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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
71/125

村にて―説得―

 流れ落ちる血潮が徐々に粘性を増し、黒く乾いた染みが床に影を落とす。

 いったいどれほどの年月を生きたのであろうか。潅木のように年老いたエルフの身体から、目には見えない何かが力と共に抜け出したのが傍目にもわかった。

 四度、五度と繰り返された凶行は老いた体には過酷だったようである。


「死んでしまったぞ」


 観察して完全に息がないことを確認した後、シドは体温が逃げつつある肉体をドサリと投げ出した。


「愚昧で頑固とは、救えぬ男だった」

『あーあ、殺しちゃっった。村の責任者なのに……』

「(だいぶ年をとっていたからな。これもある意味寿命のようなものだろう)」

『全然違いますよ! エルフの反抗心が高まるかもしれないのに!』

「(問題ない。後々騒がれても面倒だ。ここでそういった奴等は潰しておく)」


 実際あの三人を軽く料理できたとしてもそれでわかるのはシドの力だけである。正面からでは勝てなくとも、搦手を使えばどうにかなる、捨て身でかかり勝利できれば御の字だ、などと考える輩は必ず出るだろう。シドとしては対人間の為の説得の一助という考えだ。

 しかし、困難だからといって譲歩するつもりはシドにはなかった。エルフ達は良くも悪くも数が少ない。いれば役に立つが、いないからといって計画を変更しなければいけない要因ともなりえない。これは皆殺しにしても問題ないという前提で事を進めても許されるということだった。

 つまり、どうあっても勝てないという事実と共に、逆らえば失うのは己一人の命だけではないと教えてやればいいのだ。

 シドがドリスと会話していると、ミエロンがやってきて横たわる老エルフの傍にしゃがみこんだ。

 老エルフの顔をそっと覗き込み、


「な、なんてことだ」


 村長の口に手を当て、手首を触りながら呟く。

 頭から血を流している村長は瞳を閉じており、ピクリとも動かなかった。


「嘆くことはない」

「え……?」


 まさか生きてるのか――と、ミエロンはシドを見上げた。


「村はもうじき消える。村長という肩書きは用済みであり、古き体制に固執し、エルフの繁栄を邪魔する病巣を摘出したに過ぎん」

「そんな馬鹿な! 村の皆が黙っちゃいないぞ!?」

「構わない。文句が云いたいなら喚け。気に食わないのならかかってこい。その時は世界の非情さを教えてやる」

「………」


 ミエロンはぎり、と歯を食いしばる。裏切られた男の顔だった。彼の脳裏に浮かぶのはこれまで受けた親切と、ここに至るまでに振るわれた豪腕だ。

 胸中の葛藤を表すかのように眉がへの字に垂れ下がり、次に大きく吊り上がった。


「お父さん! 待って!」


 レティシアが叫び、金色の髪を靡かせ父親に急いで駆け寄る。

 出鼻を挫かれたミエロンは苦い表情で娘を見た。


「落ち着いてよく考えて!」


 レティシアの顔は不安そうで、言葉は短い。しかし云いたいことは明白でミエロンの眉が再び下がる。


「し、しかし……」

「娘の云う通りだぞ」


 シドは親子の会話に口を挟んだ。


「俺に敵対するということは、お前が家族の命よりも村長の復讐を選んだということになる。お前は本当にそれを一番重要だと思っているのか? 優先順位を間違えるな」

「どういう意味だ……?」

「敵と戦う時、相手が知性のない別種であればそれほど良心の呵責を感じずに殺せるだろう? それとは逆に似通った姿をした存在には刃が鈍る時が多々ある筈だ。そこにあるのは理解の深さで、相手の痛みが理解できるからこそ共感を抱き躊躇する。だが、相互理解は諸刃の剣よ。特に相手が己よりも強い場合はな」


 シドはレントゥスとレティシアに意味ありげに顔を向ける。


「もし相手がただの獣ならば感情に任せ賭けに出るのもいいかもしれん。だが、会話可能な相手を敵に回した場合はそれで終わらんだろう。賭けに負け敗れた後、守ってくれるべき父を、頼るべき夫を亡くした家族に敵が襲いかからないと何故思うのだ」


