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永遠の戦士  作者: ブラック無党
エルフの村
70/125

村にて―名乗り・下―

サブタイ変えました

「………」


 少女は人形のような瞳でシドを見返した。何の感情も篭っていないようでいて、何よりも雄弁に心情を語る瞳だ。


「驚いて声も出ないか……。さもありなん。俺自身もまさか己がこのような立場を名乗るなど夢にも思わなんだ」

「……それで――」


 マリーディアは表情を変えぬままに口を開いた。


「それで、その神様が一体何の御用で?」

「破壊。再生。救済。粛清――神が降り立つ理由などそう多くはあるまい。俺自身の目的は別にあるが、それの行き着くところは一般的な神の行いから逸脱しない」

「………」

「………」

「………」

「……ふむ。お前がどうしてもと云うのなら、神官に任命してやらんこともない」

「謹んでお断り致します」

「そうか。残念だな。神官になればもう人を殺さなくてもよかったものを」

「え……?」

「神官の仕事は神の補佐だが、その実務は戦闘ではなく政治的なものにするつもりだ。戦場に出なくていいのだよ」

「ぐ、具体的には!?」

「外交交渉で相手に侮られ、暴言を引き出し侵攻の口実を作る。身の程をわきまえぬ相手国の使者や王に唾を吐きかける。自国の――」

「もういいもういい! オマエに期待したワタシが馬鹿だった!」


 期待に満ちた顔が一転、諦念に染まったマリーディア。


「やっぱり遠慮しとく! ターシャにでもやらせるんだな!」


 プリプリと頬を膨らませて先を急ぐ。 

 やれやれ――と、肩を竦めたシドだが、内心では確かな手応えを感じ取っていた。マリーディアからは神を名乗る事に対する反論は出なかった。この調子なら団員達もすんなりと受け入れるだろう。

 大股に後を追ったシドが集会所に入ると、見知った面々が後ろ手に拘束され、口を塞がれて膝をついている姿が目に入った。


「――シドッ!?」


 複数の声が重なる。

 シドはマリーディアに縄を切らせ、自身は件の三人の所へ行く。

 軽薄そうな男、髪の長い女、禿げた男の三人は同じように縛られ、二人は不安そうな瞳で、一人は燃えるような瞳でシドを見上げた。


「………」


 しばらく様子を観察し、放置しても問題なさそうだと判断して背を向ける。

 とりあえずはこのままにしておき、エルフの反応次第で処置を決めればいい。エルフ達が兵士の末路を見、従順になるなら良し。それでもなお反抗的な態度を取るようならこの三人を見せしめに処刑して、魔法など何の役にも立たないということを実地でわからせるのだ。


「ここに集まれ。お前達に話しておくことがある」


 自由になった全員をひとところに集め、話し始める。


「お互いいろいろあったようだが、目的地であった村に無事集えたのはなによりだ。これからエルフ達との話し合いを始めるつもりだが、その前にお前達に知らせておくことができた」


 そう云うと皆、シドを黙って注視した。

 建物の入口付近から数人のエルフが中を覗き込み、声を潜めて会話している。

 それを追い返そうとしたシドは、耳を傾ける者達の中に団員以外の、この村のエルフが混じっているのを思いだし、そいつらも追い出すべきかと思案したが、結局このまま話すことにする。

 これから云う事は別に嘘ではないのだ。無力な人間でも昆虫世界に紛れ込んだら神の如き扱いを受けるし、そう名乗ることはおかしなことではない。具体的に何ができなければいけないという指標がない以上、反論する者を全て始末してしまえば事実になる。


「俺はこれまで邪魔をする者は尽く排除してきた。それを可能としたのはただ単に戦う力があったからではない。普通の人間は様々なしがらみを持ち、一つ行動を起こせばそれ相応の反動を受けるものだ。人間社会に住む者が罪を犯せば投獄されるようにな。また、家族の存在が足枷になる場合もあろう。殆どの者はそれらを跳ね返す肉体的な強さ、精神的な強さを備えておらん。故に躊躇う。躊躇いは隙を呼び、それまでは強者であった存在をいとも容易く敗者へと引き摺りおろすのだ」


