ一端の戦士とは云えないぜ!!」

「阿呆が。そういう台詞は武器を選ばず敵を殺せるようになってから云うものだ。それともその短剣で俺と勝負する気か?」

「何を以て勝利とするかは状況次第だ!! それを教えてやるよ!!」


 若い男はそう云うや、果敢にも短剣一本で襲いかかる。

 シドは邪魔な死体を蹴り飛ばし、


「来るがいい。お前にはどのような状況だろうと敗北を指し示す死を教えてやろう」  


 大きく腕を広げて待ち構えた。


  

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