 ミエロンはハッとなって娘を見た。

 シドはそれに、


「今云ったのはあくまでも例えだ。だが俺の云いたいことは飲み込めた筈。俺に敵対した場合、後々どのような展開になるかお前には予測がつくまい。俺に勝てるという確信があるのなら好きにするといい。だがそうでないのなら俺への対応はもう少し考えたほうがいいと思うがな」

「………」


 レティシアがミエロンの袖を引っ張る。

 目を瞑って熟考していたミエロンは大きく息を吐いて云った。


「あんたには恩義がある。だから俺は我慢できる。しかし誰もがこの感情を抑えこめるとは限らないぞ。そして殺されるエルフが増えればますますその感情は高まっていくだろう」

「高まるのは怒りだけではない。逃れようとする力が増すのなら、縛る鎖を太くすればいいのだ」


 ミエロンは何か云い返そうと口を開きかけたが、諦めたように首を振る。そしてレティシアを連れ息子のとこへ戻ろうとした。


「待て、ミエロン」

「……?」

「この村の責任者を連れてこい」


 云われたミエロンはチラリと床の死体に目を向けた。


「この男の次に影響力のあるエルフをだ。事故や戦闘で死んでしまった際、代理を務めるエルフがいる筈だ」

「……わかった」


 ミエロンが建物から出て行くと、シドは団員達に云う。


「アキム、何人か連れて持ち物を回収してこい。それが終わったら三人に対する監視を組め。明日の朝までで六人一組だ」


 一人に対して二人つけておけば間違いは起こらないだろう。一人の不意をついて暴れても、残った一人が諸共に攻撃すれば仕留めるのは難しくない。

 シドが立ったままミエロンの戻るのを待っていると、ヴェガスが横に来た。シドの無言の問いかけに、鼻の頭に皺を寄せて微笑む。

 しばらく待つと入口のエルフ達が二つに分かれる。

 ミエロンに連れられて体格のいいエルフがやってきた。ミエロンと同じで、村長ほどではないが年を重ねているのがわかる顔つきだ。

 エルフ達の間を縫うように歩いてきたそのエルフは村長の死体に目をとめ、驚きに口を大きく開く。 


「村長!!」


 慌てて駆け寄り、容体を見ようとしてシドを警戒したように動きを止めた。


「……これはお前が?」


 エルフはシドを眼光鋭く睨んだ。


「これはお前が、やったのか?」

「いかにも」


 シドは壁の穴に目を向けて答えた。


「神に逆らった男の哀れな末路よ」

「なんだとっ!?」

「落ち着くのだ。まずは俺の話を聞くがいい」


 シドが泰然とした態度で云うと、エルフは苛ついた顔をしながらも息を整え、続く言葉に耳を澄ました。


「お前はまずエルフ達を動かし外の死体を加工させろ。保存性と携帯性に重きを置いた処理だ。それが終わったら部隊を編成する」

「……は?」

「同じ事を何度も云わせるな。きびきび動かんか」

「ふ、ふざけるなぁっ!!」


 エルフは口から唾を飛ばした。


「どうして俺達がそんなことをしなきゃならん!! さっさと村長を殺した理由を云え!! 答え次第ではただでは済まさんぞ!!」

「――神に逆らったからだ」

「なにぃ!?」

「神である俺に逆らったから死んだのだよ」

「馬鹿を云え!! お前のような神がいるか!!」


 エルフはシドに掴みかかろうと手を伸ばす。


「よせ、マティアス!!」


 それをミエロンが止めた。


「何故止めるミエロン!! こいつは村長を――」

「村を巻き込んで戦闘をする気か? 大勢死ぬぞ?」

「だからといってこのまま済ませるわけにはいかんだろう!! こっちは長が殺されているんだ!!」

「この男は、俺や俺の子供の命の恩人でもあるんだ」

「……裏があるんじゃないのか?」


 マティアスはまるで敵でも見るようにミエロンを見た。


「……なに?」

「何か目的があってお前達を助けたんじゃないのか?」

「理由はどうあれ結果がそうなんだ。俺としてはあまり争いたくはないというのが本音なんだが……」

「ならばお前はこの男がエルフを助けたのと同じ数だけ殺すのを許すというのか!?」

「そういうわけではない!」


 ミエロンは疲れたようなため息を吐いた。


「とりあえず話し合いから始めてくれ。それで納得できないなら好きなだけ殺しあえばいい。ただ、殺し合うなら二人だけでやってくれよ。二人の争いが村での戦闘に発展するのは避けたい」