 皆、真面目に聞いているようだ。シドはうむ、と頷き、


「しかし俺にはそれがない。何故なら、俺はお前達とは存在そのものを異とするからだ。この世界のあらゆるものから切り離され、存在する為にこの世界の何も必要としていない。俺が世界を、お前達人間やエルフを、ゴブリンやオーク、オーガ達を見るとき、そこには種族に対する一切の偏見、好意、悪意は含まれていないのだ。俺の目は、世界の目である。世界は等しく強きもの、抗うものを生かす。敵を百人殺せる男は百人分の価値があり、子供を百人産める女は百人分の価値がある。逆にどれだけ金を持っていようと、多くの者に傅かれていようと無能な者には死を与えよう。例えそれが相手が一国の王であろうとも」


 ここまで話したシドは前に出した右手を握り込み、声の調子を強くした。


「知性ある生物は日々の食料確保の為、土地を切り拓き種を植え、獣を狩り家畜を蓄えていよう。川を堰止め地形を変え、木々を伐採し山を削っていよう。そして大陸を好きに切り分け、同じ血、同じ民族、同じ指導者といった線引きで国境を作る。時には戦争をし、虐殺もある。しかし長くは続かん! 自らの種族が血を流す姿を見た大多数の者はいずれ平和を求め始める! そして仮初の安寧を得て声高に叫ぶのだ! 平和だと! 戦争は悪だと!」


 話があると云われ集まったが、いきなり演説が始まるとは思ってもいなかった面々は戸惑ったように顔を見合わせた。

 アキムに目で問われたマリーディアが肩を竦め、真面目に聞いているヴェガスやエルフに倣って耳を傾ける。


「だが戦いは継続しているのだ! この世のどこに食われる為だけに産まれ出ずる生物がいるか! 自ら身体を差し出す家畜などおらぬし、食われるために子を産む親もおらぬ! 彼等弱き生物の抵抗を封殺し、平和だと(さえず)るのは傲慢以外の何者でもない! 生存競争という名の戦いは永遠に終わることがなく、誰であろうと、どんな生物であろうと逃れることはできんのだ!」


 シドは声のトーンを落とし、静かに続けた。


「俺は異邦人ではあるが、ここにこうやって存在している以上生存圏を確保せねばならん。生存圏とはその名の通り生きるために必要な勢力圏の事である。普通の生物は食料や繁殖を考え縄張りを構築する。それが生きる為に必要であるが故に。そして俺もまた生きる為に動く。必要だと思った地域を欲し、必要だと思った命を刈り取るのだ。――勿論、その地を先に専有している者共とは争いになろう。しかし奴等にはそれを悪だと決め付ける資格はない。奴等が力に物を云わせ弱き生き物を思うがままに扱ったように、俺も力に物を云わせ奴等を扱う」


 一拍おいて朗々と話す。


「人が誰かを裁く時、裁きの刃は自らの頭上にも存在し、人が誰かをはかる時、自らもまたその秤に身を委ねる。――そして今、裁きの時はきた! 俺という存在が降り立った以上、この星に生息する全ての種族は自覚せねばならん! 凡そありとあらゆる生物は産まれいでた瞬間から戦いを義務付けられ、それが終わるのは死を迎えた時だけであると! 手始めは近隣の人間国家からだ!」


 固唾を飲んで見守る団員達の顔をゆっくりと見渡しながら、


「臆するなよ、お前達。弱者を嬲るのはよい。効率を追求し、他種族を管理下に置くのもよい。だが平和を唱う者は許さん。平和を唱う者は自らの所業を自覚せぬままに殺しを重ねる最も罪深き存在よ」