 ミエロンはシドにも訊く。


「俺にできる事はこれで終わりだ。あんたもそれでいいか?」

「いいだろう」


 シドは頷いて、


「しかし俺は責任者を連れて来いと云った筈だぞ。殺し合うなら二人でとは、意味がないではないか」

「それとこれとは別さ」


 ミエロンは肩を竦めた。


「マティアスは狩人長だ。一応責任者ではある」

「ふむ……」


 ミエロンのいう狩人長が戦闘指揮官のようなものだとあたりをつけたシドはマティアスに向き直った。


「ではお前を納得させれば話は終わりだな」

「納得だと?」

「そうだ。俺は神であることをお前に認めさせる。それに成功したのならお前は村長の死に納得し、先程の命令を村総出で遂行する。それでいいな?」

「勝手に話を進めるな!! それに都合が良すぎる!! 例えお前が本当に神であろうとも従う理由などないし仲間の死に納得するわけないだろうが!!」

「強情な奴め」


 シドが吐き捨てると、それを受けてヴェガスが進み出た。

 拳の骨を鳴らしながら、


「ここは俺に任せといてくれ。身体でわからせてやるぜ」

「下がれ、ヴェガス」

「え? で、でもよ――」

「力を見せる機会はちゃんと役者付きで用意してある。今は頭を使うべき時だ」

「……さっき殺したよな?」

「説得や体罰に死は付きものよ。それに殺してしまう事を恐れては大義など為せぬ。神の一挙手一投足はその影響の強さ故に弱き者をふるい落とすのだ」

「………」

「お前も監視の組に入れ」

「はぁ……わかったよ……」


 活躍の場を取り上げられたヴェガスは叱られた子供のように肩を落とし、団員達の所へ戻っていった。


「ミエロン、その男を説得しろ。せっかく俺が平和的な提案をしたのにこのままでは争いが起きてしまうぞ」

「盗人猛々しいとはこのことよ!! 殺しておいて何一つ悪びれたところがないではないか!!」

「まあまあマティアス。少しは落ち着いてくれ。ここで暴れたって得することはない。それに、お前にもしもの事があったら家族はどうなる。無事に済むという保証はないんだぞ?」

「ミエロン!! お前はいったいどっちの味方なのだ!! さっきからこの男の擁護ばかりだ!! これは明らかな裏切り行為だぞ!!」

「俺が裏切り者だと!?」


 ミエロンはカッとなって反論する。


「いくらなんでも云い過ぎだろう! 俺は村の皆の事を考えてるんだ! 村長の仇を取ることしか頭にないお前と一緒にするな!」

「なにをっ!?」

「鎮まれお前達!!」


 シドは雲行きが怪しくなってきた二人を一喝した。


「村が危急の時に仲間内で争うなど愚の骨頂。村長が生きていれば何と云ったか」

「………」

「………」

「――こ、殺した奴の云う台詞かぁっ!!」


 我慢の限界を超えたのか飛びかかって来たマティアスの頬を狙い違わず張った。


「ぶぅっ!!」

「マティアスッ!?」

「――むっ!?」


 弾かれたように移動したマティアスの頭。それを見たシドの脳裏に雷のような閃きが走った。

 すかさず反対の頬を裏手で打つ。

 エルフは声もあげずに倒れ込んだ。


「マティアス!!」


 ミエロンはすぐさま脈を見る。


「……良かった。生きてる」

「………」

「どうして二度も打った!? 手加減できないのか!?」


 ミエロンはすっくと立ち上がり、シドを糾弾した。

 それに対しシドは宙を見上げ、

  

「左の頬を()ったなら、右の頬も打て。()の言葉だ」

「………」

「これには、相手に一撃を加えたらすかさず追撃せよ、という意味が込められている」

『マスターそれ今思いついたでしょう!?』

「(何事にも最初はあるものだぞ、ドリス)」

「……はぁ、もういい」


 この短時間ですっかりやつれた感のあるミエロンが、マティアスの顔をピタピタ叩き意識を取り戻させる。

 復活したマティアスはミエロンに支えられよろよろと起き上がった。


「話を戻すが、俺がお前に神であると認めさせる。そしてそれに成功したら俺に服従する――これでいいな」

「――あ? ……あ、ああ」


 マティアスは焦点の定まっていない瞳でシドを見、頷いた。


「よし。では俺が今から神だと宣言する。お前はそれに頷く。わかったな?」

「ああ……」

「お、おい! それは――」


 朦朧としている隙につけ込もうとするシドにミエロンが口を開く。


「関係ない奴は黙っていろ。マティアスもちゃんと返事をしたではないか」

「し、しかしだな――」

「黙れ。俺はこの男のためを思って云っているのだ。このまま事が進めば誰も死なずに済むのだぞ?」

「………」


 ミエロンを黙らせたシドはいよいよ訊ねようとし――


「――い、いや……待て。待て! そんなのは駄目だ!」


 と、マティアスが手を振りながら云った。

 またとない機会を見過ごしてしまったシドだが、そんな素振りはチラとも見せずに、

 

「仕方ない。ならば別の方法だ。どうすれば俺に服従するのか云え」

「か、勝手に話を決めるな! 我々エルフは服従などしない!」


 マティアスは口から流れ出る血を拭い、


「例えお前が何者だろうとだ!」


 と、云い放った。


「……なるほど。それがお前の答えか」


 前触れなく突き出された手に、マティアスは反応できなかった。

 シドはエルフのシャツの襟をガッチリと握り込んだ。


「何の真似だ!!」


 抵抗するエルフを手元に引き寄せる。

 マティアスは腰から短剣を抜こうとしたが、


「お前も村長の後を追うがいい」


 その前に右腕一本で持ち上げ、壁に叩きつけた。


「おいっ!!」

「ミエロン、お前は次の責任者を連れてこい。代理の代理をだ」


 マティアスを穴から引き抜くと顔がざっくり切れる。

 しかし今度は朦朧となることはなく、逆に激痛がエルフの意識を完全に覚醒させたようだった。


「み、皆、武器を取れ!! こいつらを村から追い出すんだっ!!」


 シドは血を流しながら喚くマティアスを床に落とし、胸の上に足を乗せた。

 右手を口に入れ、上顎をしっかりと確保する。


「きはまぁっ!!」


 指を噛み切ろうと顎が閉じる。

 シドが手を握り込むと、口腔内に突き刺さった指が鼻から飛び出した。


「んぅーっ!!」


 マティアスは飛び出さんばかりに目を見開く。

 胸の骨がポキポキと小気味良い音を奏で、シドは無慈悲な機械が肉を剥ぐように顔の一部を剥ぎ取った。


「マティアスーっ!!」


 助けようと入口から駆けてきていたエルフが、間に合わなかったと悟るや目標をシドに変えた。短剣を構えてじりじりと躙り寄る。


「ま、待つんだ、皆!! ここは落ち着いて――」

「邪魔だ」

「――うおおっ!?」


 シドはミエロンを横に押しのけ、向かってきたエルフに相対した。


「くだらん誇りで死を選ぶか。それほどの気概があるのなら何故もっと早く人間に対し事を起こさなかったのだ? 目の届かぬ場所で同胞が殺されるのも、目の前で殺されるのも本質は同じであろう」

「うるさいっ!!」


 飛びかかって来たエルフが手の届く距離に入った瞬間、シドは容赦なく側頭部を一撃した。

 死んだエルフには目もくれずにシドは、


「どうやら、なるべく血を流さずに済ませようという俺が甘かったようだな」


 と、敵意のこもった眼差しでこちらを注視しているエルフ達を見ながら云う。


「お前達」


 シドは戻ってきていたアキムを含め、団員達に命令を下す。


「監視に入る前にエルフを殺せ。最低でも一人一殺だ。やり方は問わん。だが、女だから、同族だからと殺せない者はここで始末する」


 ざわっと団員達が動揺した。


「ちょっと――」

「二度は云わん」


 サラの言葉を遮り、


「奴等が従順になれば戦闘は終わりだ。それまでに殺せなかった者は、明日、その三人と共に処刑する」


 シドはマティアスの死体を掴み、大きく振りかぶるとエルフ達に投げつけた。 

 同時に駆け出す。このままぶつかっても無駄に被害が出るので先鋒だけ務め、エルフの統制を乱しておくつもりだった。


「おっしゃああああ!!」


 ヴェガスが叫んでいの一番に抜け出してきた。

 キリイがため息をつきながら剣を抜き、アキムが嫌がる妹を引っ張っている。  

 それらを横目に見ながら、シドはエルフの集団に突入した。 


 



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