 いつしか、建物の出入り口の前には集まったエルフ達でごった返していた。

 その反応は、理解できないと渋面をつくる者、シドの事を人間の敵だと思い込み表情を柔らかくする者、早く出て行けといわんばかりに睨みつける者など様々だ。


「あのー……」


 キリイがおずおずと手をあげた。


「前にも云ってたけど、本当にやるのか……?」

「当たり前だ。少なくとも一国だけが相手であれば今の俺の敵ではない。その為に外の兵士を皆殺しにしたのだからな」

「えっ、殺しちまったのか!?」

「そうだ。金が欲しいなら後で拾いに行け。ゴブリンやオークは金に興味がなさそうだったからな」

「いや……考えとくよ……」

「好きにしろ。――ところで今後、人員が増えるに従いまとめあげるのが至難になってくる。そこでより人心を集めやすいよう俺は自らの立場を変えることにした」

「立場?」


 全員に話したのだが、会話途中だったキリイが代表のような形で訊き返す。


「うむ。お前達を率いて兵士を殲滅し王都に入るわけだが、それなりの組織がなくば支配に支障をきたす。また、その後の侵攻に際し大衆を動かす大義名分が欲しい」


 士気は高いに越したことはなかった。それに脅されて戦う者よりも、忠誠や欲望で動く方が融通が利く。


「傭兵団長のままでは示しがつくまい。こちらの身分が高ければ高いほど相手の行動を逆手に取りやすい」

「んじゃ王や皇帝を名乗るのか?」

「低いな。王や皇帝は他にもいよう。対等な立場の相手から無下にされたからと派兵しては下の者の反感を買う恐れがある。相手が俺に頭を垂れなかっただけで侵攻の口実になるだろう身分こそ俺に相応しい」

「そんなのあるわけないだろ」


 レントゥスが冷笑と共に云った。


「今のあんたじゃどう頑張っても一軍の大将が関の山だ。仮に王になれたとしても、従う民のいない王なんてお笑い種だね」

「それがあるのだ、レントゥスよ」


 シドは指を立てて左右に振りながら、


「名乗るのに誰の許可も必要とせず、また治めるべき民も必要としない。王や皇帝すら跪かずにはいられず、同じように名乗る相手を全て偽物だと弾劾できる。――そんな地位がな」

「………」

「心して聞くがいい! そして記憶に焼きつけろ! 俺の名はシド! 異界より来たりてこの星の導き手となる、完成された存在! 地上に遍く人民達は俺をこう称えるのだ!」


 シドが両腕を大きく広げると、周りにいた者達は思わず背を仰け反らせた。


God() the(なる) father()――と!」


 宣言したシドはどうだ、と胸を張ったが、誰も何も応えなかった。 

 よく見ると肘をつつきあっている。


「(……おい)」

『あれれ、あんまり反応が芳しくありませんね……』

「(やはり戦いの神にすべきだったのだ)」

『それだったらもっとひどい反応になってますよ! 絶対こっちのがいいですって!』

「(……まぁいい。今の段階では何を名乗ろうが実が伴わぬ。今後肉付けをしていくのは俺の役目だろう)」

『おお! さすがです、マスター! マスターでありながらファーザーでもある! 略してマザー!』

「(………)」

『――おや、誰か来ましたよ?』

「(うん?)」


 エルフの山を掻き分けて、年老いたとひと目でわかる男がやってくる。年経て滑らかになった皮膚には皺が刻まれ、職人が造った石膏像のようだった。


「ミエロンめ。ろくでもない奴等を連れてきおって」


 ぶつぶつと呟く老エルフはシドの前まで来るとピタリと足を止めた。


「ここは村の者が話し合いをする場所だ。宗教の勧誘なら他所でやってくれ」

「………」

「耳が遠いのか? この村から出来る限り早く立ち去ってくれ、と云ったのだ」

「……何故俺が出て行かねばならないのだ?」

「本気で云っておるのか? 考えればわかることだろうに。あんな風に兵士を殺してしまってはいずれ森に新手が押し寄せてくるではないか」

「それがどうした。出ていくことは確定しているが、俺は俺が決めた時期(タイミング)で行動する」

「それでは困るのだ。これ以上村を巻き込まないで欲しい」

「………」

「痕跡を消すのは我々がやる。明日中に出て行ってくれ」


 老エルフはそう云うと背を向けた。


「ミエロン――とその子供にミラにサラ。それにパイクにムーラトもだ。この男の関係者は全員出て行くのだ」

「村長――!!」


 ミエロンが思わずといった体で立ち上がる。


「云い訳はきかん。相手を納得させる一番の方法は嘘をつかないことなのだ」

「しかし――」

「案ずるな、ミエロンよ」


 シドは背後から老エルフの肩を掴んだ。


「村のエルフも全員出て行くのだから心配することはない。皆一緒にここを発つ」

「馬鹿な事を! 何故我々が村を捨てねばならん!」

「お前達エルフは俺と共に人間の国を攻めるのだ」


 強引にこちらを向かせ、


「雌伏の時は終わった。我、エルフ繁栄の一助とならん」

「な、何が雌伏か! 我々はそのような意図でここに住んでいるのではない!」

「ほう。それでは一体何故お前達は危険な森の中に居を構えているのだ?」

「身の安全と、自然を愛するが故だ! 断じて戦争を仕掛ける為ではない!」

「ゴブリンやオーク、オーガがいる森の方が安全だと云っている時点で人間達と敵対していることは明白。お前達は戦わずして滅びようというのか」

「滅びると決まったわけではなかろう! 人間達の意識が変わるかも知れぬし、我々が手出しできぬ程の力を蓄えるかも知れぬ! 今戦えばそれこそ滅びを早めるだけであろうが!」

「違うな。今こそ立ち上がる時だ。滅びを回避したければ俺を利用して繁栄を目論む気概くらい見せたらどうなのだ?」

「随分大きく出るではないか! お前一人味方につけただけで繁栄できるなら誰も苦労せぬわ!」

「先程の俺の言葉は聞こえていた筈だぞ。俺を味方につけるということは神と在るに等しい」

「誰が神だ!! この詐欺師めが!! 魔物は騙せてもエルフは騙せぬわ!!」


 老エルフは我慢できなくなったのか大声で叫んだ。


「ミエロン!! 生まれ育った村にこのような男を連れてくるなど正気の沙汰ではないぞ!! 即刻この詐欺師を村から追い出すのだ!!」


 そして肩を掴んだままのシドの手を叩き、


「ええい!! いい加減に離さぬか!! いつまで掴んでいる気だ!!」

「その手は離れぬよ。お前が首を縦に振るまでな」


 シドが云うと老エルフはカッと目を見開いた。


「本性を表したな、下衆めが! 結局力で物事を解決するのであろう! そこらにいる人間共と変わらぬ!」

「ほざいたな、老いぼれが」


 シドは肩を掴んだまま、エルフの身体を上に持ち上げた。

 ピシャリと決まった所信表明の直後に茶々を入れられては立つ瀬がないというものだ。


「目には目を。歯には歯を。そして暴言には暴力を」


 老エルフは血管の浮き出た手でシドの腕を掴み返した。


「わ、私を殺しても無意味だぞ! そんなことでエルフの心が自由になると思うな!」

「お前は勘違いをしている。俺は特別お前達の種族に思い入れがあるわけではない。配下に加えたいから殺さぬのではなく、配下に加わるから殺さぬのだ。俺に従わぬのなら滅ぼすだけよ」


 シドは壁際へと寄った。皆が固唾を飲んで見守る中、老エルフに向かって、


「年を重ねたとて知らぬ事はあるもの。しかし何かを学ぶのに遅すぎるということはない。――つまり、お前には教育が必要だ」

「ふざ――」

「天罰覿面!」

「ぐああっ!?」


 叩きつけるとエルフの上半身が木の壁をぶち破った。


「――村長!?」


 背後でエルフの一人が叫ぶ。

 建物の外に出ていた上半身を戻してやる。

 破片で切ったのか、出て行った時とは打って変わってその顔は血まみれだった。


「ぐ……」


 呻くエルフをぎりぎりと締め上げ、シドは云った。


「さぁ、俺の名を云ってみろ」



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